8.突然の別れ
二人との別れは突然だった。
「そなたがマリーか、なにやら卓越した洗濯の技能を持つと聞いた。明日より王城に上がり、王家に尽くし、その技能を発揮する様に」
ある日の昼下がり、私の『洗濯』の評判を聞きつけた王城の役人がやってきて、私に王城で働けと言ったのだ。
ローゼさんもリックさんも私も、最初は困惑してできることなら断りたいと思ったけど
相談するような余裕も、そもそも王家からの勅命を断るなんて選択肢もなかった。
「では明日、迎えをよこすのでな」
そう言って嵐のように役人は帰っていった
「なんでこんなことに、、」
青い顔でハンカチを握りしめるローゼさん
「、、、、、」
無言で役人の出て行った扉を見つめるリックさん
私は支度金という名の金貨が入っている袋を握りしめて、窓の外をぼーっと眺めていた
そこにはローゼさんに私が洗われ、私が洗濯をたくさんした庭が見えた。
「マリー、逃げるかい?いや、逃げた方がいいさ」
ふと気づくと日が暮れかけていた
夕日に照らされて目の座ったローゼさんの顔が見えた。
「ローゼさん、だめよ。そんなことしたら二人がどんなこと言われるか」
「何を言っているの!私はあんたを、マリーをあの王城にやるなんて絶対嫌だよ!」
「そうだ、あんなところに行ってマリーがつらい目に合うのを俺も見たくない」
二人がこんなに必死になって王城行きを止めるのには理由がある。
今の王城、王家には問題しかない。
数年前の疫病で王妃が亡くなり、民もかなり死んだ。
そのせいで主食である小麦の種まきが遅れ、長雨なども重なり食糧事情が悪くなり
疲弊していた民は追い打ちをくらい更に減ってしまった
王族は王妃が亡くなった事で力を弱めた。
具体的には王子が女に溺れ、王女は酒に溺れ。
伴侶を失い、子供がグレた王様は年齢よりも老け込んだ。
具体的な政策を打ち出せない王族に、民衆は不満を募らせ、ある者は国を出て、またある者は日も高いうちから酒を飲み、そうやって国自体も弱体化。
犯罪者も増え、騎士団は毎日仕事に追われてヘトヘト。
王城では離職者や脱走者が増え、今や少ない人数で無理やりに仕事を回しているという噂。
下級貴族憧れの王城勤めなんて今じゃ笑い草だ。
でも、この支度金と私が貯めたお金があれば二人は隣国の息子さんのところへ行けるのだ。
数か月とはいえ、こんな右も左もわからない私が
まともに暮らしてこれたのはこの二人のおかげ。
恩返しができるタイミングが想定よりだいぶ早くなってしまったけど。
「ううん、私行くわ。王城へ行く。」
「マリー!!」
「ローゼさんたちもわかっているんでしょ?断れないって。それに、私には『洗濯』があるんだもの、どれだけ洗い物があったって平気よ」
二人を心配させないように無理にでも笑う
正直不安でしかないけど、チンピラに誘拐されるよりは多分マシな未来だと思う
「仕事なんてさっさと片づけて、また遊びにくるから」
この日は結局夜の営業はせず
三人でリックさんの作った料理を囲んで、夜更けまでいろんな話をした。
次の日の朝、借りていた部屋を綺麗に掃除した私は
二人にお金を渡そうとして、最後の最後までローゼさんに叱られ
それでもこれだけは譲れないと押し通した
この国は今後どうなっていくかわからないから
二人には絶対に幸せに暮らして欲しい。
「じゃあ行ってきます!」
私はそう言って迎えの馬車に乗り込んだのだ