第2話 ログハウスの裏にあった荒れた畑と、女神の置き土産
ログハウスを磨き上げ、人心地つくと腹が鳴った。
最後に飯を食ったのはいつだったろう。
牢の中では、家畜でさえもう少しマシなものを食ってたんじゃないか、と思えるようなものを口に押し込まれていたからな。
腹がすくという感覚すら、遠い昔の記憶な気がする。
貯蔵庫に入り、保存瓶を開けた。キッチンから持ってきたボウルに小麦粉をすくい入れ、塩を混ぜる。そこに、蜂蜜とオリーブオイルを回し入れた。
キッチンに戻り、小麦粉に水をいれ捏ねたものをわきに寄せ、裏口から外にでた。
そこにあるのは山風樹だ。夏に咲く花は風鈴花とも呼ばれ、ほんのり甘い花びらをハーブティーに使う。今はまだ、その蕾すらないが柔らかな葉が生い茂っている。
山風樹の葉を摘みながら、可笑しくなって口許が緩んだ。
「まさか、毒殺を恐れて自炊していたのが役に立つとはな」
若葉を一枚口に放り込む。
噛むと少しの苦味と一緒に、優しい春の香りが広がった。悲しくも懐かしい味だ。
城にあったサンルームで育てていた草木は、どうなったのか。
俺の命を繋いでいた植物を思い出し、わずかにしんみりとしながら、空を見上げた。
青空には穏やかな雲が泳いでいる。
「……考えても仕方がないか」
苦笑しながら視線を下ろすと、そこに広がる荒れ果てた畑が目に飛び込んできた。
だいぶ広いな。しかし、これはまた……
枯れ草、枯れ枝が転がっている。これほど乾いて白茶けた土なんて、見たことがない。何年放置すればここまで荒れ果てるんだか。
「明日からは、畑を耕さないとな」
土に触れるのはいつ以来か。
城で畑を耕したのは、半ば必要に迫られてだったが。
「今回は、同じ必要に迫られてでも気が楽だ」
山風樹の横、生い茂る葉の中でなる赤いベリーに気付き、一つ摘まんで口に入れた。
酸味が強いが、それが丁度よく疲れた身体に染み渡る。食後のデザートにちょうどいいな。
それに、この葉も食べられるしハーブティーに出来たはずだ。
もしかしたら、こんな荒れた畑の横でも葉や実をつける木々は、女神の贈り物なのかもしれない。
至れり尽くせりで、少し怖くもある。
キッチンに戻ってから、放置しておいた生地を手に取った。それを拳大に切り分けて丸くする。
これまた女神の置き土産だろうフライパンを、火をつけたコンロに置き、そこに丸めた生地を並べた。
フライパンに蓋をして放置する間に、井戸水を入れた鍋に刻んだ干し肉も入れて煮込む。塩コショウで味を整え、摘んできた山風樹の葉を刻んでいれれば──
テーブルに、女神の置き土産から作った平焼きパン、干し肉と山風樹のスープ、摘んできた赤いベリーが並んだ。それと、真っ白なポットとカップ。
ポットのふたを開けると、ふわりと甘い香りが立ち上がる。そこに入っているのは、ベリーの葉だ。
カップに注ぐと、うっすらと色づいた茶から湯気が上がった。
席につき、誰にともなく「いただきます」といって、カップに口をつける。
口に広がる爽やかな香りが、ほっとする。
「だが……これじゃない」
記憶にあるハーブティーにはほど遠い。あの味をもう一度味わうには、まだまだやることが山積みだな。
焼きたてのパンを千切り、口に運ぶ。一噛みするごとに、心がほぐれていくようだった。
これからの日々を思い描きながら、久々の温かい食事を完食した。
◇
荒れ果てた畑を耕し始めて二日が経った。
さすがに全ての畑を整えるのは無理だ。それくらい、土地は広い。これだけの土地なら、なん十種類と育てられそうだが……
「さすがに、独りじゃ無理だな」
苦笑しながら、一人で管理できる程度の畝を作っていると、背後に気配を感じた。
風が吹き抜け、山風樹の葉がざわざわと揺れる。
「頑張るわね~」
振り返ると、とんがり帽子をかぶった少女が立っていた。十五、六歳くらいだろうか。
風に揺れるふわふわの金髪を飾る花飾りが、きらりと輝いた。手に可愛らしい杖を持っているところを見ると、この辺りに住んでいる魔女か。
だとしたら、魔女がなんの用で現れた。
警戒心を押し隠しながら、少女から視線をはずし、袋の種を畝に撒く。
魔女になど、関わらない方が身のためだ。
無視をして作業を続けると、さくっと音がして、視界に赤い靴の爪先が映り込んだ。
「こんな枯れた畑じゃ、芽は出ないわよ」
「……やってみないと、わからないだろ」
「わかるわよ! あたしは森の魔女だもの」
ふふんっと自慢げに笑う少女は、腰に手を当てて胸を張った。
「森の、魔女……?」
「そうよ。植物のことなら、誰よりも詳しいんだから!」
「……そうか」
「って、ちょっと! 人の話聞いてた!? 種を撒いたって意味ないんだから!」
少女の言葉を無視したことに腹を立てたのか。彼女は頬を膨らませながら、俺の顔を覗き込んできた。
「森の魔女ジャスミン様が、特別に助けてあげるわ!」
「……は?」
なんなんだ、こいつは。
ジャスミンと名乗った少女は、持っている杖を振ると、ふふっと笑った。ずいぶん自信満々といった面持ちだ。
なにが目的かさっぱりわからないが、こんな小娘に構っている暇はない。
「……俺は森に迷惑をかけた覚えはないし、俺の土地で何をしようが、お前に関係はないだろう」
「それはそうだけど。せっかくの種を無駄にするのはもったいないでしょ?」
「無駄にするつもりはない」
撒いた種に土をかけながら話すと、ジャスミンは「わかってないな」と呆れるように呟いた。
聞き捨てならないな。
見たところ、十五、六歳の小娘じゃないか。少なく見積もっても、十二は離れているだろう。こっちは、数多くの死線を潜ってきた大人だぞ。まあ、最後は騙されて処刑されたけどな。
命を繋ぐため、植物を育てた経験だってある。鍬の使い方も、農民に負けていないはずだ。
「小娘に、なにがわかる」
「小娘ってなによ! あたしはジャスミンよ。オ・ジ・サ・ン!」
「おじっ……俺は、ルーファスだ」
二十八の男は、十代の娘から見たらオジサンなのは仕方がないか。しかし、初対面の小娘に舐められた態度をとられ、若干の頭痛を感じる。
「あたしは、確かに力仕事は専門外よ。でも、この土地が魔力枯れしてることくらい、見ればわかるわ」
「……魔力枯れ?」
「そうよ。何年も放置されて、魔力が枯れたのよ。たとえ芽が出たとして、ちゃんと根付くかしらね?」
魔力枯れという言葉は初めて聞いた。
確かに、畑は手入れを怠ると土が固くなり、保水力がなくなる。そうなれば、植物は根を張れなくなる。そこに、魔力も関係しているのか?
井戸水を撒けばなんとかなるかと思っていたが……
「……お前なら、どうにかなるいうのか?」
「とーぜんでしょ! 森の魔女だもん」
自信満々な様子で、ジャスミンはにやりと笑う。
なにか企んでいるのか。
こんな小娘、剣があればどうとでもなるが、生憎、今の俺は丸腰だ。
警戒しながら黙ったままジャスミンを見ていると、「取引しない?」と軽く持ちかけられた。
「……取り引き?」
「そう。あたしが魔法で畑を復活させる。あなたはハーブを作る。収穫したハーブを、あたしは報酬として分けてもらう」
「ハーブを、お前に?」
「そうね。収穫の半分量でいいわよ!」
「半分だと?」
何を考えているんだ、この小娘は。
突拍子もない提案に顔をしかめ、ジャスミンを睨み付ける。しかし、臆する様子もなく、キラキラとした青い瞳で俺を真っ直ぐ見てきた。
「畑がなきゃ、何もできないじゃない」
「……それはそうだが」
「その基礎を作ってあげるのよ。他に頼んだら、お金をとられるレベルなんだから! 代わりにハーブをもらうくらい当然よ」
金を求められた方がわかりやす。しかし、俺が自由になる金は高がしれている。
ハーブで事足りるなら、交渉に応じるのもありなのか。しかし、疑いは拭えない。
「……それを使って、何をする気だ」
「ふふっ、それは乙女の秘密で~す。ま、あんたに迷惑かけるようなことはしないわよ」
「魔女を信じろと?」
「疑り深いわね~」
ちょっと唇を尖らせたジャスミンは、考える素振りをちらりと見せる。だがすぐに、何か思い付いたように杖を掲げた。
「こうしましょ。大サービスで、契約なしで畑を復活させてあげるわ。それに満足したら、ハーブを分けて!」
ずいぶんと、俺にばかり好条件だな。それだと、内心では満足しながら「ダメだな」といってジャスミンを追い出しても、問題ないことになる。
本当に、この小娘の目的はなんだ?
取引には裏があるものだ。それを、失地王と呼ばれた俺は嫌というほど目の当たりにしてきた。
裏切られ、金を奪われ、土地を失い──まあ今回、失うのは収穫したハーブの半分だ。土地や命を奪われるわけでもない。
「ね、どうかな? アフターサービスもするわよ。あ、でもその時は他のハーブも分けてよ!」
純真そのものといったつぶらな瞳が、俺を見つめていた。
育てたハーブを半分渡したとして、出来ることは限られる。ハーブとして飲食に使うか、薬を作るか売るか、そんなところだろう。
利用されることに代わらないが、よほど危険なハーブを渡さなければ、俺がなにかに巻き込まれることもないだろう。
それに、女神の置き土産に毒があるとは思えない。
裏切られた過去がちらついてしまうが、ここは話に乗って探るのもありか。
「……半分だな?」
ため息混じりに返すと、ジャスミンの目が見開かれた。まるで花の蕾が花開くように、その顔に喜びが満ちる。
悪意はなさそうだ。むしろ、拍子抜けするくらい純粋な笑顔だ。
「ふふっ。賢い選択ね! じゃあ、森の魔女ジャスミン様が、とっておきの魔法を見せてあげるわ!」
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