5.なんだかんだ慣れてきた
「マリー、あっちのテーブルに酒持って行っておくれ!」
「はいローゼさん!!」
あの日から私はローゼさんの食堂で働いている
おばちゃんはローゼというこじゃれた名前で、旦那さんと食堂を営んでいた
山本 鞠子という名前は目立ちすぎるということで
ローゼさんが「今日からマリーと名乗りな」と命名してくれて
私は今マリーとして働いている
夕方のお客さんの多い時間帯、油で灯すランプの薄暗い灯りの中
テーブルの間を縫ってお酒を運ぶ
「マリーちゃん、この肉料理を窓際のテーブルに運んでくれるかい?」
ドン、とカウンターに置かれた肉料理は薄暗い店内の中でもおいしそうだ。
カウンターのなかで料理を作っている
屈強な肉体を持つ初老の男性がローゼさんの旦那さん
名前はリックさん。
あの日、買い出しから戻ったら自分の妻が見知らぬ女を連れていて
「あんた、今日からこの子を住み込みで雇うよ。」
と言われてびっくりしていた、申し訳ない。
「はい!喜んで!」
ちょっと高めのテンションでカウンターに向かうと
怪訝な顔をしたリックさんに
「マリーちゃん、前から気になってたんだけど、その掛け声なんなんだい?」
と問われた。
「えっと、、私の地元では飲食店はこういうんですよ、、」
「ふーん、、なんか変わってるのな」
曖昧に誤魔化し、お寿司食べたいなぁと思いながらもその日の営業は終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お疲れ様」
そう言ってリックさんが差し出してくれたまかないを三人で食べる。
今日はくず肉を利用したミートソースのようなショートパスタみたいなもの
現代の日本の食事に比べたらちょっとあっさりというか単純な味だが
労働の後のご飯は美味しい
「今日はなんだかお客が多かったねぇ、、」
お酒を傾けながらローゼさんがぼやいていた。
「まぁ、このご時世、飯を食いに来てくれる人がいるだけ御の字さ」
リックさんはパスタをもりもり食べている
私はなんだかんだこの生活になじみつつあった
ローゼさんとリックさんとの暮らしで、いろいろとわかったこともある
二人には息子さんがいたが、この国の情勢が不安定になってきて隣国に親戚を頼って出したこと。
数年経って息子さんは隣国で結婚、孫も生まれたらしいこと。
二人もそのうち店をたたんで隣国に行きたいが、国の情勢は更に不安定になりつつあり
なかなかそこまでの資金が貯められていないこと。
そんな状態なのに私を雇って生活の基盤を提供してくれた二人に
私はとても感謝していた。
勝手に第二の両親と呼びたいくらい
「私洗い物してきます!」
そう言って二人の食器も持ち洗い場へ向かう
水道なんてない、裏の井戸から水を汲んで皿を洗うのだ