第5話 新しい夢が始まる
春の風が、保健室の窓を揺らしていた。
白いカーテンがふわりとふくらんで、床には細かな光の粒がこぼれている。
僕は、その扉を、何ヶ月ぶりかで開けた。
制服のポケットに手を突っ込んだまま、深呼吸をひとつ。
「おはよう」
松浦先生は立ち上がることもなく、間仕切りの向こうからそれだけを言った。
あれ以来、僕たちはもう夢の話はしていない。
最近、ときどき思うことがある。
──もしかして僕は、あの子の“生まれ変わり”なんじゃないかって。
あるいは、あの子の“願いの続き”として、今ここに生きているんじゃないか──って。
そう考えると、不思議と少しだけ呼吸がしやすくなった。
保健室のベッドに腰を下ろし、なんとなく部屋を見渡す。
机の上に見覚えのあるノートが目に留まって、僕は手を伸ばした。
「……これは、僕の?」
ページの間に、新聞の記事が挟まっていた。
あの新聞の切り抜きだった。
かつて、夢の中の“あの子”が本当にいた証を探して、
僕が必死に松浦先生に突きつけた、あの記事。
でも今、それがやけに昔の出来事みたいに思えた。
目を落とした先には、あの見出し。
【修学旅行帰りのバス事故】
【高速道路上で追突事故、生徒ら犠牲に──阿原市の高校】
【藤山結花さん(当時17)は、バスの中でカラオケを歌っていた最中、
後方から迫るトラックに気づき、即座に『みんな伏せて!』と叫んだことで、
衝突による大きな負傷を回避。トラック運転手は居眠り状態だったという】
「……え?」
思わず、声が漏れた。
「嘘だ。過去が変わっている」
「あの子は生きている。 本当に?」
そのときだった。
保健室の扉が、ノックもせず、ふいに開いた。
「あのー、すみません、なんか、頭、痛いんですけど……」
「えっと、誰かいませんか? ここで休んでもいいですかー?」
──その声。
明るくて、よく通って。
忘れられるはずのない声だった。
僕は顔を上げた。
そこに立っていたのは、夢の中で何度も会った、あの女の子だった。
「……ふじやま……さん?」
名前が、自然にこぼれた。
「あは、先客いた」
彼女はちょっと驚いた顔で、でもすぐに笑った。
「えっ……でも、なんで知ってるの? 初対面だよね?」
僕は、あわてて持っていた新聞記事を後ろに隠した。
窓から吹きこんだ風が、カーテンを揺らす。
その向こう、やわらかな光が、静かに差し込んでいた。
「……うん。初めまして」




