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過去――2

 視線が宙で漂う。視線の置き場所がない。鼓動が速まる。

 しばらく視線を漂わせていると、ふと赤いリボンが目に留まった。

 彼女の制服の胸部辺りに、アクセントのように収まっている。

 ぼくは視線をそのリボンに合わせることにした。

 するとすぐに声が飛んできた。

「そんなに凝視するほどのものじゃないでしょう」

 その声は皮肉めいた色をしていた。

「いや、違うんだ」

 ぼくはそう言うと、ようやく彼女を正面から見据えた。

 彼女は唇を少し尖らせていた。だが、その仕草が素材の良さをかえって引き立てているようにも感じた。

 二重の大きな目で、ぼくを品定めするように見ている。やはり、華奢で小柄ではあるが、均整がとれていてスタイルが良くみえる。

「何が違うのか説明しなさい」

「いや、あの……リボンを見ていただけで。――をみていたわけではないんだ」

「なに? 聞こえない」

「だから、その、ほんとに、胸を見ていたわけではないんだ」

「そうよね。わたしには思わず見てしまうほどのお胸はありませんよーだ」

 彼女はそう言うと、今度は唇を歪めた。そして、薄い唇から舌を出した。

 そこまでされて、ようやく、そもそもぼくに落ち度はないのではないか、と思い至った。

 いきなり見ず知らずの他人のイヤフォンを奪い取り、自分の物のようにイヤフォンを使い始めたのだから。

 ぼくはそんな当然のことに今更ながら気づいた。すると、少しだが怒りのような感情が湧いてきた。

 ぼくは思い切って抗議をすることにした。なけなしの勇気を振り絞り。

「だいたい君がいきなりぼくのイヤフォンを取って、音楽を聴き始めたんだよ。ぼくは悪くないんじゃないのかな」

 結局、強く避難することはできず、次第に声は小さくなっていった。

「そうよ。あなたは悪くないわよ。そもそも、私はあなたが悪いなんて言った?」

「言ってはないけど。でも、普通はあんなことしないよ」

「そうでしょうね。普通はね」

 彼女はそう言うと、寂しそうな顔をして目を伏せた。

「君はどうしてあんなことをしたの?」

「うーん、強いて言えば、死ぬ前にやってみたことのひとつだったからからよ」

 死ぬ前に。その言葉を彼女は九九を言うように言った。

「えっ……死ぬ前に……って、なに冗談を言っているの?」

「冗談でそんなこと言うと思う?」

 彼女はぼくを見据えて言った。その目は、とても冗談を言っているようには見えない。

 ぼくは返す言葉に窮して、再び視線を漂わせる。

 そんなぼくに苛立ったのか、彼女がぼくの答えを待たずに言った。

「ねえ、さっきから気になってたんだけど、君、君、って、私にだって名前があるのよ」

 そう言われ、再び視線を彼女に合わせる。彼女は好戦的な顔をしていた。

「じゃあ、名前を教えてよ……」

「いいわよ。その代わり、私が名乗ったら、あなたも名前を名乗るのよ」

「うん、それはもちろん」

「私は、美音。美しい音で、みお。大仰な名前よね……」

 彼女は名乗り終えると、ほんの一瞬だったが陰りのある表情を見せた。本当にほんの一瞬だったが。ぼくはその瞬間を見逃さなかった。

「じゃあ、次はあなたの番よ」

 そう言った彼女の顔は、すでに元の顔になっていた。

「ぼくは、結城健」

「素敵な名前ね。あなにピッタリよ。健」

 彼女は、ぼくに了承も取らず、いきなり呼び捨てる。

 ぼくは、いきなり呼び捨てにされたことは初めてだったので、心中穏やかでなかった。

「ありがとう」

「じゃあ、お互いの名前もわかったことだし、もっと交流を深めましょう?」

「へっ」

 ぼくが間抜けな声を出している間に、彼女は書店内に併設しあるカフェに向かい始めていた。

 ぼくは軽やかな足取りでカフェスペースに向かう彼女の後ろ姿をしばらく眺めていた。

 彼女はぼくがついてきていないことに気づくと、挑発するような仕草でぼくを手招いた。

 まったく。何てマイペースなんだ。 

 仕方なく、ぼくは彼女についていった。

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