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王様の妾にされそうなので逃げたら幸せになりました

作者: 緑玉


「君のような控えめな女は、婚約者として失格だ。」


ここグローニア王国にあるブロッサム家の一人娘で、王太子の婚約者であるルミエラは、たった今その王太子によって婚約破棄を言い渡された。

理由は明白。王太子からの夜の誘いを全て断ってきたからだ。


王太子セリオスの周りには彼に寄り添う女性が3人もいた。玉座に座る彼の父親であるファルドム王も、その婚約破棄に同意して頷く。そしてルミエラに驚きの「役目」を命じた。

「このままではお主も不憫だろう。世の側妃となるならば、家の名誉も保たれよう。」


とんでもない内容にルミエラは背筋を凍らせた。

セリオスは遅くに出来た待望の第一王子で、ファルドム王は既に60歳を超えている。

そうでなくても、側妃ーーそれは王の慰み者。それは名誉なことと言う人もいるかも知れないが、ルミエラにとっては魂を汚されるような思いだった。


「お断りします!!」


そう言い放ってルミエラはその場から立ち去り城を出た。急いで家に戻り事の顛末を両親に伝えると、2人とも怒ってくれた。そして娘がそんな扱いを受けるくらいなら逃がそうと、王都からなるべく離れるよう両親に言われたルミエラは荷物を持って家族に別れを告げ、王城から遣いの者がやってくる前に出発した。




その後、馬車と徒歩で1週間ほどかけて辺境の地に辿り着いたルミエラは、身分を隠して農村で暮らし始めた。

ここはスノーヴェル辺境伯爵が治めている土地である。ルミエラの存在が見つかれば、きっと王城に差し出されてしまうと思ったので、なるべく伯爵の屋敷がある街へは行かず、農村の中で過ごすようにしていた。

冷たい風が吹く中でも、ここの人々はとても優しく温かく、ルミエラは何か自分にも出来ることはないか模索し、人々に読み書きを教えることにした。



♢♢♢

そうして数ヶ月経って、風に春の匂いを感じるようになった頃、ルミエラが恐れていた事が起きてしまった。


「お前は、貴族の娘ではないか?」


そう声を掛けてきたのはスノーヴェル伯爵家当主の、ヒオニスだった。彼は領地内の定期視察にやって来ており、ルミエラはちょうど農村の子どもたちに文字を教えている最中だった。


「あ…、あの…それは…」

動揺して上手く言葉が出てこない。

「もしかして…我が家にも内々に探索令が出ていたが、ブロッサム家の…」

「…っ」


もう終わりだーーそう観念したルミエラだったが、意外にもヒオニスはそれ以上のことを追求して来なかった。

背が高く体格もいい。この辺境の地を守っている当主だけあって威厳がある。だが不思議と怖いとは思わなかった。ルミエラは思わず自分から聞いてしまった。

「何も聞かないのですか…?」

「話したいときに話してくれればいいさ。」

決して冷たい訳ではなく、むしろ気遣いを感じるその言葉にルミエラは心の奥がふわりと温かくなった。


だがここには置いていけないと、ヒオニスの屋敷へ共に行くことになり、ルミエラは久しぶりに令嬢らしい衣装を身に纏った。

その姿にヒオニスは思わず言葉を失った。磨かれたルミエラがあまりにも美しかったからだ。

ルミエラもまた、紳士なヒオニスに警戒心など既になく、案内された応接室で事の経緯を洗いざらい話した。


「ルミエラ嬢、あなたは立派な人だ。」

その言葉に思わず一筋の涙が瞳からこぼれた。

「わたしは…ただ逃げてきただけで…」

「いいや、自分を守る為に一人で戦っていたのだろう。貴女は強い人だ。だがこれからは私が守ってもいいだろうか?」

ルミエラはもう堪えきれずに泣いた。ずっと怖かった。これから先どう生きたらいいのか、ずっと逃げる事など出来るのか、不安だった。

もう一人じゃないーーー

ヒオニスは少し躊躇った後、優しくルミエラの肩に手を置いて彼女が泣き止むまでそばに居た。



♢♢♢

やがて雪も溶けて本格的に春を迎える頃には、ルミエラとヒオニスの距離はぐっと近付いていた。

だがついに王都からの追手がやって来てしまった。


「王命により、ルミエラ・ブロッサムの身柄を引き渡し願おう。」


たが使者に対してヒオニスは一歩も引かずに威嚇しながら告げた。

「ここはスノーヴェル辺境伯領だ。その命令に応じる気はない。帰れ。」

「なんだとっ⁈」

使者も負けじと反論するも、ここは辺境の砦。そこの絶対的守護者に対してあまり強く出る訳にもいかず、彼らはすごすごと帰って行った。




その日の夜、屋敷のバルコニーでルミエラとヒオニスは月を見ていた。

ルミエラは王の追手がこれで引き下がるとは思えず、これ以上迷惑をかける前に姿を消そうと考えていた。しかしそれを見透かしたようにヒオニスは驚きの解決策を提示してきた。


「ルミエラ、私と結婚して貰えないだろうか。」

ルミエラは目を見開いて隣のヒオニスを見上げる。

「ここは国防の要だ。国王にとって私の力は必要不可欠。だから君が辺境伯の妻になれば、むしろ政治的には非常に良い事だ。たとえ文句を言われようと、色欲に溺れた王様と王太子など、俺は全く怖くない。」


なるほど、とルミエラは思った。

下手に辺境伯を刺激すれば、国を守ってくれる絶対的な力を失う事になる。それならば小娘一人くらい諦めるだろう、という事だ。

でも政治的な云々よりーー


「謹んでお受けいたします。私の心はもう、貴方のものですから…」

そう告げるとヒオニスは驚いた表情をこちらに向けた。そしてふっと優しい笑顔になり、ルミエラの頬に手を添えて瞼にキスを落とした。


「ありがとう。必ず守る。」




その言葉通り、ヒオニスは翌日すぐに王城へ手紙を出した。内容を要約すると、「行方不明だった令嬢は無事保護した。そして辺境伯爵の妻として迎える。祝福してくれるなら、今後も辺境の砦としてこの地と国を守り抜く事を誓う」と。


予想通り、それ以降王城から追手が来ることはなかった。


そして数年後、国王は崩御しセリオスが即位したが、傲慢で女遊びに明け暮れる彼にまともな政治ができるはずもなく、その影響で国力はみるみる衰えた。

結果、ほどなくして彼は失脚し王弟の末息子が即位。今では、国は穏やかな治世を迎えている。



春の穏やかな風が吹く中、ヒオニスとルミエラはスノーヴェル領の小さな礼拝堂で祈りを捧げていた。

ここは、ふたりが結婚式を挙げた思い出の場所でもある。

ルミエラは静かに手を合わせ、そっと目を瞑った。


王妃でも、妾でもなく――ただ隣にいる彼の伴侶として生きていけることに、ルミエラは心から感謝していた。


今、彼女は静かに、そして深く、幸せを感じている。




ーー終ーー





最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

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