第15話 悪夢に効くハーブの名前はルナディル
下の階は心地よいハーブの香りが満ちていた。
「……ハーブティーを淹れたのか?」
「それくらいなら、あたしにも出来るからね!」
「昨日の食器は洗っておいたからな」
どうやら、俺のことを心配したらしい二人が、出来ることをやってくれたようだ。キッチンに行くと、昨日散らかしたままのシンクが綺麗に片付けられていた。
二人の頭をわしわしと撫でまわしてから、鍋の中身を確認する。スープは三人分くらい残っているな。パンも足りそうだ。
「昨日のスープも残っているし、朝飯はベーコンと目玉焼きでいいか?」
「あたし、果物持ってきたよ!」
「じゃあ、それも切るか」
穏やかな朝の空気にほっと肩の力が抜けていく。
さっさと用意を済ませテーブルに着くと、ジャスミンがカップにお茶を注いだ。
「ねえ、ルーファス。夢見が悪かったっていってたけど、悪夢を見たの?」
席についたジャスミンは尋ねながら、切ったパンに手を伸ばす。
「まあ、そんなところだ」
ただの夢ではなく、過去の記憶も混ざっているから質が悪い。しかも、どうすることも出来ない、変えようもない記憶だ。
切ったパンの上に目玉焼きとベーコンをのせて嚙り付くと、ジャスミンは「悪夢か」と呟いた。
「昨日、カミルフィのお茶を飲んだのにね」
「……ん?」
「カミルフィの香りは、不眠とか安らぎに効くのよ」
「ああ、そういうことか」
「そんなのは迷信だろ。それが本当なら、カミルフィがバカ売れじゃねぇか」
そんな話は聞いたことがないと呆れるトレヴァーは、スープを一気に飲み干した。
「悪夢は根深いから、カミルフィの力じゃ足りなかったのよ」
「根深いか……そのうち忘れるだろう。気にするな」
なにせ、俺自身の問題だ。
ハーブティーを飲んだところで、過去が変わる訳でもない。
「もう! 悪夢を甘く見おちゃダメよ。そこには悪い魔力だって堪るから、危険なの!」
「まあ、そうだけどよ。どうしようもないだろ? 俺は精神系魔法苦手だかんな」
「だから、ハーブ和らげるのよ」
「カミルフィは効かなかったんだろ?」
パンを齧るトレヴァーを睨みつけたジャスミンは、じっと目玉焼きを見つめた。
「ジャスミン、気にするな。毎夜、悪夢を見る訳じゃない」
「ほら、ルーファスだってこういってんだから」
「ルナディル」
ぽつり呟いたジャスミンは、目を見開くと「そうだよ、ルナディル!」と声を上げた。
俺とトレヴァーは手を止めて首を傾げる。
「聞いたことないな」
「夜の森でしか採れない花よ!」
「貴重? もしかして、高値で売れるのか!?」
「訊いてどうするのよ……まさか、売る気なの? あんた、森を荒らしたら許さないわよ!」
「あー、いや、ほら……畑で育てりゃいいじゃん! そしたら、ガッポリ!!」
「畑で育たないから、市場に出回らないの!」
森でしか採れないハーブか。それでは、カフェには活かせないな。だけど、悪夢に効くというのは、興味がある。どんな香りなのか。もしかしたら、俺の記憶にあるハーブティーに使われていたのではないか。
「満月の夜に花が咲くの。明日の夜は丁度、満月よ」
「……行くか」
「決まりね。トレヴァーは連れてかないからね!」
「なんでだよ!」
「勝手に売られたら困るからに決まってるでしょ」
「くそっ、せっかくの商売のチャンスが……けど、ルーファスの体調が悪くなるのも困るよな……」
どうやら葛藤しているらしいトレヴァーは、しばらくすると「わかった、売るのは諦める!」といいきった。
「それをどう信じろっていうのよ!」
「魔女なら契約のペンを持ってるだろ? 書いてやるよ。森のものを売る時はジャスミンの承諾を得るってな」
「……本気なの?」
「俺はもう、盗みをしないって決めたんだ。それくらい書いてやるぜ」
がしがしと髪をかき回したトレヴァーは「仕方ねぇ」と呟く。ジャスミンはそれを見て愕然としている。契約のペンとは、そんなにすごいものなのか?
「契約のペンとはなんだ?」
「魔女、魔術師同士で誓約を交わす際に使う魔法のペンよ。誓約を破ったら、違約金を払うまで魔力が封じられるペナルティを課せられるの」
「ほう、なかなか便利だな」
「誓約の大きさによっては、命を懸けることもあるけど……わかったわ。そうやって油断させるつもりね!」
「あのなぁ……魔術師にとっちゃ、日常的な解決法だろう!」
「嘘よ、嘘! じゃあ、念のため書いてもらうわよ」
そういうと、なにもないところに紙と羽ペンが現れた。これが、契約のペンというやつか。
ジャスミンはすらすらと制約内容を書いていく。どうやら、ルナディルを勝手に採取、販売しないことに留めたらしい。
「これでいい? 今回は、ルナディルだけにしてあげるわ」
「……なかなかの金額だな。城一つ買えるんじゃないか?」
「それくらい貴重なのよ」
「マジか……」
「あんた、今、魔力を封印されても取ろうかとか考えたでしょ」
「いやいやいやいやい、そんなことは──」
「やっぱり、森全部にしようかしら」
大きなため息をついたジャスミンは、日付と自身の名を書き込んだ。
ジャスミン・ガーランド……その名を見て、愕然とした。
「ガーランド?」
「ん? そうよ」
「もしや、お前の祖母は……ローゼア・ガーランドか?」
「そうだけど……えっ、ルーファス、お祖母ちゃんのこと、知ってるの!?」
知ってるもなにも、俺にハーブを教えてくれた魔法薬師じゃないか。
そうか……あいつはちゃんと国から逃げ延びて、この地で生きていたのか。いや、待てよ。あの頃のローゼアはまだ二十五歳かそこらだったよな。てことは、俺はあれから何十年後かすぎた時代に転生したということか。
「……いや、知っているというか。昔、知り合いに王様付きの魔法薬師でやたら腕のいいやつがいると聞いたことがあってな。その名前が、ローゼア・ガーランドだった」
「そう、そうなの! お祖母ちゃん、若い頃はお城で働いていたんだよ!! ただ、お城がなくなるから……王様に逃げなさいっていわれたっていってた」
「へぇ、お前の祖母ちゃんって凄いんだな」
「そうよ。この村に流れ着いて、森の魔女になったんだから!」
ジャスミンは得意げに笑った。
朝飯を終えてから村に行き、トレヴァーを謝らせながら、ダメージを追っている畑を見回った。
はじめこそ文句をいいたそうな顔をしていたが、全て回り終える頃には、すっかり意気消沈な様子となっていた。
「……こんなに被害が出てるなんて思ってもいなかった」
「だから、あんたを探しに行ったんでしょうが!」
「これに懲りたら、同じことをするなよ」
トレヴァーの頭を叩くと、素直に「もうしない」とだけ返事があった。
「いやー、凄いな! 畑の葉が見違えるように元気になったよ!」
「兄ちゃん、若いのに凄腕魔術師だな」
「あー、いや……大地の魔法は得意分野というか……」
大口を開けて笑う農家たちに気圧された様子のトレヴァーは、目を泳がせた。元々、自分のしでかしが原因だというのに感謝されれば、こうなるだろう。そこで図に乗るようなバカではなさそうだ。
「これからも村の手伝いをしてくれるんだろう? 期待しているからな!」
「祭りの前に若い子が来たのは、女神さまの思し召しかね」
「そうかもな。どこの家も、若い子は街に行ったり、冒険者になっちまって、困ってたんだよ」
「これで今年の大祭も無事に行えるな」
「二人も、祭りを盛り上げてくれよ!」
機嫌がよくなった農家たちに反し、俺とトレヴァーは、口をそろえて「祭り?」と返していた。すると、ジャスミンが「秋の収穫祭よ!」と、当然でしょといわんばかりの顔をした。
まあ、どの地方でも、秋に祭りがあるのはよくあることだが。
首を傾げていると、村長のパーカーが「今年は三十年目だな」といった。
「──三十年目?」
「うちの秋祭りは、三十年に一度、森から一本の太いクリムナットを斬りだし、教会を建て替えるんです」
「教会?」
「小さな村なので、常駐の司祭はいないのですがね。三十年に一度、女神さまの教会を建て替えるのが、村の習わしなんですよ」
さらに、伐った大木の代わりに新しい木の苗を植えるらしい。
森と生きるこの村らしい祭りだな。
すると、ジャスミンが「案内してあげる」といって歩き出した。
それから向かったのは村の西側、森を背にした場所だ。そこに小さな教会があった。中は簡素で、祭壇の他、三十人程度が座れるかどうかのベンチが並んでいるくらいだ。
「しかし、俺は大工の心得はないぞ」
「俺だってないよ」
「はははっ、大工は村にいるので問題ないです。けど、人手は多いに越したことがないので、お二人にも手伝いを頼みますよ!」
まあ、力仕事くらいなら手を貸せるか。
それにしても──小さな祭壇の向こうに飾られる女神の肖像画をみて、少し顔が引きつった。俺の前に現れた女神によく似ている。
あの女神は、もしや俺にこの村の復興をさせようっていう魂胆じゃないだろうな。
しかし、この村の住民は気楽で人が好過ぎるな。騙された俺がいうのもなんだが、少しばかり心配になるレベルだ。おかげで、出自が曖昧なおれも、簡単に馴染んでいる。まあ、女神のおかげで、ここの持ち主の遠縁ってことで認識されているのかもしれないが。
「それじゃ、また明日、畑の様子を見に来るからな」
「頼むぞ、魔術師さん。いや、名前はトレヴァーだったか?」
「え、ああ……」
「畑を見たら、その後は祭りの用意を手伝ってくれよ!」
農家たちに笑顔で送り出され、トレヴァーは少し照れくさそうな顔をしていた。
ログハウスに戻る道すがら、ジャスミンが空を見上げて「まだ時間があるわね」といった。
「時間?」
「ルーファス、忘れたの? 森にルナディルを採りに行こうっていったでしょ!」
そういえば、そんな話もしていたな。
忘れていた訳ではないが、昨日の今日で採りに行くとは思っていなかった。というか、いつ行かまでは話していなかった気がするぞ。
「行く前に、ちょっと用意をするから、あたし、一度帰るね」
「用意? いつものじゃマズいのか?」
「マズくはないけど、夜の獣除け魔法とか、ランタンの用意をしないと」
ああ、なるほど。
この辺りは狂暴な魔物がいないようだが、夜行性の獣はいるだろう。遭遇しないに越したことはない。
「だから、ルーファスはお弁当の用意してよ!」
「……またか」
「魔法使ったら、お腹がすくの!」
「あー、それはわかる。俺も、魔法使いすぎて腹減ってる」
「でしょ! トレヴァーは夜までしっかり寝ること!!」
「なんで、お前が仕切ってんだよ。……なあ、ルーファス。こいつ、いつもこんな感じか?」
少し不満そうな顔をしたトレヴァーに苦笑すると、ジャスミンは腰に手を当ててふんっと鼻を鳴らした。
「森は私の庭だもの。ちゃーんと、従ってもらうわよ!」
「森の大魔女様だからな。トレヴァー、諦めろ」
「ああ、そういいことか……ルーファス、こいつのこと甘やかしすぎじゃねぇ?」
「そんなことはないだろう」
呆れた顔をするトレヴァーは「そんなんじゃ街で生きていけないぜ」といって笑った。
ああ、そうだな。俺は根本的に人に対して甘いのだろう。だから、人にいいように使われ、裏切られ、死んだわけだ。だけど──
「あいにく、ここから外に出る気はないからな」
「隠居爺みたいなこというんだな」
当たらずとも遠からず。
これからの人生、ハーブティーを淹れてのんびりできれば、それに越したことはない。
次回、本日12時頃の更新となります
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