第17話 ルナディルのお茶を飲む前に、まずは夜食を食べようか
ログハウスに戻り、用意しておいたサンドイッチを並べると、ジャスミンはキラキラと顔を輝かせた。
「食後には、ルナディルを使ってハーブティーを淹れよう」
「カミルフィとの相性がいいと思うわよ」
「効能的にか?」
大きな口でサンドイッチに嚙り付くジャスミンに訊けば、ちょっと待てというように手を上げ、頬張ったものを飲み込んでから大きな息をついた。
「それもあるけど、どっちも香りが甘くてフルーティだからよ」
「……それなら、アップルミスティアとも合いそうだな」
「山風樹を合わせて、爽やかさを出してもいいんじゃない?」
二人で、あれこれ案を出していると、トレヴァーが「すげぇな」と呟いた。
横を見ると、指についたソースをぺろりと舐めたトレヴァーは興味深そうに「ハーブも面白そうだな」といった。
「そんなに色々と組み合わせるもんなんだな」
「当たり前でしょ。相乗効果を引き出してこそよ。魔法薬の勉強はしなかったの?」
「あー……俺の師匠は、そっちが苦手だったからな」
「なるほどね。お金を稼ぎたいなら、魔法薬は丁度いいのに、なんで魔法鉱石に手を出してたのかと思ったら、そういうことなのね」
二個目のサンドイッチに手を伸ばしながら、ジャスミンはあっけらかんという。それが、トレヴァーには少し刺さったようで、渋い顔をして小さく唸った。
「今から学んだら?」
「……は?」
「別に遅いなんてことないでしょ。あたしが教えてあげてもいいわよ。タダで」
「タダ!?──いや、待て。そんな都合のいい話ないだろう。お前に何のメリットがあるっていうんだ!」
一瞬、タダという言葉に顔を輝かせたトレヴァーだったが、すぐさま、眉を寄せた。まあ、タダほど怖いものはないからな。俺だって、そんな話には乗らないだろう。金の代わりになにか対価を求められるなら話は別だが。
むぐむぐとサンドイッチを食べるジャスミンは、一息つくと「もちろん働いてもらうわよ」といった。
「あたしの役目は、簡単にいえば森を守ること。それと、薬を作って人助けをすることなの。そのためにハーブが必要だから、ルーファスの畑が助かるの。で……この先、薬が多く必要になるかもしれないのよ。二年、もしかしたら一年後……だから、手伝いが欲しなと思ってて」
「……つまり、トレヴァーに魔法薬学を教え、助手にしたいってことか」
「そーいうこと! 年下にいいように使われても平気っていうなら、教えてあげるわよ」
さあ、どうする。──にやにや笑うジャスミンに、トレヴァーは顔を引きつらせてうぐっと声を詰まらせた。
すぐに答えは出ないだろうな。魔法のことはよくわからんが、トレヴァーにだってプライドはあるだろうことはわかる。俺だって、明らかに年下から「剣の手ほどきをしてやる」なんてことをいわれたら頭にくる。
まあ、これが全く業種の違う技術を教えるといわれたら、俺としては美味い話だと思うが。
「……金にはなる……けど、ちんちくりんが、師匠になる? ありえねぇだろ。けど、魔法薬を協会で学ぶには、まだ資金が足りねぇ……そもそも、今のままじゃ、金が……」
頭を抱えてぶつぶついうトレヴァーは、すっかり一点集中して自分の世界に入り込んでいる様子だ。
「ま、あたしとしては、ルーファスが手伝ってくれるでもいいんだけど」
「俺か? しかし、魔法は使えないぞ」
「構わないわよ。魔法薬を作るまでの準備を手伝ってくれるだけでも、助かるもの。やることは色々あるのよ」
ハーブの調合、窯の管理、火の調整──よくわからないが、ジャスミンは指を折りながらつらつらと作業について話し始めた。
「カフェを作る片手間に手伝えるなら、やってやらんこともないが。それは、俺にメリットがあるのか?」
「出来た薬を分けてあげるわ。店で売ってもいいわよ」
「……まあ、考えておこう」
薬屋をやる訳じゃないからな。あまり、メリットを感じないな。
未だに悩むトレヴァーを見ると、表情に葛藤が滲み出ていた。
「……金のためだ……金のため」
ぶつぶつと繰り返しいっている。おそらく、気持ちはもう決まっているんだろう。だけど、ジャスミンに教えを乞うというのが、年上として踏ん切りがつかないといったとこか。それに、ジャスミンの魔法を目の当たりにして、凄いと認めていたからな。それもまた、悔しいんだろう。
若いなと思いながら、それが少し眩しくも思える。
「ハーブティーを淹れるか」
席を立ち、二人を残してキッチンに向かうことにした。
それにしても、ジャスミンは気になることをいっていたな。この先、薬が多く必要になるかもしれない──どこかで争いが起きる訳じゃないよな?
考えすぎか。
部屋に、柔らかな花の香りが漂った。
白磁のカップに注いだハーブティーは淡い青紫色をしている。遠い昔に見た夕焼け空をとかしたような色は、ルナディルの花びらから出た色だ。
一口飲むと、ほんのりとした甘みが広がった。アップルミスティアとカミルフィの香りも相まって、爽やかさが後に残る。
「癖もなく飲みやすいな」
「カミルフィも入ってるよね?」
「ああ。他のハーブとの繋ぎに丁度いいかと思ってな」
「これがハーブティーってやつか! もっと薬臭いのかと思ってたけど、違うんだな。確かに、これなら売れそうだ!」
「でしょ! あたし、たくさんの人にルーファスのハーブを知って欲しいの! 凄く質のいいハーブを育ててるんだから!!」
「質が良いってことは、高値で売れるよな。アルヴェストン……いや、カトレアまでいって国外にも広めるのを視野に入れるのもありじゃないか? 店の宣伝を兼ねるなら、外からの冒険者をどう呼び込むかだし」
ぶつぶつとトレヴァーがいい始める。その顔は真剣で、こいつは本当に金を稼ぐことばかり考えているんだな。魔術師っていうのは、どちらかといえば学者肌なやつが多いと思っていたのだが。
「トレヴァー、さっきからなにいってるの?」
「……あ? 金を稼ぐには、色々考えることがあんだよ! どんなにいいものができたとて、知られなきゃ意味がない。いくら口で『いい品です』っていったって、誰が信じるっていうんだ?」
「まあ、そうね……そこら辺を考えるのは、トレヴァーに任せるわ! あたし、商売はよくわかんないし。ね、ルーファス!」
よくわからないのに、俺にカフェを開こうとかいい出したのか、こいつは。
無邪気に笑うジャスミンに苦笑しながら「そうだな」と呟く。俺も、商売をやったことがある訳じゃない。他国との交渉はいろいろとしたが、それも上手くいかなかったわけだしな。
「元々、俺はハーブティーが飲めればそれでよかったんだ。だから、そう急いでもいない」
「まるで隠居爺みたいなこというんだな」
「……まあ、さほど変わらん」
ハーブティーにもう一度口をつけると、ジャスミンとトレヴァーは顔を見合わせた。
「ルーファス、もしかして、あたしがオジサンっていったの気にしてる?」
「俺も、オッサンって呼んだけどさ、そんな歳でもないよな? 三十くらいだろ?」
「そうだが。なんだ、急に?」
「隠居爺になるには早いと思うぜ!」
「そうよ。そもそも、あれだけ枯れた畑を一人で耕そうとしてたんだから、充分若いわよ!」
「つーか、ルーファスの槍さばき、マジで怖かったからな。年寄りの動きじゃないって!」
なんなんだ、急に。このハーブティーに自白作用なんてあったか? いや、俺に同情しすぎだろう。
二人がなにをムキになっているのかわからず、首を傾げていると、そろって身を乗り出した。二人とも、顔が近いぞ。
緊張に強張る顔が、じっと俺を見てくる。
「カフェをやるのやめるとか、いわないよね!?」
「ちゃんとハーブは売ってくるから、頑張れよな!!」
──ん?
突然のことにさらに首を傾げる。
もしかしたら二人は、俺にやる気がないと感じて焦ったのだろうか。成り行きとはいえ、やると言い出したことを途中でやめるような、不誠実なことをするつもりはないのだが。
早合点もいいとこだぞ。
真剣な二人を見て、おかしくなり、つい笑いをこぼす。
「わかっている」
二人の頭に手を伸ばし、その髪をがしがしとかき乱すと、その緊張していた表情が崩れた。
「とはいえ、カフェをデカくしようとかは考えていない。だけど、トレヴァー、高値で売りつけたりはするなよ。あくまで、カフェの宣伝だ」
「うぐっ……わ、わかってる!」
「それには、ここをまず整えないとな」
カップを置き、ただただ広い部屋を見渡した。
上手いことテーブルを並べれば、三十から四十人は入れるだけの広さだ。そこに今は、デカいテーブルとソファー、空っぽの棚がいくつか並んでいるくらい。
「秋祭りの手伝いをする代わりに、店の内装をお願いしたら?」
「それもありだな。村長にかけあうか」
「看板も作らないとだろ? 出来れば銅製のカッコいいのがいいよな!」
「入り口にかける看板ね! それと、ログハウスにはいる小道の入り口にも立て看板を置いた方がいいわ。あと、花も植えよう!」
「外にもベンチとかあったよな。テラス席作んのもいいんじゃないか?」
いつもの笑顔になった二人は、次々に、あれこれと提案を始めた。
失地王だったころは、こんな風に笑って未来を話し合うことがなかったな。兄上から国を取り戻すという同じ目標を持っていた筈の臣下と、俺が対立するようになったのは、どうしてだったのか。──いや、もうそれは昔のことか。今さら思い出したところで、どうしようもない。
空になったカップを見つめ、小さく「今は違う」と呟くと、ジャスミンがこちらを見た。
「ルーファス、大丈夫? 疲れた?」
「ああ、いや……」
再び心配そうに俺を見る二人に「年寄り扱いをするな」と苦笑を浮かべれば、二人はそろって声を出して笑った。
次回、本日15時頃の更新となります
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