プロローグ
今でも、彼女――天野美音と過ごした一年間の思い出は、どの場面も記憶の中から簡単に引っ張り出すことができる。
その三六五日の間に起きた出来事は、十八年間しか生きていないぼくにとって、何ものにも代えがたい大切なものとして胸に刻まれ、指針となっている。これからの人生で困難なことに直面するたびに、きっと、何度も引っ張り出すことになるだろう。
ぼくは日課である、あのときの三人で作った楽曲を聴くために、スマートフォンを手に取った。
その楽曲は、ぼくと彼女と親友である大峰海斗の三人で初めて作った楽曲だ。
もう、何度、リピートして聴いただろうか。イヤフォンをつけ、スマートフォンを操作して、再生ボタンをタップする。馴染みのイントロが流れてくる。目を閉じて、メロディに心身を委ねる。
今聴くと、あまりに陳腐で稚拙な曲だ。だが、あの頃にしか表現できない、瑞々しさ、不安や葛藤、焦燥感などの様々な感情が、この楽曲には凝縮されている。
ふいに、部屋の中に夜風が吹き込んだ。生温い風が頬を撫でていく。
窓越しに夜空を見る。鈍色をした月と目が合った。ため息をひとつ吐く。
ぼくはスマートフォンで現在時刻を確認した。真夜中に近い時間だった。
ぼくにとっては憂鬱な時間帯だ。夜はいつも漠然とした不安を引き連れてくるから。一度眠りにつき、次に目覚めるときは、決まって夜の深いときだ。
曲が終わりに近づくにつれて、ぼくの意識がまどろんでいく。
ぼくはいつの間にか、眠りの世界の縁まで来ていた。
彼女の歌声だけが、今日も、ぼくを眠りの世界まで連れて行ってくれる。
彼女が一度眠りにつくと、次に目が覚めるのはいつになるか分からない病にかかって、季節が二周した。