第三話 ギリで助けて貰えたかもしれない。
結局、俺はそこら辺の路地で寝た。クッソ体が痛い。
「……仕方ねえ、このなけなしの60モルで、何か買うか。」
そろそろ本当に空腹で死ぬ。水も全く飲めていない。
えっと、60モルは左ポケットの中に……
「……あれ?」
まるで自動販売機の前で財布が見つからない時のように。
また、改札口の前でICカードが見つからない時のように、全身を探した。
「……ない。」
盗まれた……?俺のなけなしの60モルが……?
確かに、そこら辺の路地で寝てたし、無防備にも程があった。
……でも、でもなあ……?
「……なんでだよおおおおおおおお!!!!!」
「うああああああ!!!!!!!くそがああああああ!!!!!絶対許さねえぞ盗んだクソやろおおおおお!!!!!!」
「ねえ、あのくそくさそうな人、なんか叫んでるよ?」
「しっ!見ちゃダメよ!」
「……」
確かに、もう2日?は風呂に入っていない。くんくんと脇を嗅いでみると、アンモニアの原液みたいな臭いがした。
懐かしいな。中学生の時、アンモニアの原液を手であおぐようにしてでは無く、直接嗅いだな。
「……むなしい……。」
……さて、再び一文無しになりましたと。
もう無理だろ。薬草採取に行く元気はもう無いし、空腹と脱水症状で死にそうだ。クソ臭い脇を嗅いだせいで、体調もすこぶる悪くなった。
「……誰か、誰か助けてくれ……!」
「じゃあ、私が助けてやろうか?」
「……え?」
顔を上げると、筋肉質な金髪美女。ちょっと日焼けしていて、かなり露出度の高い装備を着ているせいで見える筋肉がかなりえr……強そうだ。
「えっと、助けてくれるって……?」
「私の家に来てもらおうか。」
「えっ……ろ。……じゃなくて、えっ……?」
ろ。マジかよ。こんな美人のお宅にお邪魔させていただけるとは、オタク冥利に尽きるぜ。
「ねえ、あの人って……」
「馬鹿!!!本当に見ちゃダメ!!!」
「……まあいいか。はやくついてこい。」
「わっ、分かった。」
何だ?周りの視線が、いつもの視線じゃない。いつもは気持ち悪い奴に向けられる視線だったのに、今はまるで……
(警官に連行されている犯人の気分だ。)
あー、あいつ終わったわ。の視線。嫌悪感からではなく、自己保身をする時の離れ方。
これはなんだろうか、言葉に表せない。この、何かヤバそうという感じは何だ?
「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「敬語はいらん。タメで話せ。」
「……分かった。ひとつ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「これから、俺はどうなる?」
「……さあな。」
分からない?そんなことあるのか?
疑問に思うが、今は解決出来なさそうだ。ついて行くのをやめるか?
……いや、ボコボコにされそうだし、されなくても脱水症状で死ぬ。ついて行っても大丈夫かは、賭けだな。
ギルド近くから歩き始めた俺たちは、北東に向かっていた。森と同じ方向だ。
しばらく歩くと、北の検問が見えてきた。やっぱりあそこ使うんだな。
「……こっちに来い。」
「え?あそこは……?」
「捕まりたいのか?なら止めないが。」
「だって、あそこ俺でも通れたんだよ?」
「だから何だ。黙ってついてこい。」
「……」
あのガバガバ検問を通らない……か。
……あれぇ、この人やばい人かも。終わった。
これ以上何か喋ると殴られそうだったので、言われた通り黙ってついて行くと、城壁の割れ目にたどり着いた。
「ここから出るぞ。」
「狭い……けど、通れなくもないか。」
「よっと……」
先に金髪さんが通る。というか、名前聞いてなかったから、何て呼べばいいのか分からない。
狭い城壁に挟まれたπが、とても柔らかそうだった。飛び込みたい。
「早くこい。」
「……おう。」
俺のガリガリボディなら、こんな隙間余裕だぜ。なんせ、俺は身長169cm体重47.8kgのゴボウ。2日間何も食べていないので、今の体重は44.5kgくらいだろう。
「……そういえば、名前聞いてもいい?」
「ああ、言ってなかったな。私はイグニス・バーネット。忘れるなよ。」
「もちろん。俺は池村佐久間。よろしくな、イグニス。」
「おう、よろしくな佐久間。」
なんか、友達みたいな口調だ。女友達とか小学校低学年以来だよ。
(……なんか、都合良すぎて怖いな。)
無償で助けてくれるキャラクターなんて、清楚系ロングストレートヘアーの少女か、獣人のロリくらいだ。
こういう格闘家っぽい、強気な女性キャラはそういうことしなさそうだけど、どうなんだろう?作品によるのかな。
……だが、タダより安いものは無い。名前も今知った程度の関係なんだ。警戒はしておくべきだな。
そのまま喋ることなく、森に入っていく。俺が使った道は全く使わずに、道なき道を突き進んでいく。一体、この先には何があるんだ?
「……着いたぞ。」
「…………なんだこれ」
森の中には、一軒の家が建っていた。かなり大きい一軒家で、現代なら数億円しそうなでっかい家。
魔女の家っぽい、洋風な外観。森の中にあるからか、少し植物にからまれている。
「私達の家だ。今は誰もいないと思うが……」
「他に誰かと住んでるのか?」
「ああ。私含めると5人だな。」
結構いるな。そう考えると、この家の大きさは妥当かもしれない。
「とりあえず入るぞ。」
「わかった。」
イグニスは玄関の扉を開けると、勢いよく
「ただいまー!」
と言った。俺も小声でお邪魔しますと言った。多分聞こえていない。
「あー。おかえり。」
「あれ?居たのか。」
「居たのかって……ここは元々私の……」
リビングらしき部屋のソファーに座っていた彼女は、こちらを鋭い目つきで睨んできた。めちゃくちゃ怖い。銀髪ショートの可愛い美少女なんだけど、怖すぎる。
「あー、そんなに警戒しなくていい。そこら辺で拾ってきた拾い物だ。気にするんな。」
「ああ、それなら良かった。」
彼女は興味を失ったのか、流れるように視線を外した。
「えっと……」
「自己紹介は後でいいわ。とりあえず、風呂にでも入ってきなさい。臭いから。風呂はあっちよ。」
「……ごめんなさい。分かりました。」
「ちゃんと節水しろよー!」
「もちろん。」
イグニスはどこからかシャツを取り出し、俺に投げた。見てみると、『雑魚』とめっちゃでかい字で書かれている。習字っぽくて、無駄にかっけえ。
(……なにこれ。)
とりあえず、風呂はあそこだ。俺は風呂に直行し、爆速で服を脱いだ。
俺を風呂に移動させたということは、あの美少女はイグニスと2人で話をしたいのだろう。ならば爆速で風呂を出て、こっそり話を聞くしかねえ。
イグニスたちが何者なのかが、分かるかもしれない。ヤバそうな人だったら……逃げよう。
俺は数分で身体と頭を洗った。言われた通り、ちゃんと節水はした。
浴槽はなく、シャワーのみだった。そりゃそうか。
俺は音を出さないよう慎重に風呂の扉を開けて、2人がいるリビングへ繋がる扉に耳を当てる。
「……んだ?」
「特殊だったよ。だいぶね。」
「なんだって?私にはただのクソザコにしか見えなかったが……」
何が特殊だったんだろう。十中八九俺の事なんだろうが、イグニスの言う通り、俺ただのクソザコだ。
「あんなに面白いのはら初めて見たわ。」
「イエスタが初めて見たレベルなのか!?」
「いや、初めてじゃないのもあったけど……」
イエスタ……あの美少女はイエスタって言うのか。かわえええええええええ名前だな。是非お近づきになりたい。
「それでも特殊すぎるくらい。久しぶりにびっくりしちゃったよ。表情には出てなかったと思うけど……」
全く出てなかったな。こっちが怖いくらい、超クールだった。
「……とりあえず、どんなのだったか話すね。」
「おう。」
「彼は……ほぼ間違いなく、転生者よ。」
「転生者!?」
え!?それバレる展開!?
……というよりこれって、イエスタには俺が転生者だということを見破れる力がある……という事だよな……。
「光と風の神イシスの加護を受けてる。そんな人間、まずいないわ。私でも、今までに1人しか見たことない。彼で2人目。」
「イシス……?知らない神だな。」
「本当に上位の神は、民に知られてないの。普通に生活してたら、名前なんてまず聞かない。」
「普通、神は民から信仰を集めようと、知名度を上げる為に力を使う。」
「でもイシスほど上位の神になると、信仰を集めなくとも力を使うことが出来るの。」
イシスって、そんなに強いやつだったの……?だから戦争が起きちゃうとか言ってたのか。
……とりあえず、イエスタはイシスを知っているらしい。マジでどういうことだ?普通に生活していたら知らないって、イエスタは普通に……底が見えないな。
「つまり、その神の加護を受けてるあいつは……ちょっと待て。それってあいつが転生者って事と、何の関係があるんだ?」
「イシスの力は、『死者を異世界に送る力』。つまり彼は異世界で死亡して、この世界にやって来た異世界人って訳。」
「光と風の神なのに、死者を異世界に送れるのか?」
「そう。とんでもないわ。その力に加えて、光と風を自由自在に操ることが出来るんだもの。」
そっか。確かに光と風の神なのに、死者を異世界に送る力があるのはおかしいな。なぜ気付けなかったのか……。
もし気付けていれば、あの時に理由を聞けていたかもしれない。
「それだけすごい神の加護を授かっているのに、何故かステータスは普通だった。能力にも、特別なものは無かった……。」
「風呂から出たら、詳しく聞いてみるか。」
「そうね。」
うーん。流れ的に、そろそろ出るか。
俺はがちゃりと扉を開けた。二人の視線を感じる。
「あら、早いわね。」
「節水しないとだから。」
「なるほどね……。」
またイエスタは視線を外す。俺はそのままイエスタを観察した。ちょっとつり目気味で、クールな空気が漂っている。
「……何見てるのよ。」
「イエスタさんの顔。」
「……さん付けは要らないわ。同い年だし。」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。16歳。趣味は読書で、相手のステータスを見ることが出来るわ。」
「ええと……俺は池村佐久間。趣味は小説を読むことで、能力はさっきイエスタが言ってたように、特にない。」
自己紹介されると、こっちも流れで自己紹介してしまう。何だか乗せられている気がする。
「ありがとう。趣味はステータスからは分からない情報だから、ありがたいわ。」
「つい言ってしまった……。」
「まあ、あなたの趣味を知ったところで、どうにもならないけど。」
「……ところで、なんで私の名前を知っているのかしら?」
「え?……あっ。」
はい、終わった。自己紹介の時に名前だけ言ってなかったのは……そういうことか。
イエスタ……強キャラ感溢れてるな。とか言ってる場合じゃねえ。どうする?
「盗み聞きだなんて……私達から信頼されたくないのかしら。」
「されたい!もちろんされたいよ。」
「盗み聞きするとは……なかなか根性のある奴だな?」
怖い。イグニスが五秒後に殴りかかって来そうだ。
「……まあ、説明する手間が省けたわ。あなたの前でイシスの話をしたら、イグニスがうるさくて仕方がなかったでしょうし。」
「うるさいって、そりゃあねえだろ。」
「あるわよ。うるさいもの。」
イエスタは、淡々と返した。めっちゃクールだな。
「……じゃあ、本題に入るわ。」
イエスタは、少し体をこちらに向けた。さっきまで視線を合わせてくれなかったので、ちょっと嬉しい。かわいい。
「あなたはどういう経緯で、ここまでやって来たの?」
「ええっとですね……」
俺はイシスと喋ったところから、初日に全てを失って依頼を受け、また全てを失ったところで、イグニスと出会った流れを伝えた。
「……だからそんなにぼろぼろの死にかけで、助けを求めてたのか。」
「そう。今、自分の運のなさに絶望しているところ。」
「そうね。本当に運のない人……。ぼろぼろになった挙げ句、ここに来ちゃうなんて。」
「……え?」
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