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「なあ、沖山。ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどさ……いや、変な話なんだけど……」
柴田が言い出したのは、昼休みの学食だった。
周囲はまだざわざわしていて、トレイを持った学生たちが行き交っている。
俺はお気に入りの味噌ラーメンをすする手を止めた。
「なんだよ、急に。 恋バナか?」
「いや、違う……なんていうか、不思議な話」
柴田は珍しく眉間にしわを寄せていた。
柴田とは、高校生時代からの付き合い。
大学では別の学科だが、たまに時間が合うときは一緒に学食を食べる仲だ。
俺は柴田の話に興味を引かれた。
柴田は、いつもノリと勢いで話すようなタイプだったからだ。
「……うちのばあちゃん、先月亡くなったって話、したよな?」
「うん、覚えてる。確か、施設でだっけ」
「そう。老衰ってことで。そんでさ……そのばあちゃんから、昨日LINEが来たんだよ」
俺はラーメンのレンゲを空中で止めた。
柴田はカバンからスマホを取り出し、LINEの画面を見せてくる。
そこには、「しばたくん しばたくん」とだけ書かれたメッセージが表示されていた。
ひらがなだけの、妙に空白が空いた言葉。送信時刻は、昨夜の23時56分。
「……これ、どう思う?」
「誰かのいたずら……じゃないよな。LINEアカウント、生きてたのか?」
「ばあちゃんのスマホは葬儀のときに家族で回収してる。SIMも契約も解約済みだし、電源も入れてない。ていうか、今は俺が預かってる。家にあるんだ」
柴田の声が少し震えていた。俺は画面を見つめたまま、言葉を探した。
「文章、ばあちゃんっぽい?」
「正直、ちょっと似てる。うちのばあちゃん、昔からメッセージ送るときに、“しばたくん”ってひらがなで繰り返す癖があった。しかも、夜更かししてると怒ってくるんだけど、送信時間見たら、ばあちゃんがよく寝ぼけて徘徊してた時間なんだよ」
「でも……誰かがばあちゃんの癖まで知ってて、LINE使ったってことになる」
「だろ? 家族でそんなことする人はいないし、スマホは引き出しの中にずっとある。なのに……」
俺は沈黙のまま、スマホ画面を眺めていた。確かに、これは“身近な誰か”のいたずらだとしたら、悪質すぎる。
「もう一回だけ聞くけど、スマホ、絶対に電源入ってないんだな?」
「絶対。つーか、昨日の朝確認した。バッテリーゼロのままだった」
俺は「ふうん」と曖昧な返事をしながら、胸の内に湧き上がる何かを抑え込んでいた。
なぜだろう。その文章を見た瞬間、懐かしさのようなものを感じた。
“しばたくん しばたくん”
まるで、それを書いたのが自分自身だったような、奇妙な錯覚。
いや、ありえない。そんなこと、あるはずがない。
「で、そのLINE、返信したの?」
「……怖くてしてない。既読ついたままにしてある。もうメッセージも来てないし、何も起きてない。でも……気持ち悪いよな、正直」
「まあ、そうだな。っていうか、お前、それ、ネタに使えるぞ」
「ネタ?」
「俺、今創作活動しててさ。内容とかは言えないんだけど、そいつ、創作のネタにさせてもらうわ」
俺は冗談めかして笑って見せた。柴田も「ふざけんなよ」と笑い返したが、表情はどこか曇っていた。
誰がそのメッセージを送ったのか、真相は闇の中だ。だが、俺は胸の奥で確かに感じていた。
これは偶然なんかじゃない。
何かが、じわりと俺の周囲を侵食している。そんな感覚。