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『追放された悪役侯爵令嬢ですが、元自衛官なので前線は職場です』 ――戦場で出会ったのは、剣よりも重い責任でした  作者: 月白ふゆ


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第20話 『死ぬはずだった令嬢、凱旋す』

戦争が終わった、と口にするのは簡単だ。

だが、終戦条項に署名が入っても、国境にはまだ剣が残る。飢えと怨みと病は、紙の上で消えない。最後に死者が出るのは、いつだって「終わった後」だ。


ミレイユは、講和成立の翌日から、凱旋の準備ではなく撤退の監視を始めた。

敵が期限通りに退くか。退くふりをして掠奪に出ないか。残兵が山に潜らないか。疫がこちらへ流れ込まないか。川の水源が汚されないか。捕虜交換の場で刃が出ないか。標柱が立つか。印章が押された布が、現場で勝手に裂かれないか。


砦の門を開ける回数を減らし、検疫の線を作り、帰還兵を一列で洗わせた。煮沸の徹底を続け、塩と灰を配り、下痢と発熱の報告が出た部隊は、日付をずらして帰らせた。

兵は不満を言う。帰りたい。早く家族に会いたい。酒を飲みたい。町へ行きたい。


それでもミレイユは譲らない。

「今日会えない人が、明日も生きている保証を作る」――それが、終戦後の仕事だった。


アルベルトは、その間ずっと堪えていた。

凱旋の話が王都から来ても、彼は先に「撤退監視の完了」を優先した。指揮官として当然だ。だが、当然を貫くのは難しい。周囲は祝いたがり、王都は功を急ぎ、兵は帰りたがる。


ミレイユが配布計画の紙を揃えている横で、アルベルトが短く言ったことがある。


「……お前のせいで、凱旋が遅れると文官が怒った」


ミレイユは顔を上げずに答えた。


「怒らせておきます。死者が出た方が怒りは大きいです」


「言い方があるだろう」


「言い方を変えても、死者は減りません」


アルベルトは、その返しに言葉を失い、やがて、低く息を吐いた。


「……分かった。お前の手順でやる」


その言葉を聞いた時、ミレイユは胸の奥のどこかがわずかに緩むのを感じた。

剣の男が、紙に従うと決めた。それは、戦争を終わらせるための最も強い護衛だった。


撤退期限の最終日、敵軍は川の向こうに消えた。

一部の残兵が森へ紛れたという報告が上がったが、追撃は禁止した。境界線の外へ踏み出さない。踏み出せば、こちらもまた「終わらない軍」になる。

代わりに、標柱を立て、封印を押し、境界の監視だけを強化した。


捕虜交換も、条項通りに終えた。

敵側の使者は最後、浅瀬の布の上で短く頭を下げた。屈辱ではなく、仕事の礼だった。

ミレイユはそこにいない。だが、報告書の行間から「席に座らせた」手応えだけは伝わってきた。


その夜、砦の火は少しだけ明るかった。

乾燥肉と薄い酒が回り、兵は声を上げて笑った。笑いが戻るのは、秩序が戻る兆しだ。

ミレイユは焚き火の輪の外側で、兵の人数と火の数を数え、消火用の水桶が足りるかを確認していた。


ルーカスが、呆れたように笑いながら言う。


「参謀殿、今日は数えるのをやめてもいいでしょう。もう戦争は終わりました」


ミレイユは淡々と答えた。


「終わったから、数えます。

終わった日に火事が出たら、誰も許してくれません」


その返答に、近くの兵が肩を震わせた。

笑いは広がる。

だが、誰もミレイユを馬鹿にして笑っていない。兵たちの笑いは、安心の笑いだった。


「この人がいると、変に死なない」

前に聞いた言葉が、耳の奥で蘇る。

それは誉れであると同時に、重さでもあった。



───


凱旋の命令が正式に届いたのは、撤退監視が完了してからだった。

王都は遅かったのではない。待っていたのではなく、結果を回収する準備を整えていただけだ。


馬車と護衛が派遣され、王家の旗が砦に入った。

文官はいつも通り、上質な服と不機嫌を纏っていたが、今日はそれ以上に「勝者の顔」を作ろうとしているのが見えた。

勝者の顔は、前線の泥と合わない。


「さあ、英雄の凱旋です。王都はあなた方を待ち望んでおります」


文官がそう言った時、兵が小さくざわめいた。

英雄、と呼ばれるのは気持ちがいい。だが、その言葉の中に誰が含まれていて、誰が含まれていないかを、兵はよく知っている。


アルベルトは、文官を見下ろし、短く言った。


「凱旋はする。だが順番は俺が決める。負傷者が先だ。病の疑いがある者は最後にする。

王都で流行病を出したら、王家の威信は地に落ちる」


文官の顔が引きつった。

威信という言葉が出ると、彼らは動かざるを得ない。


ミレイユはその横で、淡々と補足する。


「帰還隊は三群に分けます。

第一群は健康者、第二群は軽度の不調者、第三群は検疫対象。

宿営地も分け、井戸も分けます。王都到着までに、発熱が出たら即隔離。

馬車の内部は毎晩、灰と湯で清掃。これを守れないなら、凱旋を延期してください」


文官は不快そうに眉を寄せながらも、紙に目を落として頷いた。

結局、彼らは紙でしか動けない。


出発の日、砦の門の前に兵が並び、隊列が組まれた。

王家の旗が先導し、その後ろにアルベルトの騎士団、さらに補給班と衛生班、最後に捕虜交換で戻った者と検疫隊が続く。


ミレイユは、馬車を用意されていた。

「侯爵令嬢殿」と呼ばれた時、胸の奥に嫌なものが走る。追放された身だ。死ねと言われた身だ。

その呼称が戻るのは、赦しではない。利用のためだ。


だから彼女は、淡々と言った。


「馬車は結構です。私は徒歩で隊列の中に入ります。

前線の者が歩くのに、私だけ座る理由がありません」


文官が慌てた。


「しかし、英雄が泥に――」


「泥は仕事です」


その瞬間、兵の列から小さな笑いが漏れた。

アルベルトが一歩前に出て、短く言う。


「馬車は使え。これは命令だ」


ミレイユは目を上げる。


「命令の理由を」


「お前が倒れたら、俺が困る」


その言い方は、合理ではない。

合理の形をしていない言葉が、アルベルトの口から出るたびに、ミレイユの胸のどこかがややこしくなる。


ミレイユは一拍置いて、頷いた。


「……分かりました。

ただし、隊列の外側は確認します。休憩のたびに」


「好きにしろ。ただし、護衛は付ける」


「過剰です」


「今は過剰でいい」


それ以上は押し問答をしなかった。

言葉が増えるほど、周囲の耳が増える。耳が増えると、余計な噂が増える。噂は刃になる。



───


王都に近づくほど、道は整い、人の数が増え、視線の温度が変わっていった。


最初は、畑の農夫が遠くから帽子を振る程度だった。

次に、村の子どもが走って来て、隊列の端から覗き込み、衛兵に追い払われて泣いた。

さらに進むと、町の門の前に人が集まり、王家の旗を見ると歓声が上がった。


歓声は、戦争が終わったという歓声だ。

誰が終わらせたかを、彼らはまだ知らない。ただ、終わった事実だけを祝っている。


それでも、王都へ近づくにつれて、歓声は「英雄」を求める形に変わっていった。

噂が先に走るのだ。

「追放された悪役令嬢が前線で戦争を終わらせた」

物語としては甘美だ。人は物語を欲しがる。

だが物語は、現実の手順を潰す。


王都の外壁が見えた時、ミレイユは馬車の窓から街を見下ろし、反射的に導線を数えていた。

門前の広場。観衆の密度。逃げ道。衛兵の配置。火の気。荷車の位置。

一度でも押し合いが起きれば、人は死ぬ。凱旋で死者が出れば、その死は最も無駄だ。


アルベルトが馬で並走し、窓の外から低い声を投げてくる。


「また数えているのか」


「人は押されると死にます。

凱旋は戦闘より死にやすい」


「……王都は戦場じゃない」


「群衆は戦場より制御が難しいです」


アルベルトは短く息を吐き、護衛隊長に指示を飛ばした。

隊列の速度を落とし、観衆との距離を保ち、門前の衛兵を増やす。

誰も「参謀の言うことだ」とは言わない。

だが、結果として手順は通った。


門をくぐる瞬間、歓声が一段大きくなった。

王都の石畳は、砦の泥とは違う硬さを持つ。硬い地面は、足音を増幅する。

足音が増えると、緊張が増える。


沿道には花が投げられ、紙吹雪が舞い、酒場の窓から女たちが身を乗り出して叫んだ。

兵が照れ笑いをし、胸を張る。

その顔を見て、ミレイユは思う。

この笑いを守るために、戦争を終わらせたのだと。


だが、やがて歓声の矢印が一箇所へ集まり始めた。

「英雄はどこだ」

「追放された令嬢は」

「悪役令嬢は本当にいたのか」


文官が隊列の前で声を張り上げた。


「王家の旗のもと、前線は勝利を収め、講和を成立させ――」


勝利、という単語が混じる。

アルベルトの眉が僅かに動いたが、今は黙っている。王都の儀礼は、前線の理屈では止まらない。


そして文官は、用意していた名前を呼んだ。


「ミレイユ・――」


苗字を言いかけて、彼は一瞬止まった。追放された家名をどう扱うか、王都はまだ決め切れていない。

躊躇の隙を、群衆の声が埋めた。


「ミレイユ様だ!」

「前線で敵を止めた人だ!」

「死ぬはずだったのに!」


言葉が彼女を押し上げる。

押し上げられるのは嫌だ。だが、今拒めば、兵が傷つく。前線の成果が歪む。

彼女が踏みとどまるべき線は、そこだった。


ミレイユは馬車の扉を開け、外へ出た。

その瞬間、歓声が爆発した。


彼女の目には、その歓声が「熱」に見えた。

熱は危険だ。熱は人を押し、押された人が潰れる。


ミレイユは大きく手を振らない。

ただ、深く頭を下げ、すぐに顔を上げる。

頭を下げる時間が長いと、群衆は前へ出る。前へ出ると押し合いになる。


アルベルトが馬から降り、彼女の横に立った。

立っただけで、群衆の熱が一段落ちる。剣の男の「壁」は、言葉より効く。


「……団長」


ミレイユが小さく言うと、アルベルトは低く答えた。


「黙って歩け。今の王都は、お前を食う」


「食われるつもりはありません」


「なら、俺が噛み返す」


その言い方も、合理ではない。

それでも、彼が横にいるだけで、ミレイユの呼吸は少し整った。


隊列は王城へ向かった。

石畳の中央を通り、広場を抜け、白い壁の前に立つ。

王城の門は開かれ、儀礼の列が並び、楽隊が音を鳴らした。


ミレイユは、その音の中でも導線を見る。

玉座の間への入り口。横の扉。柱の位置。退避経路。

癖だ。治らない。

だが、その癖が今日、命を救うかもしれない。



───


玉座の間は、戦場とは別の意味で息が詰まる。


香が濃く、床は磨かれ、視線が刃のように集まる。

貴族たちの視線は、歓声とは違う熱を持つ。

それは品定めの熱だ。

英雄は敬われるが、同時に利用され、潰される。王都はそういう場所だ。


王が座り、宰相が横に立ち、文官が前へ進んだ。

そして、そこに第二王子の姿があった。

若い頃、ミレイユが婚約者として並び立った相手。

今は、視線を合わせない。合わせれば、物語が濃くなる。濃くなるほど刃になる。


さらに、白い衣の少女――聖女と呼ばれる存在が、王子の近くに控えていた。

彼女の目は、怯えと勝ち誇りの混ざった揺れを持つ。

この場の構図は分かりやすい。

王都は「新しい物語」を作りたい。

古い婚約者を捨て、聖女を選んだ王子。

その捨てられたはずの令嬢が英雄として戻る――。


物語は美しい。だが、美しい物語は人を殺す。


文官が声を張り、戦争終結の経緯を語った。

前線の苦しみは薄く、王家の威信が厚い。

それでも、兵の名前が少しだけ挙げられたのは、アルベルトが事前に脅したのだろう。


「前線指揮の功、騎士団長アルベルトに――」


アルベルトが膝をつき、礼を取る。

褒章が与えられ、剣が授与され、形式が進む。


次に、文官はミレイユを呼んだ。


「ミレイユ殿。あなたは追放の身でありながら前線に赴き、幕僚として兵の損耗を抑え、敵の補給を断ち、講和を成立させた。

王家はその功を認め、ここに名誉を与える」


名誉。

その言葉の裏に、何を与え、何を縛るかが隠れている。


王が口を開いた。低い声だった。


「……ミレイユ。そなたの働きは、国を救った。

追放は、誤りであったとまでは言わぬ。王家の裁きは揺らげばならぬ。

だが、前線での功を無視すれば、それもまた王家の恥となる」


王は、面子を守りながら、彼女を戻す。

その言葉選びは巧い。

王都は言葉で血を流す。王はその血の扱いに慣れている。


「よって、そなたの罪状は減免する。

侯爵家の名は――戻すかどうかは後日、評議会で決する。

だが今ここに、国の功労者としての称号と、褒章を与える。

そして、そなたを王国軍の顧問として任ずる。拒むことは許されぬ」


最後の一文が刃だった。

褒章は飾り。任命は鎖。

王都は彼女を自由にしない。英雄は、王家の道具になる。


ミレイユは膝をつき、深く頭を下げた。

拒めない。拒めば、前線の努力が「反逆」に変えられる。

だが、受け入れるなら、鎖の形を選べるかもしれない。


顔を上げた瞬間、第二王子と目が合った。

彼の目は揺れていた。

後悔なのか、恐れなのか、怒りなのか。

その混ざり方が、まだ自分でも分かっていない目だ。


ミレイユは視線を逸らし、王に向けて淡々と言った。


「……光栄です。

ただし条件があります。顧問任務は、現場の実行可能性を前提とします。

紙の上の命令で兵が死ぬなら、私はそれに署名しません」


玉座の間が、静まり返った。

王都の貴族がざわめき、文官が顔色を変える。

王家の前で条件を言うのは無礼だ。

だが、無礼を恐れて線を引けない者が、前線で死者を出す。


アルベルトが、横から低く言った。


「……王よ。彼女は前線でその手順を証明した。

彼女の条件は、王家の威信を守る条件でもある」


王が僅かに目を細めた。

面子を守る言葉が出た。

王はそれに反応する。


「よい。そなたの条件は、顧問任務の規程として整える。

宰相。形にせよ」


宰相が頷き、文官が歯噛みする。

ミレイユは内心で息を吐いた。

鎖を受け入れながら、鎖の長さを確保した。

それが、王都で生き残る最低条件だ。


儀礼が進む中、第二王子が一歩前に出た。

周囲が息を止める。物語の中心が動く瞬間だ。


王子は、ミレイユを見て口を開いた。声は震えていない。だが目が揺れている。


「……ミレイユ。

前線での働き、見事だった。王家として――感謝する」


“王家として”。個人ではなく、制度の言葉。

それが彼の精一杯の防御なのだろう。

個人の言葉を出せば、聖女が揺れ、貴族が騒ぎ、物語が暴発する。


ミレイユは、柔らかいが短い声で返した。


「務めを果たしただけです。殿下の感謝は不要です。

感謝をするなら、前線の兵に。

私一人では、何もできません」


その返答は、王都にとって“冷たい”。

だが、冷たい方が物語を殺せる。

物語を殺せれば、人が生きる。


聖女が小さく唇を噛んだのが見えた。

第二王子が何か言いかけて、飲み込む。

王が咳払いをし、儀礼を終わらせる合図を出した。


凱旋の式は、形式としては成功だった。

王家の威信は保たれ、英雄は回収され、民の歓声は王へ向け直される。

それが王都の仕事だ。



───


式が終わり、人が散り始めた廊下で、アルベルトがミレイユの横に並んだ。

城の中なのに、彼の歩き方は戦場のままだ。周囲を見、壁との距離を測り、影を嫌う。


ミレイユが小声で言う。


「過剰です」


「今日は過剰でいいと言ったのはお前だ」


「今日だけです」


「まだ今日だ」


理屈の応酬のはずなのに、どこか柔らかい。

ミレイユはその柔らかさを、まだ扱えない。


曲がり角を曲がったところで、文官が追いつき、苛立った声を落とした。


「あなたは王の前で条件を出した。

英雄だから許されたが、次は許されない。王都はあなたを見ているのだぞ」


ミレイユは淡々と返す。


「見られるのは構いません。

見られて困る仕事はしません」


文官は言葉を失い、代わりに睨んだ。

睨みは効かない。紙と手順しか効かない。


アルベルトが低い声で言う。


「彼女に言葉で勝とうとするな。前線で死ぬ」


文官は顔を赤くし、去っていった。

去り際の足音が硬い。王都の硬さだ。


廊下の先で、ルーカスが待っていた。

彼はいつものように冷静に報告する。


「参謀殿。民衆の前での凱旋行進が、明日も続きます。

王都は“英雄の姿”を見せたい」


ミレイユは即答した。


「見せるなら、導線を固定してください。

観衆の柵。水桶。衛兵の配置。救護所。

押し合いが起きたら、英雄は人を殺します」


ルーカスが頷く。


「既に案を作っています。参謀殿が言うと思って」


アルベルトが短く息を吐いた。


「……凱旋まで手順か」


ミレイユは淡々と言う。


「凱旋も戦場です」


その言葉に、アルベルトは何も言わず、ただ歩幅を合わせた。

歩幅を合わせる、という行為が、今日の彼の答えなのだとミレイユは感じた。


夜、城の一室に通された。

窓から王都の灯りが見える。戦場の火とは違う、安定した灯り。

その灯りの中に、今日の歓声がまだ残っている気がした。


ミレイユは机に向かい、記録帳を開いた。


(凱旋。王都到着。群衆の熱、導線管理が必要)

(王家より顧問任命。褒章授与。罪状減免、家名復帰は保留)

(第二王子:制度の言葉で感謝。物語化の危険)

(次:凱旋行進の安全手順。柵、救護所、衛兵配置、火気管理)

(終戦は成立したが、実行完了まで油断禁止)


最後に、余白へ一行だけ書く。


——死ぬために送られた前線で、生き残った。

生き残った結果、今度は王都に縛られる。

それでも、兵と民が生きるなら、それが私の仕事だ。


ペンを置いた瞬間、扉が小さく叩かれた。

返事をする前に、低い声が聞こえる。


「……起きているか」


アルベルトだ。

ミレイユは短く答えた。


「起きています」


扉が少しだけ開き、彼が顔を覗かせた。

城の廊下の灯りが、彼の横顔を硬く照らす。


「王都は、お前を飲み込む。だから――」


言いかけて、彼は言葉を探したように止まる。

前線の命令口調ではなく、剣の言葉でもなく、別の言葉が必要なのだろう。


ミレイユは静かに言った。


「私は大丈夫です。

飲み込まれない構造を作ります」


アルベルトは一拍置いて、低く言った。


「……なら、俺はその構造の外側を守る」


それは護衛の言葉としては過剰で、幕僚への言葉としては不器用で、

それでも、妙に真っ直ぐだった。


ミレイユは小さく頷いた。


「お願いします。団長」


アルベルトはそれ以上何も言わず、扉を閉めた。

廊下の足音が遠ざかる。

その足音は戦場の足音ではない。王都の硬い床を踏む足音だ。


ミレイユは窓の外の灯りを見た。

歓声の熱が、まだ遠くに残っている。

明日も続く。

英雄として、歩かされる。


だが、歩くなら――死者を出さない歩き方で。

そのための手順は、既に頭の中で組み上がっていた。

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