第八話 教会で本を借りることになった。
黙って手を振るトワに見送られながら外に出ると、イエスタは何も言わずに歩き始めた。
話しかけようかとも思ったが、内容が思いつかない。
「……」
「……」
草と土を踏みしめる、妙にふかふかとした足音を鳴らしながら、森の中を進む。
しばらく進むと、俺が薬草採集の時に使った分かりにくい道に出てきた。
「……ここは!?」
「……?」
「薬草採集の依頼で、ここを通ったことがあるんだよ。こんなに近かったのか。」
「へぇ……なるほどね。通りであの時警報が……。」
妙に納得したような声色だ。…でも警報って何の事だ?
「警報?」
「ええ。あなたが、一番隠れ家に迫った一般人よ。」
「……マジで言ってるのか?」
「そう。あと少し近付いていたら、トワが殺しに向かってたわ。」
「…………」
俺は絶句した。
俺の運悪すぎだろ。いや、一命を取り留めたし、不幸中の幸いというやつか。
「……俺って本当に運悪いんだな。」
「そうね。自己強化ポイントは、全部運に使いなさい。低すぎるもの。」
「そっか、イエスタは俺のステータスが見えるもんな。」
助言ありがたい。でも魔力のステータスも上げたいんだよなぁ……
「いやー、迷うな。」
「迷ってないで運に振りなさい。」
「でも、今薬草採集で受け取った0.1pしか――あれ?」
ステータスを見ると、何故か
残り自己強化ポイント『33.1』
「…なんでこんなにポイントがあるんだ?」
「魔術の練習の成果よ。自己強化ポイントは、神が本人の頑張りに見合ったポイントを支給するものなの。」
「じゃあ、このポイントって、イシスから貰ったものなのか?」
「さあ?」
さあ?と言われても……
とりあえず、色々な神様がいるから分からない。
ってことだと、勝手に思っておこう。
「この道を辿れば、森から出られるわ。」
「知ってる。クソ薄いから、見失わないようにしないとな。」
「私は毎日のようにここを通っているし、見失わないから安心しなさい。」
イエスタが早歩きで進み始める。
あまりにも早いので、俺が置いていかれてしまいそうだ。引きこもりだったせいで、すぐに息が上がってしまう。
「はあ……」
「……体力無さすぎじゃない?」
「半年くらい、全く運動してなかったからな。」
「HPにも振っておきなさい。……すこし休憩しましょうか。」
そう言って、イエスタは丁度いい高さの倒木に腰掛けた。
「HPって、スタミナも併用なのか?」
てっきり、スタミナは別にあるかと思ってた。
ステータスポイントを振るところスタミナが無くて、ちょっと驚いてたけど、同じ『体力』としてカウントされるのか。
「スタミナが無い奴は、HPも無いってことよ。」
「納得いかないな……」
とある筋肉バカがいたとしよう。
筋肉が多いのでカロリーの消費も激しく、体重も重いので、彼にスタミナはない。
が、HPは、筋肉のおかげで身体が頑丈なため多い。
とか、普通にあるだろ。
「じゃあ、HPとスタミナをまとめて上げられると思っておきなさい。ステータス画面では別々に表記されてるから。」
「ステータス画面?」
「ええ。冒険者なら、カードを通じて見られるはずよ。 」
マジか!てっきりポイントを振るところがステータス画面だと思ってた!
「多分、見てたのは『ステータスポイント使用画面』ね。ステータス画面は、私みたいな能力者か、冒険者しか見れないわ。」
「そっか。自分でポイントは振れないと駄目だもんな。」
「ステータスは、それぞれG~SSSでランク分けされてるわ。」
SSS……俺もそんなステータス画面を見てみたい。
「トワの魔術使用総合精度と、攻撃性魔術威力と、防御性魔術威力と、体内総合魔力量はSSSよ。」
「…なんか、超複雑だな!」
ただ、トワがめちゃくちゃ凄いっていうのは分かる。
「ええ、100くらい項目があるわよ。これくらい緻密にやらないと、一個人の能力を詳細に表せないのよ。」
「ちょっと見てみようかな。」
俺は冒険者カードを見つめながら、『ステータスオープン!!!』
と、心の中で唱えた。
すると、目の前にぶわっと機械的な画面が広がる。
「……マジで目がおかしくなりそう。」
「評価順に並び替え出来るから安心して。」
なにそれ…超便利だな。そんな機能あるのかよ。
ちょっとやってみるか。『評価順?に並び替え!』
念じると、ふわっと縦に移動して、ステータスが並び替えられる。見ていて気持ちがいい変わり方だな。えっと……
『ライトノベル的思考力』SSS
総合動体視力SS
瞬発動体視力SS
継続動体視力SS
視界画質S
視野範囲S
メンタル及び気力A
根性A
意思断行能力A
……あたりか。この『ライトノベル的思考力』にだけ『』がついてるが、これは何だ?
「なあ、これ……」
「すごい。ユニークステータスなんて……」
「ユニークステータス?この『』がついてるやつのこと?」
「そうよ。とても希少なものだし、私も久しぶりに見たわ……。」
イエスタにしか見えない画面があるようで、倒木に座りつつ、それを見つめながら話してくる。
邪悪さのない、純粋なニヤつきだ。
俺が小説を読んでいる時も、多分こういう表情をしている。
「でも『ライトノベル的思考力』って、何かに使えるものなのか?」
「さあ?」
「さあ?と言われても……」
「神が決めるものだし、私に分かるわけないでしょ?」
「ステータスまで神が決めるのかよ!?すげえな神!」
そういえば、イシスに『ライトノベル的思考力』を褒められたか?
すごいねって言われたような気が……しなくもない。
「当たり前でしょ。神ってそういうものなのよ。」
「流石イシス……」
「そのステータスも、イシスが独断で決めたわけではないはず。多くの神が関わっているはずよ。」
「確かに……」
『ライトノベル的思考力』を除けば、視力が圧倒的に良い。読書の神様か?
それとも、目の神様にでも愛されてるのかな。
「それより、視力良いわね。というか、良いとかいうレベルじゃ無さそうだけど。」
「学校で4月に測った時は、2.3あったぜ。」
「2.3って何…?」
あ、そっか。視力の数値が違うのか。この世界だと、全部アルファベットだもんな。
「……ああ、前の世界の。」
「理解が早いな。」
「私に分からないのなら、もうそれしか無いもの。」
「……何それ、超かっこいい。」
「どこが…………」
イエスタは、少し顔を背けた。
フードが被さったせいで、表情はよく見えないが、少しだけはみ出している頬は赤くなっている。
「だって、『この世界について知らないことなんて、何も無い。』って言ってるようなものだろ?」
「実際にそうだもの。嘘をつく必要なんて無いでしょう?一応、私たちはもう仲間なんだから。」
「イエスタ……?」
……急に、素直になったな。昨日の人生相談(?)の時とは、真逆の態度と言ってもいい。
「あなたが、今此処に居るということは、そういうことでしょう?」
「もし昨日の夜、あなたが家から抜け出したとしても、誰も止めなかったわよ。」
「マジで!?うーわ、逃げときゃ良かった……」
「……本当に、そういう所が駄目ね。」
「ひどくね?」
「どう考えても、ひどいのはあなたよ。」
その通り。イエスタは何もひどくない。
思ったことがすぐ口に出てしまう。この癖、ホントどうにかならないかな……
「はぁ…………」
「……さて、休憩は出来た?」
「休憩は、できたな。」
「それなら良いの。あなたが思っているほど、教会は遠くないから、安心して着いてきなさい。」
「……了解です。」
教会……教会にある本を読むのか。
確かに、この世界は『神』がトップ!って感じだし、神についての知識も必須か。
「ありがたい……」
「……」
イエスタは、何も言わずに歩みを進める。
クソデカローブのせいで、後ろ姿もただの茶色い布だし、俺より10cmは小さいが、何故か頼もしい。
それから20分ほど歩くと、小さめの教会が見えてきた。建物の上には大きな十字架がある。
「……ここか。」
「そうよ。」
洋風な、石造りの建物。美術の成績2の俺でも、曲線の美しさを感じるような、美しい建物だ。
「綺麗な建物だな。」
「でしょう?作られてから、だいたい300年経っているらしいわ。」
300年……ツルのようなものがだいぶ上まで絡まってるし、歴史は感じるな。
それなのに、建物は大きく損傷もなく、綺麗なままだ。一番上の屋根まで、かなり綺麗に見える。
一番上は見えないが、十字架はかなり綺麗で、誰かが手入れしていそうだ。
「十字架が超綺麗だな。誰かが掃除してたりするのか?」
「あんなに高いところ、無理に決まっているでしょ?結界魔法か何かで守ってるんじゃない?」
「魔力は感じないけどな……」
いや、教会全体に、かすかな魔力があるか?
それに気がついた途端、一気に不快な汗が滲み出てくる。
「……!?」
「……どうしたの?」
「いや、多分なんでもない。」
「そう……なら、入るわよ。」
イエスタが、教会のドアを開ける。
アーチ型の、高さが2.5m程あるドアが、ギィと音を立てて動く。
「外開きなんだな。」
「そんなのどうでも良いでしょ……」
「いや、気になっちゃうんだよ。」
玄関のドアが外開きなのは、日本とかの平和な国くらいで、海外だと、侵入されにくい(内側に障害物を置けば開けなくなるから)内開きの玄関なはずだ。
教会とか、貴重な物を管理している建物は、外からの侵入を警戒しているはずなんだけど……
「ま、たまたまか。」
「当たり前でしょ。」
イエスタはそう返しつつ、教会の中に入る。
俺も小走りでついて行く。
建物の中に入ると、俺はイエスタの後ろにちょっと隠れながら辺りを見渡す。
真正面には2体の石像があり、それぞれ剣と杖を持っている。剣と杖だけ本物っぽいな。
その上にはステンドグラスがあり、太陽の明かりが教会内を美しく照らしている。
真上を見ると、大きなシャンデリアがみえる。天井がかなり高いな。
「建物内なのに、開放感がすごいな。」
「天井がかなり高いからでしょ。」
「シスターさーん。来ましたー。」
イエスタが、この協会のシスターを呼ぶ。
が、来ない。
「……居ないのか?」
「いや、一日中、真夜中でも絶対にいるから、どこかにはいるはずなんだけど……」
一瞬諦めると、目の前に魔法陣が現れた。
「何!?」
「なんだこれ!?」
俺とイエスタが、同時に1歩下がる。
魔法陣からは、シスターの服装をした女性が現れた。
少し暗めな赤色の、ロングストレートの髪をしている。身長は結構高く、俺より少し低いくらい。
目を開くと、瞳は赤黒い。超かっこいい、男なら一度は憧れた瞳の色だ。
「……ごめんなさい!ちょっと遅れました!」
「今のって……転移魔法か?」
「ご名答です。中々良い目を持ってますね。」
「転移魔法を使えたなんて……知りませんでした。」
イエスタが知らない?ステータスで使える魔法とか見えないのか?
「いやいや、シスターの嗜みですよ。」
「転移魔法がまともに使える人なんて、全人類の数パーセントだと言われているのに……すごいです。」
「マジで!?俺も使いたかったのに……」
「あなたも、5cmくらいなら転移出来るかもしれないわよ?」
「意味ねーな。」
いや、うっすい壁なら壁抜けできるかも?
「イニエスタさんは常連さんですが、あなたは知らない方ですね。お名前をうかがっても……?」
イニエスタ……?
偽名を使ってるってことか。俺も偽名で……なくてもいっか。
「池村佐久間っていいます。よろしくお願いします。」
「はい。よろしくお願いしますね、佐久間さん。」
シスターさんはにこりと笑って、そう言った。
超清楚系な、透き通った美声と笑顔。脳みそに直接入ってくるような透明度だ。声優になれるよ。
……で、あなたは名乗らないんですか?
「私のことは、シスターさんとでもお呼びください。」
「名前で呼びたいです。」
「シスターさんでお願いします!」
「はい!!!」
「なんて手のひら返し……」
イエスタには呆れられているが、仕方ない。こんなに綺麗な声でお願いされたら、はい!!!って言うしかないだろ。
「……で、シスターさん。いつも通り本を読みに来たのだけれど、図書室を開けて貰えますか?」
「もちろんですよ!でも、佐久間さんには懺悔をして、身を清めてから入ってもらいます。」
「そういうのがあるのね。了解。先にいってていいよ。イニエスタ。」
「……分かったわ。」
イエスタが偽名を使っている以上、俺もそう呼ばないとな。
「じゃあ、また着いてきてください。佐久間さんは、少し待っていただいても?」
「何日でも待ちます。」
「そうですか!ありがとうございます。」
イエスタは、そのままシスターさんについて行った。
にしても、シスターさんの笑顔がまぶしい。常に笑顔を絶やさずに、しかも自然体で笑顔を保っている。
ああいう人が、『シスター』という職に向いている人なのだろう。
「…………」
俺は近くにあった、教会によくある長椅子に座ってシスターさんを待った。
「……お待たせしました!今から懺悔室に向かいますので、着いてきてくださいね。」
「分かりました。」
そのままシスターさんについて行き、懺悔室へ向かう。
「……!今魔力が……?」
「あら、魔力を感じられる方ですか?」
「いや、それっぽいなと言うか、雰囲気で分かるんですよ。これ魔力だなって。」
「そうなんですね……。」
シスターさんは、少し表情を曇らせた。
てっきり、凄いです佐久間さん!って褒めてくれるかと思ってたのに……期待しすぎた。
シスターさんは、そのまま廊下を歩く。
シスターさんからは、トワ並の魔力を感じる。転移魔法も使ってたし、実は凄い魔術師なのかもしれない。
「シスターさん、めちゃくちゃ魔力ありますね。」
「あら、分かりますか?自慢の魔力量です!」
「はい。知り合いに居る、めちゃくちゃ魔力ある人と同じくらい……」
「私と同じくらいの魔力……?そんな人、そうそう居ないと思いますが?」
「それが、居るんですよ。」
2000年生きてるとか言ってる人外が。
……ってか、トワが本当に2000歳なら、確実に人外だけど、なら何なんだろう?魔族とか?
「へぇ……気になりますが、今は懺悔ですね!」
「そうですね。」
目の前には、上に懺悔室と書かれたドアがある。いつの間に……
「じゃあ、私はこちらに。」
シスターさんは、ドアの左にある、小さなドアに入る。こんなドアあったか……?
「俺疲れてるのかな……」
視野が狭い。スマフォを見すぎて、目がおかしくなったのかもしれない。
とりあえず、俺は目の前の懺悔室と書かれたドアを開く。