第19話 シャドウニブルは害虫か? 対立するジャスミンとトレヴァー
「どうせシャドウニブルの価値、知らねーんだろ!?」
「知ってるわよ!」
「だったら、もっと丁寧に捕まえろ!!」
「そんなことしてる場合!? 今すぐ畑のハーブ、隅から隅まで調べるわよ!」
ぎゃんぎゃんといい合うジャスミンとトレヴァーの後ろを、ひらりと蝶が舞った。瞬間、目を光らせたジャスミンが杖を振るい、再び森を揺らしそうな悲鳴が上がる。
ここが村から離れた場所でよかったな。
近所付き合いなんてものがあったら、村人たちがこぞって集まる騒ぎだぞ。
「二人とも……俺にも、わかるよう説明してくれ」
声をかけると、涙目のトレヴァーが振り返った。
「シャドウニブルの成虫は宝石並みの価値だ! 闇の魔力が強い森にしか生息していないから、なかなか入手できねぇ。高く売れんだよ!!」
「シャドウニブルの幼虫は、闇の魔力を排泄するの! それが原因で、作物が病気になるわ。さっさと駆除しないと!!」
「捕まえて売ればいい!!」
「駆除よ、駆除!!」
二人同時に訴えられ、頭が痛くなる。
やかましい二人の頭に手をのせて抑え。一言「落ち着け」といえば、そろって頬を膨らませて黙り込んだ。
「ジャスミン、あの蝶自体に害はないのか?」
「……シャドウニブルは強い闇の魔力を秘めているの。特に、その排泄物は土壌や植物に影響するのよ。卵なんて産み付けられたら大変なんだから!」
「けど、成虫は排泄をしない! わずかな花の蜜や水分で、十日間だけ命を繋ぐ。その間に、魔力と引き換えに卵を産むんだ。たった十日だぜ!」
なるほど。
ジャスミンはハーブを守るために、シャドウニブルを駆除したい。トレヴァーは捕まえて売り払いたい。真っ向から目的が違うということか。
睨み合う二人は、再び言い合いになりそうな空気だ。
しかし、辺りを見渡しても、もう蝶の姿はない。番だった二羽を始末したということか。
「くっそー! 儲けのチャンスだったのに!!」
「そんなにシャドウニブルが欲しいなら、黄昏の森ダスクウッドにでも行って、捕まえればいいわ!!」
「あんな危ねーとこ、入るもんじゃねーだろう!」
「それは、あんたがへっぽこだからでしょ!!」
「あんだとー!?」
「ジャスミン、いいすぎだ。トレヴァーも落ち着け」
再び言い合いになる二人にため息をつき、それぞれの頭を小突いた。
「蝶がどっからきたのか、気になるところではあるが……ひとまず、卵を産み付けられていないか確認するのが先決だな」
「念のため、駆除薬も撒いた方がいいわよ」
「薬……ハーブは口に入れるものだ。やたらに薬を使うのは、どうなんだ?」
「心配しなくても大丈夫よ。あたしがハーブで作るから。ミスティアとシルキーセージ、少し分けてね」
「……わかった。必要分を摘んでいくといい」
「トレヴァー、あんたは村からレッドペッパーをもらってきて。あたしは、足りないハーブを森で摘んでくるから」
「なんで俺が……」
「もしかしたら、村にも蝶がいるかもしれないでしょ! それを確認してくるの。畑が荒れたら、あんた、また疑われるわよ!!」
ふんっと鼻を鳴らすジャスミンに、トレヴァーは言い返す余地がなく、髪をがしがしとかき乱すと「蝶を見たら、捕まえるからな!」と怒鳴った。
「勝手にすればいいわ! ルーファスは、畑のハーブに卵がついていないか調べて」
いいながら畑に入っていくジャスミンは、シルキーセージの葉を摘み始めた。
トレヴァーはといえば、悔しそうにギリギリと奥歯を噛んで感情を押し込めようとしている。
俺としても、畑を優先して欲しいからな。ジャスミンの言い分が、有利ではある。
「トレヴァー、すまないが村の方を頼む。ハーブの点検が終わったら、俺も向かうと農家にも伝えてくれ。……村の畑に支障が出たら、カフェとしても問題だからな。ここは、ジャスミンの言い分を聞き入れてくれるか?」
「……わかったよ」
深々とため息をついたトレヴァーは、ぶつぶつと「高く売れんのに」と不満を口にしながらログハウスに戻っていった。カフェのことを話しあっている時は仲がいいというのに。二人の見る方向が変わった途端にこれだ。先が思いやられるな。
無意識に、深いため息が零れた。それを聞いていたジャスミンが手を止めて「後で謝るわよ」と呟いた。見れば、彼女は少し唇を尖らせながらも、申し訳なさそうな顔をしている。
「シャドウニブルが高価なのは知ってる。でも、森や畑にとっては害悪なの」
「……だから、トレヴァーが捕まえるといったのには、反対しなかったんだな?」
「ええ。あたしが見ていないところなら構わないわ。ただ、それを増やされたりしたら困るけど」
「それは、俺から話そう」
「そうしてもらえると、助かる……ダメね。あたしって、森のことになるとムキになっちゃって……」
再びシルキーセージを摘みながら、ジャスミンはぽつぽつと愚痴をこぼした。しょぼくれた顔に、反省の色が見られる。彼女なりに、トレヴァーと仲良くしようと考えてはいるのだろう。
ハーブに卵が産みつけられていないか、株をひとつひとつ見て回りながら「仕方ないだろう」といえば、ジャスミンは驚いた顔をして俺を見た。
「お前はずっと森で生きていたんだろう? なら、森や近隣の村のことを考えるのは自然なことだ」
「でも……もう少し、言い方があったかなって」
「そうだな。ムキにならずとも、話し合えばよかったと思うぞ。カフェのことを話し合うようにな。二人とも、向いている方向が違うからぶつかる。そういうことだ」
トレヴァーも冷静になってカフェのことを考えれば、作物にダメージを与えるシャドウニブルが害悪となるのを理解できるだろう。そこまで、頭の悪い男ではない。ただ、少しばかり金に目がくらむだけだ。
「うん。ちゃんと謝る……許してくれるかな?」
「大丈夫だろう。あいつだってバカじゃない。冷静になればわかる話だ……ん? おい、ジャスミン」
ミスティアの葉を一枚裏返すと、黒い粒がいくつもついていた。蝶の卵とは思えない、まるで黒曜石のように黒光りした粒だ。もしや、これが卵……?
「それよそれ!! 葉っぱごと処分して!」
ジャスミンの悲鳴が響き渡る。
どうやらシャドウニブルは柔らかい葉を好むようだ。シルキーセージは虫除けにもなるようで好まない。とすると、ミスティアの他は、育ち始めのスパインバジルも重点的に見た方がいいかもしれないな。
「あたし、急いで薬を作るわ。キッチン借りていい?」
「かまわないが……キッチンで作れるものなのか?」
「鍋は家から持ってくるから大丈夫よ」
いや、そういうことじゃないんだが。
魔法薬っていうのは、よくわからんな。
足りないハーブを取ってくるといって、ジャスミンは一度ログハウスに戻ると、バタバタと足音を立てて再び外に出てきた。そうして、走っていったかと思うと、杖に乗って空を飛んでいった。
あいつ、空まで飛べるのか。
スカートが捲れ、ちらりと見えたものに思わず苦笑をこぼした。見なかったことにするべきか、忠告してやった方がいいのか──世の父親が抱く葛藤のようなものを感じながら、畑へと視線を戻した。
ハーブ畑に産み付けられたシャドウニブルの卵は、ミスティアに集中していた。やはり、好みはあるようだし、シルヴェローズのような針状の葉や、育ち始めたばかりのスパインバジルでは産み付けにくいのだろう。
くまなく探して葉を取り終えた頃は、すでに日が高く昇っていた。
「……そのまま燃やしていいものか」
処分する葉を足元に置いたまま、さてどうしたものかと考えていると、上空から「ルーファス!」と声がした。
ジャスミンが戻ってきたようだ。
反射的に見上げようとしたが思いとどまると、風が地面の土を巻き上げるようにして舞い上がり、目の前にジャスミンが下りてきた。ふよぐよと目の前で浮かんだままのジャスミンは、杖の先を指差した。そこには、大きな銅製の釜が引っかけられている。
こんな重そうなもの、よく持ってきたもんだ。
「釜を持ってちょうだい!」
「これで薬を作るのか?」
「そうよ。愛用の釜よ」
引っ掛かる持ち手を杖から外す。中には摘んできたのだろうハーブと、なにか茶色の液体が入った瓶が入っていいる。かなりの重量だ。
ジャスミンはひょいっと地面に着地した。
「はー、重かったわ!」
額の汗を拭ったジャスミンは、俺の足元にある摘んだミスティアの葉に気付いたのだろう。大きな瞳をぱちくりとした。
「ねえ、それってシャドウニブルの卵?」
「そうだ。燃やしていいのか?」
「闇の魔力を使うの、あたしは苦手だし……可哀想だけど、処分するしかないわ」
「……闇の魔力を使う?」
杖をかざしたジャスミンの言葉に違和感を感じた。
シャドウニブルの卵は闇の魔力を持っていると、いってはいたな。しかし、それを使うというのはどういうことか?
「あたしは光の魔力の方が適性があるのよ」
「適性?」
「あー……ほんっと、ルーファスって魔法はさっぱりなのね。魔法は学べば誰でも使えるけど、適性のない力を使うには、体内の膨大な魔力を消費するのよ。なんていうか……あたしの持ってる魔力と闇の魔力は、馴染まないのよ」
「それと、この卵を処分するのには、どういう関係があるんだ?」
「適性があるなら、処分の仕方が変わるのよ。例えば、この卵から魔力を引き出して魔法鉱石に蓄積させたり……あっ!」
いいながら、なにかに気付いたらしいジャスミンは、シャドウニブルの卵へと視線を移した。
「トレヴァーなら、もしかして適性があるかも」
「そうなのか?」
「魔法鉱石を扱う魔女や魔術師は、闇の魔力と相性がいい人が多いのよ。あー、でも……これを渡したら孵化させそうだわ。それだけは阻止したいし……やっぱり、焼却するしかないかしら」
ジャスミンが、ぐぬぬと唸りながら杖を握りしめていると「レッドペッパーもらってきたぜ!」と声がした。タイミングがいいのか悪いのか。
額に汗をかくトレヴァーが、少し息を切らしながら走ってきた。
びくっと肩を強張らせたジャスミンは振り返ると、杖をぎゅっと握りしめる。緊張が顔にありありと出ている。まあ、朝方のケンカのこともあるからな。トレヴァーがいないところでシャドウニブルの卵を燃やそうとしていたと知られたら、またケンカになるのではないか。それくらいは考えているのだろう。
「ほらよ」
「あ、ありがとう……」
「あー、それとさ。畑の方にもいたぜ。虫食いは出てないみたいだったけど、卵は産みつけられてたぜ」
「──えっ!?」
ジャスミンの顔がさっと青くなった。
もしかしたら、トレヴァーがその卵を入手したのではないか。──俺も一瞬、考えた。
「トレヴァー、卵はどうした?」
「農家のオッサンたちが、しっかり焼き払ってたよ」
「……じゃあ、急いで農家さんにも虫除けの薬を持っていかないとね」
「ああ、そうそう。虫除けの薬が欲しいって、いってたぜ。……ん?」
頷いたトレヴァーが、俺の足元に気付いた。
「もしかしてその葉っぱ、ハーブにもシャドウニブルの卵がついていたのか?」
「ああ、これから処分しようと思っていたところだ」
「だったら、焼くのはやめた方がいいぜ。すげー悪臭だから」
「……そうなのか?」
「農家のオッサンたちも涙目になってたからな。焼く前についていたら、俺が魔力回収してやったんだけどな」
「そんなに悪臭放つほどの量だったの?」
ははっと気の抜けた笑い声をこぼすトレヴァーに首を傾げたジャスミンは、次の瞬間、涙目になってしゃがみ込んだその姿に、一歩後ずさった。
「……成体まで、焼かれてた。一つ残さず」
ああ、それはショックだろうな。
どんよりとした空気をトレヴァーが背負っている理由に、ジャスミンも同情したようで、小さくため息をついた。かと思えば、ぶっきらぼうに「闇の魔力の適性は?」と訊ねた。そうして、ちらりと俺の足元にある卵が産みつけられた葉を見た。
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