第12話 ジャスミンと、へっぽこ魔術師の不毛な言い争い
遺跡の中はしんと静まり返っていた。
どうやら、元々は石造りの建物だったようだ。なにをする場かはわからないが、詰まれた石の間に蔦や木の根が侵食している。
足音を忍ばせながら進んでいくと、ジャスミンは立ち止まって、「この先よ」と音を出さずに唇の動きだけで告げた。
この先に、魔術師はいるのか。
ジャスミンが指し示すのは、朽ちた木の扉だ。傾いたそれは蔦に絡めとられ、人一人が通れる隙間がある。物音を立てないようにしながら、その隙間を覗くと──いた。若い魔術師が一人、小さな石の積まれた魔法陣の前に立っている。
足元が光り、その深緑の外套と赤毛が揺らめいているが、なにか、術でも発動しているのか?
小さな手が、ちょいちょいと俺を手招き、自身の耳を指し示した。耳を貸せということか?
物音を立てないようにかがむと、ジャスミンが顔を近づけた。
「ハッタリかまして、あいつの気を引いて。ほら、あの足元を見て」
いわれるがまま、視線を魔術師の足元に移す。
「小さな魔法陣の中にいるでしょ。あれから追い出したいの」
「そんなことか?」
「あいつが、どれくらい攻撃魔法が使えるかわからないから──!?」
ジャスミンの言葉を聞き終わる前に、さっさと動いた。
物音を立てないよう、魔術師の死角になるルートをいき、途中、大きめの石を拾う。そうして、なるべく近くまで進み、物陰から勢いよく石を投げた。
ガンッと物音がして、その方角を魔術師が見たすきに走り寄り、持っていた誤魔化しの槍を大きく振り上げる。
「──なっ!?」
魔術師が振り返った時、もう、その目前に俺がいただろう。
杖を構える間もなく、顔面蒼白になった魔術師はその場から飛びのく。誤魔化しの槍が、ガキンッと音を立てて石畳を砕いた。
なるほど、確かにクリムナットの枝よりは丈夫だな。
深緑の外套を揺らした魔術師が「なにしやがる!」と叫んだ。杖を構えようとしたのが目に入り、咄嗟に誤魔化しの槍で薙ぎ払えば、魔術師は体勢を崩しながら後方に逃げた。
よしよし、魔法陣から遠ざかったな。
「ルーファス、上出来よっ!」
ジャスミンの声がすぐ後ろで響くと、目の前で魔術師が「ああああああっ!?」と、耳が痛くなるほどの悲鳴を上げた。
「やーっぱり、あんたが魔力を集めてたのね。返してもらうわよ!」
「俺の魔力!!」
「あんたのじゃないでしょ!!」
動こうとする魔術師に誤魔化しの槍を向けて構えると、その顔が引きつった。
「大地の力よ、あるべきところにお帰りなさい。リリース・ヴィタリス!!」
背後でジャスミンの声が響いた。
どんっと足から突き上げるような振動を感じた直後、石畳の隙間を虹色の光が走った。
「なんてこと、すんだよぉおっ!!」
叫んで泣き崩れた魔術師は、頭を抱えてその場に蹲ってしまった。どうやら、戦意喪失したようだな。
ふっと小さく息をつくと、横にジャスミンが立って「そこの、へっぽこ!」と叫んだ。
「あんたのせいで、村の畑が大変なんだから! ルーファスのハーブだって迷惑してんのよ」
「そんなこと知るか!!」
「なんで、大地の魔力なんて集めてたのよ。こんなちっぽけな石、売ったって高が知れてるじゃない」
問い詰めるジャスミンが付き出した杖の先は、バチバチと火花を散らすように、魔力が発光している。それを見た魔術師が杖を握りしめた。
「おい、小僧。動くな」
誤魔化しの槍で地面を叩くと、小石がはじけ飛び、魔術師の頬に小さな傷を作った。さらに睨めば、魔術師は唇を噛んで杖を手放して「あー、くそっ!」と手を上げた。
「ちっぽけな石だって、磨けば売れんだよ!」
「そんなこと知ってるけど、高が知れてるじゃない。そのために、村の畑からも魔力を奪うとか、酷いじゃない!」
もっともな問いに、魔術師は顔を歪めた。そうして、がしがしと髪をかき乱すと「悪かったな」と呟く。
「……そんな酷いことになるとは思ってなかったんだよ」
「はぁ!? バカなの!? ここから村までは五キロもないのよ。影響が出るに決まってるじゃない!」
「これでも、村の方角にはなるべく手を出さないようにしてた。けど、細かい調整ってのは、そう簡単じゃねぇんだよ」
「自分の未熟さを棚に上げないで。こんな雑な魔法陣で、調整ですって? 笑わせてくれるわね!!」
「はぁ!? クソガキに、なにがわかるっていうんだ!!」
「クソガキですって!? あたしは森の大魔女よ!」
「大魔女だぁ!? こーんなちんちくりんなガキが守る森なんて、高が知れてんだろう! 庭木の間違いじゃねぇのか!?」
「なによ、まともな魔法陣も書けない、へっぽこ魔術師!!」
ぎゃんぎゃんと二人は次第に不毛な議論をはじめた。
魔法のことはよくわからないが、こいつらが相性最悪だってことは、なんとなくわかるぞ。
ため息をつき、誤魔化しの杖で足元を強く叩けば、二人はそろってビクッと体を強張らせた。
「で、何をしていた、小僧」
「……金だよ、金!」
「金?」
「俺は、各地の魔法鉱石を集めて売る商売をしてんだよ」
「だーかーら! こんなちっぽけな石を──」
「ジャスミン、少し黙るんだ」
また不毛な言い争いを始められてはたまったもんじゃない。
ジャスミンの頭を軽く叩いて、その前に立つと、俺を見上げた魔術師は不満そうな顔をした。
「金が必要なのか?」
「生きるためには、当たり前だろう。それに……」
「それに?」
「なんでもねぇ! とにかく、俺の仕事の邪魔しないでくれ!!」
どうやら、なにか事情があるようだな。
しかし、この土地を荒らされるのは、それこそ、村にとっての死活問題だ。
「小僧。俺に手を貸さないか?」
「は?」
「ちょっ、ルーファス!?」
「魔法のことはよくわからんが、男手が欲しいところだったからな。畑仕事を手伝え」
「な、な、なっ、なにいってんのよぉおおっ!?」
俺の提案にジャスミンが悲鳴を上げ、魔術師は眉間にシワを寄せて怪訝な顔をで「は?」といった。
「ルーファス、どこかに頭打った!? こんなへっぽこが畑仕事なんて、できるわけないわよ!」
「誰がへっぽこだ。誰が!!」
また二人は、俺を挟んで睨み合いを始める。話が進まないだろう。
誤魔化しの槍で足元を叩けば、再び同時に体をビクッと強張らせて黙った。こいつら、相性が最悪と思ったが、意外とその逆かもしれないな。
「最初は畑仕事だが、ゆくゆくは育てたハーブを売る手伝いをして欲しい」
「……ハーブ?」
「そうだ。それを活かしたカフェを作る」
「カフェってのは、客が入ってなんぼだろ? おっさんのとこは、そんなに人が通るのか?」
「いいや。だから、その客を呼び込む宣伝も兼ねて、街でハーブを売る手伝いをして欲しい。石を売って金を稼げるなら、それくらい簡単だろう?」
「……俺にタダ働きしろっていうのかよ?」
「あんたね! 村に迷惑かけたのよ。自警団に突き出されてもおかしくないの、わかってんの!?」
噛みつく勢いのジャスミンだが、その頭をもう一度軽く叩くと、不満そうな顔倒れに向けられた。まあ、こいつのいいたいことも、わかるが。
「商売が軌道に乗るまでは、俺のログハウスにタダで住まわせてやる。俺の飯でいいなら、それ付きだ」
「──は?」
さらなる条件を聞き、魔術師は真剣な表情で唸り出した。まあ、悩むだろう。俺たちがこいつを不信に思うように、こいつからしたら俺たちは胡散臭い村人だ。しかし、金がないなら雨風しのげる場所で飯つきって条件は、そうないだろう。
次の金稼ぎを見つけるまで居座るだけでも、こいつにとっては美味しいはずだ。
「売れるだけのハーブができたら、そうだな……街での売り上げ取り分は、俺が四、お前が六でどうだ?」
追加の提案に悲鳴をあげたのは、ジャスミンだった。
「なにいってんの、ルーファス!? こんなへっぽこ頼らなくても、あたしがいるじゃない。あたしが売りに行くわよ!!」
「人手は多いに越したことはないだろう。それに、お前は看板娘になるんだろう? 店にいないでどうする」
「そ、それはぁ……」
悔しそうな顔をしたジャスミンは、それでも「こんなやつ信用できない!」と声を上げた。
まあ、信用できるかどうかは怪しいところだな。だが、こいつは金を稼ぐのになにか理由があるようだった。生きる為だけではない、なにか。
こいつが「それに」といいかけたのも気になる。それを聞いてみたいじゃないか。生にしがみついた俺では、生きるため以外に稼ぐ理由なんて想像がつかないからな。
「金儲けをしたいというなら、下手なことをこれ以上やって販路を失うのは、お前にとっても痛手だろ?」
「それは……」
「考える頭があるなら、俺がどれだけ好条件を提示してるか、わかるよな?」
「……なにが、目的だ?」
「男手が欲しい。それだけだ」
「俺が裏切るとか、考えないのかよ?」
「そのときは」
誤魔化しの槍で、魔術師の足元の石畳を叩き割った。その顔が蒼白になった。
「それなりに考えている」
まあ、ハッタリだが。
どうやら、魔術師には効果覿面だったらしい。がしがしと髪をかき乱して立ち上がると、右手を差し出した。
「わーったよ。協力してやるよ!」
「物分かりがいいな」
「おっさん、目がマジだもんな。命あっての物種っていうだろ? 俺はトレヴァー。よろしく頼むぜ!」
「へっぽこ! ルーファスの寛大さに感謝することね!!」
「しかし、うっせーちんちくりんだな。これ、おっさんの娘なのか?」
「ちんちくりんって、なによ! あたしは森の大魔女ジャスミン様よ!!」
「これは娘ではない。畑のハーブを育てる手伝いをしている魔女だ」
「ルーファスまで、これってなによ! これって!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐジャスミンにため息をつきながら、魔術師トレヴァーの手を強く握り「ルーファスだ。よろしくな」といえば、琥珀色の釣り目が少し見開かれた。
「ま、金のためだ!」
「あたしは認めないんだから!!」
「ジャスミン。ハーブを摘んで帰るぞ。トレヴァーも手伝え。それと、村にも頭下げにいくぞ」
「うえー、マジ?」
「認めないって、いってるでしょ。聞いてるの? ねぇ、ルーファスってば!」
少しばかり騒々しくなりそうだが、まあ、いいか。若い奴らが多い方が、畑仕事も進むだろう。
さっさと帰って、スパインバジルとシスルジンガーの様子を見よう。それに、ここのハーブを詰んでいき、ハーブティーを淹れるか。
まだ睨み合うジャスミンとトレヴァーを横目に、遺跡の外へと向かった。
今日は予定から大幅に遅れての更新ばかりで申し訳ないです
次回、本日22時頃の更新を予定しています
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