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 締切まで、あと 一日。


 気がつけば深夜二時を過ぎていた。

 ペンを握る手はかすかに震え、目の前の紙に手汗がにじむ。


 十本中、まだ九本目が空白のまま。


 焦るな俺、大丈夫さ。

 心の中で必死に呪文を唱えて落ち着こうとする。しかし、目の前の現実が俺の呪文を解いて行く。


「あぁ、もう!」


 頭を掻きむしりながらイスにもたれた瞬間、スマホの通知音が立て続けに鳴った。


【山川】

「いま起きた。変な夢みた。真夜中の体育館で、全員ロウソク持ってた。お前もいた」


【宮下さん】

「先輩…! 夜遅くにすみません。寝ていたら、怖い夢で目が覚めました。真っ暗な体育館で、誰かが立たされてるみたいで……」


【店長】

「寝ぼけてスマン。体育館でろうそく持たされる夢見た。お前もいて、名前呼ばれた気がすんだけど何だ?」


 は? どういうことだ……?


 画面をスクロールする手が止まった。

 内容も書式も違うのに、「真夜中の体育館」「ろうそく」「俺がいた」という三つの要素が奇妙なくらい一致している。


 偶然?

 いや、三人とも住む場所も年齢もバラバラで、裏で繋がっている可能性は低い。


 そうなると、接点は“俺”しかない。


 ふとそんなことを考えていると、スマホに着信が入る。


【山川】の文字を見て、俺は応答を押す。

スピーカー越しの声はやけに掠れている。


「いきなりだけどお前さ、今ゲームか何かでボイチャ垂れ流してた?」


「え、ボイチャ? 何もしてないけど……」


「夢の中で名前呼ばれて、声がお前っぽかったんだよ。『立って』って低い声で」


 数秒後、宮下さんからは追加でメッセージが送られてきた。


「ろうそくの火が消えたら“次”って……誰かが言ってました。わたし、消えそうになって、先輩が火を肩越しに吹きかけたみたいで……」


 電源ボタンを長押ししても、手汗で滑ってロック画面に戻れない。

 胸の鼓動がやけに速い。


 ふと、耳鳴りのような低いノイズが部屋の奥で揺れた。


 体育館、思い当たる場所が一つだけある。


 小学生の頃、終業式のリハーサルで突然停電した日。

 真っ暗な壇上から、クラスメイトの怯えた泣き声が響き、教師が「落ち着け」と怒鳴っていた。


 その時、誰かがふざけ半分に言った。


「ロウソク持って、電気の代わりに点けてみたら?」


 それを提案したのは、誰だったけ?


 聞き覚えのある声、なんとなく顔もシルエットも想像できる。

 そうだ、服装も俺と似ていた気がする。



 あ、もしかしてオキヤマと呼ばれていた「俺」だったのか?


 記憶の端が、薄い皮膜のようにひび割れていく。

 片隅で抑え込んでいた何かが、にじむ快感とともに浮上してくるのを感じる。


 は? いやいや、俺の名前は沖山翔だぞ。

 オキヤマって呼ばれるのが当たり前だろ……?



 踊るような通知音。母からの新しいLINEだった。


「さっき思い出したんだけど、翔の小学校でも、真夜中の体育館を歩く“肝試し”みたいな怪談があったわよね。誰が流行らせたんだっけ。あれも“宿題係”が作ったって噂にならなかった?」


 画面の白地が、目に痛い。

 “宿題係”。

 もしかして、あの時のロウソクを配ったのも、指示を書いたのも、全部……?


 震える手でノートを開く。ペン先が紙をかすめ、細い線がにじむ。


第九話 「同じ夢を見た夜。真夜中の体育館、ろうそくを持つ群衆。離れた場所に住む三人が同時に見る。夢の中で指示を出した“声”は誰か? “宿題係”は、まだどこかで課題を配り続けているのか」


 書き終えた瞬間、スマホがふたたび震えた。

 松林からだ。


「仕上げはできた? 明日、会おうか」


 画面の文字は短いのに、背後で誰かが呼吸しているような圧を帯びていた。

 指先に残るペンのインクの匂いが、急に硝煙のように思えた。


 あと二十四時間。

 残る“最後の一本”が、俺の手首をそっとつかんで離さない。


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