第十八話 冒険者は来なかった。
ナイフ……そうだ、このナイフ!
ヘルシアが、転送魔法で返してくれたものだ。
なら、ヘルシアの魔力がついてるんじゃないのか?
俺はゆっくりと、小さい鞘からナイフを取り出して、久しぶりに、少し青みがかった銀色に輝くナイフの等身を拝んだ。
ずっと鞘から出されていなかったのだろう。刀身は指紋ひとつなく、鏡のように綺麗だ。
ナイフから魔力の気配は感じない……が、こいつに賭けるしかない。
(頼むぞ……)
そう念じながら、そっと、輝くナイフを鍵に近付ける。
「…………」
数秒の沈黙の後、鍵から出る魔力の雰囲気が、少しだけ変わった。
恐る恐る、ゴツいドアノブに手をかけると、重々しい扉が、ゆっくりと開いた。
「よっ――……!」
喜びのあまり叫びそうになったが、なんとか抑える。今は……エスマリアを助けないと。
俺は慎重に扉を閉めて、部屋の中を見渡す。
(……狭いな。)
ここにずっと居たら発狂しそうなくらいに、椅子と、黄色い壁以外何も無い。
その他には、拷問に使われたであろう、血の付着したムチと……魔力を放つ謎の機械が、手術でメスを置く机みたいな、金属の台に置いてあるだけだ。
椅子に、エスマリアは座っていなかった。
「……居ない……のか。」
椅子には、所々に赤黒いシミがある縄が、それでエスマリアを縛っていたであろう、ゆるんだ輪の形で放置されている。
椅子から……ほんの少しだが、魔力の気配を感じる。エスマリアの魔力が残っているのか……?
(でもこの優しくない感じ……エスマリアというより……ヘルシアの魔力に近い?)
エスマリアの魔力の気配は、もっと柔らかくて優しい。ヘルシアの、鋭い感じの魔力とは違う。
魔力を感覚で識別できるようになった事実に若干興奮しつつ、今エスマリアはどこにいるのか考える。
ここに居ないということは……最悪の結末は、ワンチャン免れてるってことか。
エスマリアが、座りながら息絶えていたら……俺はどうなったんだろう。
(きっと……発狂して、トワに全員殺してくれと頼みそうだな。)
だが、そうなっていない以上、エスマリアがまだ生きていると考えて、行動するべきだ。
……だがどうする?このままこの部屋に居ても、得るものがない。
とはいえ、安易に外に出れば、2人がヘルシアと戦闘しているだろう。ヘルシアに俺が居ることがバレたらまずいし、2人の足を引っ張る。
俺は、情報を整理する時のイエスタと同じように、顎に手を当てて熟考した。
「はぁ……はぁ……」
ヘルシアの息遣いが、どんどん荒くなっていく。
時々ふらつきながらも、ヘルシアは私たちの攻撃を避け続けていた。
(強情ね……くたばって貰わないと、死体が増えるわ。)
冒険者たちが加勢してきたら……面倒だ。
「耐えるねー!副団長様かっくいいー!!!」
トワが透明化を解いて、完全に悪役の煽りセリフを吐く。
ヘルシアは反応して、転移魔法でトワを切りつけに行くが、トワも転移魔法で避ける。
「………………」
ヘルシアは、ギロリと転移したトワを睨みつけた。
トワは不敵な笑みを浮かべて、また透明化した。
ヘルシアからすれば、地獄たろう。
周りには、無様にも凍らされた騎士たちが、無言のまま固まっているし、相当メンタルが削られているはず……でも、まだ攻撃を避け続けているのは、冒険者の援軍に期待しているから……か。
(冒険者……誰か、なんとか潰してくれないかしら。)
流石にS級の冒険者を複数人連れてこられると、トワも厳しい……はずだ。
とはいえ、それほどの援軍を止められるような人、今の絶望組には誰も……
「冒険者……こっちに向かってるヤツらは全員半殺しにしておいたぞ。」
聞き覚えのある……酷く懐かしい声が、私の鼓膜を貫く。
バッと振り向いて、その姿を網膜に映し出す。
前と変わらない、少しだけ乱れた、綺麗な茶髪……軽装なのに、しっかりと弱点を守れる鎧。
そして、何を考えているのか分からないような、不敵な表情……
「……ギル……ニア?」
「お前透明化してんのか。騎士凍らせまくってるし――」
ギルニアの存在に気が付いたヘルシアは、即座にギルニアの前に転移して、素早く短剣を振り抜いた。
だが、ヘルシアはその斬撃を、髪の毛一本入らないような、絶妙な距離でかわす。
「ヘルシア……お前何やってんだよ。さっさと逃げちまえばいいのに……w」
ギルニアは、半笑いでヘルシアを煽った。
ヘルシアは……一緒だけ、泣きそうな表情になった。もちろん、ギルニアはそれを見逃さない。
「そんな顔になるなら、もう逃げろよ。冒険者の援軍も……もう無いぞ?」
ヘルシアは、長距離の転移魔法を発動しようとした。
しかし、ギルニアはそれを発動させずに、ヘルシアの胸ぐらを掴む。
「!?」
「ま……エスマリアの居場所を吐くまでは、逃がしてやらねえが……な?」
ギルニアはグッとヘルシアを引き寄せて、圧をかけた。
「詰み……だね。ご愁傷さまー、ヘルシア。」
トワは透明化を解いて、ヘルシアに手を合わせた。
「ごうも……じゃなかった。尋問は、ギルニアたんに任せた!」
「そのたん付けはやめろ。お前も、一緒に尋問してやろうか?」
「結構です!」
「ふふっ……」
私は思わず笑ってしまった。
ヘルシアは……全てを諦めたような表情をしている。
まるで……あの頃の私たちみたい。
ギルニアは、そのまま慣れた手つきでヘルシアをぐるぐる巻きにして縛った。
「新入りに、もう終わったって伝えてやりな。」
「分かった!さくたーん!もう上がってきていいよー!!!」
トワは、ようやく砂ぼこりが収まった入口に向かって、大きな声を出した。
ゆっくりと、佐久間が出てくる。
「終わった……」
「えっ……なんで?まさかエスマリアたんが……!?」
「いや、この瞬間、俺は立派な犯罪者になった。せっかく俺が居るのバレてなかったのに……!!!」
「あー……」
トワは、さっきの大きな声はどこへと言いたいほど、小さく声を漏らした。
「…………」
ギルニアも、少しだけ申し訳なさそうな表情をした。
「マジでどうしてくれるんだよ。」
「不正入国者……お前と取引がしたい。」
「取引……俺と!?」
謎の女に縛られたヘルシアが、俺に話しかけてきた。
「そうだ。私は、お前がここに居たことを、上に報告しない。そして、エスマリアの現在地を教えよう。」
「……その代わりに、何をして欲しいんだ?」
「私の縄を解いてくれ。」
「それ……俺に言われても。その……人に言えば?」
ヘルシアを縛っている、謎の女性……
誰だ?かなり鍛えているように見えるが、あまり肌の露出が無いし、よく分からない。
身長は160……後半くらいだろう。
綺麗な色の茶髪だ。胸も……結構でかい。
「……初対面なのに胸を凝視とは、中々に肝が据わっているな。」
「あっ……申し訳ありません。」
「そんなにかしこまるな。同じ『絶望組』なんだ。タメでいこう。」
絶望組なの……?
「もしかして……ギルニアさん?」
「そうだ。声で分からないか?」
……言われてみれば、通話魔法で聞いた声だ。
この人が、ギルニア……か。
確か、もしも俺が一番最初に出会っていたのがこの人だったら……ぐちゃぐちゃにされてたんだっけ?
……やべえ、めっちゃ怖い。
「あー、そんなに怖がらなくていい。今の危害を加えるつもりなんて、微塵も無いから。」
心読める?
……と思って、もっと怖くなってきた気持ちは……無理やり抑えよう。今は――
「分かった。……で、ヘルシアぁ……さんが言い出した取引、どうする?」
まだ、王国騎士団副団長であるヘルシアを、呼び捨てで呼ぶ勇気が出ない。俺にしては、珍しいか。
「私は……エスマリアが無事でいてくれればそれでいいんだ。ヘルシア。てめぇの安否なんて、はっきり言ってどうでもいい。今、ここで殺してもいいんだ。」
「…………」
ヘルシアは、くっと唇を噛みしめた。
「……だが、別に殺さなくてもいいんだ。素直に話してくれるなら、喜んでこの縄を解いてやるよ。」
「俺も……誰にも死んで欲しくないし、ヘルシアさんにも生きててもらいたい。それに、俺を見逃してくれるのは、本っ当にありがたい。」
それに……俺も、転移魔法を使いたい。
転移魔法のプロフェッショナルであるヘルシアと仲良くなれば、教えてもらえるかもしれない。
シスターさんやトワに教えて貰うことも考えた
が、やはり人間に教えてもらった方がいい気がする。
……それなら、この取引に転移魔法を教えるって内容を追加すればよくね?
「でも、1個だけお願いしたいことがあるんだ。」
「何だ……?」
「俺に転移魔法を教えてくれ。」
「……は?」
ヘルシアは困惑した表情を浮かべて、表情のままの声を出した。
「そのままの意味だよ。俺が知る中で、転移魔法が1番得意なのはヘルシアだし……」
「えぇっと……個人的には、別に教えてもいいんだが……騎士団としてちょっとな……」
そりゃあ、騎士団の副団長ともあろうお方が、不正入国者に魔法を教えるのは、気が引けるだろう。
「じゃ、ここで死ぬか?」
「!?」
「いや極論すぎるだろそれ!?」
当たり前のように、人を殺そうとするなって。
「転移魔法……分かった。個人的に教えよう。場所は……王国騎士団タスメニス支部特別訓練場で行う。」
「お……王国騎士団の、タスメニス支部の、特別訓練場……な。おっけー。」
思ったけど、王国騎士団の訓練場って個人使用できんの?
「だが、教えてやれないかもしれない。この作戦の失敗で……私がどうなるか、分かったものでは無いからな。」
俺は周りを見渡して、氷漬けになっている騎士の数を大まかに数える。
確かに……これほどの数の騎士を動員して失敗したなら、副団長のヘルシアは、責任を負わないといけないだろう。
「エスマリア・フリスタを捕らえた時、国王は今すぐに殺処分しろと命令してきた。」
「殺処分……」
まるで、動物を扱うかのような言葉遣いだな。
「私は、エスマリア・フリスタを生かして囮にし、救出に来た絶望組を叩きのめす!と国王に豪語して、かなり大規模な予算を組んでもらったんだ。」
「それなのに……ひとりも捕えられず、施設に大きな被害を与えてしまった。一歩間違えていれば、大勢の騎士も失っていたかもしれない……」
確かに……周りの凍らされている騎士たち。もしもイエスタが手加減していなければ……全員死んでいただろうな。
「被害の大きさを考えると、極刑も十分にありえる。」
「そんな……」
「私たちからすれば、極刑になってくれた方がありがたいわ。手を汚さずに済むもの。」
「既に汚れまくってるけどね!」
「きったね。俺を見習えよ。」
「安心して、あなたはもう手遅れよ。」
確かに、直接ヘルシアを殺さずに済む……けど、そもそもヘルシアには生きててもらわないと。
「転移魔法を……もし、お前が習得してしまったら、私の存在意義が無くなる。そうなれば、私はまた……」
「ええ。その後すぐに、暗殺してあげるわ。」
「転移魔法教えてもらったのに殺すとか、人の心あるんか?」
「私は魔族だからなぁ〜」
そうだけど、そうじゃないだろ。
ヘルシアが極刑になってしまったら、そもそも転移魔法を教えてもらえないし……
「極刑……どうにかして止められないのか?」
「さあな。私の知ったこっちゃねえ。早くエスマリアの居場所を言え。話はそれからだ。」
「エスマリアは――」
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