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「先輩って……怖い話、苦手ですか?」
それは、バイトの閉店作業も終盤に差しかかった頃。
店内の照明が落ち、バックルームにぽつんと蛍光灯の光が落ちる中、
俺と宮下さんはレジ締め作業をしていた。
「怖い話? うーん、聞くのは好きだけど、苦手でもあるかも」
「じゃあ、ちょっとだけ……聞いてもらってもいいですか」
宮下さんは、高校二年生。
控えめでおっとりした性格だけど、慣れてくると結構話してくれる。
少し年下なのに、ふとした瞬間にドキッとさせられるような落ち着きもあって……。
俺は、たぶん彼女のことが少し、気になっている。
「……私の家、最近……夜中に変なことがよく起きるんです」
レジの釣銭を数える手を止めて、彼女はそっと声を落とした。
「何もしてないのに、ドアが閉まる音がしたり、台所で物音がしたり……。
最初はお母さんかと思ったけど、違ったんです。
起きて確認しても、誰もいない。鍵もかかってるし……」
「それ、怖いやつだね」
僕はできるだけ軽く返した。
けど彼女の表情は真剣そのもので、冗談で済ませられる雰囲気じゃなかった。
「一番怖かったのが……朝起きたら、机の上のリップが洗面所に置いてあったんです。
しかも、キャップがきちんと閉まってなくて。
なんか、使われたみたいな感じで」
「それって……お母さんじゃないの?」
「聞いたんです。でも、触ってないって言われて……。
なんか、“使われた形跡があるのに、誰も知らない”って、すごく気持ち悪くて」
宮下さんは、両手を胸元で組みながら、視線を落とした。
「家にいると、誰かの視線を感じることがあるんです。
でも振り返っても、何もいない。
寝てるときも……枕元で、息遣いが聞こえたような気がして、目が覚めたり」
「……それ、カメラとか置いてみた?」
「最初は、私の考えすぎだと思ったんですけど、怖くなって。それで、お母さんと相談して、一度だけカメラを置いてみました。
でも、何も映ってなかったんです。
でもやっぱり、何か“いる”って感じはするんですよ。
物の位置が変わってたり、書いた覚えのないメモが机にあったり。
歯ブラシの位置も微妙に変わったりしていて。
クローゼットにある着てない服に、見覚えのないシミとか汚れがあったり。」
「ストーカー……とか?」
「外では変な人に会ったことないし、家もオートロックなんです。
でも、家の中に“誰か”がいるような気がして……。
ううん、なんか……“混ざってる”っていう感じです」
「混ざってる?」
「私の生活の中に、その“誰か”が。
完全に侵入してるわけじゃなくて、
気づかれないように、少しずつ……」
僕はうなずくしかなかった。
幽霊とも違う。けれど、明らかに“不自然な何か”が、彼女の周囲で起きている。
「怖くないの? 泥棒とかじゃないよね」
「怖いです。でも、誰にも言えなくて。……はい、泥棒とかではないと思います。何も盗られてないので。
先輩、いつも落ち着いてるから……つい、話したくなっちゃいました。
すみません、変なこと言って……」
「ううん、全然。ちゃんと話してくれてありがとう。もし、何かあったらすぐ言ってね。話聞くことくらいはできるからさ」
「はい……ありがとうございます」
彼女は安心したように微笑んだ。
俺はその笑顔に、少しだけ胸があたたかくなった。
──それにしても、不思議な話だった。
日常の中の、ごくわずかなズレ。
見えない何かの存在。
でも、信じるも信じないも、本人にしか分からない種類の恐怖だ。
もしかしたら、これは……“小説のネタ”になるかもしれない
松林さんに言われた「身近な不思議な話」。
それにぴったりだと、僕は思った。
部屋に戻ると、俺は机の上に置いてある用紙の一枚を取り出して、宮下さんから聞いた話を細かく書く。
第二話:「知らない同居人」