零地点
前回、異世界へと転生した透風と水瀬に近づくのは魔法対策課という者達。そして2人に告げられる。「うちで働かないか?」と。2人がどのような決断をするのでしょうか?
「水瀬!そっちは任せた。こっちは俺がやる」。水瀬は素早く剣を抜きスキルを発動させる「『ウォーター・エッジ』!」。ヒート・バイソンを一撃で仕留めた水瀬を横目に俺も魔法を使う「『ウインド・ショット』!」。ヒート・バイソンの突進を止め、「『ウインド・カット』!」で的確に仕留める。この世界に来てから約1ヶ月が過ぎようととしていた。元の世界に戻る方法を探す時間など無かった。宿代に食料、武器や服などの出費に苦しめられるとは思ってもいなかった。それにこの街は中級から上級者の冒険者の街"リブート"は初心者、ましてこの世界の常識すらも知らない転生者には不利な場所だった…大抵、こういうのは初心者の街に転送されるものだろ…と心の中で悪態をつくが現状は変わらない。生きていくにはモンスターを倒し続けるしか道は無かった。自分の冒険者カードのレベルを見る…レベルは5。一方で水瀬のレベルは7。
後方の魔法使いと前衛の剣士なのだから経験値を得る差があるのは当然だろう。だが、2人で戦っているのだから経験値の差は少ないと思う…。「なぁ、冒険者カード見せてくれないか」と言うと…水瀬は静かに懐にしまった。何かやってる事だけは分かった。その事実だけで充分だ。「『スナッチ』!」と唱える。前世?といえる世界ではこれした人を捕まえる側だったんだけどな〜と思いながら手の平の上にある"水瀬の冒険者カード"を見る。「ちょっ!待って!」と聞こえるが無視しつつスキルカードの取得スキルの部分を見る。『剣術スキル』、『初級魔法』、『軽業』、と見ていくと『経験値獲得上昇』というスキルを見つけた。「これどういうスキル?」と聞くと「いやぁ〜えっと…モンスターを倒したときに獲得することができる経験値が10%上昇するってだけだよ」…何でこいつ冷や汗垂らしてるんだ?もう一度スキル内容を確認する。『仲間がいる場合その仲間が倒したモンスターの経験値の10%を得ることができる』…やりやがったなこいつ!「おい!俺が魔法で支援して前衛でお前がモンスターを倒すだけだと思っていたのにおいしい思いしてんじゃねーよ!」。「ちょっと待ってくれよ。これには事情があって…」。
引き戸という世にも珍しいタイプのギルドに入ったあの日、俺は冒険者カードを得るために身体能力、魔力、幸運値、年齢、今日の運勢、今日のラッキカラーが測定できる魔石に触れた。後半2つ絶対いらないだろうと思いながら測定していると…俺の冒険者カードが完成した。「おぉ!魔力量がとても多いですね。幸運値もかなり高い方ですし、筋力もそこそこありますね…これならどんな職業にもなれますよ!」カードを受け取って1番気になったのはそこではない。年齢だ。17歳になっていた。元の世界ではこれの2倍以上生きていた…肉体的な全盛期まで体を戻してくれたのだろうか?俺らを転生というか"転移“させた者が神様なのかは分からないがこんなに凄いんだったら何故、転移先がこの街なんだよ!と文句の1つくらい言ってやりたいが一旦その気持ちは心の隅に置いといてどの職業に就くか考える。この世界では魔法使いだから『剣術スキル』が使えない訳ではない。単純に不向きなのだ。剣士職がある『剣術スキル』を使ってモンスターに100ダメージ与えたとしよう。だか、魔法使い職が『剣術スキル』で与えられるダメージは20くらいだ。だから不向きなスキルは取らないのが基本らしい。ギルドの人からそんな話を最初話された事を思い出し、無難に魔法使い職…『ウィザード』になった。そんな事をしている時に水瀬は外でカメにいじめられているウサギを助けてウサギの国に行ったらしく珍しいスキル『経験値獲得上昇』を得たらしい。なんでも助けたウサギがその国のお転婆な王女だったらしい。
何か色んな知ってる童話が混ざっている気がするが、気にしたら負けだと最近知った。
「なるほど…」。別に悪意とかは無かったらしい。別にやましい事じゃないんだから話せばいいのにと思っていると、「透風こそ、そんな窃盗するスキルどこで手に入れたの?」。「お前がウサギの国とやらに行っている間、ギルドの人達に話しかけまくって使えそうなスキル片っ端から取っていった内の1つだよ」。そうリブート周辺のモンスターはそこそこ知性があり武器を持って戦うモンスターもいるらしく中には『剣術スキル』を使ってくるモンスターもいるらしい。そんな敵に遭遇した時に相手の武器を奪って初級魔法で水浸しにした後氷漬けにしてその上に大量の土をかけさらに水をかけ風で一気に乾かせばいいのでは?と考えて取った。外道だの正々堂々勝負しろだのそんなの知ったこっちゃない。負ければ死ぬ世界でそんな事に構っている暇など無いのだ。さてと、これからどうするかを決めなければならない。死んで別の体に転生した訳でなく元いた世界の体で転移した理由を調べたいし、だからといって冒険者稼業をやめればまともにこの街で暮らせないしと堂々巡りになっていると声をかけられた。声がした方を見るとポニーテールで髪をまとめた凛とした女性と数名の人が後ろに控えていた…嫌な予感がする。「魔法事件対策課の"サイカ・ルナリア"だ。2人とも署までご同行願おうか!」。本来なら強すぎて言う言葉のはずなのだが「俺、何かしました?」と手錠らしき物を付けられながら言ったが一切耳を傾けてくれなかった。
「別にお前ら2人が罪を犯したから署まで連行した訳ではない」といきなり訳の分からない事を言い出した。「えっと、サイカさん?じゃあ何故俺らを手錠までして連行したんですか?」と純粋な疑問をぶつける。「お前ら2人が異世界から来た者で"転生"と"転移"についてこの街で調べ回っているからだ」。立て続けに「"スミカゼ・トオル"は魔法図書館で転移魔法について調べていたり、"ミナセ・ツカサ"はギルドにいる冒険者に転移の事をしつこく聞いていたらしいな」。手を組みこちらに確認を促す。何故そこまで俺らの動向を探れたんだ。こっちは人通りが少ない道を通って尚且つ『ハイドスキル』を使っていたんだぞ!どういう事だ?と疑問が頭の中を駆け巡っているが今の状況を進めるべく、こくりと肯定した。「素直でよろしい…では、何故我々"魔法事件対策課"がお前ら2人を連行したのか…それは、こちらの世界の住人が転移してる事件が発生しているからだ。だが、この事件は100件以上発生しているのに全くといっていい程情報が無い。事件が起きた現場にも何か特別な物があった訳ではなく忽然と姿を消す…なぁ、転移と何か関係していると思わないか?」とこちらを見ながら言ってきた。「この事件を解決する為には人手も必要だ。その上、転移経験がある者達がいれば解決の糸口が見えてくるかもしれない…なぁ、魔法事件対策課に入らないか?」。マジか、の一言に尽く。確かにこちらとしてもいい案だと思うだが…「これからどうやって暮らしていけばいいんですか?」水瀬がこちら側の最大の問題点を上げた。こちとら冒険者稼業で忙しいのにさらに別の事をするとなるといよいよプライベートな時間も削られてくる。サイカはニヤリと笑い「何だ、そんな事か。安心しろ。個室の部屋とトイレを用意してやる。風呂は大浴場だがいいな?」「是非とも働かせてください!」…単純だなぁと水瀬を見ながら思う。確かに毎日、死と隣合わせでその日暮らしだったのだ。それをせずに済むというのならば渡りに船だろう。「スミカゼ、お前はどうする?」とサイカが聞いてきた。「申し訳ないんですけど…返答は明日でいいですか?」。水瀬は驚いた顔でこっちを見る。サイカは少し考えたのち分かったと言って、俺らは署から帰る事になった。帰り道、水瀬から何度も「一緒に働こうよ」と言われたが少し考えさせてくれと言って無理やり話しを終わらせた。
宿屋のベッドの上で考える。魔法事件対策課、ギルドにいた冒険者仲間に聞いてみると名の通り魔法事件を主に捜索したり事件を未然に防ぐといった事もしているらしい。似ている。元いた世界の"機捜"によく似ている。あの日、死んだ日の事を思い出す。何もできず一方的に殺されたあの日警察官としての自分は死んだと思っていた。何もできなかったから。何1つとして救えなかったから。考えた事をしすぎたせいだろうか。中々寝る事ができなかった。しょうがない、外に出て散歩でもするかと思いベッドから立ち上がった。夜遅くの散歩はいい。自分が何者でもなくなる感じがするから。世界と自分の境界線が曖昧になるから。半ば現実逃避気味に散歩をしていた。しばらく歩いていると人通りの少ない裏路地まで来てしまったらしい。あれ?こんな時間に営業してる店ってあったっけ?"喫茶 404"と看板に書かれている。404といえば"存在しない"が想起されるが何か関係があるのだろうか?そんな疑問を抱えつつ素朴な、でも暖かみのある扉を開けた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」。目の前にエルフがいた。「え?はい、一人です…」と何とか答えられた。転移について調べている時エルフが住んでいた森は魔王の手によって無くなってしまいエルフはこの世界に存在しないと思っていたが特徴的な長い耳と美しい碧眼でエルフだと分かった。「では、カウンター席でよろしいでしょうか?」。「はい…」と動揺しながら答え、店員さん?に案内された場所に座った。目の前にいたのはいかにも喫茶店のマスターという風貌をした男だった。白髪が混じった黒髪を整えた男性がこちらに気付き、「ようこそ、"喫茶 404"へ。ここではあなたは何者でもありません。一人のお客様として対応させていただきます」。あのエルフの店員さんの配慮だと分かった。何度も「あの店員さんって"エルフ"ですよね!とっくの昔に滅んだと言われているあの"エルフ"ですよね!?」と聞かれてきたのだろう。ならばこっちが聞いたら失礼だ。郷に入ったら郷に従えという言葉があるように彼女はただの店員さんという事にしておこう。「おや?貴方は店員さんがエルフじゃないかと問い詰めないんですか?」…マスターがそれ言っちゃったら終わりだろ。この喫茶店の設定。「何かしらの理由があってただの店員さんをしてるのにマスターがそれ言っちゃったらダメじゃないですか?」とストレートにマスターに伝える。すると「いいんですよ。せっかくこのお店に入ってくれたのにお客様が私達に対して配慮なんてしてしまったら元も子もないじゃないですか」と店員さんが答えた。「彼女の言う通りですよ。ここでは貴方は何かに縛られる必要なんてありませんから。そうでしょう"アリア"」。店員さんの名前はアリアと言うらしい。とりあえず喫茶店に入ったんだから何か頼もうかな。散歩して小腹が空いたから何か食べよう。テーブルの上に置いてあるメニュー表を見て、「オムライスとアイスティーをお願いします」とマスターに頼んだ。数分後、俺の目の前に置かれたのはオムライスとアイスティーではなくミルフィーユとホットミルクだった…どういうこっちゃ!?
「え〜っと、その、俺が頼んだのはオムライスとアイスティーなんですけど…」とマスターに伝えると「またやってしまいましたか…私の悪い癖が出てしまいました」。何回かやってるんだ、このミス。カウンター席から頼んでこれ出てきたらお客さんドン引くでしょ。実際、俺も若干引いているけど…。まぁ、でもせっかく作ってくれた訳だし食べるか。「マスター、これ食べてもいいですか?急にミルフィーユ食べたくなっちゃったんで」と伝えるとマスターは微笑んだ。ミルフィーユを口に運んだ瞬間、様々な味が舌の上を駆け巡った。「凄い美味しいですよ。このミルフィーユ」。素直にマスターの腕に感心する。「そうでしょう。貴方が元いた世界のより口に入れた瞬間に様々な味を感じるように工夫しましたから」…思いっきりむせた。店員のアリアさんが大丈夫ですかと心配してくれた…優しいなぁ…じゃなくて「何で俺が異世界から来たって知ってるんですか?」右手に魔力を込める。念の為にだ。「ちょっとマスター!そうやってお客様の"記憶"を見ないで何回も言ってますよね!」…記憶に関する魔法なんて存在するのか?訝しげな目でマスターを見る。この人ただの喫茶店のマスターではない事は分かった。「…記憶を見ると言ってもここ最近の期間だけですよ」とアリアに言うと「ならいいです」と答えた。いや、全然よくないんだけど。プライバシーの侵害がカンストしてるんですけど。マスターの話から記憶を見る期間を設定できるとして、アリアが怒った理由は…観測する対象の全てが分かるからか。嫌な思い出も消したい過去も全て見透かされるのは気分が良いとはとても言えない。ホットミルクを一口飲んでマスターにきっぱり言う、「一応、明日から魔法事件対策課の一員になる者として見過ごせないですよ」。まだ決めかねているが目の前のプライバシー侵害を犯した男には効果的だろう。「ほぅ、未だに悩んでいるのに都合のいい時だけ名を出して相手を萎縮させようとするとは…いやはや異世界への転生、転移とは怖いモノですね…昔の貴方がこの光景を見たらどう思うのか気になりますねぇ」と正論で返してきた。何も言い返せなかった。変わってしまった、それも良くない方向に。そんな事実が胸に刺さる。マスターが静かに語り出した。「ミルフィーユには"千の葉“という意味です。貴方の人生は私の、異世界人の一言で崩れる程脆いモノなのですか?貴方は責任を背負いこれからも生き続けようとしていますね。この世界に来る前に貴方に何があったかは分かりませんがそれが理由なのでしょう?貴方はその時、責任を放棄してこの世界に来たのですか?」。違う。あの時、俺は犯人を捕まえようと必死にもがいていた。そして、最後の悪あがきで犯人の足に一発だけ銃弾を命中させ、残った血痕から犯人を特定して、捕まえてほしいと未来に託したんだ。「貴方は自分に厳しすぎる。だから、何をしたのか、何を残せたのかが分からなくなる。そして"託す"という行為自体を責任を放棄する」。そうか、俺は怖かったんだ。俺はあの日無意味な死を遂げたとずっと思っていた。何で俺は最後まで足掻いた自分自身を認める事ができなかったのだろうか。簡単な事だったんだ。「誰しもが真っ直ぐに実直に生きていける程世界は甘くはありません。だから生きていく者は受け入れて前へ進んで行くのです。辛酸を舐めるような思いをしながらも苦渋の決断をしながらも様々な過程を踏んで進んで行くのです。後ろを振り返り落胆したとしても時間は戻りません。だったら前へ進むべきですよ。時に忘れる勇気が必要な時が生きていれば皆訪れます。貴方はそれが今なのだと私は思います」。"忘れる勇気"なんて考えた事もなかったな。そんな事を思いながらミルフィーユを食べる。幾重にも重なってできているミルフィーユと幾重にも迫ってくる壁を乗り越えて前へ進む生きる者達。近いような遠いような表現に思わず苦笑する。ひょっとしてこういう事をする為に客にの記憶を盗み見しているのかと疑問が湧くが聞く気はなかった。きっとこれに救われている人がいる。実際の所俺もそうだし。ミルフィーユを食べ終え、ホットミルクを飲んだ。冷めているはずなのにどこか心が安らぐ気がする。やっぱりマスターの腕は凄い…口に出して言わないけど。マスターが帰り際に一言、「前へ進む勇気が持てたようでなによりです」。これからは水瀬と共に魔法事件対策課の一員になろうと思う。今度こそ間に合うように、そして転移事件を解決するために。「あっ!ちょっと待っててください」とアリアさんが首飾りをくれた。「それは"喫茶 404"に次回以降入る時に必ず首にかけていてください。それはこの喫茶の"扉"です」。そして2つの魔法を教えてもらい喫茶店の扉を開けた。ここから再スタートだ。眩い光に包まれる…いつの間にか宿のベットの上に居た。夢だったのか?と一瞬思ったが俺の手には首飾りが握られていた。………どういう仕組みだこれ?再スタートを切る前に新たな疑問が生まれてしまった。
「返答の答えを聞こうか」とサイカの言葉に迷う事なく「働かせてください!」と答える。水瀬は嬉しそうに笑い、サイカは少し邪悪な微笑みを浮かべた…大丈夫だよな。「スミカゼ、ミナセお前らは本日から魔法事件対策課の"シーカー"の一員になる。スミカゼはNo.7、ミナセはNo.8だ。仕事中はナンバーで呼び合うように。忘れるなよ」。あれ?なんか思っていたのと違うかもしれない。「エージェントかよ」と言いたかったがようやくスタートラインに立てた気がする。ふと空を見上げる。澄み切った空のように俺の心にはもう迷いは無かった。
「こちらNo.7、魔王軍に動きが見られた。進行方向はきっと初心者の街だ」…魔法事件対策課は警察というよりエージェントの方が近いかもしれない。"無詠唱"で風魔法を使い、ヒート・バイソンを倒しながらそんな事を考えていた。
"零地点"楽しんでいただけたでしょうか?元いた世界での責任を託してようやく前に進んだと思ったらエージェントみたいな事をする羽目になった2人の物語はまた別の機会に書こうと思います。最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。




