彼女の夢世界①
「――る殿。――ける殿。健殿!」
遠くから自分の名前を呼ぶ声がする。
ぼくは重たい瞼を持ち上げて、声の方に視線を向けた。
そこには言葉を話すハチワレの猫がいた。現実世界ではありえないことだが、ここは彼女の夢世界だ。
「やっと、目が覚めたでごじゃるか。健殿」
「ひさしぶりだね」
言葉を話すこの猫。名前は銀之助という。他人の夢の中に入ったときにぼくを導いてくれる夢先案内人、ではなく夢先案内猫だ。彼のおかげでぼくは他人の夢世界で迷わずにいられる。
「拙者には時間の概念がない。健殿の世界ではどれくらいの時間が流れたのでごじゃるか?」
「六年間ぐらいだね」
「六年間……」
「そう、六年間」
「ところで、今回の夢の主は誰でごじゃるか?」
「ぼくにとって……大切な人だよ」
「そうでごじゃるか。健殿の大切な人ならば、拙者も気を引き締めねば」
「ありがとう。銀之助」
ぼくと銀之助が会話をしている間も、身体に冷たくて硬い何かがぶつかり続けていた。
意識をより夢の世界に集中させる。
そこは純白と言えるほどの世界が一面に広がっていた。
目が眩むほど世界は輝いて見える。
ぼくは何度か瞬きをしてから目をならした。
身体に衝突していたのは、雹のような雪だった。
雹のような雪は痛くて冷たくて、ぼくの身体にぶつかる度に心まで削られていくようだった
夢の世界でも五感は現実世界そのままだ。
ぼくは手をかざし、防御壁を作った。どうにか視界だけは確保することができた。
「健殿、大丈夫でごじゃるか?」
「どうにかね……」
ここはどこだろう。
辺りを見回しても、目印となるような建造物は見当たらない。
しばらくの間、ぼくたちは当てもなく進み続けた。
手足がかじかみはじめた頃。平屋ばかりの一角が、視線の先に見えてきた。
ぼくは意識ごと刈られそうな吹雪のなか、そこに向けて重たい足を踏み出した。
寂れ果てたところだった。平屋から人の気配は感じられない。吹雪の音と、強風が平屋に当たって寂しげな音を出している。
空には鈍色の雲が、自分たちの定位置だと言わんばかりに鎮座している。
ぼくはなぜか心が締めつけられた。
ふと、新しい音が聞こえた気がした。
ぼくは音がした方向に視線を向ける。
ぽつんと、今にも瓦解しそうな平屋が一棟建っていた。建っていたというよりも、後から設えられたプレハブ小屋のように、どこか物悲しささえ漂わせていた。
ぼくは歩を進めて、その平屋に近づく。
窓にカーテンはかかっていない。容易に家のなかを覗き込めた。
家のなかには、青年と少女がいた。青年に抱きかかえられるようにして、少女が眠っている。
青年の少女を見つめる目には、優しさや慈悲深さのようなものがこもっているように感じる。青年に見守られて、少女は安心しきって眠っているようだ。
「健殿。あの二人は?」
「おそらく……」