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Dear. Your Darkness  作者: 神衣舞
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 私は望む。

 我が目を以ってしても見えざる未来を恐れる故に。

 世界の全てを捻じ伏せ、私は完全なる世界を手に入れる。


 創り上げるは『神の眼』

 

 魔王の置き土産をその身に宿し、果ての果てを見通す神秘。

 我は創造する。

 創造の神すらを超える真の奇蹟を。


 我は創造する。

 絶対にして真なる神を。




 クュリクルルという少女はかなり華奢である。

 四肢は見るからに細く、肌も雪のように白い。

 だが、出るところはしっかり過ぎるほど出ていて、女の魅力というものに事欠かない。

 いわゆるモデル体型。

 必要最低限の筋肉しかなく、脂肪に到っても何らかの魔術で無理やり局部に集めたような体は、女性にとって羨ましいを通り越し、疎ましいに違いない。

 艶やかな肌も仄かに桃を宿す白い肌も魅力という強烈な魔力を宿している。

 この悪意すら感じるほどの整いすぎた容姿は無論ただの偶然ではない。

 端的に言えば予定通りに設計されたものである。


  ─────正しく次代のセリム・ラスフォーサを生むために。


 帰らずの森に踏み込む人間は少ない。

 踏み込める人間はさらに少ない。

 因果律法図に定められた事象とは言え、個の心は現象に対する結果を吐き出す。

 因果律の定めの下、子を為すべき男から拒否されるわけにもいかない。

 間違うなかれ、因果とは原因が有り、結果が約束されることである。

 完全なる未来を約束する因果律法図と言えども、それは前提を覆さぬことが条件となる。

 目的の下、セリム・ラスフォーサにあるべきは二つ。

 魔力と魅力。

 魔女の魔力は夜と月に起因する。

 故に女にしか継がれない。

 セリム・ラスフォーサに限らず、魔女の一族は女しか産まない。

 故に男を魅了し子種を奪う。

 魔女の魅了。

 一夜のみの関係も少なからずあるため、魔女が闇に染まった存在こそサキュバスと唱える者さえ存在する。

 詰まるところ、彼女は計算されつくした配合により生まれるべくして生まれた『特異体』である。

 その全てを殺して、彼女はゆっくりと道を行く。

 足音なく、違和感すら産まず、そこに在る事すら殺して。

 

  ─────────────────

  ──────────────────


 因果が軋む。

 世界に鈍い響きを上げる。

 誰の耳にも届かない悲鳴が、痛みに耐えかねて見えざる腕を振り抜く。

 一つは人間という世界を揺るがす存在の集大成。

 その技術という世界に抗う力が。

 一つは世界という人間を縛る絶対律の支配力。

 その法則という異常を正す力が。


 だが、一切の魔力を持たぬ魔女にその声は届かない。

 届いたのは、恥も外聞もなく、叫びながら馬を走らせる少年の声だけだった。




 一年以上共に居たからか。

 街道を驀進するシリングは脳裏に走った違和感に手綱を引く。

 馬を停め、素早く周囲を見渡そうとして、


 無視された。


「ってわーわー止まれ!

 止まれよ!

 止まりやがれ!」


 はた迷惑にも土煙を上げて駆け抜ける馬。

 現象は等しく訪れ、街道を歩いていた旅人のローブをばさばさとはためかせる。


「……シリン?」


 遥か地平の彼方に走り去ってしまった背中を見やり、どうしようもなく小首をかしげる少女。

 と、再び向こうから爆音を引き連れて迫り来る駿馬の姿を確認し、クルルはその身を一歩街道の脇に避ける。


「言うこと聞きやがれ馬鹿馬!

 『鹿』付けるぞ『し────」


 大音量のいななきと共に、突然後ろ足で立ち上がり天を掻く。

 その突然の行為に対応できなかった少年は「ぽーん」と漫画のように綺麗な弧を描きながらとばされ、草むらにごろごろと転がった。

 それを確認してた馬は、おとなしく草を食み始める。


「……」


 そんな馬を見て


「……」


 落ちた先を見る。


「あ」


 ばさーと土を打ち上げ起き上がった少年はどがどがと馬の方へ歩み行くと腹の底から大声で


「馬刺しにしてやるっ!」


 蹴られた。

 ちなみに肋骨の数本は軽くへし折り、内臓をずたずたにするパワーがあるので馬の後ろに立つのはお勧めしない。


「……」


 ごろごろと転がりへちょりと倒れたシリングはゾンビかなにかのように起き上がり、


「ごめんなさい」


 また、倒れる。

 寒々しく流れ去る風。

 凍りついたような数秒の後、くるるは思い出したように動き出す。

 とりあえず治療が必要らしい。

 いい加減慣れた手つきでの手当てが開始され、それから10分後。


「馬刺しっ!」


 怒鳴りながら起き上がったシリングはきょろきょろと周囲を見渡し、ばたりと再び倒れ、


「じゃない、くるるっ!」


 と、また起き上がる。


「ん?」


 治療セットを片付けていた少女の声。


「うわーん、くるる発見っ!」


 がばーっと抱きついてくる。

 一連の行動だけ見ているとただのアホの子である。


「って、どこに行ってたんだよ!

 心配したんだぞ!」

「ん」


 相変わらずの無表情だが、僅かに泳いだ視線を的確に捉える。


「水臭いじゃないか!

 何で俺に何も言わないんだよ!

 あれか!?

 そうか!?

 実家に帰らされますか!?」


 がたがたがたと牧歌的に道を行く馬車から、御者がどこか哀れそうな顔をして過ぎ去っていく。

 無論シリングは気付かないし、気付いても気にしない。


「とにかく、話し合おう!というかごめんなさい!?」

「シリン……」

「いや、ほら、良くわからないけど!」

「うン。

 わからナい」


 妄想が暴走している発言を理解しろと言うほうが酷である。


「うぉー!

 わかってくれ!」

「……」


 十分経過。


「ぜぇぜぇ」

「……」


 喋りつかれたらしいシリングに水袋を差し出すクルル。

 それを一気に飲み干して、彼は目を瞬かせた。


「……で、なんだっけ?」

「さァ?」


 ひゅうと心地よい風が流れ去る。


「……」

「……」

「よしっ、帰ろうか!」

「できナい」


 がらごろと馬車が行き去る。


「……」

「……」

「なんでだよぅ!?」

「用がアる」


 何のことはないとばかりに言い放たれて絶句。


「どんな?」

「……」


 開きかけた口が迷いと戸惑いで言葉を失う。

 何でもかんでもずばずば容赦なく言い放つ無感情少女にあるまじき反応。


「く、くるる?」

「……」

「ど、ドウシマシタカ?」

「……」


 いつもの沈黙とは違う、何かが違う。

 なんと言えばいいかわからないけどたぶん違う。

 不思議空間に叩き込まれたような違和感に先ほどとは違う焦りがじわじわと背中を駆け登ってくる。


「くるる?」

「……シリンは、ボクと居ル」


 コノヒトハダレデスカ?という問いが脳内を駆け巡りつつお役所仕事的に受理されず、窓口はみんな憂いを帯びて見上げる瞳に取り込まれている。


「ずっト、ボクと居ル……」

「おう、と、当然だろ!」

「だかラ、ボクは行ク」

「拒絶デスカっ!?」


 相変わらずのオーバーアクション。

 人の話に対し推測とか真意とかを探ろうとしないときにはとことんしない体質である。

 というか、この30分の会話に全く実がないのはいかがなものか。


「違ウ。

 シリンと一緒に居ルたメに行ク。

 ボクとシリンの時間ハ違ウかラ」

「違うのか。

 って、どういう意味だ?」


 恋人とか散々言い放って惚気ている彼がこの期に及んで認識していないことがある。

 クュリクルル。

 彼女は特異な存在であることは最早言うまでもないが、その要因の一つにつんと尖った耳の存在がある。

 彼女の母親、現セリム・ラスフォーサは人間である。

 父親の姿は知らないが、やはり人間であると聞いている。

 チェンジリング。

 『妖精の取り替え子』と言われる現象は人間と人間の子供に何故か異種族の子が生まれる事を指す。

 精霊の異常や悪魔憑き、本当に子供をすり替えられたと言われるそれの原因は良くわかっていない。

 ある世界で言う『隔世遺伝』というのが妥当な見解だろうが、そもそも遺伝という認識がないのだから不気味な現象と言う他ない。

 話を戻して、彼女を指すならばハーフエルフと言うべきであろう。

 エルフにしては骨格も丸みがあるし、耳も短めだ。

 さて、ハーフエルフの特徴は名前の通り、人間とエルフの特性を半々に有している。

 今、少女が口にした『時間』とは、特性の一つである『寿命』のことだ。

 一説によると、エルフの寿命は無限であると言う。

 若々しい時期が二百年ほど続き、それからゆるり追い始めるが、一説によると老人となってしばらくすると老化が完全に停止するとされる。

 だが、実質上の平均寿命は百五十から二百というところか。

 天寿を全うすることはなく、大抵は数十年周期で起きる流行病などで死んでしまうのである。

 ともあれ人間とエルフの時の流れは異なることから、サーガ等では悲恋として扱われる事が多い。


「……」

「くるるー。

 なんかちょっぴり視線が冷たいですよ?」

「…… そウ?」


 そ知らぬ顔が一層寒々しい。


「いや、ほら、人間知らない事の一つや二つや三つや四つあるって!」


 慌てて取り繕いながらも、ふと「変わったよなー」とか考えるシリング。

 アイリンまでの旅路では、常識知らずで手の掛かる『弟』だった。

 アイリンに来てから女と知り、なんだかんだ妄想爆発で恋人だーとか言い始めてからも、唯一拠るべきシリングにべったりで、言われるままの人形だった。

 だが、大都市アイリンは森とは違う。

 交わる数多の因果は風に吹かれるままの糸に絡み、結びを生み出していった。

 関係は感情を育てる。

 望む、望まないではない因果が絡み合い、知らない輪を創り上げていく。

 少女というイレモノに注ぎ込まれた経験は感情を育て。

 大きくしていった。


「くるるが行くなら俺も行く」

「……」

「駄目って言っても行く」


 僅かに怯んだ眼差し。


「でも、くるるには危険なことをして欲しくない」

「……」

「行くったら行く」

「そうだなぁ。

 俺も連れて行ってもらおうか」


 不意に、座り込む二人に影が落ちる。

 共に振り返った先に巨体がそびえていた。

 身長は2m以上、付けられるだけ付けた筋肉の鎧が『武漢』という空気の衣を羽織ってそこにある。

 それが不遜な声で問いを発する。


「てめぇが魔女か?」

「なんだよ、お前!」


 返したのはやはりシリング。

 だが、その行為に感情を漏らさず、まるで道端のゴミを見るような目で小さく嘆息を漏らす。


「黙れ小僧。

 テメェに用はねぇ」

「うっさい! お ───」


 余りにも自然な動きに危機感が働かない。

 持ち上げることも適わないような大剣が無造作に振りぬかれる。


「あぁああ!?」


 普段から敵の真正面に身を晒し、それを捌いて盾となる彼だからこそ、紙一重で見切れた。

 脊髄すら介さぬ意志が生存本能の一文字で跳ねる。

 辛うじて合わさった小剣が力の流れを僅かに変えることに成功する。

 だが、無茶な動きには代償が出た。

 みしりと肘が鳴き、剣を握る力を失う。

 鳥かと見紛うほどに弾き飛ばされた剣が視界の届かぬ先で落下を告げた。


「少し見直した」


 野獣の笑み。

 だがそれを確認するよりもクルルの手を牽いてその勢いのまま後ろに突き飛ばす。


「だが、続くまい?」


 まさしく剛剣。

 されど筋力のみを潔しとしたそれは相応の速度を喰らって加速する。

 人が技を使うのは獣の爪も敏捷も、筋力もないからだ。

 返せば、斬撃は技を圧倒する。


「こなくそっ!?」


 完全な死に体から、無理やり移動力を作り出し、無様に転がる。

 右か左か。

 二択を違う前に死が牙を振るう場面でシリングは前に転がる。

 選択を無視した勘だけの動き。

 だが、正解。

 振り下ろされた剣は男の巨体を以ってその間に大きな空間を作る。

 だが、一瞬の猶予を男は無理やり潰しに掛かる。

 無茶な体勢などお構いなしに襲い来る脅威に右腕が意志を超えて跳ね上がる。

 襲い掛かったのは暴力そのもの。

 唸りをあげた右足は腕一本の守りなどお構いなしに体ごと持って行く。

 人間の身体が軽く3m浮いて転がる。


「身は軽いし目はいいな。

 だが、それだけだ」


 巨体は敏捷性を損なう。

 そんな常識を筋力一つでぶち壊し、三メートルの距離をゼロにする。


「小僧。

 俺は『森』に入って出たいだけだ。

 別に命を取ろうとは思ってねぇ。

 なるべくは、な?」


 『剣』が喉元と言わず、顔全体に向けて突きつけ、ニィと笑う。


「森だと……!

 お前っ、クルルの家に何の用だ!」


 威勢がいい、と男は笑い肩をすくめる。


「決まってるだろ。

 数百年前から溜め込まれた秘宝。

 それを頂戴するのさ」

「秘宝? お前、あっこは変な植物満載のただの森だぞ?」


 少なくとも彼にとっては迷い込んでしまった珍妙な森としか認識はない。


「ガキの戯言はどうでもいい」


 男は一言で斬って捨て、


「なんでもないってんなら素直に俺たちを連れて行けばいいんだ」

「わかっタ」


 シリングの真横にいつの間にか立っていた少女が頷く。

 声を出すまで男も気付かなかったらしく僅かにぎょっとする。


「ならくるる!

 俺も行くぜ!」

「ダめ」

「なにぃ!?」

「シリンじゃ死ヌかラ」


 何の感情も込めず、ばっさりと斬り捨てた物言いに口をパクパクさせる。


「まぁ、そういうこった。

 小僧は家にでも帰っておとなしくしてな」

「っ……!

 ふざけるなっ!」


 起き上がろうとした瞬間を衝撃が撫でた。

 剛剣一閃。

 倒れこんだその状態では転がることもできない。

 ただ『死』だけが明確な像を結び、呆けたように疾風を見る。

 重質量の高速移動が巻き起こす気圧差が大気をなぎ払い、狂ったように暴れさせる。


「が────────」


 体にはかすりもしないそれは、脳を揺らし三半規管を滅茶苦茶にかき混ぜて───────

 少年の意識をあっさりと刈り取った。




「さて」


 少女は呟く。


「これで一応は上手く行くだろうが、俺様の話を十全信じちゃいねーだろうからなぁ」


 遠眼鏡で現場を覗き見していた彼女は可愛らしい容貌を台無しにする笑みを浮かべて呟く。


「それにシリングって奴は馬鹿っぽいからなぁ。

 とりあえず追っかけられねぇようにしねーと」


 よっと、とオジサン臭い声を挙げて木から飛び降りると、繋いでおいた馬に乗る。


「それにしても、因果なもんだなぁ、おい。

 何で俺様がこんなことやんなきゃならねーんだか」


 口汚くぼやいて鞄に遠眼鏡を仕舞い込むと少女は馬に前進を命じた。

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