潮騒のゆめかわ
武闘派メンヘラ集団『メモリークォート』のリーダー、スカゅ(21)。スカゅのスカはスカトロのスカだとSNSでバカにされ続けたスカゅは、怒りのあまり区役所前の芸術公園にある猫耳カチューシャのオブジェを真っ二つにへし折ってしまった。ネットがその話題で持ち切りになる最中、会見に姿を現したスカゅの顔面は、これまでに実施されたあらゆる美容整形を置き去りにするほどの完成度をもって、一瞬にしてその場の空気を掌握してしまう。空間を歪ませたその顔整いは、もはやかわいいや美しいから足を踏み外し、壁に擬態した昆虫のような、燃え盛る糸杉のような感嘆と畏怖を観衆に与えている。異形頭というジャンルは実在した。青髪のロリキャラのアイコンがチラつく。背後からハイヒールと列車の音が近づいて来る。数学の難しい問題を飛ばして、友達と10日間の旅行計画を立てながら眠りに就く。スカゅのその顔は、歪な青春とそこからの脱却闘争を表した、優れた芸術作品だった。あんなデカいだけの猫耳カチューシャが一体何だと言うのだろう。これからはいくつでも壊してくれて構わない。代わりに今のスカゅの写真をコピーして貼り付けておけばいいのだから。そうと決まれば街中にスカゅの素晴らしさを広めなくてはいけない。本年度から全ての検定済教科書は全ぺージ、スカゅの自撮りになりました。めくってもめくってもスカゅスカゅスカゅ。学校にスマホが持ち込めない学生たちもこれで一安心。どうせスマホを持っていてもスカゅしか見ない。会見は記者が日本語で質問をし、スカゅが神の言葉で返答した。神の言葉は人間の7日分の思考をたった2音にまで圧縮可能な代物である。スカゅの言葉を聞いた者から床に倒れるか頭をおかしくした。会見の内容を正確に伝えた記事はひとつも出なかったが、それでもスカゅの真意ははっきりと民衆に伝わった。スカゅは満足だった。シャンプーの発癌性物質や漂流する生命エネルギー、宇宙霊魂とは比にならないほど眩しい笑顔が自然とこぼれる。簡単に世間に見せてしまうのが勿体ないほどの可愛らしさ。それを部屋に隠れてこっそり見守っていた熱心なストーカー2人は、興奮のあまり瞬時に蒸発してしまう。朝もまだ早い街の隅から立ち昇った2本の青い湯気が、空の天井部分にぶつかって全体へ色を充満させてやっと東に留まっていた太陽が昇り始める。まだ青髪のロリキャラが瞼の裏にチラついている。道を歩いている全員が寝不足。寝不足特有の臭気が歩行者という一団の背後に滞留して、太ったクジラが空中を飛び跳ねてみえる光彩を放っている。そのことをまだ眠っているスカゅは知らない。彼女はまだ何も知らなかった。