表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第3話 僕の夢が壊れる

夢が、途切れた。

それからというもの、保健室には、行っていない。


制服は椅子にかけたまま、携帯の電源は切ったまま。

学校からの通知も、担任からの留守電も、全部ノイズみたいにスルーした。


──あれ以来、一度も、彼女は現れなかった。


夢が消えたというより、

“世界から音が抜けた”感覚だった。


朝も、昼も、夜も。

ぜんぶ濁った水の底に沈んでいくみたいに、遠くて静かだった。


母さんは毎朝、階段の下から声をかけてくる。


こう、保健室だけでも行ってみたら?」


「食べられそうなものある?」


……でも返事は、しなかった。


声を返した瞬間、現実が入り込んできそうで怖かった。


目を閉じても、もう浮かんでこない。

あの光も、あの笑顔も、桜の舞う風景も──

全部、あの夜を境に消えてしまった。




雨の日の午後。

カーテン越しの光も鈍くて、部屋が灰色に沈んでいたころ。


玄関のチャイムが鳴いた。


階段の下から、母の声。


「先生、ありがとうございます。こんなふうに来ていただいて……」


──その声で、胸の奥がざわっと揺れた。


松浦先生が訪ねてきたらしい。


夢のことを、最初に“肯定して”くれた唯一の大人。

そして、最後は否定した人。


──会いたくなかった。


***


どれだけ時間が経ったのか、わからない。

家の中が静かすぎる。


……もう、帰ったのかもしれない。


布団をはぐって、静かに体を起こす。

足音を立てないように、階段を下りる。


途中、ふと足が止まった。


居間の扉が、少しだけ開いていた。


中から、ごく小さな声が聞こえる。


「それで、お願いしました催眠療法……」


「ええ。正確には、心理的なイメージ誘導です。

深呼吸しながら、“安心できる風景”を思い描いてもらって──」


「……でも途中から、変化が出てきたんです。

“夢の中の人物”に、心を預けすぎてしまって……」


「……先生。あの子が見てた夢って、あなたが……?」


母の声が、かすかに震えていた。


「本来は、ほんの短い休息を与えるつもりでした。

けれど航くんの心が “夢の中に残りたい”と、そう願ってしまったんです。

だから、もう中止すべきだと判断しました」


心臓が、ひとつ跳ねた。


頭の奥が、急に、真っ白になる。


──それって。

あの夢は。

ぼくの夢じゃなかったのか?


先生が作った……“イメージ”だったの?


ドアが開いた。

ふたりの視線が、いっせいにこちらに向いた。


「……全部、先生が作ってたんですか」


声は震えていた。けど、はっきり聞こえた。


「ぼくが見てた夢も、彼女のことも。

──あの時間も……全部、うそだったんですか?」


松浦は、何か言っているらしく口をパクパク動かしていた。

でも、何も聞こえなかった。


母が、そっと近づいてくる。

僕は、後ずさりをした。


「信じてたんだよ。ほんとに」


「……あの夢だけが、“本当”だったのに!」


僕は、勢いよく玄関のドアを開け放つと、外に飛び出した。


冷たい雨が顔にあたる。

靴の中までびしょびしょだ。

でも、そんなことどうだっていい。


歩道をひとり、ただ無言で歩いた。


頭の中では、彼女の声が繰り返し響いていた。


──笑ってた。

──髪を結んでた。

──修学旅行のしおりに、赤ペンで印をつけてた。


それが、全部“うそ”だったなんて。

胸の奥で、何かがはじけて壊れたような気がした。


***


後ろから、空気を切り裂いてブレーキ音が響く。


振り返えると、雨に濡れたアスファルトをトラックが滑るように迫ってくる。


視界いっぱいに強い光が差し込む。

衝突音が聞こえたのと同時に、体が跳ね上がった。


真っ白な光が消えると、すぐに目の前が闇に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ