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「そういえば、あんた、このあたりじゃ若い人だよね? 一人暮らしよね?」
朝、ゴミ出しに出た俺に声をかけてきたのは、向かいに住む山田さんだった。
60代くらいの、明るくて世話好きなおばさんで、引っ越してきたときからよく話しかけてくる。
「ええ、まあ。一人暮らしですけど」
「ねえ、ここ最近……夜中に、ゴミ捨て場のとこで、子供見たことない?」
「子供、ですか?」
一瞬、何の話かと思った。夜中に子供、しかもゴミ捨て場で?
「うん。私ね、ほら、夜中にトイレで起きることが多くて。で、窓から外をぼーっと見てたら、ゴミ捨て場のあたりに、小さい子が立ってるのよ。制服っぽいの着てたから、たぶん小学生くらいかなあ」
「それ、何時くらいにです?」
「二時とか三時。ほら、私も老眼だからそんなにはっきり見えるわけじゃないんだけど……最初見たときは、寝ぼけてるのかと思ったの。でもね、ここ最近、三回くらい見てるの。全部違う日。全部、似たような時間帯」
「……三回も?」
「そう。怖いっていうより、なんか気味が悪くて。じっとこっち向いて立ってるだけなのよ。動きもしないし、こっち来るわけでもないの。ただ……ずっとそこにいるの」
「それ、警察とかには?」
「いやぁ、私も年寄りの目が見間違えたって思われるのも恥ずかしいし……。それに、本当に誰かいたとしても、危ないことしてないしね。けどね……」
山田さんは声をひそめた。
「この前、隣の藤森さんも似たようなこと言ってたの。夜中にコンビニ行こうとして玄関開けたら、ゴミ捨て場の前に子供がいたって。ほら、藤森さんって独身の男性だから、余計に気味悪がってて」
俺は山田さんの話を聞きながら、昨日深夜の記憶を手繰った。
昨晩は、バイト終わりに夜遅くまでレポートを書いていて、確かにゴミ出しに行った。
二時過ぎだった。
そのとき、誰かいたか?
……思い出せない。
ただ、どこかで視線を感じた気がする。振り返っても、誰もいなかったはずだ。
いや、本当に“いなかった”のか?
いやいやいや、あの時、レポートを書き終わった俺は缶ビールを飲んだはずだ。それで、ゴミ出しのことを思い出して、ゴミをまとめて行ったはず。
アルコールが入ってたから、俺の記憶は当てにならないかもしれない。
「なにかあったら、警察に言ってね。ほんとに。なんか、ちょっと気味悪いわ」
山田さんはそう言い残し、カゴいっぱいの洗濯物を抱えて家に戻っていった。
その日の午後。俺はあの話を、松林に提出するネタとしてA4の紙に書いた。
「第五話:深夜のゴミ捨て場に現れる子供。立ち尽くすだけで、動かない。複数の目撃者あり」
ただ、ひとつだけ書かなかったことがある。
あの夜、俺がゴミを出したとき、ゴミ袋の中にランドセルが入っていた気がする。
赤くて、小さくて、妙に新しいやつだった。
あれを、俺はいつ、どこで手に入れたのか。
それがどうして、俺の部屋にあったのかまったく、思い出せない。
アルコールで記憶が曖昧なだけだ。
そもそも、俺には妹もいないし、この歳になってランドセルを貰う機会なんてなかった。
アルコールのせいだ。
いつもより、酔いが回っただけ。
きっと、それだけ。