第10話 ハーブ畑だけではなく、村の農作物も様子がおかしい?
食後のハーブティーは、アップルミスティアに山風樹の葉、シルヴェローズを少しとオレンジの皮をくわえて淹れてみた。
「いやぁ、ハーブとはいいものですな」
村長のパーカーはカップの湯気を吸い込み、ほうっと満足そうな息をついた。
「薬に使われるものという認識しかありませんでしたが、料理や茶にもなるんですな」
「……街ではハーブティーも一般的だと思うが」
「そうなのですか?」
「いわれてみれば、アルヴェストンで見かけたことがあるかもしれません」
ほほうと頷く横で、息子のエルムがそういえば、パーカーは「わが村も流行りを取り入れなければなりませんな」と笑った。
「料理にもハーブを使われるのには驚きましたな」
「そうなんですか? 日頃は塩とコショウですか?」
「いやいや、コショウは高価ですからな。特別な日にしか使いませんよ。味付けは塩を振るくらいですな。風味づけはニンニクですかね」
なるほど。確かに、コショウはこの辺りで育たないな。カトレシアで輸入貿易をしていたと思うが、庶民が気やすく買える値段ではないか。
「ニンニクか……」
今日のイノシシ肉は、シルヴェローズと塩で焼いたが、そこにニンニクをくわえてみるのもありかもな。身近な味の方が喜ばれることもあるだろうし──考えながら、ふむと頷くと、ジャスミンが「レモンは?」といった。
「レモン?」
「あたしのお祖母ちゃんは、ステーキにレモンをかけたよ」
「そういえば、大魔女様もお料理が上手でしたな!」
「大魔女……?」
「ええ、ジャスミンさんのお祖母様のことです。一年前にお亡くなりになりましたが……私たちも、幾度も助けて頂いたものです」
ジャスミンの方をちらりと見ると、彼女はついと視線を動かした。
なるほど。ジャスミンが自分を森の大魔女といったり、人助けをしているのは祖母の遺志を継いだといったところか。
「レモンもいいが、ここらで栽培はどうだろうな……」
「サンルームを作ればいいんじゃない?」
「……サンルーム?」
「そ! 風よけができて、温度調節も出来るわ」
また難しい注文をしてきたな。
確かに、サンルームがあれば寒いに弱い植物も育てられそうではあるが。店の内装を整えるのだって金がかかる。食材の調達だってタダじゃない。女神の置いていった金で、足りるのか?
「ゆくゆくはサンルームも考えるが、まずは、他にやることが多いだろう。内装もこんなんだ」
俺がそういうと、ジャスミンは部屋を見回した。
ここは無駄に広い。六人掛けのテーブルを五つは置けるだろう。そこに、でかいテーブルとソファー、空の戸棚くらいしか置いていない。
「そっか。もっとテーブル置かないとだね」
「そのあたりは、村にいる大工に相談してみましょう」
「助かります」
「村長さん! トマトもだよ!!」
「ああ、そうでしたな。野菜は農家に相談します」
「やったー! これで、トマトソースが作れるね、ルーファス!」
手を叩いて大喜びするジャスミンに「だな」と頷きながら、一つ懸念材料を頭に思い浮かべた。
トマトソースにはスバインバジルが合う。シルヴェローズでも悪くはないが、できればスパインバジルがあった方が、味の幅が広がるだろう。
どうにか、ハーブの育ちをよくする必要があるんだが、手立てが思いつかないな。
少し考えていると、エルムが「どうしましたか?」と心配そうに声をかけてきた。
「ん?」
「あの、なにかお困りごとかと……」
エルムがおずおずと尋ねると、ジャスミンが「ルーファス怖い顔してるよ」といって、眉間を指差した。どうやら、皴を寄せて考えていたらしい。そんなに怖い顔をしていたのか?
「ああいや、少し育ちが悪いハーブがあるのを思い出して」
「育ちが悪い?」
「その一つが、トマトと相性がいいんだが……」
「大地の魔力が弱すぎて育たないのよ。あたしの水の魔法でも補えないから困ってるの。土地の魔力を育てるとなると、それなりに時間がかかるし」
カップにハーブティーを注ぎ足しながら、ジャスミンは小さくため息をついた。
話を聞いていたパーカーが「あの、実は」と口を挟んた。
「村の農家でも根菜の育ちが悪いという話を聞いたのですが、なにか、関係があるのでしょうか?」
「根菜? この時期の収穫っていったら玉ねぎとかお芋よね?」
「はい……芋は育ちが悪く、売りに出せそうにもなく、困っていまして」
さらに、カブやラディッシュも、形が小さくて市場で売れるようなものではないという。ここ最近、天候が悪かったということもないし、害虫が増えたわけでもない。不作の原因がわからずほとほと困っていると話したパーカーはジャスミンをちらりと見た。
「昔でしたら、大魔女様にご相談していたところですが……」
「あたしに相談しなさいよ!」
ぷうっと頬を膨らませたジャスミンは、少しして「他に要因があるのかも」と呟いた。
俺のハーブ畑だけなら元々枯れていたのだから、その影響と考えるのが妥当だろう。しかし、手入れを続けてきた農家で、作物の育ちが悪いというのは、なにかありそうだ。
「村長さん、なにか最近おかしなことはなかった? 例えば……外から人が入ってきたとか」
「特には……」
「父さん、村に魔術師が立ち寄ったことがあったじゃないか」
「魔術師? ああ、一ヵ月前だったか……?」
「そうだよ。この辺りで鉱石が取れるところはないかって聞いて、いなくなったヤツがいただろ?」
エルムの話に、ジャスミンが「鉱石?」と反応する。
これはもしや魔法に関係する話なのか。だとすると、俺が口を挟めることはないな。
「鉱石って、魔法の媒体を探していたの?」
「そういえば、そんなことをいってましたな」
「その魔術師が妖しいわ!」
ガタンッと音を立ってて立ち上がったジャスミンはパーカーに「そいつは、どこに行ったの?」といいながら、真剣な眼差しを向けた。
「鉱石が採れる場所といったら、クロヴェル遺跡です」
「クロヴェル遺跡?」
聞いたことのない名前に首を傾げると、パーカーは「枯れた遺跡です」といった。
「すっかり狩りつくされた遺跡で魔物も少ないんですが、まだ多少の魔法鉱石が採れるんですよ」
「その鉱石も、小ぶりなものばかりで、魔術師が喜ぶようなものじゃないって教えたんですが……」
眉をひそめたパーカーとエルムが顔を見合った。すると、ジャスミンが「ますます怪しわ!」と声を上げた。
これはもしや、その遺跡に行く流れか……?
「ルーファス、行くわよ!」
ああ、やっぱりそうなるか。
俺は丸腰だぞ。その魔術師が話のわかるやつだといいんだが。一抹の不安を感じつつ「仕方ないか」と呟くと、ジャスミンは「カフェのためよ!」と拳を握った。
◇
翌日の早朝、クロヴェル遺跡を目指すことにした。
場所は森とは反対側、ログハウスから北東に三、四キロほど進んだところにあるという。向かう途中、村を通ることになるため、パーカーに畑を案内してもらい、状況を確認することにした。
「確かに、これは酷いわね」
「そうだな……まるで、育っていない」
荒れた畑は、俺のハーブ畑よりも酷い有り様だ。カブはラディッシュだったかといいたくなるほど小さく、玉ねぎも二回り以上小さい。芋なんて、根っこと見分けがつかないようなものまで出てくる。
俺のハーブ畑はジャスミンが魔法の水を上げているから、多少育ちがいいのか? とはいえ、これほど差が出るもは妙だな。
「ジャスミンちゃんの魔法でなんとかならないかね?」
「んー、土の中で育つ植物って、水の魔法じゃ補いきれないのよね」
畑の土を手の中で捏ねたジャスミンは「水の力は十分だわ」と呟いた。
「魔法のことは、わかんないけどね……」
「大魔女様は、魔法でよく助けてくれたが」
「頼りすぎてたのかね」
農家の面々がこそこそと話している言葉が聞こえてきた。
偉大な祖母を持つというのは、なかなか苦労だな。プレッシャーを感じなければいいが──ジャスミンをちらり見ると、そこにはやる気に満ちた青い瞳があった。まるで夏空のように輝きを浮かべている。
「この大魔女ジャスミン様に、まっかせなさーい! 絶対、原因を見つけちゃうんだから」
愛用の杖を空に掲げ胸を張ると、こそこそとしていた農家たちは目を瞬き、誰かが「おおっ!」と感嘆の声を上げた。すると、ぱちぱちと拍手が起こり「頑張れよ!」「ジャスミンちゃん、よろしくね!」と調子のいい声まで聞こえてきた。
「さ、行くわよ。ルーファス!」
意気揚々と歩き出すジャスミンの後ろをついていくと、しばらくして、彼女は苦笑を浮かべて「やっちゃったなぁ」とぼやいた。
「なにがだ?」
「頼られると弱いのよね。啖呵きって出てきたからには、ちゃんと原因見つけて解決しないとね」
「……お前はお人好しの度が過ぎるぞ」
「しゃーないじゃない。お祖母ちゃんがそうだったんだから!」
あっけらかんとそたジャスミンは、杖を両手で持つと「うーんっ」と声を出して背伸びをした。
「クロヴェル遺跡に向かった魔術師の目的は、大方予想ついてるのよね」
「そうなのか?」
「当然でしょ。あたしを誰だと思ってるの──」
「大魔女ジャスミン様だろ?」
またこのやり取りかと思いながら苦笑すると、ジャスミンは少しはにかむように笑った。
「で、魔術師の目的はなんだ?」
「魔法鉱石よ」
「……小さくて、魔術師が喜ぶものはないって、村長たちがいってなかったか?」
「素人目にはそうでしょうね」
「どういうことだ?」
立ち止まったジャスミンは、杖の先で地面を小突いた。そうして「この辺りにだってあるのよ」と呟くと、深く息を吸った。
「我が声に応えなさい。ルミナス!」
短い詠唱の直後、ジャスミンの身体から立ち上がった青白い魔力の輝きが揺らぎ、地面に吸い込まれていった。その直後、細かな砂がほわんっと光り浮き上がった。しかし、彼女がふうっと息をつくと、バラバラと足元に落ちて光は消えた。
「……魔法鉱石なのか?」
「その残りかすみたいなものね。クロヴェル遺跡の魔法鉱石は、魔力に反応して貯める性質を持っているの」
「魔力を貯める?」
「そ! 魔力を貯めた鉱石を魔術師が磨くと、宝石に負けない輝きを生み出すのよ」
「宝石に負けない……?」
つまり、クロヴェル遺跡に向かった魔術師は、その魔法鉱石を売るつもりなのか?
次回、本日19時頃の更新を予定しています
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