第5話 旅人が語る流行り病と魔女の薬
「いやぁ、本当にありがとうございました。生き返りました!」
「大袈裟だな。そういや、あんた。ここ数日ろくに食ってないといってたが、どこから来たんだ?」
ハーブティーを継ぎ足すと、男はありがたいといってそれを口に運んだ。そうして一息つくと「港町カトレシアです」といった。
「港街カトレシア……ここからどのくらい、かかるんだ?」
「徒歩だと二週間以上かかりますかね」
「そこを、ずっと歩いてきたのか?」
「最初は乗り合い馬車も使いましたが……その、峠を越えるのに雇った護衛がなかなか高くて」
「路銀がつきたのか」
なるほどと頷けば、男は「お恥ずかしい」といって苦笑した。
頭の中に、失地王時代の近隣諸国が書かれた地図を思い浮かべた。あの時とそう変わらないなら、カトレシアは俺の国から馬車で二週間かかる海沿いにある、造船技術にたけている国だった。
そこから二週間の距離で、途中に峠があるということは……ここは、魔法国家エルドラノルの外れといったところか。
「途中のアルヴェストンで稼ぐつもりだったんですが」
「アルヴェストンは商業都市だったな?」
やはり、ここはエルドラノルの外れだな。アルヴェストンはエルドラノルからの東の端にある商業都市だ。大きな冒険者ギルドもあり、賑わっているから、路銀を稼ぐ旅人も多いはずだが。
「そこで稼がなかったのか?」
「それが……五日前、辿り着いたアルヴェストンでは流行り病が蔓延していて、入ることすら出来なかったんですよ」
「それは災難だったな」
とんだ計算違いだったといって苦笑する男は、ハーブティーを飲み干すと、ぐんっと背伸びをした。
「ここで貴方に出会えてよかった! なんとか、次の街まで頑張れそうです」
「この先に村がある。路銀がないなら、そこで村長に相談してみたらどうだ?」
「そうしてみます」
いつまでも長居は申し訳ないといって立ち上がった男に、ちょっと待てといって貯蔵庫に向かった。
干し肉の塊をナイフで切り落とし、袋につめる。それと、焼いたパンの余りもだ。
女神の祝福なのか、貯蔵庫のものは減らないのだ。他人に知られたら騒ぎになるだろうが、困っている人間に少しくらい渡しても、問題はないだろう。
「少しだが、これを持っていくといい」
「……これは?」
「今朝焼いたパンと干し肉だ。そんなんでも腹の足しになるだろう」
「こんなに頂いてよろしいのですか?」
「途中で餓死される方が困るからな」
「……ははっ、確かに」
少し目を細めて笑った男は、ありがたいといいながら、袋を荷物に詰め込む。そうして発とうとした彼は、ふとなにかを思い出したようだ。
「そういえば、ここに来る途中、行商の馬車とすれ違ったんですよ」
「馬車?」
「つい昨日のことです。その行商人から不思議な話を聞きました」
荷物を背負った男は「流行り病がぴたりと治まったそうです」といった。
城門を固く閉ざすほどの流行り病が、ぴたりと治まるのは確かに不思議な話だ。
「なんでも、よく効く魔女の薬が修道院に寄付されたとか」
「魔女の薬?」
「質のいい魔女の薬だったんでしょうね。出来ることなら、私がアルヴェストンに辿り着く前に治まってほしかったですが」
「……魔女の薬はそんなに効くのか?」
「そりゃ、魔力を込めますからね。ただの薬師が作る薬より遥かに上質です。ただ、薬を作れる魔女も減ってるって話ですが」
「そうか……あんたは作れないのかい? 魔術師だろう?」
荷物を背負い直した男に訊ねると、彼は苦笑を浮かべた。
「ははっ。魔術師ではありますが、魔法薬学が苦手でして」
「そうか。失礼なことを聞いた、すまない」
「いえいえ。薬が作れたなら、それこそ、アルヴェストンに入って売れば、路銀が稼げたんですけどね」
「違いないな」
明るく笑う男は、ではといって手を差し出す。
「私は不運でしたが……こうして、貴方にお会いできたのは幸運だ。また立ち寄らせていただきます」
「いや、こちらこそ面白い話をありがとう」
握手を交わした男を見送りながら、ジャスミンのことを思い浮かべた。
あいつが来なくなって一週間だ。どこに行くとかいっていなかったが、もしかしたらアルヴェストンに薬を……?
考えすぎか。
旅人が立ち寄った翌日のことだ。
ジャスミンが卵とミルクを持って現れた。まるで我が家に帰ってきたように、ノックもそこそこでログハウスに入ってくるなり、持っていた籠を突きだした。
「ルーファス、オムレツ作って!」
久々だというのに、第一声がこれだ。
早朝からテンションの高いジャスミンに、若干の頭痛を感じる。
「どこに行っていたんだ?」
「どこって……卵を買いに、街までいってただけよ」
「アルヴェストンか?」
「そうそう」
「片道五日もかけて、卵とミルクをか?」
「そうそ──!?」
ソファーにどかっと座ったジャスミンが、ハッとした顔で口に手を当てた。
「お前が出掛けるといって一週間だな」
「そ、そうだったかしら?」
「ああ、一週間だ。それと、ここから一番近い街はアルヴェストン。徒歩だと五日かかる。計算が合わないな?」
「そ、それは……」
「どこで何をしてきたんだ?」
詰め寄ると、ジャスミンは視線をそらして口ごもった。そうして、耳まで赤くして「人助けよ」と小さくいった。
「人助け?」
「そうよ! 詳しいことは秘密!!」
「人助けなら隠すことはないだろう?」
「……でも、大声で触れ回ることでもないわ」
「そうか?」
「そうよ。あたしは、お婆ちゃんとの約束を守って……」
口ごもったジャスミンは、不満そうな顔でそっぽを向いた。なにか、事情があるのか。
まあ、俺も素性を問い詰められたら困る立場だ。話したくないものを聞き出したところで、お互い、いいこともないだろう。
「まあ、いい。人助けをして、魔力もだいぶ使っただろう」
「そう、そうなのよ!」
「どうやってアルヴェストンまで行ったかは知らんが、お前が流行り病を止めてきたんだろう?」
「そうそう……て、えっ?」
ぱっと顔を上げて頷いたジャスミンに、思わず吹き出して笑った。
確証があったわけではないが、どうや当たっていたようだ。魔法のことはわからんが、まあ、悪いことはしてなさそうだ。
「お前は賢いのかバカなのか、よくわからんヤツだな」
「ちょっ、どういう意味よ!?」
「さぁな。それより、朝飯、食うだろう? オムレツ」
籠を手に、ジャスミンに背を向ける。そうして、キッチンへと向かいと、後ろからバタバタと足音が近づいてきた。
「食べるわよ!!」
不満そうな声だったが、出来上がったオムレツを前にすると、その顔は期待に輝き始めた。
テーブルに並ぶオムレツ、パン、干し肉と野草のスープ、ハーブティー。
卵の黄色があるだけで、質素な食卓も色味が華やかになったな。
オムレツを口に運んだジャスミンは、丸い目をさらに大きくして「ふわふわっ!」と飛び上がりそうな勢いで叫んだ。
新鮮なミルクも入れたおかげで、しっとりしている。ここにベーコンやトマトソースがあれば、なおさら美味いだろうな。
「ねえ、トマトも植えましょうよ!」
「……そうだな。野菜も育てるか」
「タマネギやニンジン、それに、カボチャ!」
「おい、リクエストが多すぎないか?」
「基本的な根菜類は、あった方がいいと思うの。貯蔵庫だって置場所いっぱいあるでしょ」
それはそうだが、俺に管理ができるか怪しいな。
城で育てていたといっても、あれもこれも育てたわけでさない。自分の足で買いに行くことだってあった。特に根菜類は日持ちもすることもあって、部屋に貯蔵庫を作ってそれを補完したし。──ふと、俺にハーブティーを淹れてくれた魔法薬師が「王様の部屋とは思えませんね」といって笑っていたのを思い出した。
あの頃から、俺は王様でいたいなど、微塵も思っていなかったのだが。
「──ファス、ルーファスってば!」
名を呼ばれたことに気付き、ハッとする。
顔を上げると、ジャスミンが不満そうに頬を膨らませていた。
「もう! なに、ぼーっとしてるの?」
「ああ、すまない。……根菜を作るのは大変そうだなと考えていた」
「だから、買いに行こうって、今、いったの! あたしの話、ちゃんと聞いてよ」
「そうだったか……しかしだな。俺の蓄えは高が知れているぞ」
パンをちぎり、それを見ながら女神の置いていった金貨を思い出す。あれは、食い物を買うために置いていったのではないような気がする。そもそも、金貨を食い物の支払いに出したりしたら、店の者が困るだろう。銀貨ですら、相当の野菜が買い込めるからな。
「だから! しばらくは、あたしが買ってきてあげるわよ。もう、ほんっと話聞いてないのね」
「……は?」
いっている意味が全くわからない。
皿に残ったオムレツをパンですくったジャスミンは、最後まで綺麗に食べると、スープを飲んでほっと吐息をついた。
「あたしが材料をもっててくる。ルーファスはご飯を作る!」
「……お前の飯を作れと?」
「いいじゃない。あたしが畑の世話をしている間、ルーファスは美味しいご飯を作る! あたしは魔力消費で疲れながらご飯を作らなくていい!」
完璧ねといって笑うジャスミンに呆れながらも、まあ、いいかという気になった。
同じ釜の飯を食うなら、素材に毒を仕込むなんてこともないだろう。それに……目を輝かせながらパンを食べる幼い顔を見て、おかしくなった。
このお人よりの塊みたいな小娘が、そんなことをするとは思えないな。
「そんなに作れるレパートリーはないぞ」
「じゃあ、料理研究もしてよ!」
「なんで俺が……」
「だって、ルーファスのオムレツ美味しいんだもん。きっと、他のも美味しいに決まってるわ! それに、いろいろ作れたら、カフェ作るのもいいと思うの!」
「カフェ……?」
荒唐無稽な話だな。
無邪気なジャスミンに苦笑し、少し冷めたハーブティーを口に運んで「考えておく」といえば、彼女は破顔した。
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