第22話 村興しのワインはまだ若い
ジャスミンにせがまれ、まずはキノコソースを皿に盛る。次に、煮詰まったトマトソースの味をみたが、やはりスパインバジルがあった方がいいな。あるいは、ハーブ塩を使った方が締まるな。けど、ここではこれが精いっぱいというとこか。
少し酸味の残ったトマトソースもさらに盛りつけ「完成だ」といえば、ジャスミンが「早く早く」と再びせがんだ。
スカートを翻して慌ただしく食卓に戻るのを、トレヴァーが「埃が立つだろう!」と叱っている。その様子を見て、サマトンが「お前らは兄妹みたいだな」と笑う。
「こーんなへっぽこ兄は願い下げよ!」
「気が合うじゃねぇか。俺だって、可愛げのない妹はいらねぇよ!」
「はははっ、ケンカの仕方まで、兄妹みたいだな!」
「そっ、そんなことないし!」
「絶対ありえねーし!」
サマトンにからかわれている気付かない二人が騒いでいる姿は、確かに、他人というには距離が近い。
俺が十に満たなかった幼い頃に、兄上と言い合いをしたことがあった。ケンカの理由はなんだったか。思い出せないくらいだから、些細なことなんだろう。あの時は、乳母や家庭教師が止めに入りながらも、にこにこと笑っていた。幼いながらに、どうして笑うんだと傷ついたものだが。
目の前で頬を膨らませるジャスミンとトレヴァーを見ていると、おかしくなる。
「……まるで家族か」
低く呟くと、モナが俺の背を叩いて笑った。
「さあ、旦那のソース、味あわせて貰おうかね! 二人とも、ケンカなんかしてたら、せっかくの料理が不味くなるよ!」
ほらほらといって席に着くモナは、切り分けたチキンソテーにトマトソースをかけると、口に運んだ。
ジャスミンとトレヴァーは顔を見合わせると、少し気まずそうにしながら席についた。すると、モナはそれを見計らったように「これはいいね!」と声を上げた。
「トマト煮とはまた違うね。チキンの味がしっかりわかるよ!」
「口に合ったようで、よかった」
「パンにのせても美味そうだな」
サマトンはいいながら、パンにトマトソースをのせて口に放り込むと「こりゃ酒にも合いそうだ!」と笑った。
「あたしも食べる!」
ケンカの空気はどこへやら。
ジャスミンとトレヴァーも席に戻ると、再び料理を口に運び始めた。
賑やかな食卓を前にほっと息をつく。すると、サマトンが木製のカップとワインボトルを持ってきた。
「俺の息子が作ってるワインだ」
「息子さんのですか?」
「ああ。村で作ってるんだが、まだ特産品といえるような出来じゃなくてな。まあ、飲んでくれ!」
苦笑しながら、サマトンはカップに惜しげもなくワインを注いだ。
赤い液体が、部屋の明かりを反射してゆらめいた。口をつけてみると、爽やかなブドウの香りが立ち上がる。確かに、城で飲んだ重厚なワインよりも軽くて、王侯貴族が好むものではなさそうだ。
「ワイン作りを始めたのは、最近ですか?」
「お、わかるんか?」
「いえ……以前飲んだものと比べると果実感がだいぶ残っているので、熟成期間が浅いのかと」
「さすがだな! その通りだ。この村は特産品ってもんがなかったからな。どうにか村興しをしようと、数少ない若い連中が数年前から頑張って作ってんだ。その中心が、俺の息子でな」
少し照れくさそうに、だけど自慢げな顔でサマトンは笑うとカップに口をつける。
話を聞いていたモナが、俺とサマトンの皿にチキンソテーを置き、トマトソースをかけた。
「飲むのもいいが、料理を食べとくれよ」
「わーってる! しかし、このトマトソースってのは、ワインにも合うな」
「ワインに合わせるならチキンよりイノシシ肉の香草焼きの方が、いいかもしれませんね」
「香草焼き? ほう、それも食ってみたいな!」
香草で香り付けをしたバターソース、いいや、ハーブバターを使うのもありだな。刻んだスパインバジルとシルキーセージ、シルヴェローズあたりが肉に合うだろう。今度、試しにハーブバターを作ってみるか。
ワインを飲みながら、ハーブの香りがするバターの味を思い出していると、モナが俺を呼んだ。
「旦那、祭りの料理を一緒に考えちゃくれないかい?」
「祭りの料理?」
「ワインを振舞うそうなんだけど、あたしたちは上手いこと合う料理が思い浮かばなくてね」
話を聞くと、この村の料理は野菜中心の素朴なものだから、いまいちワインに合う料理がないそうだ。昨年は、それもあってかワインの評判はいまいちだったそうだ。
若いワインであれば、野菜料理と合わなくもないだろうが、飲みなれていないと思い浮かばないということか。
カップの中に残るワインを見ながら少し考える。
ワインがあれば、料理にも幅が広がるよな。これを機にカフェの料理を考案するのも手かもしれない。
「……一つ相談なんですが、祭りの料理を考える代わりに、カフェのメニュー考案の手伝いをしてもらっていいですか?」
「カフェってのは、旦那の店のことかい? 勿論、協力するよ!!」
モナが嬉しそうに声を上げると、ジャスミンが「お祭りの料理!?」と目を輝かせた。その横でトレヴァーが「儲け話か?」と興味津々な顔をする。
これはまた、一段と賑やかになりそうだな。
◇
祭りに向け、村の教会を立て直す準備はトラブルもなく進んでいるようだった。それと同時に、村長の計らいで、俺たちのログハウスの内装を整える手伝いを、村の大工たちが手伝ってくれることになった。
ある日の早朝。俺とジャスミンはハーブ畑の手入れをしていた。
夏も盛りで、日中に畑で作業をするのは身体が堪える。それと午後には、村の婦人会と合流して祭りの料理とカフェのメニュー考案で忙しいため、ハーブの手入れは日が昇る薄暗い時間から始めている。
「トレヴァーのこと叩き起こせばいいのに!」
わっさりと葉を広げるミスティアを剪定しながら、ジャスミンは頬を膨らませた。
だいぶ伸びてきたシルヴェローズの茎をハサミで落としながら、つい苦笑を零した。不満になる気持ちも分かるからな。
夏に入ってから、ハーブの成長は著しかった。ジャスミンが悲鳴を上げるほど、畑には青々とした葉がこんもりと広がっている。その横で、モナに分けてもらったレッドペッパーの株もだいぶ成長していた。爽やかなハーブとレッドペッパーの香り効果なのか、あのシャドウニブル騒動以来、目立った害虫もついていない。
つまり、畑の手入れで猫の手も借りたいくらいに忙しい訳だ。
「寝かせておいてやれ。慣れない大工の手伝いで疲れているんだ」
「そうだけど……」
「俺が手伝いに行ってもいいんだが」
「それじゃ、誰がお祭りの料理を考えるのよ!?」
それはダメだといって、ジャスミンはぶんぶんと頭を横に振った。食べることが最重要みたいなやつだからな。よっぽど、祭りの料理が楽しみなんだろう。
「ハーブもだいぶ育った。祭りに合わせて開店できるかもしれないな」
「お肉や卵の調達は、村長さんが協力してくれるし、お野菜はモナさんや他の農家さんから安く仕入れられるのよね?」
「ああ。カフェでハーブや調味料の販売許可も降りたし、手続きは村長を通して全て終えている」
パチンっとハサミを鳴らして、すっかり育ったシルキーセージの葉を摘んでいると、わくわくした顔のジャスミンが「今日も、大工さん来るかな?」といった。
「カウンター作りがまだ途中だといっていたから、来るだろう」
「じゃあ、看板の相談もしないとね! 本当は銅製がいいんだろうけど」
「銅製か……この村に鍛冶屋はあるのか?」
「一応あるよ。でも、この時期は忙しいからな……」
摘んだハーブをカゴに入れ、ジャスミンは少し口を尖らせながら「無理かな」と呟いた。
確かにな。これから農家はどこもかしこも収穫期で忙しくなる。そうなれば、農耕具のトラブルが起きたり、秋の麦収穫に備えて水車小屋の点検を行ったりもするだろう。
「ダメもとで頼んで間に合わないようなら、木製の看板を頼むか」
「看板の下に、小さなカゴを下げるフックをつけてもらえるかな?」
「カゴをどうするんだ?」
「このくらいのカゴでいいんだけど」
両手を広げたジャスミンは、繰り返し「これくらいね」といい、手振りで大きさをなんとなく伝える。直径二十センチくらいだろうか。そんなものを看板に下げてどうするつもりなのか。一瞬、鳥の巣かと思ったが、そんな安定しない場所に置いても鳥は来ないだろうし、鳥を呼ぶなら巣箱だろう。
首を傾げていると、ジャスミンは「花カゴよ!」といって得意げな笑みを浮かべた。
「花カゴ?」
「季節の花を看板に飾ったら可愛いと思うの!」
秋の花ならコスモス、ダリア、ベゴニア──指を折りながら花の名前を上げていくジャスミンに「そういうことか」と頷くと、呆れた顔をされた。
「他に、カゴをなにに使うっていうのよ」
「……花を飾るなんてのは、男の俺には思いつかない話だ」
「ルーファスって、そういうとこ無頓着そうだもんね」
「悪かったな。そういったことに縁のない人生で」
縁がないというか、そんな余裕がなかっただけだが。苦笑しながら、すっかりハーブで山盛りになったカゴを持ち上げた。
「そろそろトレヴァーも起きるだろう。朝食の用意をするぞ」
「はーい。ご飯の前に、ハーブは乾燥させちゃうね!」
「ああ、任せた」
カゴを持ち上げるジャスミンと揃ってログハウスに戻ろうとした時だった。俺を「ルーファスの旦那!」と声がした。そちらに顔を巡らせると、村の大工──店のカウンターやテーブルを作ってくれているヨークが、大股でずんずんと近づいてきた。
「おはよう。こんな朝早くからどうした?」
「折り入って頼みたいことがあって来たんだよ」
「頼みたいこと?」
ハーブの収穫に祭りと店の準備、生憎とそれなりに忙しい日々を過ごしている。こり以上、なにか仕事が増えるのは、いささか気が進まないが。
ちらりとヨークの様子を伺った。なにか問題があったのか、少し気まずさを滲ませながら笑っている。
「実は材木が少し足らなくて、森に伐り出しへ行くことになってな」
がしがしと髪をかき乱しながら、ヨークは「すまないな」と話を続けた。
「旦那の店の準備が遅れちまうと思うんだが、構わないかい?」
「そんなことか。元より、急いでいない。気にしないでくれ」
「本当かい!? いやぁ、助かるよ。ついでなんだが、材木の切り出しに、トレヴァーを連れていってもいいかい?」
「トレヴァーを……なぜ俺に訊く?」
「そりゃ、旦那が保護者だからに決まってんだろ?」
さも当然のように答えられ、保護者という言葉に深々とため息が零れた。俺とトレヴァーはせいぜい年の離れた兄弟くらいだろう。そもそも、あいつはつい先日まで一人旅をしていた。保護者は必要ない年齢の筈だ。
俺はだいぶ渋い顔をしていたのか、ジャスミンが小さく噴き出して笑った。
「……本人が構わないなら自由にすればいい」
当の本人はまだ寝ているがな。
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