第二話 薬草採取はクソ依頼だった。
異世界生活初日。全ての装備と現金を失った俺は、そこら辺の路地で夜を明かした。
(全身が寝違えたみたいに痛い……)
ひとまず起き上がり、昨日目指していた町の方向を見てみる。昨日馬車で運ばれて、町にかなり近づくことが出来たみたいだった。これなら午前中に着くかな?
歩いていると、全身の筋肉がほぐれていく感覚がある。寝起き直後の運動って、効果あるんだな。
歩いていると、やっぱり違和感がある。スマホも持ち物も、何も無い状態。いつもはスマホを必ずポケットに入れて歩く。ポケット部分の違和感がすごい。
(……空は普通なんだな。)
いつの間にか、俺はこの世界の観察をはじめていた。空は地球と同じ空色。昨日夕焼けを見たから、太陽と大気も地球とほぼ同じ性質なのか?
地面の草とかは、どこかで見た事がありそうでない植物。舗装は四角い石レンガのような石。アスファルトでは無いので、すこしぐらついている。
(……文明レベルはどのくらいなんだろう?)
2時間ちょっと歩いて、ようやく大きな町にやってきた。城壁に囲まれていて、道の先には列ができている。検閲か?なら終わったくね?ちょっと下を向きながら……
と思ったが、すんなり通過。がばかば過ぎでは?それとも、不審者ではない何かを検閲しているのか?
振り返って確認してみるが、普通の検閲にしか見えない。
顔を元に戻すと、異世界感が一気に流れ込んできた。
アニメで散々見た、西洋風の建物たち。子供の笑い声や、まいどあり!という商人の声。
「……最高だ。」
装備と現金を全て失って、最悪な状況のはずなのに、ポロリとその言葉がこぼれる。
(……とか言ってる場合か。とりあえず、金稼ぐぞ。)
案内板らしき板を見つけたので、近づいて確かめてみる。
『王国第二の都市タスメニス 案内板』
なるほど。ここはこの国の第二都市らしい。横浜とか大阪とか、そのくらいの規模ってことか。
……と、思っていたが、広さは東京(千葉)にある〇ィズニーなランドの3倍くらい。
街としては、めちゃ広いという訳でもめちゃ小さいという訳でも無さそうだ。
俺が通ってきたのは、どうやら街から南の方にある小さな入口らしい。街の東西南北には、大きな門があるようだな。
とりあえず、流れとしては冒険者ギルドを探すべきか。異世界だし。
冒険者ギルドは、案内板によると街の中心部にある。街のど真ん中には、王国第二王女の住む城があるらしく、その周りに主要な施設を固めているようだ。
ギルドに向かって歩いていると、やはりこのジャージが目立ってくる。ちらちら見られるので、人の視線耐性が低い俺にはかなりきつい。
でも全財産を失っているので、服を買うことが出来ない。ギルドでお金を稼げればいいけど……
ギルドの少し大きめな扉を開けると、広い空間が出迎えてくれた。奥には受付らしき場所が見える。
(あそこだな……)
すみっこには、バーのような場所もある。
……が、とりあえず受付に向かおう。今はバーに向かっている場合では無い。
一番可愛い受付嬢のところにしよう。……あ、あの娘可愛いな。あそこにしよう。
「……すみません。ここで冒険者になれたりしますか?」
「新規登録希望の方ですか?」
「はい。」
「かしこまりました。では、この用紙に記入をお願いします。」
「分かりました。」
名前と生年月日、使える魔法……は、無い。
スキルもほとんどないけど、健康とかは書いておくか。流石に、神の加護とかは書かない方がいいよな。
「書けました。」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちください。」
そう言うと、受付の人は奥に行ってしまった。
暇ですることが無いので、ギルドの建物内を観察してみることにした。
建物自体はかなり広い。受付は入口から真正面。入口から中央の大きな勇者像と、天井からぶら下がっている龍の彫刻の向こう側にある。
龍の彫刻はかなり大きく、全長10mはありそうだ。異世界らしくない、翼がないタイプの龍だ。
(この世界に、ドラゴンは居ないのかも……?)
入口から見て左側には、食堂のような木製の長机と椅子が並べられている。かなりの冒険者がそこに座って飯を食べたり、喋ったりしている。
その更に奥にはバーのようなカウンターがあり、かしこまった格好の人がグラスを拭いている。
窓もガラス製だし、ガラスはこの世界でも常用されていそうだな。
入口から見て右側には、壁に依頼がずらりと貼られている。大きな空間になっていて、そこに集まっているグループが何組かいる。
パーティーを組んでいるやつらかな?
見たところ、魔法使いやヒーラーに戦士に剣士など、よく見る職業の他にも、盗賊系や、異世界もののアニメや小説を漁っていた俺にすら、分からない格好をしている奴もいる。
「……ワクワクが止まらねえな。」
思わず、そう呟いてしまった。俺は一体どんなやつと一緒に戦うことになるのだろう。魔法は俺にも使えるのか?どういう戦闘スタイルでいこうか。
魔剣士?双剣士?剣を使わずに、魔法を極める?それとも盗賊や暗殺系の職業になって、ステルス系でいくか?
考え出すと止まらない。これは妄想などではなく、この世界で冒険者として生きるなら、考えなければならないことだ。
(すげえ……持ち物を全部失ったのに、異世界が楽しいと感じる……!!!)
「……お待たせしました。これが冒険者カードになります。登録したばかりなので、G級ですね。ゴキブリ級と呼ばれている級です。」
「えっ、ゴキブリ?」
G級スタートなのは異世界系の鉄板だが、G級をゴキブリ級と呼ぶのは初めてかもしれない。
「早くG級から、F級になれるよう、頑張ってくださいね。」
「……分かりました。」
フンコロガシとゴキブリって、何が違うんだよ……
「……あのー、なんでそんな級の名前なんですか?」
「G級の由来は、いつまで経っても湧いて出てくるからです。星の数ほど居ますから。」
「F級は、荷物持ち程度には使えるという意味ですね。」
「なっ……なるほど。」
俺は全く分からないのに、とりあえず納得した雰囲気を出しながら、冒険者カードを持って、長椅子に座った。
冒険者カードは木製だ。名前と年齢、ステータスが刻んである。右上には、大きく『G』と刻んである。
ステータスは、オールゼロという訳でもなく、幸運値が1なことと、知力と2ポイントを振った筋力がちょっと高いこと以外は、全て100前後だった。
(これって、自動で書き換えられたりするのか?)
カードからは、今まで感じたことの無いような力を感じる。これが魔力なのか……?
おそらく、自動でステータスを書き換える魔法が付与されているんだろう。
「……とりあえず、依頼を受けるか。」
ずっと一文無しでは、とてもじゃないが生きていけない。俺は立ち上がって、壁に大量に貼られた紙を見る。
『ゴブリンを3体討伐する。
難易度☆2
報酬50000モル&10P
達成条件……ゴブリン3体分の体の一部と、魔石を持ってくること。』
……本来ならこれをするべきなのだろうが、あいにくナイフを没収されている。クソザコナメクジな俺が素手で勝てるほど、ゴブリンは弱くないだろう。
『○○者○杖と勇○○○を○〇。
〇○度 〇明
○酬100000○0000モ○○9999999P
達成○件……無事に○つを○ち帰る○と。』
……なんだこれ?報酬っぽいのが頭おかしい桁数してるし、掠れ過ぎて読めない。難易度さえ分からないし、こんな依頼を受けたら、何が起きるか分からない。これはナシだな。
『薬草採取
難易度☆0
報酬:薬草1株につき100モル~&0.1P(種や状態によるため、その場で鑑定する)
達成条件……生きて薬草を持って帰ってくること』
これだーっ!!!今の俺には、薬草採取が一番向いている。大量に持ち帰れば、金になるだろう。
(……カゴとか袋とかないし、大量に持って帰るのは無理か。)
ひとまず受付に、依頼を引き受けることを伝えた。なんとなく、冒険者カードを貰った時と同じ受付にした。
「薬草採取ですか。頑張ってきてくださいね。」
「……はい。」
受付嬢がにやにやしているのが分かる。今に見ていろよ?絶対大物冒険者になって、お前をぶち〇してやるからな。
決意を強く固め、俺は依頼の紙と別に貰った地図に書かれた地図を元にして、薬草が生えているという森に向かうことにした。意図していなかったが、地図ゲットだぜ。
(ここの街から北東にあるのか。)
ギルドは街の中央にあるので、北の出口を使うのがいいだろう。
俺は街を北に進むことにした。途中に美味しそうな出店が並ぶ広場や、質の良さそうな道具が置いてある道具屋、鍛冶屋を見つけた。
しかし俺は一文無しなので、何一つ買えない。それどころか水も飲めていないので、いい加減喉が渇いた。
水道は整備されているようだが、公園の蛇口のように、無料で水を飲めるほどでは無い。
当たり前か。日本の水道設備がとんでもないだけだ。
(……そろそろ出口か。)
北の出口でも検閲をしていたが、すんなり通過。やっぱりおかしいだろ。こんな服着てる怪しい男をすんなり通すなよ。
「……さて、ここからはこの道を辿るんだな。」
俺はこういう大きな移動をする時、口に出すようにしている。
口に出して今からする行動を確認することで、「今何してるんだっけ?」と迷わないようにするためだ。
しばらく道なりに進んでいると、だんだん舗装が古くなってきた。石レンガがガタガタになっていて、気を緩めると足を挫いてしまいそうだ。
(これなら、いっそのこと舗装が無い方が楽かもしれないな。)
四角い石の上をひょいひょい飛んでいると、なんだか小学生の頃を思い出す。
しかし、そんな楽しい時間はすぐに過ぎ去った。周りはさっきまで草原だったのに、いつの間にか森に変わっている。木の種類も、だんだん凶悪そうなぐにゃぐにゃした木に変わっていく。
「……ここだな。」
薬草の依頼書には、かなり詳細な情報が書かれていて、どうやらこのごつごつした木が生えている場所の近くにあるらしい。
森のかなり深い所まで来ている気がする。草に隠されかけたほっそい道が、俺の頼りだ。この道を見失えば、俺は本当に死ぬ。
「……薬草はどこだ?」
木の周辺を探し回っていると、一際目立つ赤い草を見つけた。
「……なんだこれ?」
触れようと手を伸ばした瞬間、俺の危険感知センサーが反応した。こういう明らかに目立つ植物には毒があることが多い。触るのはやめておこう。
後で受付嬢に報告しておこうかな。好奇心で触るやついそうだし、一応な。
決して、受付嬢と話したい訳では無い。本当だ。
その赤い草から目を離すと、目当ての薬草が目に入った。なんか茎がぶっといな。トイレットペーパーの芯くらい太い。
まあ引き抜けばいいだけだろ。
「はあ……はぁ……。」
なんだこれ。おおきなかぶより抜けない。茎もクソ硬いし、折ろうとしても謎にふにゃっとなる。
ちょっと依頼書を見直してみるか。取り方が書いてあるかもしれない。
『この薬草は根の長さが5mほどあるので、根ごと引き抜くとかいう寝言を言うのはやめましょう。』
『確かに根ごと抜けば、価値は数倍に跳ね上がります。跳ね上がるのはベットの上だけにした方がいいですが。あ、それは跳ね起きるですね。私の羽根ペンは修正できないから、許してね。』
この依頼書、いちいちうるさいな。なんだこれ。
『茎をナイフで切り落とすことをおすすめします。茎が急に柔らかくなる所があるので、そこで切りましょう。』
『私の羽根ペンのインクと、あなたがキレそうなので、もうここら辺にしておきます。』
『依頼人:そこら辺の小林。』
なるほど、ナイフを使えばよかったのか!簡単じゃん!もっと早く見ておけば良かった。
「……ふざけんなあああああああ!!!!!!!!」
もっと早く見ておけば良かったよ。クソが。
……よっしゃ、根ごと引き抜いてやろうじゃねえか。
あっ!と言わせてやるよ。待ってろよ小林。いつか媚薬作らせるからな。
ヤケになった俺は、数時間素手で土を掘り返し、なんとか根ごと掘り出すことが出来た。柔らかい地質で助かった。
まだ1つしか取れていないのに、もうへとへとだ。根ごと掘り出した薬草に、どれだけの価値あるのか。価値なかったら、マジで終わりだぞ?
「……えー、100モルですね。」
「はあ!?根ごと取ってきたんだぞ!?寝言言ってんじゃねえよ!!!」
「そんなにキレないでくださいよ。この薬草を根ごと取っても、価値は変わりません。この植物は、葉の部分しか薬草として使えないんですから。」
「え……依頼書には価値が何倍にもなるって……」
「何言ってるんですか?」
……くそがあああああ!!!!!!
薬草採取 ~クリア~
報酬
・100モル、0.1P
・この薬草を根ごと引き抜いても価値は上がらないという知識
・爪の間に挟まった、森の栄養豊富な土
……最悪だよ。
ギルドから出ると、日が落ちてきていた。空がどんどん赤くなっていく。片手にある100モル硬貨が、キラリと太陽(?)光を反射する。
「……100モルじゃ何も出来ねえよ。」
100モルは、ギルドに売ってる物の値段を見る限り100円程度の価値。
数時間、いや移動時間もあるからもっとか。それで100円か。
働いた時間を5時間とすると、時給20円。しかもゴリゴリの肉体労働だった。
「……ブラック企業もびっくりだよ。」
いや、依頼書の確認もせずに、ウキウキで薬草採取に行った俺も悪いよ?
でもさあ、それは無いじゃん。価値変動なしはおかしいだろ。でも、あってもせいぜい150モル程度か。
……第一、薬草採取なんて簡単な依頼が、高時給な訳がなかった。命かけて戦うのが当たり前なんだ。
荷物持ちでもフンコロガシとか言われる世界だ。薬草を根ごと持ち帰ったからといって、がっぽり稼げるとでも思ったのか?寝言言ってんじゃねえよ。
「……くっ、俺の小説の知識が役に立たないとはな。」
「ねえねえ、あの爪がくそきったねえ人、なんか言ってるよ?」
「しっ!見ちゃダメよ!」
「……」
泣いていいですか?うええええええええええん。
……さて、明日からどうしよう。100モルじゃあ何も出来ないな。
「……あの!すみません。」
「あれ?受付嬢さん、どうしたの?もう日が落ちるけど……」
はっ!!!まさか、このbeautifulな俺に惚れちまった感じ?うわー、マジかよ!?
「……あの、所得税引き忘れてたんで、100モルから60モルになります。本当にすみません……。」
「……」
彼女の手には、茶色の硬貨が6枚。俺は握りしめていた手汗たっぷりの100モル硬貨を渡して、6枚の硬貨を受け取った。
……ってか所得税40%かよ。おかしいな。ここ日本じゃないはずなのに、こんなに税金高いのかよ。
「……マジで泣きたくなってきた。」
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