第4話 初の収穫! ハーブの保存も大魔女様にお任せ?
森へハーブの苗を取りに行くよりも先に、まずは根付いた畑のハーブを収穫することにした。
花芽がつく前に切った方がいいと、ジャスミンの指導が入ったのだが。
「ここ、小さい葉っぱは新芽だから残してね」
「全部刈り取る訳じゃないんだな」
「そんなことしたら、一回で終わっちゃうでしょ!」
ぴしゃりといわれ、なるほどと思った。
以前、城で育てたハーブがすぐにダメになった理由はそれか。
鋏で上の方をパチンと切ったジャスミンは、摘んだハーブの葉をカゴに入れていく。きっと森でハーブの採取をしているのだろう。ずいぶん手慣れている。
「こうして剪定してあげると、新しい枝が横から生えてくるの」
「なるほど……これでいいのか?」
真似をしてハーブを摘むと、ジャスミンは満面の笑みで「上手じゃない!」といった。
小娘に褒められるいうのは、なんともこそばゆい。
「夏になる頃は花芽がつくから、それまでに、なるべく株を増やしたいわね」
「そうだな……ハーブは何度も採取することになりそうだが、お前に渡す報酬はどうする?」
「そうね。乾燥ハーブができたら、その都度、半分もらうわ」
手際よくハーブを摘んでいくジャスミンに「抜け目ないな」といえば、にっと笑って「当然の対価よ」といわれた。
まあ、そうだな。種を撒けばなんとかなると思っていた俺だけでは、こうも調子よく事を運べなかっただろう。それに、これからも協力してくれるようだから、半分くらい問題はない。
ハーブ摘みが一段落すると、籠の中はこんもりと柔らかい葉で埋め尽くされた。
爽やかな香りは、指の先にまでついている。
「いっぱい取れたわね!」
「これからも取れるんだろう? 想像以上だな」
「偉大な森の魔女様が手を貸したんだもの。これくらい当然よ!」
「そうだな。お前が魔法で土地を耕してくれたおかげだな」
「ふふーん! これくらい朝飯前よ。さあ、ハーブを乾燥させるわよ!」
ご機嫌な様子で籠を抱え直したジャスミンは、ログハウスに足を向けた。
それにしても、この量のハーブをどう乾燥させる気だろう。
ログハウスに戻ると、ジャスミンは籠をテーブルに置いた。その横に俺の籠も並べる。
「ルーファスは瓶の準備をお願いね」
「それは構わないが……そんなすぐに乾燥させるのは無理だろう?」
「あたしを誰だと思ってるの? 森の大魔女ジャスミン様よ!」
愛用の杖を取り出したジャスミンは、得意げな顔でそれを振る。
キラキラと魔法の輝きが浮かんだ。
「舞い上がれ春風! そのぬくもりに癒しの葉を抱き、祈りを与えよ!」
凛とした声が響き、光り輝く魔法陣と共に暖かな風が渦を巻いた。風の渦に、摘んだばかりのハーブが巻き上げられていく。
「風よ、優しきハーブの力を引き出して。キュアフローラ!」
詠唱と共に、爽やかなハーブの香りが一段と強くなった。
ログハウスの中が、清々しい風で満たされる。
そうして、風が止むと、カラカラに乾燥したハーブが籠に落ちてきた。
一瞬の出来事に面食らい、茫然と見ていると、ジャスミンがまあるい瞳を輝かせて「驚いた?」と訊く。
これは、褒めてほしくて仕方ない顔だな。
「ああ、さすが森の大魔女だな」
「えへへっ、これくらい当然よ!」
大満足のジャスミンの子どもっぽさに、可笑しくなりながらも「そうだな」と頷き、棚から瓶を持ってくる。
「結構できたわね」
「これで、試しにハーブティーを淹れてみるか?」
「賛成! 魔法で効能も引き出してるから、生のハーブとまた違うと思うわよ」
「そんなことも出来るのか」
「当然でしょ、あたしは──」
「森の大魔女様だったな」
言葉を遮っていえば、ジャスミンは照れくさそうに頬を赤くして「そうよ!」と笑った。
キッチンでポットの用意をし、乾燥ハーブをスプーン三杯ほど入れる。そこに、沸かした湯を注ぎ入れて部屋に戻った。
ソファーに座るジャスミンは、乾燥ハーブを見ながらなにか考えているようだった。
「どうした?」
「……ねえ、一週間くらい作業の手伝い休んでいい?」
「それは構わまないが。苗を取りに行く話はどうする?」
「ちゃんと、森の案内もするわ! でも、ちょっと急ぎの用事があって……」
「別に俺のハーブ栽培は急ぎじゃないし、気にするな」
「ありがとう、ルーファス! 帰ってくるとき、卵とミルクを買ってくるわね!」
嬉しそうに手を合わせて笑うジャスミンに、思わず首を傾げた。
「卵とミルク?」
「この間、貯蔵庫見たけど、ろくなものがなかったじゃない。卵とミルクくらい、置きなさいよ」
「それを買う余裕なんて、俺にはないぞ」
「あたしの奢りよ! たくさん採れたハーブで、パンとお菓子を焼きましょう!」
「……パン? 菓子?」
「ハーブはお茶だけじゃなくて、料理やお菓子作りに使ってもいいのよ!」
いわれてみれば、確かにと頷ける。
カップにハーブティーを注ぎながら「ジャスミン、パンが焼けるのか?」と訊くと、ついっと視線をそらされた。
「それは……ルーファスの腕前を確かめてあげるわ。あたしを唸らせるパンを焼いてごらんなさい!」
ああ、これは焼けないってことで、単に食べたいって話か。
◇
ジャスミンが来なくなって一週間がすぎた。ハーブ畑に問題もなく、穏やかな日々を送っている。
しかし、どうも調子がでない。
甲高い声でとやかく指図し、騒いでいた小娘が来なくなり、最初の数日は静かでいいと思ったのだが。
「若干、静かすぎるな」
静かに暮らしたいと望んだ俺が、静かすぎると感じるとはおかしな話だ。
日課である畑の手入れを一通り終え、明日分のパンを焼く準備に取り掛かることにした。静かだろうが、煩かろうが、やることは変わらない。
貯蔵庫から小麦粉を取り出したときだ。はたと違和感に気付いた。
「……小麦粉が減ってない?」
小麦の保存瓶はかなり大きい。俺でも持ち上げるのに苦労しそうな重さだし、独り暮らしなら相当持つだろうと思っていた。なくなったら、横に積まれた朝袋の麦を粉にすればいいと気楽に考えていた。
だから、今まで気にもしなかったのだが。
瓶の小麦粉は、いくら使っても減る気配がない。
「……これも、女神の置き土産なのか?」
そういえば、《《ちょっとしたサービス》》をしておいたと、いっていたな。これのことか。
稼ぎのない俺にとっては、充分ありがたいのだが。
「なんか、ズルしてる気分だな」
小麦粉と同じように減った様子のない塩の瓶を開け、ボウルに入れながら苦笑した。
パン生地をこね終えた。その時だった。
ログハウスの扉を叩く音がした。
ジャスミンが戻ってきたのだろうか?
いつもなら、遠慮なく入ってくるのに珍しい。
不思議に思いながら、ドアノブに手をかけると「すみませんが、どなたかおられますか」と弱々しい声がした。
警戒しながら扉を開けると、くたびれた男がいた。
みすぼらしい旅装束を着ている。腰に剣が下がっていないところを見ると、学者、あるいは吟遊詩人といったところか。それにしても、ずいぶん疲れた様子だ。
「……なんの用だ?」
「すみません、水をもらえないでしょうか?」
「水?」
「旅の途中、水を切らしてしまいまして」
ずりずりと扉に寄り掛かる男はふらつきながら、空になったという革袋を取り出す。
「そりゃ構わないが。だいぶ疲れてるようだな」
「ははっ、お恥ずかしい……路銀が足りず、ここ数日まともなものを食ずでして」
「あいにく分けてやれる食い物は少ないが……パンと茶でもどうだ?」
「……いいのですか?」
「そんなもんでよけりゃな。そこのベンチで待っててくれ」
丸太で作ったベンチを指差すと、男はほっとした様子で礼を繰り返す。
よたよたとベンチに向かう男が、そこに崩れるようにして座ったのを確かめてから、キッチンに戻った。悪いやつには見えないが、ログハウスの中に入れないに越したことはないからな。
さて、朝焼いたパンがまだ残っていたはずだ。夜の分が減るが、まあいいだろう。牢で飢えた日を思い出せば、一晩くらいなんてこともないしな。
乾燥させたミスティアの葉と山風樹、ベリーを入れたポットに湯を注ぐ。それに、パンをのせた皿、水で満たした革袋を用意してから、男のところへ戻った。
男はもう動く気力もなさそうに項垂れていた。
「こんなもんしかないが、食ってくれ」
「いやいや、感謝します」
顔を上げた男にカップを差し出すと、まだ熱いだろうそれに、息を何度も吹き掛けて冷ましながら、ごくごくと飲んでいく。
よほど、喉が乾いていたんだな。
空になったカップにハーブティーを注ぎ足し、パンの皿を差し出すと、男は礼をいいながら手を伸ばした。
よほど腹も減っていたのだろう。大きな口で噛りつき咀嚼すると、再びカップに手を伸ばした。
「ゆっくり食ってくれ」
「……ありがとうございます」
男はゴクンと喉を鳴らすと、大きく一息つく。
「本当に美味いです……兄さん、店でも開くつもりですか?」
「……店?」
「充分、売れる味ですよ」
「ははっ、ずいぶん持ち上げるな」
「本心ですよ。特にこの茶は素晴らしい。こんなに優しい茶を飲んだのは初めてですよ。ああ、心なしか魔力も回復しているようだ」
どうやらこの男、魔術師のようだな。
自身の手とカップを交互に見た男は、再びハーブティーを口に含んで頷いた。
ジャスミンが効能を引き出したというミスティアの葉が、魔力の回復に効いたのかもしれないな。とはいえ、確証はないが。
「疲れていたからだろう」
「だとしても、また飲みたくなる味ですよ」
「それはどうも。気が向いたら、店を開くよ」
「ぜひまた立ち寄らなければなりませんね」
すっかり顔色のよくなった男は、パンをぺろりと平らげた。
予定時間を大幅にすぎてしまいました。申し訳ないです。
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