8
残り三日。
机の上に置いたカレンダーに、その文字を赤ペンで大きく書き込んだのは、今朝のことだった。
数字として見れば、まだ七十二時間ある。
だけど、体感としてはもう終わっている。
十件集める約束。今、書き上げた話は、ようやく八本目。
「間に合うのか、これ……」
呟いた声は、誰にも届かない。
狭いワンルームの天井は黙ったまま、蛍光灯の光をやけに冷たく返してきた。
だけどふと思う。
これまでの話、全部、特別な人から聞いたわけじゃない。
友人、バイト先の後輩、近所のおばさん、店長。
ごく普通の人たちが、なぜか一つや二つ、不思議な話を持っていた。
以外と俺の身の回りでは、不思議な体験をした人が多い。
案外、変なことって、どこにでも転がってるのかもしれない。
ふと、母のことを思い出した。
実家に帰るのは、ここ半年ほどしていない。連絡も、必要最低限だけ。
実家といっても、ここから徒歩四十分ほどの場所にある一軒家。
用があればいつでも行きやすい距離にあるからこそ、あまり帰ることが少ないのだ。
でも、なんとなく。今なら話せるかもしれない。
俺はスマホを取り出し、母のLINEを開いた。
「久しぶり。なんか変なこと体験したことある?」
……というのも妙なので、
「昔さ、不思議なことって何かあったっけ?」
と、少し柔らかく送る。
数分後、返信がきた。
「あるよ笑。小学校のときの話だけど、聞く?」
予想以上のスピードで返ってきた。
母のこういうところ、ちょっと助かる。
「うん、ぜひ」
母からの長文メッセージが届いた。
「小三の時ね、うちのクラスで“宿題の紙”ってのが流行ったのよ。正式な配布物じゃなくて、生徒同士で回してたやつ。
紙には、その日やるべき『宿題』が手書きで書いてあって、例えば“明日、赤い鉛筆を三本持ってくること”とか、“学校に着いたら昇降口で後ろを三回振り返ること”とか。
最初はふざけ半分でみんなやってたんだけど、不思議なことに、その“宿題”をやらなかった子が、次の日からぽつぽつと学校を休み始めたの。病気とか、怪我とか。理由は色々だったけど、偶然とは思えないくらい、連続で。
それで、ある日ついに、担任の先生がその“宿題の紙”を取り上げたのね。『こういうのはもう禁止です』って。
そしたら、クラスの空気が急に冷たくなって、紙を回してた子が、先生に向かって『でも先生、これは“誰か”が作ってるんですよ?』って言ったの。“誰か”って、誰?って聞いても、うつむいて何も言わなかったけど……。
それ以来、その紙はぴたりと回らなくなった。けど、なんとなく、今でも覚えてるのよ。紙の端っこに、小さく、“宿題係:オキヤマ”って書かれてた気がするの」
母の文章は、文末に(笑)もなく、妙に淡々としていた。
俺はスマホを持ったまま固まった。
「……オキヤマ?」
俺は思わずその名前を声にする。
いや、よくある名前だ。自意識過剰だ。全国にオキヤマさんは何人いると思ってるんだ。
だけど、なぜ母は、それをわざわざ俺に送ってきたのだろう?
そう考えると、じわりと背筋が冷えた。
俺はスマホを伏せ、深呼吸してから、ノートにペンを走らせた。
第八話:「消えた宿題小学校のクラスで流行した“宿題の紙”。不思議な課題、果たさないと何かが起こる。そこに記されていた“宿題係”の名前はオキヤマ」
ペンを置いたとき、心臓がわずかに早くなっていた。
話は……まだある。
きっと、まだ、俺の周りに。