夢
「お母さん!お母さん!どこにいるの!?」
いない、いない、どこにもいない。
家中、どこを探してもどこにもいない。あの日もこんなふうに突然いなくなった。
庭で飼っている鳥が鳴く。今日の餌やり当番は母だ。卵をとってきてもらわなくては目玉焼きを作ることができない。
もう顔も思い出せないあの人を、私はいつも探している。大好きなあの人を。なのに何故か顔を思い出せないあの人を。名前を思い出せないあの人を。
私は母の部屋の扉を開ける。床にはたくさんの血の水溜りができていた。この光景を私は知っている。だけれど、この血は一体誰のものだろうか。そこだけが思い出せない。
床に腕や足が散らばっている。誰のものかはわからない。ベッドで布団にくるまっているあの人のものだろうか。
私は布団に手を伸ばし、この人の正体を確かめる。
「あぁよかった。お母さんじゃなかった」
私は安堵した。そこにいたのは母ではなく、魔族に頭を食いちぎられた村長だったから。
「はぁっ!!」
額に汗をびっしょりとつけて、エイラは夢から目を覚ました。
「おっ?お目覚めですか、エイラさん。おはようございます。と言っても、もう日が沈む頃なんですけれどね」
左頬からくるとても柔らかい感触にエイラが戸惑っていると、エイラの頭上から綺麗な女性の声が聞こえてきた。見上げてみるとこれまた綺麗な顔がエイラに向けられていた。
この人の事は知っている。確かティアナ•セルヴィと言ったか。勇者と共にエイラを助けに来てくれた女性だ。
「ここは?」
エイラはティアナの腕から離れ、辺りの状況を確認する。
「荷車の上の、檻の上ですわ。今、カナココ村に向かっています」
周囲を見回してみると、確かに地上より数メートル高い位置にいるのがわかった。下には鉄格子があり、その下にはさっきまでエイラがいた血だらけの床があった。
「少し、歩くのがしんどくなってしまいまして、こうして荷車に乗せて頂いているのですわ」
ティアナが、アハハと頬に近い髪をいじりながら説明してくれた。エイラが眠っている間、ティアナはずっとエイラを抱えて歩いていたらしい。途中疲れてきたので勇者が引いていた荷車に乗せてもらっていたのだそうだ。
「ありがとうございます。お陰でぐっすりと眠れました。」
エイラはティアナにお礼を言った。お陰で心が少しだけ軽くなり、頭も少しクリアになった。
「えっと、勇者様も、ありがとうございます!」
エイラは勇者に聞こえるように少し大きな声で荷車を引いている勇者にもお礼を言った。勇者が片手をあげて返事をしたのが見えた。
「よかった。少し元気が戻ったようですわね」
ティアナがエイラの顔をまっすぐ見つめて言う。
「顔色がずいぶんと良くなっていますわ」
「そっ、そうですか」
エイラは自分の顔に手を当てる。カサカサしていていかにも不健康そうな見た目をしていそうだが、これでもマシになったのだろうか。
「お母様にはお会いできましたか?」
不意に、ティアナがそんな事を聞いてきた。
「えっ?」
一瞬、何のことだろうとエイラが戸惑っていると。
「エイラさん、眠っている時ずいぶんとうなされていたんですよ?。お母さんどこ?って。でも最後には、すごい安心した顔でよかったって言っていたものですから、てっきりお会いできたのかと」
「あぁ、なるほど。いえ。夢の中に母はいませんでした」
「そうでしたか、でも、心底安心したような顔をなさっていたので良い夢を見ることができたのではないですか?」
そう言われてエイラは夢の内容を思い出す。血溜まりの部屋、村長の亡骸、そしてなにより。
「いえ、最低な夢でした」