第一話 転生したら不正入国者だった。
異世界ものって、好きか?
俺は大好きだ。かっこいい魔法とか、超絶技巧の剣術とかには、憧れるよな。
「……まじで!?ここ間に合うのか!うーわ胸熱展開キターーー!!!まじこのタイミングで来るの最高すぎるだろ……あ、終わりか。」
「次の更新いつかな……?」
去年の春。高校デビューに大失敗した俺は、無事に不登校の異世界系小説中毒者になった。
引きこもり一周年お祝いイベント(ポテチを2袋一気に開けて罪悪感を楽しむ会)を先週やったばかりだ。
小説を読める系サイトを何度も更新しては、出てきた新作の小説を読み漁り、気がつけば日が暮れているとかいう幸せな日々……は、そう長く続くものでもない。
「ちょっと、そろそろいいんじゃない?」
「うるさいな!今いい所だったんだよ!」
「学校行ってくれないと、私達も……」
「うるさい!もう読み始めてるんだ!」
「……いいかげんにしろ!!!」
「……なっ!なんで部屋に勝手に……うわっ!!!」
ぐうたらと引きこもり続けていた俺は、両親の良心に甘えて生活していた。だが、そろそろ堪忍袋の緒が切れたらしい。
無理やり部屋の外へ連れ出されてしまった。
「お前はいじめられていたわけでもない。外出への抵抗感は薄いはずだ。ちょっと散歩でもしてきなさい。」
「……それだけ?」
「そこからだ。」
俺は財布とスマホを自室から取り、玄関の外へ足を踏み出した。
(……日光に当たるって、こんなに気持ちよかったっけ?)
最後に外出したのは…ポテチ買いに行った先週か。
引きこもりとは思えない(はず)の軽快な足取りで、道を進んでいく。ジャージ姿なので少々目立つが、特別目を引くほどでもないし、素直に散歩は楽しむことが出来そうだ。
と、思っていたのは数十秒。目的地も何もなく歩くなんてありえない。自分の残り体力を考えつつ、どこまで歩いてどう帰ってくるかの散歩コースを考えなければならない。
俺は左腰のポケットからスマホを取り出して、マップからよさそうな目的地を探す。数分間ストリートなビューをさまよっていると、雰囲気のいい駄菓子屋を見つけた。
(ええやん。こういうの好きなんだよ。)
俺は駄菓子屋をマップの目的地に指定して、距離を見る。
『駄菓子屋こころ』距離5.1km
5.1キロなら、往復10キロちょい。だいぶ疲れるとは思うが、駄菓子屋でアイスでも買って休憩すれば、歩けない距離ではないだろう。
(あの時食べた懐かしい駄菓子に再開できるといいなぁ……あの安いドーナツ、まだあるかな?)
俺はるんるん気分で歩きスマホをしながららまだ見ぬ駄菓子屋の店内を妄想していた。
自分でも止められない期待感を、にやにや顔とに出しながら歩いていると、急に爆音が鳴り響いた。
(なんだ!?)
音のする方向に顔を上げた瞬間に、俺は跳ね飛ばされた。
一気に視界がぼやける。なんだこれ。頭への衝撃がすごい。電柱か何かにぶつかったか?でも痛くねえな……
俺の視界は青空で固定された。首を動かすことは出来ない。手に違和感を覚えた俺は、ゆっくりと手を顔の前に持ってきた。
(……赤色?)
俺の手は赤色に染まっていた。ぽたぽたと何かが顔に落ちてくる感覚がある。液体だな……赤の……液……?……って何だ?……あれ?…………何だ?これ何だ?……赤色の液って……なんだよ……。
「なんだコレ……」
俺はそのまま目を閉じた。なにがおきたのか、おれにはなにもわからなかった。
「……!」
俺は目を覚ました。何が起きたのかは、まだ全くもって理解出来ていないが…跳ね飛ばされたし、何かはあったのだろう。
頭がまだ回りきっていない。跳ね飛ばされた時に、脳みそをやってしまったのか…?
周囲を見るに、ここはさっきまで歩いていた道ではない。なんなら、一面真っ白な空間だ。なんだここは!?
「ここ、どこだよーーー!!!」
一回叫んでみる。久しぶりに叫んだせいで喉が死ぬかと思ったが、数秒後、やまびこのように返事が返ってきた。
「ここは天界よぉーーー!!!」
プロ声優ばりの綺麗な声が聞こえたと思ったら、目の前にいきなり天使のような見た目をした女性が現れた。
金髪ボブの、美しい天使。すこし幼く見える顔に似合う、自然な金髪だ。
なめらかな白い服と天使の輪。そして半透明な翼が、神秘的な雰囲気を演出している。女性はなにやらニコニコ顔でこちらに話しかけてきた。
「あなたは、歩きスマホをしている最中に車に轢かれて、死んでしまいましたぁ。」
「死んだ!?そんなばかな!」
「ばかは貴方ですよ。最近多いんですよねぇ、歩きスマホとか、しょうもない死因の人。」
「しょうもないって……」
人の死因をしょうもないとか言うのは、神?としてどうなのだろうか。まあしょうもないけど。
というか、こういう口が悪い系の神様って、1週間前に読んだ小説にいたな。展開も似てる。マジで、ワンチャンあるか?
「……で、俺はこの後どうなるんですか?」
「……あれ?期待しちゃってます?チート能力手に入れて、異世界ハーレム生活楽しめるかもとか思ってます?」
「……思ってません。」
「ダウト。あなたは今、『こんな感じの神様と展開、1週間前に読んだ小説に似てるなぁー』とか思ってます。」
「思ってました誠に申し訳ありませんでした。」
表情をころころと変えながら、俺を面白おかしそうにいじってくる。
心を読めるのは、聞いてないって。でも神様なら、俺の心の声ぐらい聞けるか。小説の主人公の欲望とか、本来は全部筒抜けのはずだったのか。
俺が読んできたリアル性を重視してるタイプの小説には、主人公の心を読める神様は少なかった。なるほど。勉強になる。
「死んで、神様を目の前にしてもなお小説について考えるとか、あなた頭おかしいですね。気持ち悪い。」
「たしかに。」
「そういうことは否定しなさい。他人からの人格否定を認めたら、おしまいよ!」
「そうか……?」
「そう。自分が最も優れていると信じて生きなさい?まあ、あなたは全くもって優れていないけど。」
「……いや!俺は誰よりも優れている!」
「そういうことよ。」
なるほど?……で、これからどうなるんだ?天国に行くとか、そういうことか?
「何?天国に行きたいの?退屈で死ぬわよあんな広いだけの所。あそこは暇でも余裕な老人向けの場所。若くして死んだあなたには、まだ早いわ。」
「じゃあ、どこに行けばいいんですかね?」
「……異世界よ。」
「キターーー(゜∀゜)ーーー!!……と、思っていいんですか?」
「良くないわ。あなたには、そのままの肉体と能力で、地球よりも遥かに危険な異世界に行ってもらう。一応言葉は通じる。じゃないと、どうにも出来ないからね。」
「危険……モンスターとかいっぱいいるぜ!……って事ですか。」
「そう。一応初期装備としてナイフと、少しの現金はくれてやるわ。」
「……ありがとうございます。」
一応初期装備はあるのか。これがあるだけでもありがたいな。
「……さっさと行ってちょうだい?今死んで待ってる人が、何万人といるんだから。」
「分身とかに任せられないんですか?」
「無理よ。分身に任せてしまったら、私にしか無いはずの『死者を異世界に送る力』が、私のいないところで行使されることになってしまう。」
「そうなると、色々ごっちゃごちゃになって、天界の体制が破綻するのよ。最悪神同士で戦争が起こるわ。」
神様も戦争とかするんだな。神様は皆戦争なんてばかばかしいと考えるものだとばかり……
「当たり前よ。戦争なんてばかばかしい。でも地球の人間のほとんどは、戦争なんてばかばかしいと思っているはず。」
「なのに戦争は起こってしまうでしょう?そういうものなの。」
「なるほど……」
「私は権力が強い神様だからね。名前は、光と風の神イシス。覚えておきなさい。」
「忘れておきます。」
この神……なんか無性にムカつく顔面をしてる。なんか神秘的に現れた時は美人だと思ったけど……
これはあれだ。黙っていれば美人ってタイプだ。口を開いた瞬間に、謎の怒りが湧いてくる。
「ふざけんなよクソガキ。よし、今からつええ魔物ウヨウヨな森のど真ん中に送ってやる。」
「……赦してください!!!」
「赦さん。」
イシスはにっこにこの笑顔を浮かべながら、バッと左手をこちらに向けると、一瞬で黄色の魔法陣が出てきた。
魔法陣の登場に興奮する暇もなく、俺の視界は白い光に包まれて、いつの間にか意識を失っていた。
「……!!!」
目が覚めると、俺は道の上に立っていた。
長方形の石が並べられている、幅5m程の石畳で出来た道。人は数人いる程度。両脇には、民家のような建物がずらりと並んでいる。
とりあえず、つええ魔物がウヨウヨな森のど真ん中に送られなくて良かった。
……とりあえず、状況整理だ。
まず、今回は『異世界転移』系の移り方をしているな。自分の体のまま、異世界に移るタイプだ。
この世界の人間に意識だけ移ることもあれば、無機物とか、魔物に転生したりすることもある。
言語は通じると言っていたし、すぐに冒険者ギルドに行くか。異世界に来たからには、テンプレを守るべきだろう。
だが、周囲にそれらしい建物は見当たらない。そもそも、ここはどこなんだ?
住宅街っぽいけど、どんな国のどんな町かも分からない。地図が欲しいな。
癖で、左腰に手を伸ばす。スマホの代わりに、刃渡り20cm位のナイフが着いていた。薄い茶色の、木製のさやの中に収まっているな。持ち手も木製。
一見すると、区切れがある棒みたいだ。
…だが、それでいい。こういうシンプルなナイフが、1番かっこいいし好きなんだよ……。
ナイフと一緒に、茶色の巾着が着いている。感触的に、これがお金だろう。
服装はいつもの青と紺色のジャージ。服は変わっていないようだ。周りの人達の服装を見ると、俺のジャージは少し浮いている。どうにかして、この世界での普通の服を手に入れたい。
(……ステータスとか見れるのかな?)
そう思った瞬間に、目の前にそれらしきものが出現した。
……道のど真ん中で見るものじゃないよな。よし、ちょっと路地に移ろう。
「ええと……?」
薄暗い路地に入った俺は、再度ステータスを確認する。
池村佐久間
HP0
MP0
筋力0
魔力0
瞬発力0
器用さ0
柔軟性0
魔力変換力0
精神力0
知力1
幸運0
残り自己強化ポイント『5』
知力とポイント以外全部0じゃん。終わった。
……でも説明らしきものも出てるな。見ていくか。
『ステータスは幸運値以外全て0が基本値です。自己強化ポイントを使って、好きな能力値を強化できます。ステータスのポイントが1上がるにつれて、その能力が1.001倍されます。』
なるほど。ポイントを自ら能力値に振っていくタイプね。完全に理解した。
『幸運値は100が基本値です。最大値は存在しません。』
なるほど。……あれ?俺幸運値も0じゃね?
じゃあとりあえず、運に1ポイント振るか。運が0だと、何かまずい気がする。
とりあえず残りは2ポイント筋力に振って、1ポイントずつ柔軟性と瞬発力に振ることにしよう。
あとはスキルも見てみるか。あの性格が悪い神様がチートスキルをくれるとは思えないが、何かしらはあるはずだ。
通常スキル
名称:思考
効果:考えることが出来る。
名称:集中
効果:物事に対して深く考えることが出来る。
名称:通常行動
効果:現在の身体に出来る人間の行動を全て行うことが出来る。
名称:健康
効果:通常の人間よりも1%病の症状が薄れる
ユニークスキル
なし
エクストラスキル
名称:生存
効果:光と風の神イシスによって与えられたスキル。生きることが出来る。
名称:神の加護
説明:光と風の神イシスによって与えられたスキル。特定の種族や人物が、この加護を見抜くことが出来る。
効果
・全ダメージを0.01%減少させる。
・風属性と光属性の魔術の扱いが上手くなる。(適正付与)
・暗闇が見えやすくなる。
・敵がちょっと攻撃を躊躇うようになる。
名称:イシスのお気に入り
説明:光と風の神イシスと一定時間以上会話し、一定以上の好感度を稼いだ者にのみ与えられる。
効果:特になし
……うん。何かいっぱいあるけど、おかしくね?通常スキルはまだわかる。健康とかは微妙に要らないが、無いよりはマシだ。
エクストラスキルが3つもあるが……
・生きることが出来る。
・風属性と光属性の魔術の扱いが上手くなる。
・全ダメージ0.01%⬇️
・暗闇が見えやすくなる
・魔物が攻撃をためらう
・効果なし
……弱くね?暗闇と敵の攻撃ためらいは、程度によっては使えるし、適正付与とかもあるが、生きることが出来るとかは論外だろ。
……とりあえず、ギルドを探すか。
住宅街だし、近場には無さそうだよな。めんどくさい……もっとこうさ。目の前にギルドとか置いてもらえないのか?
とりあえず、俺は元の道に出た。かなり長い直線で、先の方に大きめの街らしきものが見える。
かなり遠そうだし、日が落ちるまでにたどり着けるのかこれ……?
立ち止まっていても仕方が無いので、とりあえず街に向かって歩き出した。
道を歩いていると、ちらほら騎士みたいな、重そうな鎧を身につけている人がいる。この世界には、騎士団的な組織があるのかもしれない。
異世界気分を味わいながら、なんだかんだ上手くいくのかな?とかナメたことを考えていると、急に声をかけられた。
「……君、ちょっといいか?」
「え、なんですか?」
「少し確認したいことがある。」
銀髪の、かっこいい女騎士だ。見た目的にお偉いさんか?そもそも、なんでこんな人に話しかけられているんだろう。
「見ない服装をしているようだが、どこから来た?」
「えっと……日本です。」
「は?」
職質か?これ職質だな。まずい。今の俺には、たぶん身分証明書も、戸籍も無い。
「……その服は、どこで手に入れた?」
「学校です。」
「なるほど。……名前と年齢を。」
「池村佐久間です。16歳です。」
「知らない名前の傾向だな。少なくともこの国の人間では無い……か。少し来てもらおう。」
あれ?これまずくね?どうにかして弁明しないと。連れていかれて戸籍調べられたら終わる。
「えっと……」
「何。貴様に問題がなければ良いだけの話だ。」
「……はい。」
貫禄に負けた俺は、そのまま馬車に乗せられて、交番のような建物の中で尋問を受けることになってしまった。
「……この国に来た経緯は?」
「……異世界からやって来ました。」
「何言ってるんだお前。」
「本当なんです!光と風の神イシスっていう神様に……」
「イシス?……知らないな。光と風の神であれば、エルフ族に知っている者が居るかもしれないが……」
エルフいるのかこの世界!?マジかテンション上がってきた。……でも絶対に、このタイミングでだけはテンション上げちゃいけないな。
「異世界から来たなどと妄言を連ねる人間の言葉を、高貴なエルフ族に聞かせる訳にもいかないな。」
(エルフが高貴なタイプね……。)
「……よし。そこの。戸籍と出入国の履歴を調べてもらえないか?そうすれば、全てわかる。」
「かしこまりました。」
「そこまでする必要あるんですか?」
「早く身の潔白を証明したいだろう?」
銀髪の女騎士はにやりと笑みを浮かべた。
あ、これやばいかもしれない。
数分の沈黙の後、さっき戸籍を確認しに行った騎士が戻ってきた。
「過去3ヶ月の出入国履歴と、戸籍を探しましたが、池村佐久間という名前はありませんでした。」
「……決まりか。」
「俺って、どうなるんでしょうか……」
「強制送還しようにも、日本がどこか分からない以上、処分保留だ。代わりに危険物と金銭は、全て没収させてもらう。」
「えっ……そんな……!」
「このナイフと現金以外、持ち物はあるか?」
「……ありません。」
「よし。一応出る時に軽く検査する。待機しておけ。」
そのまま10分ほど放置されて、全身調べられた後に、ようやく外に出ることが出来た。
空は既に赤みがかって来ている。異世界生活1日目終了だ。
異世界生活1日目。初期装備のナイフと現金を、全て失った。
「終わった……」
俺は小さな建物の前で、比喩でもなんでもなく、膝から崩れ落ちた。
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