第20話 害虫除けの魔法薬を作ろう!
にこりとも笑わないジャスミンの問いに、しゃがんだままのトレヴァーは少し眉を吊り上げて顔を上げた。
「闇の魔力の適性があるなら、さっさと卵から魔力回収しなさいよ」
「──いいのか?」
ジャスミンの言葉がよほど意外だったのだろう。彼女を振り返ったトレヴァーは、驚きに目を見開いている。まあ、あれだけのケンカしたのだから、シャドウニブルに関わる行動を反対されると思っていたのだろう。俺だってそう思う。
そっぽを向きながら、ジャスミンは「かまわないわよ」といった。
「その卵を孵化させないなら、どう扱おうが、あんたの勝手よ!……孵化させたら許さないけど」
気のせいか、ジャスミンの顔は赤くなっている。
シャドウニブルを増やすのは困ると、俺からトレヴァーに話して欲しいといっていたのにな。自分でちゃんと伝えられるじゃないか。──彼女なりに頑張ったといったところか。
小さな頭をがしがしと撫でまわすと、その白かった耳まで赤くなった。
呆気に取られているトレヴァーは、困惑した顔を俺に向けた。
「俺もジャスミンも、お前の金儲けを邪魔したいわけじゃない。ただ、畑や森のことを考えて動いている。そのことを、忘れないでくれ」
言葉足らずなジャスミンに代わって伝えると、トレヴァーは髪をガシガシとかき回しながら立ち上がり、少し小さく「悪かったな」といった。
トレヴァーの右手が突き出された。その人差し指に輝く銀の指輪には、黒光りする宝石が埋め込まれている。
「じゃあ、遠慮なく、シャドウニブルの魔力は全部回収するぜ。ルーファス、ちょっと下がってくれ!」
いわれたまま数歩下がると、指輪から赤い光が放たれ、地面に輝く魔法陣が浮かんだ。
「深き闇夜に眠る数多の命よ」
トレヴァーが詠唱を口にすると、呼応した魔法陣が赤々と輝いた。すると、青々とした葉の中で黒光りしていたシャドウニブルの卵が、まるで熱せられた鉄のように赤々と輝いた。まるで、内に秘められた命が強く光を放っているようだ。
「その力、我が魔力と合わさり新たな輝きとなれ──ヴィタコレクト!」
力強い号令と共に、赤い光が空に向かって放たれた。それは螺旋を描いてトレヴァーの指輪へと吸い込まれていく。
全ての赤い光が消えた後、地面にはハーブの葉だけが残されていた。
「……終わったのか?」
「おう! シャドウニブルを売れないのは残念だけど、これだけの上質な闇の魔力を貯められんのは儲けもんだぜ!」
にかっと笑ったトレヴァーは、指輪の宝石を一拭いした。
「寛大なルーファスとあたしに、感謝なさいよ!」
「へいへーい、感謝してるって」
「誠意を全く感じないんだけど!?」
「んなことねーって。ほら、農家が待ってんだから、さっさと駆除薬作ってやれよ。森の大魔女様!」
「なに、その言い方。バカにしてない!?」
「してねーって」
げらげら笑いながら、トレヴァーはログハウスへと向かう。その後を、ジャスミンはきゃんきゃんと小動物が喚くようにしながらついていく。
騒々しい二人を見て、ほっと安堵の息がついて出た。とりあえず、元に戻ったということか。ケンカはこれからも絶えなさそうだが……あおれが、あいつらなりのコミュニケーションでもあるのかもしれないな。
ログハウスに入っていったジャスミンがひょこっと顔を出して「ルーファス、早く!」と、俺を祖かした。そういえば、あいつの持ってきた釜は俺が持っていたんだったな。
一度、ついと視線を釜に落としてから、ログハウスに向かった。
キッチンに入ると、ジャスミンに「早く早く」と急かされる。
作業台に置かれた銅鍋から、薬草と茶色の液体が入った瓶、木製の大きなスプーン、空の瓶などが出てきた。これだけのものが入っていれば重い訳だ。
「シルキーセージにミスティア、シスルジンガー、ティオルツリーの葉っぱでしょ……」
ハーブを揉んだり千切ったりしながら、釜へと入れていくジャスミンの顔は真剣そのものだ。トレヴァーがもらってきたレッドペッパーもぽきぽきと折りながら、次々に鍋に入れていく。最後に、茶色の液体が入った瓶のふたを開け、中身を注いだ。
つんとした酸っぱい匂いがキッチンに広がる。焦げ臭いにおいも混ざっていて、なんともいえない。まさか、これを火にかけるつもりか?
部屋中に想像を絶する匂いが広がる想像をして、顔が引きつった。
「ジャスミン、それはなんだ?」
「すげー匂いだな」
「木酢液よ」
「……木酢液?」
「木炭を作る時に出来る液体で、虫はこの匂いが大っ嫌いなの」
人間も好き好むやつはいないと思うが。
ジャスミンは「魔法の水を加えて」と呟きながら、杖を振るいながらぶつぶつと詠唱を呟き始める。そうして最後に「シャイニーウェル!」と唱えた。
畑で初めて見たジャスミンの魔法、シャイニーレインと似ていたが、今回は空から降ってくるわけではなく、釜のそこからキラキラと輝く水が湧き上がった。
「さあ、火にかけていくわよ!」
やっぱり、火にかけるんだな。キッチンで作るんだから、そりゃそうか。
思わず顔を引きつらせ、トレヴァーと顔を見合った。
◇
夕暮れ前、全ての瓶にキラキラと輝く琥珀色の液体をつめ終えたジャスミンが、満足そうに「できた!」と声を上げた。
出来上がった魔法薬は不思議な香りだ。焦げと酸っぱい匂いの中に、爽やかなハーブの香りも感じるし、目がしぱしぱするような刺激もある。これはレッドペッパーの効果だろうか。
はっきりいって、強烈だ。
キッチンの中に充満する匂いは、数日残りそうだな。
「ハーブ畑に撒いたら、村に届けるわよ!」
釜の持ち手を掴んだジャスミンは、足音を大きくして裏口から外に飛び出す。釜にはそれほど残っれいなかったようだったが、足りるのか?
気になって外に顔を出すと、キラキラと黄金色に輝く雨が畑に降っていた。
つんとした香りが風に乗って届いてくる。
「……これは?」
「薬をあたしの魔法水で薄めて撒いているのよ!」
ジャスミンが、ふふんっと自慢げな顔で杖を振ると、釜の中から輝く水滴がベールのように飛び出した。それが風に乗ってハーブ畑の上に届くと、輝きながら雫を落とす。
「農家にも同じことをするのか?」
「さすがにそれは、魔力が尽きるわ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「井戸水で薄めたのをジョウロで撒いても、ちゃんと効果はあるから大丈夫よ。さあ、これで最後!」
再度、杖を振ったジャスミンは「完璧ね!」といって笑った。
それから三人で村に行き、虫除けの魔法薬を農家に渡すと大喜びされた。
「これだよ、これ!」
「懐かしいね。大魔女が作ってくれた薬と同じだ!」
「ああ、この強烈な匂い。間違いないな!」
村人たちは豪快に笑いながら「ありがとうな」と、口々にジャスミンへ礼をいった。それを聞き、息を飲んだジャスミンの目にうっすらと涙が浮かぶ。祖母のことを思い出しているのだろうか。
「魔女ちゃん、使い方は前のと同じかい?」
「水で薄めて畑に撒けばいいんだよな?」
「──うん! そうよ!!」
目元をぐいっと拭ったジャスミンの顔が、日差しを浴びて輝いた。その頭を軽く撫でてやると、照れくさそうにしながら俺を見上げる。そんな俺たちの横から、トレヴァーが一歩前に出た。
「おっちゃん、手伝うぜ!」
「おう、助かる!」
「俺も手伝おう」
トレヴァーと一緒に畑へと向かうと、ジャスミンもついて来ようとした。それを制止すると、幼い顔がきょとんとする。
「ジャスミン、お前は休め。魔力を使って疲れているだろう?」
「こ、このくらい平気よ!」
「意地を張るな。それに、トレヴァーが張り切っているんだ。任せておけ」
とんっと肩のあたりを突くと、ジャスミンは少しふらつく。ここに来るまでも、少し足が重そうだと思っていたが、やはり意地を張っていたのだろう。
俺たちの会話に気付いたらしい農家の婦人が「どうしたんだい?」と声をかけてきた。
「魔法薬を作って、少し疲れているようだ。休ませてやってくれるか?」
「なんだい、早くいいなさいな!」
「で、でも、畑の手伝いを」
「そんなの男たちにやらせときな! ほら、魔女ちゃんはこっちで休みなさい」
大きな口で笑う婦人はジャスミンの手を引くと、木陰にあるベンチまで歩いていった。
ちらちらと、こっちを振り返るジャスミンが少し心細そうな顔をしたが、俺は軽く手を振って畑へと向かうことした。
◆◆◆
「男手はいくつあっても、ありがたいね」
ジャスミンをベンチに座らせた農家の婦人は、しみじみといって籠から包みを出した。出てきたのは素朴なクッキーだ。
ふっくらとした手が、ジャスミンの小さな手を優しく掴むと、クッキーを掌に乗せる。
「ほら、これでもお食べ」
「……いいの?」
「遠慮なんてしないでいいんだよ。頑張ったご褒美さ!」
からからと笑う婦人は籠から木製のカップを採ると、すぐ傍の井戸から水を汲み、カップを満たした。
受け取ったカップを見下ろしたジャスミンは、日差しを浴びてキラキラと輝く水面をじっと見つめた。
輝きの中に浮かぶのは、祖母のローゼア・ガーランドと森の中で幸せだった日々。
一人ぼっちになってから、必死に、祖母の真似をして村や近隣の街のために奔走してきた。居場所を探して、できることをやってきた。時には失敗して、一人で泣いて。
手の中のクッキーを見つめ、ジャスミンは深く息を吸う。
「……ありがとう」
「こっちこそだよ。魔女ちゃんは、いつも村のことを気にかけてくれて、本当に助かってるんだよ」
「それは、お祖母ちゃんとの約束だし。それに……あたしも、村の役に立ちたいから」
カップの持ち手を握りしめたジャスミンは唇を引き結んだ。そうしていないと、ぽつんと一人取り残された孤独が襲ってくるような気がしていた。
「なにいってるんだい。充分すぎるよ!」
「……本当? あたし、ちゃんと村の一員になれてる?」
上げられたジャスミンの顔が不安げに見えたのだろう。婦人は驚いたように目を見開くと、小さくため息をこぼして笑みを浮かべた。
木陰を吹き抜ける風が、ジャスミンの髪を優しく揺らす。
「ずっと前から、村の一員だよ──ジャスミンちゃん」
朗らかな笑みが、少し傾いた陽射しを浴びて温かく輝く。それを見て、ジャスミンの目にじわじわと涙が浮かんだ。
「それに、ハーブ畑の旦那も、魔術師の兄さんも、みんな村の一員だよ!」
女の視線が向けられたのは、魔法薬を撒きながら畑を往復する二人だ。
時々、なにか言い合っている姿を見て、ジャスミンは口元を緩めた。
ルーファスには、薬を作るハーブを手に入れるため近づいた。それだけだったのに、いつの間にか一緒にいるのが自然になっている。それが不思議と居心地がよくて、新しい家族ができたような気がしていた。
手の中にあるクッキーは一つだけ。それを見つめたジャスミンは、少しだけ不安に胸を痛める。そんな風に思っているのは、自分だけなんだろう、と。
「……ルーファスとトレヴァーも、村の一員?」
「当たり前だろ。ああして、手を貸してくれるんだからね」
「でも……あたしたちは外から来たのに、いいの?」
「そんなこと心配してたのかい? ジャスミンちゃんは、大魔女の孫だろ? 旦那は村はずれの畑を引き継いだって聞いたし……あー、難しいことは、あたしにゃわかんないけどね」
トレヴァーのことを上手くフォローする言葉が浮かばなかったのだろう。苦笑を浮かべた婦人は、ジャスミンの手にそっと触れた。
「村長が受け入れるっていってるんだから、あたしらは従うだけだよ。それなら、仲よくやった方がいいってもんだろ?」
風が吹き抜け、さわさわと木の葉が囁いた。
仲よくっやた方がいい。なんて単純明快な考えだろう。
「一緒に畑の世話をしたら、もう、家族さ!」
温かい言葉に、ジャスミンは「うん」と頷くと、クッキーを口に押し込めた。少し焦げたそれを噛むと、ほんのりと甘みが口の中に広がる。
優しさに胸を温かくしながら、ジャスミンは「これからも頑張るね」と呟いた。
◆◆◆
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