第21話 慕われたいと思っていたが、今は些細なことだといえる
全ての畑に薬を撒き終えるには時間が足らず、作業は翌日に繰り越すことになった。
だいぶ日が暮れ、空が茜色から藍色へと移ろう中、トレヴァーとそろそろログハウスに帰るかと話していると、ジャスミンが駆けてきた。
ずいぶんと元気が戻ったようで、俺たちに追突する勢いだな。と思っていたら、ジャスミンは止まらない。おいおいっと思っているうちに、俺たちはジャスミンを受け止めるような形になった。
「魔力は回復したようだな?」
「そんだけ元気なら、明日は手伝えよな!」
「わかってるわよ!」
トレヴァーときゃんきゃん言い合う様子に苦笑していると、ジャスミンの側にいてくれた婦人がにこにこしながら近づいてきた。
「あんたたち、腹減ってるでしょう。家によってご飯食べていきなさいな!」
「いや、しかし──……」
断りの言葉を口にしようとした時、ジャスミンとトレヴァーの腹が盛大に鳴った。遠慮がないというか、素直というか。
「遠慮はいらないよ! 人数が多い方が楽しいし。ねえ、あんた!」
「そうだな。俺は農機具を片付けてから行く。先に帰って、美味い飯を作っておいてくれ」
「任せておきよ。さあ、旦那たちもついておいで」
大きな口で笑う婦人は歩き出した。その横にジャスミンが並ぶ。その後ろ姿は、まるで母親に甘える子どものようにも見えた。
俺はトレヴァーと顔を見合ったが、ジャスミンの「早く行こう!」という声に促され、ついていくことにした。
「なあ、ルーファス」
「なんだ?」
「あいつは警戒心なさすぎじゃねぇか?」
「そうだな。まあ、大魔女が生きていた頃から村と交流もあっただろうからな」
「ふーん……俺のとことは違うな」
「俺のとこ?」
「あーいや……まあ、いろんな村があるよなって話だ。ここはお人好し村なんだろうな」
少しだけ目を泳がせたトレヴァーは、小さく「少し羨ましいな」と呟いた。
羨ましいか。──失地王となる前を思い出し、常に人を従えて笑っていた兄上の姿がちらつく。あの頃は、人に囲まれて笑っている兄上が羨ましかった。期待され、慕われている姿が輝かしくて、ああなりたいとだけ思っていた。
なに一つ、わかっていなかった。無知な俺はまんまと利用されて、命まで奪われた。思い出すと滑稽すぎるな。
喉の奥でくくっと笑いを堪えると、トレヴァーが「どうした?」と気遣うように声をかけてきた。
「いや、なに……俺にも、お前と同じように人を羨むような時期があったと思ってな」
「……そうなのか?」
横を見れば、薄暗い中でもわかるくらい、トレヴァーは目を見開いて俺を見ている。
「ああ。俺には兄がいてな。人を惹きつけるあの人のようになりたいとも思った。俺の周りには、誰もいなかったからな」
「誰も? ルーファスの側に?」
「そんなに驚くことか?」
「驚くだろう。だって、ルーファスは──」
トレヴァーがなにかを言いかけた時、振り返ったジャスミンが「ルーファス、トレヴァー!」と俺たちを呼んで手を振った。それに手を振って返すと、トレヴァーが立ち止まる。
「ちゃんと、慕われてるじゃないか」
「……どうだかな。まあ、今の俺にとっては些細なことだ」
「なんで?」
「ハーブ畑とあのログハウスがある。それだけで充分だ。それ以上を求めたら……また失った時が怖いだろう」
玉座なんていらなかった。だけど、兄上が羨ましかったがゆえに、周りにいいように使われた。のせられて王になった挙句、命を失った。
過去の俺は、なんて滑稽だろう。
こっちを振り返ったジャスミンが「なにしてるの?」と急かすようにいう。
トレヴァーの背を叩き、一歩踏み出すと「ルーファス」と緊張した声に呼び止められる。振り返ると、薄暗い中でもわかるくらい、真面目な顔をしたトレヴァーが俺を見ていた。
「俺は……ルーファスでよかったって思ってるからな」
「なんだ、急に?」
「だから……俺を止めに来たのが、ルーファスとジャスミンでよかった。ちゃんと、その……慕ってるってのとは違うかもしんねーけど、あのログハウスに住んでたのが、ルーファスでよかったっつーか」
いいながら、どうやら混乱してきたらしいトレヴァーは髪をかき乱す。
「とにかく! ルーファスの兄貴のことは知らねーけど、俺が残ってる理由は、その……そういうことだから!」
口早に言い切ったトレヴァーは歩き出した。その背中が少しだけ緊張しているように見え、おかしくなる。まるで、幼かった俺が、まだ存命だった父へ「父上は私の誇りです!」と無邪気にいっていたようだ。
俺が目指すべきは、兄上ではなく、父上だったのだろう。それに、失地王となる前に気付けていたら……こいつらとは出会えていなかったのか。
一歩踏み出しながら、おかしさに口元を緩める。
過去を悔やみながらも、ジャスミンとトレヴァーの存在を失うのが寂しいと思うなんてな。
建物の明かりの中で立ち止まったトレヴァーが、俺を振り返った。その横でジャスミンが再び手を振って俺を急かす。
「ルーファス! モナさんがお夕飯作るの手伝って欲しいって!」
「よろしくたのむよ、旦那!」
にこにこと笑う姿にため息をつきながら歩み寄ると、モナと呼ばれた婦人が笑った。
「旦那は料理が上手いって、ジャスミンちゃんが凄い褒めてるから、気になってね」
「……おい、ジャスミン」
「いいじゃない。カフェを開く前のいい練習と思えば!」
俺がそう思うのと、いわれてやるのでは、かなり意味合いが異なると思うのだが。
暗い家の前で、モナは手に持っていたランタンを入り口横の壁へとかけ、静かにドアを開けた。すると、暖かな光が部屋のランタンにぽつぽつと灯っていく。
「さあ、上がった上がった!」
朗らかな笑顔に迎えられ、俺たちは家に上がった。それからモナに急かされ、キッチンへと入って忙しく料理をこしらえた。
ウォルナットを練り込んだパンに、野菜とベーコンを煮込んだトマトスープ、青菜とニンニクのソテー、イモのチーズ焼き──次々にテーブルに並べられた料理は、農家だけあって野菜が豊富のメニューだ。
チーズと野菜を混ぜて焼いたオムレツ、チキンソテーが並ぶと、ジャスミンが歓喜の声を上げた。
「美味しそーーー!」
「まるで店の料理じゃん!」
「モナさん、こんなにいいの!?」
「さあ、遠慮せずにお食べ。ほら、旦那も座って!」
モナに急かされるようにして席につくと、丁度、家主が戻ってきた。外套を入り口横に下げると、こちらを見て「今日豪勢だな!」といった。
「遅かったね、サマトン。今夜はルーファスの旦那と作ったんだよ」
「そうなのか。店を出すって、村長からは聞いてたが、たいしたもんだな」
「ほら、あんたが座ってくれないと、皆して食べられないだろ。早くおしよ!」
急かすモナに「手厳しいな」と笑いながら、俺の横に腰を下ろした家主──サマトンは「ありがたくいただこう」といって手を組み、村に祀られる森の女神へ感謝の言葉を捧げる。そうして、賑やかな食事が始まった。
「モナさん、トマトスープおかわりしていい!?」
「気に入ってくれたのかい? たんとお食べ」
「このオムレツは旦那が作ったのかい? モナ、これの作り方を教わってくれよ!」
「まったく、この人は食べる専門だね」
大きな口で笑ったモナはオムレツを口に運ぶと「あらやだ」と呟いて目を見開いた。なにか変な味でもしたのだろうか?
料理をしないジャスミンとトレヴァー以外に、料理を食べられたことはない。正直なとこと、日常的に料理をしている婦人に食べてもらうというのは、そこそこ緊張するものだ。こんなことでカフェを開くなんてのは、傲慢すぎるの気もする。
食べる手を止め、モナの言動を注視していると「美味しいもんだね」と呟きが聞こえてきた。その瞬間、肩の力が抜けて、ほっと小さなため息が口をついて出た。
「ふわっとした食感に野菜の甘みが効いてるよ。こんなオムレツ、初めてだよ」
「ルーファスのオムレツ美味しいでしょ! シンプルなのも凄く美味しいんだから!!」
「オムレツだけで、そんなにいろいろ出来るのかい? あたしゃ、ミルクと塩くらいしか入れないんだけどね」
「シンプルなオムレツもソースを変えるだけで、気分が変わりますよ」
「ソースってのは、あれかい。料理にかける調味液のことかい?」
調味液といわれ、なるほどと気付いた。
城や王都ではすっかり広まっている食べ方だが、地方ではまだ一般的ではないのか。
「調味液といいますか……」
さて、どう説明したらいいか。考えていると、チキンソテーが目に入った。塩を振って焼いただけのシンプルなものだ。これだって、ソースをかけるだけでだいぶ味が変わる。
「少しキッチンを借りていいですか?」
「構やしないけど?」
「トマトとニンニク、玉ねぎ、それからキノコとレッドペッパーはありますか?」
「あるよ。なにか作るのかい?」
席を立つと、モナも興味津々な顔で立ち上がった。
「ええ。チキンソテーに丁度いいソースを作ろうかと」
そのほうが、説明するより手っ取り早いからな。
モナに案内され、再びキッチンに立った。このキッチンの竈はだいぶ大きい。いくつも調理器具が置けるのはだいぶ助かる。
玉ねぎとニンニクを鍋に入れ、弱火で炒めている間にトマトを刻む。そうして、いい香りが立ってきたところにトマトと塩を入れて、火を少し強めた。後は煮詰めるだけだ。
「これが、ソースかい?」
「調味液というか、料理にかけるもの全般をソースというんですよ」
「ここに肉を入れて煮込んでも美味しそうだね!」
「それだと時間がかかるので、焼いた肉にかけるんです」
「ああ、チキンソテーにかけるってことかい?」
「オムレツにも合いますよ」
納得したらしいモナの顔はすでに満面の笑みで輝いている。この婦人は、よっぽど料理が好きなのだろう。
トマトを似ている間に、別のフライパンを取り出す。そこにバターと一緒に刻んだニンニク、レッドペッパーを入れて炒め、香りが立ったところでスライスしたキノコをどっさりと入れた。
「これもソースなのかい?」
「そうです。じっくり炒めてキノコの旨味を出せば、味付けは塩だけで充分です」
「面白いじゃないかい!」
「キノコの香りはハーブに負けないくらい、いいですからね」
出来ることなら、トマトソースにはスパインバジルを入れたいところだが、今日は仕方ない。
キノコを炒めながら、横のトマトソースをかき混ぜていると、後ろから「美味しそうな匂い」と声がした。振り返ると、ジャスミンたちがそろって覗き込んでいる。
「もうすぐだから、大人しく待っていろ」
食い意地のはっているジャスミンに釘を打つようにいうと、横でモナがくすくすと笑い出した。何か変なことをいったのだろうか。
「旦那はまるで、ジャスミンちゃんのお父さんだね」
「……あんなデカい娘を持った覚えはないですよ」
「あははっ、そりゃそうだろうね。けど、まるで家族に見えるよ」
「家族……」
脳裏に兄上の姿がちらりとよぎる。
賑やかなことが好きだった兄上との食事は、常に華やかだった。王族の他、家臣も同席させた。多い時では三十人ほど呼んでいたか。煌びやかだったが、穏やかではない。いつだって腹の探り合いの場だった。
だけど、今は違う。たった五人での小さな食卓だというのに、なんて温かいのだろう。
ぐつぐつと煮えるトマトソースを見ながら、俺は無意識に口元を緩めて笑っていた。
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