第六話 イエスタは思ったより黒かった。
あれあれあれぇ……?
「なっ、なんで俺まで……?」
……ここで変に抵抗するのは逆効果だろう。俺は命令に従いつつ、質問する。
「……」
イエスタは無言のまま、俺とトワを正座の姿勢で凍らせた。とんでもなく冷たい。
「……なにこれ。」
「絶望組式拷問よ。心の底から反省するまで、絶対に解放されないから。」
「終わった……」
「……さて、罪状は理解しているかしら。」
「勿論です!」
「多分これっていうのは……あります。」
脂汗が止まらねえ。イエスタの台詞ひとつひとつに込められた圧に、押し潰されそうになる。自然と震え声になってしまった。
「間違えてシャワーのお湯を沸騰させてしまいました。原因はイエスタの鍋にかけようとした熱魔法が、シャワーまで届いてしまったことです。」
「ちゃんと罪状は理解しているようね。」
「……風呂の椅子を舐めようとしたことです。」
「……原因は、欲望に逆らえなかったことです。」
「ゑゑゑ!?そんなことしたのか!?」
イグニスが大声で驚く。え?これ共有されてた訳じゃないの?
ちらりと横を見ると、トワがとんでもないものを見るような目で、こちらを見ている。
「さくたん……」
「本当に申し訳ございませんでした。未遂ということで、なんとか許してはいただけないでしょうか!!!」
俺は渾身の土下座をキメた。
エスマリアがずうっと無言なのが、一番怖い。イエスタのくそ重い声よりも、ずっと怖い。
「私も、もっと丁寧に魔法を扱います!!!」
「……大丈夫そう?エスマリア。」
「……佐久間さんは、初犯で未遂なので、ここら辺で許してあげます。おしりで味わったことは、深く反省してください。」
「かしこまりました。」
脚の拘束が解かれ、一気に脚の痺れがやってくる。
「うっ……」
「……反省しておきなさい。夕食は、あそこの机の上にあるわ。」
「ありがとうございます……。」
俺は痺れた脚を引きずりながら、地面を這って、卓上の夕食にたどり着く。
「いただきま……」
「うみゃああああああ!!!!!!!!」
「トワさん。あなたには私と同じような痛みを味わってもらいますね。」
「冷たいいい!!!!いやあああああああ!!!!!」
トワは必死に脚を動かそうとしているが、微動だにしていない。
「今氷の温度を-15℃にしたけれど、このくらいでいい?」
「このままで、あと20秒。」
「うみゃあああ!!!!!!」
「嘘。あと40秒ね。」
「……」
トワは、諦めたのか黙って動かなくなってしまった。
俺も夕食に手を出す気が起きず、拷問に耐えるトワを、ぽけぇとした表情のイグニスと一緒に眺めた。
「あと5、4、3、2、1、1、1、1、1……」
「……」
うわぁ、とんでもなく悪質だ……
「……おっけー。」
パリンと、トワを拘束していた氷が砕け散る。
「ぷはぁ!!!はぁ……はぁ……」
「……なあ、大丈夫か?」
「な訳……!!!」
「ですよねぇ。」
トワの両足は、低温やけどで真っ赤になっていた。見るからに痛そうで、俺の脚まで痛くなってくる。
「ひでぇな……」
「懐かしいな。私も、25回位こうなったことがある。」
「……強靭な肉体だな。」
「次イグニスにやるときは、-72℃くらいにしようかしら?」
「やめてくれ……」
イグニスの声は、心の底からひねり出されているようだった。
「……佐久間にも、エスマリアの怖さが分かったかしら?」
「拷問してたのは、イエスタじゃね?」
「エスマリアが直々に魔道具で拷問する方がいいの?」
「よくないかも。」
「昔はその方式だったんだけど、そのせいで脱走したメンバーが何人かいてねぇ……」
闇は深い。とりあえず、もう絶対に、エスマリアに逆らうのはやめよう。
「拷問はもう終わったのだから、夕食を食べなさい。あ、トワの夕食は無いわ。」
「そんなぁ……」
「2000年分の脂肪で耐えておきなさい。」
「ひどい!!!」
「あ、夕食は私の手作りよ。」
「まじで!?」
「……いただきます!」
美少女の手作りご飯……食べるしかねえ!
俺は、目の前の野菜炒めと肉の丼をスプーンですくい、食べた。
「……うまい!!!」
野菜炒めと、肉の塩加減が絶妙すぎる。肉から染み出た脂が米にまとわりつき、まろやかな食べ心地に……。
「これめっっっちゃ美味しい!すげえな!」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。」
「私も食べたい……」
「美味しかったな!」
「えっ?イグニス、食べるの早くね?」
「もっと噛んで食べなさい。流し込んじゃ駄目よ。」
……イエスタ、何だかお母さんみたいだな。一番最年少?のはずなのに、一番大人だ。
そして最年長のトワが、一番子どもだ。おかしいな。
「じゃあ、おやすみなさい。イエスタさん。」
「おやすみなさい。」
いつの間にか夕食を食べ終わったエスマリアが就寝する。どうやら、二階が各メンバーの部屋になってるようだ。
「健康的だな。」
「健康が第一!って感じの子だからね。」
「エスマリアを子供のように言うのは、やめておきなさい。」
「ハッ……!!!」
トワはブルっと震え上がった。まだダメージが残っているらしい。
「……さくたんがダメージ受けて無さすぎなんだよ!」
「まあ、早めに許してもらえたからな。」
「そういうことじゃなくてさぁ……」
「殺人に慣れた私たちと同じくらいの精神力があるなんて、それだけで十分おかしいのよ。」
……たしかに。え?そういえば、俺はなんでこんなにメンタルが強いんだ?
豆腐メンタルのお陰で高校に行けなくなったはずなのに。
「……ノリというか、流れに乗った時は、とことん突き進む性格なんだよ。」
「そう。」
イエスタが聞いてきたってのに、なんでそんなに軽い反応なんだよ。
「……じゃ、私も寝ようかなぁ。夜更かしは、お肌に悪いし!」
「おけ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
「私も寝るぞ!おやすみ!!!」
「おう。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
イエスタは機械的におやすみを伝えた。全く気持ちがこもっていない。
「……もっと気持ち込めろよ。」
「いいのよ。元々、言葉に感情を入れたがる性格ではないから。」
「そういうことじゃ……」
「あなたは寝ないの?」
「……イエスタこそ。」
「私は、夕飯の片付けがあるから。」
「……そっか。手伝おうか?」
「別にいらないわよ。いつもの事だし。」
「……分かった。」
……何故だろう。会話が弾まない。イエスタが会話楽しむタイプで無いのは分かる。
だがここまで冷たい態度を取られると、コミュ力が低い俺に出来ることは、何も無くなる。
リビングには、イエスタが食器を洗う音だけが響いている。
「……」
俺はすることも無いので、イエスタを観察することにした。
……見れば見るほど、美少女だな。銀髪というよりも白髪な髪が、薄く青みがかった瞳とすごくマッチしてる。髪の毛まで、青みがかって見えてくる。
……そういえば、俺のイカしたナイフと、持ち金を奪ったあの憎き女騎士は、The銀髪って感じの色だったな。
淡々と作業している姿にも、どこか品がある。……ひとつひとつの作業が丁寧だからか?綺麗だ。
「……美しい。」
「きも。」
イエスタは、1ミリもこちらを見ずに吐き捨てた。
……確かに、人を見て『……美しい。』は、流石にキモかったか。
「……あなたの趣味は、人間観察なのかしら?」
皮肉のこもった一言だ。遠回しに、見るな気持ち悪いと言われている。
「……そうかも。」
「そう。あなた、超気持ち悪いわね。」
「……なあ、1ついいか?」
ずうううっとスルーしてたけど、ちょっと気になってきた。
「態度変えすぎじゃね?さっきまでは、もっと優しかったというか、親切だっただろ。」
「これが素よ。」
「素を出してなかったってことか。」
「当たり前。あなたが素を出しすぎなのよ。」
確かに、犯罪者集団に入った初日に風呂の椅子を舐めようとする位には、素を出して過ぎていたかもしれない。
「……確かに……確かに、俺は素を出しすぎていたかもしれない!!!終わった!!!!!」
「今気が付いても、遅いわよ。あとうるさい。」
「ごめんなさい。」
……でも、本当に終わったのでは?よく考えなくても、さっきまでの俺、気持ち悪すぎるだろ。
「……でも、私達はあなたより気持ち悪い人なんて、いくらでも見てきてるから。あまり気にしなくてもいいわよ。」
「そんなこと……」
「あるわ。犯罪者集団を舐めないで。どれほどの過程を経て、ここで家事をできていると思ってるの?」
「……」
重い。重すぎるって。こんなに重いところに、なんで……
……よく考えなくても、俺ってここに居ちゃ駄目だよな。
よく考えなくても、ここに居てはいけない。ここにいても……犯罪者になるだけだ。
「……俺、これからどうすればいいんだろう。」
「あなたが決めなさい。自分の人生を他人の言葉に任せるなんて、一番してはいけないことよ。まして、犯罪者の言葉でなんて。」
「そうだな。自分のことは、自分で決めないとだよなぁ……。」
「それができなかったから、あなたはここにいるのよ。」
そうなのか?自分のやりたいことは、素直にやって来たはずだ。
「……やりたいことは、やって来たつもりなんだけどな。」
「それは、やりたい事をしているだけよ。その場でね。」
「あなたの人生は、その場のやりたいことだけで作られている、都合のいい世界なのかしら?」
「……いや、やりたくないことだらけだ。」
「やりたくないことを放置してきたから、そうなったのね。……あなたの人生が、分かってきたわ。」
俺の人生が分かってきた?そんなバカな。俺でも自分の人生を全く分かっていないのに、イエスタには他人の人生を理解する余裕があるのか……?
「ゴミをそのままにしておいたら、楽に決まっているわよ。」
「でも、ゴミを積み重ねれば、いつかは崩れるものでしょう?」
「ゴミは、捨てないと駄目なの。なの。ゴミ箱に入れるだけでは、溢れてきてしまうわ。」
「……」
当たり前のことを言っているだけなのに、どうしてこんなに響いてくるんだろうか。
「重なったゴミが崩れてきたら、払いのけても、異臭を放ち続ける。」
「そんな所に、あなたは居たくないでしょう?」
「……誰でも居たくないだろ。」
「当たり前よ。誰だって、居たくないわ。」
イエスタは、いつの間にか食器を全て片付け終わっていた。手を拭いて、こちらに歩いて来る。
「……埋もれる前に、方法を考えておきなさい。捨てる以外にも、消す方法を。」
「……分かった。ありがとうイエスタ。人生相談的なのに乗ってもらって。」
「私も、いくつかゴミを捨てられた気がするわ。ゴミ箱にだけれど。」
「……じゃあ、おやすみなさい。佐久間。」
「ああ、おやすみ。」
異世界転生三日目の夜。俺はイエスタに説教された。今考えれば、イエスタの自虐も多かった気がする。
もう、迷うフェーズは終わった……か。
誤字脱字等ありましたら、指摘お願します。
今回から後書きを長めにしようと思います。
今回はイエスタと絶望組の闇が現れた話です。佐久間のこれからの選択に目が離せないですね。
この話を書く時、結構書き直しをしました。(ので、誤字は無いと思いたい。)
イエスタの感情と考えていることを台詞に乗せるのにとても苦労しました。もしかしたら、今後書き換えることがあるかもしれません。