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山里の少年

山間の小さな集落に、ひときわ早起きな少年がいた。

夜明けと同時に井戸端に立ち、冷たい水をすくって顔を洗う。


黒髪は肩より上で切りそろえられ、年齢のわりに目つきが鋭い。

名を――天真てんまという。


「おーい、天真! 畑の手伝い、早く来い!」


近くの畑から、逞しい声が飛んでくる。

呼んだのは、彼を引き取って育ててくれた老夫婦のうち、頑固な方のじいだ。


この村で天真は、じいとばあに育てられ、農作業を手伝いながら暮らしている。


「今行きます!」


短く返事をして、桶を置き、土の道を駆ける。

この村に来たのは、物心つく前――気づいたときには天真として生きていた。

村の誰も、彼の本当の素性を知らない。


朝の山は静かだ。

鶏の声、川のせせらぎ、鍬を打つ音。

それらが混ざり合い、ゆったりとした時間が流れていく。


「天真、おはよう!」


道端で草を刈っていた同年代の少女、あかねが笑顔を向けてきた。

「朝から畑? えらいね」

「そっちこそ。昨日の雨で草伸びただろ?」

「そうそう、だから急いで切ってるんだ」


短いやり取りのあと、天真は畑へと急ぐ。

じいはもう鍬を振っていて、天真が到着するなり指差した。


「そっちの畝から頼む。昨日の続きだ」

「はい」


天真は鍬を握り、土を起こす。

こうして日常は過ぎていく――はずだった。


鍬を振るう手を止めた瞬間、ふと遠くの山並みに目をやる。

その稜線の向こうに、何があるのかを知る者は、この村にはほとんどいない。


……いや、ひとりだけ知っている。天真自身だ。


十歳の誕生日を迎える数日前、天真は夢を見た。

炎に包まれた夜。

黒い霧の中から現れる、白骨の仮面をかぶった巨影。

耳を裂く咆哮。

抱き上げられた温もり。

そして、遠ざかる灯り――。


「……」


鍬を止め、胸元を押さえる。

そこには、細い銀の紐に吊るされた、小さな玉があった。

淡く光を放つそれは、村に来たときからずっと持っているもの。


老夫婦にも、誰にも触らせたことはない。

――神玉の欠片。

それが何なのか、天真はまだ知らない。

ただ、失った夜と、この玉だけは、絶対に忘れられなかった。


「天真! ぼさっとすんな、畝が曲がってるぞ!」

 じいの声が飛んできて、我に返る。

「はい!」


鍬を握り直し、作業に戻る。

空は晴れ、鳥の声が響き、川の水面が光っている。

――その平和は、長くは続かない。


村の外れ。

人目に触れぬ森の奥で、黒く滲む影が木々の間を滑るように移動していた。


形を持たぬはずのそれは、時おり人の顔のような歪みを見せる。


吐き出す息は白く、触れた葉は瞬く間に枯れていった。


まだ誰も、その存在に気づいてはいない。

ただひとつ、確かなことがあった。

――それは天真を探している。


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