第11話 たどり着いたクロヴェル遺跡はハーブの宝庫だった
村からだいぶ離れた。
緩やかな丘を進んでいくと、樹木や蔦に覆われた建造物が見えてきた。その姿はまるで蹲った巨人のようだ。まだ遠いが、あと三十分もしたら着くだろう。
「あれか?」
「そう。元々は魔物が多く集まる場所だったんだって」
「そうは見えないが……」
辺りを見渡すと、冒険者どころか村人の姿すらほとんどない。牧草地らしい柵の向こうで、牛たちがのんびり草を食べたり寝そべる風景が見えるが、平和そのものだ。
「魔物が集まっていたのは、遺跡の中にある魔法鉱石に魅かれていたって説が濃厚なの」
「なるほど。石が減ったから、集まらなくなった訳か」
「そーいうこと! でも、わずかに残った魔法鉱石が魔力をゆっくり貯めるから、この辺りは緑豊かになったんだけど……」
きょろきょろと周辺を見渡したジャスミンは、眉間にしわを寄せた。釣られるように俺も辺りを見るが、なんてことはない、のどかな風景が広がっているだけだ。
「この辺りに多くあるティオルツリーが、少し枯れてるのが気になって」
「ティオルツリー?」
「ほらあの低木。あの細い葉っぱを、この辺りではお茶に使うわね」
「ハーブか?」
「そうね。葉っぱからオイルを精製して、薬に使うこともあるわ。でも、硬い葉っぱだから、お料理には向かないかも」
進んでいく沿道沿いにあった低木に近づくと、清涼感のある香りがした。なるほど、ミスティアとはまた違う爽やかさだ。しかし、葉がずいぶん小さいような気がする。
「葉の大きさはこんなものなのか?」
「もともと針みたいな細い葉っぱだけど……さすがにこれは、短すぎるし、見て、枯れてるのもある。この辺りの魔力も吸われてるのかも」
「ますます怪しくなってきたということか」
「こんな酷いことする奴、ぜーったい、許さないんだから!」
ふんっと鼻息を荒くして、再び大股で歩き出したジャスミンを追い、さらに道を進んだ。そうしてたどり着いたクロヴェルド遺跡に近づくと、木々に覆われてこんもりとしたした姿は小さな山のようにも見えた。
「だいぶ生い茂ってるな……」
「これ、ちょっと育ちすぎよ! あ、見てあれ!!」
ジャスミンが指さした方を見ると、そこに枝木のごとく太くなったシルヴェローズがあった。
「シルヴェローズは、樹木なのか?」
「うーん、低木に属するけど、ここまで大きく育てるには何年もかかるわよ。あ、あっちにはティオルツリー! 見て、そこにシスルジンガーが群生してる!!」
駆けていくジャスミンを追うと、確かに、俺の畑では育っていないシスルジンガーが生き生きとしていた。
「ここには大地の魔法が溢れているんだわ。あっ! カミルフィの花がいっぱい咲いてる!!」
「……ハーブの宝庫だな」
ジャスミンが指さしたのは、マーガレットを小ぶりにしたような、白い小花だ。それが、わさわさと風に揺れて優しい香りを届ける。
確か、これもハーブティーに使うな。
花の香りを確かめながら、懐かしいハーブティーの記憶を掘り起こした。似ているような気がするな。とはいえ、実際お湯に出してみないとわからない。
「……少し摘んで帰るか」
「麻袋持ってくれば、畑で育てられるのにね」
「まあ、また来るのもいいだろう。ここなら、そう時間もかからない」
それよりも、今は魔術師捜しの方が先決だ。
遺跡を振り返り、ジャスミンに「さっさと用事を済まそう」といえば、彼女は「そうね!」と杖を握りしめた。
しかし、相手が一人とは限らない。そこが気になるところではあるが。
「中にいるか、様子を探った方がいいな。やたらに入り込んで、人数が多かったら厄介だ」
「でも、村長さんは、魔術師が一人だったっていってなかった?」
「仲間が姿を見せていなかっただけかもしれん」
「あー……まあ、なくはないわね」
「わかってると思うが、俺は丸腰だからな」
まあ、適当に丈夫な枝でもあれば戦うことも可能だが、魔術師相手ではどこまで通用するかわからんしな。
「んー……とりあえず、探りを入れようか」
「探り?」
「ふふーんっ、大魔女様に任せなさい!」
そういって辺りを見回したジャスミンは、一本のクリムナットを見上げた。その視線の先には、小さなリスがいる。それに向かって、杖の先端が振り上げられた。
驚いたリスは木の陰に去ろうとしたが、杖の先から放たれた魔力の網に覆われて動きを止める。
「小さきものよ。私の願いを聞き、一時の盟約を結びなさい──ファミリア・ヴィンクル!」
凛とした声が響き、眩い光がリスの中に吸い込まれた。すると、リスは枝からジャスミンの肩へと飛び移った。
肩に乗ったリスの顎下を、ジャスミンはこしょこしょと擽った。さっき逃げ出そうとしたリスは、ころっと態度を変えて、満足そうに目を細めている。
これは、どういうことだ?
「大成功ね!」
「……今のはなんだ?」
「一時的に、この子と使い魔契約をしたのよ」
そういいながら腰のポーチに手を入れたジャスミンは、ごそごそと小さい革袋を取り出した。その中から出てきたのは、一粒のナッツ。
「さあ、リスちゃん。あたしの目となって、あの遺跡の中を見てきて。変な人がいないか探すのよ」
なるほど。リスに偵察をさせるのか。
ナッツを齧って口に詰め込んだリスは、気持ちキリッとした顔をして茂みの中へと飛び込んだ。
「だけど、ジャスミン。どうやって、リスは見たものを俺たちに教えるんだ?」
「教える? なにいってるのよ。使い魔の目や耳は、私と繋がってるんだから、心配いらないわよ。あ、遺跡に入ったわ!」
なるほど。魔法とは本当に便利だな。
俺の国が、魔法国家エルドラノルと友好関係にあれば、帝国に抗うことも出来たのかもしれない。まあ、財政難問題はそれでも、どうしようもなかっただろうが。
「中は少し薄暗いけど、木々の間から日も差し込んでる……あ!」
なにか見つけたのか?
ジャスミンの目が見開かれた。よく見ると、その目の色がいつもと違う。魔力が込められているのか、不思議な輝きを放っていた。
「男がいるわ。んー、見た感じ十八、九……ルーファスよりは若いわね」
「一人か?」
「そうね……一人みたい。なにをやってるのかしら?」
ぶつぶついうジャスミンは目を凝らした。遺跡の中では、リスが同じような顔でもしているのだろうか。
「小さな魔法鉱石がいっぱいあるわ。はー、よくもこれだけ集めたわね」
「やはり目当ては石か」
「そうみたい。でも……」
目を凝らしたまま、ジャスミンは首を傾げる。腕組みをして「これ、売れるのかしら?」と呟いた。
ジャスミンの見ているものがわからい以上、俺はなにもいえない。そもそも魔力を貯めた魔法鉱石が、どこに需要があるのかも知らないからな。
曲がりなりにも、俺は王だったが、宝飾品に興味はなかったし、財政難が顕著だったがため、売り払えるものはすべて売った。それこそ、王冠の宝石だってな。
だけど、その中に小さな魔法鉱石なんてあったか?
「あんな小さいの、魔女や魔術師は欲しがらないし、値段をつけても宝石に劣るわよ。一週間で集めたっていうなら、数だけは凄いけど」
ジャスミンは「バカなの?」と呟き、数回瞬きを繰り返した。
「あたしの敵じゃないわね!」
「……そうなのか?」
「まあ、警戒する必要はあると思うけど、脅威は感じないわ」
「だけどな……何度もいうが、俺は丸腰だぞ。お前が襲われても、助ける手立ては限られている」
拳で殴る。あるいは蹴るか。持ち歩いているナイフもあるが、どの道、近接攻撃となる。あまり得意な部類ではないんだよな。
「んー、ルーファスって、剣術とか棒術の心得があるの?」
「まあ、あるにはあるが」
「じゃあ……ハッタリ、かまそうか!」
にやっと笑ったジャスミンは、すぐ側にあるクリムナットの木を見上げた。そうして、一本の枝を指し示す。
「あれがいいわね。それ、切り落とせる?」
「これか? まあ、ナイフでもいけるが……」
「じゃ、お願い!」
なにをする気なんだ?
不思議に思いながら、一枝切り落とすと、細かい枝を落とすよういわれた。いわれるがまま枝の処理をすると、槍の柄にしては不格好な枝が残った。
「それ、しっかり持っていてね」
ジャスミンの杖が俺に向けられた。
「おい、なにをする気──」
「クリムナットを誤魔化しの槍にするのよ」
「誤魔化し……?」
「ルーファスの協力が必要なの。その枝を構えて、槍を想像して」
「槍を?」
「やればわかるから、ほら、さっさとやる!」
なぜ、小娘に指図をされなければならないのか。
とはいえ、魔法は俺の守備範囲外だ。致し方なく、不格好な枝を構えて目を閉ざし、愛用していた槍を脳裏に思い描いた。
研ぎ澄まされた銀の穂先に刻まれた誓いの印が赤く輝き、漆黒の長い柄には祈りを象徴するカミルフィの花が彫られている。
「そのまま強く描いて……いくわよ。名もなきクリムナットの枝よ。主の思いに応え、真の姿を現せ──テルーラ・バルス!!」
ジャスミンが高らかに唱えた。直後、手の中が熱を持ち、クリムナットの枝がずしりと重量を増した。これは、まさか──目を開けると、俺の手の中に、漆黒の槍があった。
「へー、カッコいいじゃない!」
「……どういうことだ?」
「一時的に、クリムナットを槍にしたの。ま、誤魔化しだから斬ることは出来ないけど、打撃力は上がってると思うよ!」
自慢げに「凄いでしょ」というジャスミンは、にぱっと笑った。
これは、凄いなんてレベルの魔法じゃないだろう。俺の国には、こんな魔術師いなかったぞ。しかし、さっきからだいぶ凄い魔法を見せつけられている気がするが、こいつの魔力は底なしなのか?
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