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繋ぎのアレン  作者: SPAM
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ティアナ•セルヴィ

 世界が銀色に埋め尽くされてからしばらく経った頃、エイラと勇者の下に向かう、空を飛ぶ人の姿があった。正確には空を飛ぶ大きな斧に跨る女の姿だが。

 空を飛ぶ女、ティアナ•セルヴィは、急に拠点を飛び出して行ってしまった勇者を追いかけて、全速力で空を駆けていた。

 勇者はティアナとは違い空を飛べない。だがその桁外れな跳躍力で空を飛ぶよりを速く移動できる。もはやティアナの目に勇者の姿は映っていなかった。勇者を追いかけようとティアナが地を蹴った次の瞬間にはもう勇者の姿を見失っていたのだ。


 「まったく!時間がないのはわかりますが、せめてどの辺りに向かうとか一言説明しておいてほしいですわ!!」


 空を飛びながらそうイライラを募らせるティアナの目にまた銀色の光が飛び込んでくる。しかし今度は視界全体が埋め尽くされる事はなく。遠くにある地上からの光だった。


 「あっぶね!あそこですわね!危うく通り過ぎる所でしたわ!!」


 進行方向より3時の方向からの光によりティアナは跨っていた斧を急停止させる。


 「待ってなさいよバカ勇者!ひとんちの家とか壊していたらただではおきませんからね!!」


 ティアナは空を全速力で駆ける。始末書の山がこれ以上高くなるのを恐れて。


 ティアナが到着した頃にはもう敵の気配はなかった。


 「セルヴィか、遅かったな」


 牢屋の乗った荷車の側に突っ立っていた勇者がティアナの気配を感じ取り、背後を振り返りそう言った。

 イラ。ティアナの中の怒りのコップに水滴がまた一つ落ちた。今日だけで三分の一ぐらいは溜まったのではなかろうか。


 「申し訳ありません。道に迷っていたものですから」


 「走ってきたのか? 空を飛べばもっと速くこれたんじゃないのか?空を飛ぶのは魔力の燃費が悪いのはわかるが、助けを求めている人達の下へ一刻も速く向かうのが俺たちの仕事じゃないのか?」


 イラ。また一滴落ちた。道に迷っていたのは本当だが、走ってきたとは誰も言っていない。ティアナはこれでも全速力でここまで来たのだ。

 (なによその言い方!まるで私が被害者のことを考えず楽な方法で現場に向かっていたみたいじゃない!大体これでも私は候補生の中では優秀な成績を収めていて、空を飛ぶスピードだって同期の中ではダントツで早い。そりゃあ勇者のスピードと比べたらウサギと亀ぐらいの差があるのかもしれないけど。だいたいこの人はいっつもそうだ、自分の能力を基準にして他人と比較する。自分に出来ることは他人にも出来て当然だと考える。そういうところが前々から嫌いなんだ。今回だって、勇者は助けを求めた人間の位置がわかるのだから、その情報を私にも教えてくれたら私だってもっと速く)

 

 「聞いているのか?」


 「はい、今度からは空を飛んで現場に駆けつける様にいたします」


 ずっと黙っているティアナの様子を訝しんだ勇者の問いにティアナがすかさず反応する。真実などはもうどうでもいい。今はこの場をいち早く切り上げて家に早く帰りたい。


 「そうか、••••まぁ、•••••現場との距離が近い場合には、実際に走って魔力を温存する方法をアリなのかもな。だが今回は現場との距離が遠かったから空を飛ぶのが正解だったと思うぞ?」


 「はい、次からは気をつけます」


 「あ、あぁ」


 勇者のこの様子だと、私がイラついているのがわかっているのだろうか。難しいな。勇者は悪い人ではない。今だって私の失敗のフォローをしてくれた。なるべく感情を外に出さない様努力していたつもりだったけど、私もまだまだ人として未熟だな。

 自責の念に囚われていたティアナは頭を一度左右に振り、勇者の側で膝を抱え俯いていた少女に目を移した。


 「そういえば、敵の姿は?、見当たりませんでしたが」


 「俺が一人殺したら全員逃げたぞ?そういえば死体も持って行ったな」


 単純に人間の人攫いという可能性もあったが、勇者が殺しをしたという時点で、敵が人間という線は消えた。

 という事はやはり魔族か。魔族は人間ほど仲間意識が高くはない。死体を持って帰るという事はよほど高位の魔族だったのだろうか。


 「この子が被害者ですか?残りの方は?」


 「いや、この子だけだ」


 間に合わなかったのか。それとも勇者を呼び出せるのがこの子だけだったのか。


 「お名前は?」


 「聞いてみたんだが反応がなかった。セルヴィからも聞いてみてくれないか?もしかしたら俺よりも答えやすいかもしれない」


 「そうでしたか」


 ティアナが少女の前で片膝をつき胸に手を当てる。


 「初めまして、私はティアナ•セルヴィと申します。気軽にティアナと呼んでくださいね」


 「••••」

 

 「あなたのお名前は?」


 「••••••••」

 

 ティアナの呼びかけに少女は反応する様子を見せなかった。

 ティアナは少女の様子を観察する。全身が酷く血で汚れているが何処か怪我をしている様子はなかった。布で縛られている両方の手首を除いては。布をよく見ると少し血が滲んでいた。ここだけ怪我をしていたのだろうか。


 「この手首の布はどうしたのですか?」


 「皮膚が深く裂けていたので俺が巻いた。力を少し使ったから痛みはもうないはずだ」


 初代とは違い、今の勇者は人の傷を癒す事はできない。だがこうして息を吹き掛けた布を患部に当てることでそれ以上の傷の悪化を防ぎ、痛みを和らげることができる。勇者が力を使わなければならないほどの傷。相当深かったのだろうか。


 「エイラ、です」


 「え?」


 少女が口を開いた。小さくてよく聞き取れかったがおそらくエイラと言ったはずだ。

 ティアナはもう一度少女の方を向き、少女との会話を試みる。


 「エイラさん。素敵なお名前ですね!、エイラさんはこの辺りに住んでるんですか?」


 「••••わかりません、ここが何処なのか、目が覚めたら急に檻の中に入れられてて。私はカナココ村って言う所に住んでるんですけど」


 檻、か。攫ってきた人達を閉じ込めておくのに使った物だろうか。

 少女の背後にある高さ5メートル程もある檻にティアナは目を映す。


 「なん、ですか•••これは」


 血で溢れていた。目につく至る所が血で溢れかえっており、人の腕、足などがそこらじゅうに散乱していた。そして、真ん中に横たわっているおそらく男性の遺体には頭部がなく首から上が抉られた様な跡があった。


 「••••たぶん、カナココ村の住人です、誰が誰だかわからないですけど、でもそこに横たわっている人は村長さんですよ。食べられる前に顔を見ましたから」


 エイラな立ち上がり、よろよろと檻に向かい歩き出す。


 「この人達が食べられている時、私はずっと眠っていたんです。可笑しいですよね。この人達が痛がったり、泣いたり、叫んでいた時もずっとスースー寝てたんですよ」


 檻に右手をついたエイラは涙ながらに状況を説明した。


 「魔族が言うには私のことを魔王が狙っているそうなんです」


 「なに!魔王が!?」


 静かに聞いていた勇者が魔王という言葉に反応した。

 勇者は魔王を撃たねばならない。それが昔から続く勇者の役目なのだから。

 だが魔王は初代勇者との死闘の末に長き眠りに堕ちたと聞いている。教会の方から、魔王が復活したという知らせはティアナの耳には届いていない。しかし、こうして魔族が動いているところを見ると魔王の復活が近いという事か。


 「はい、だから私とついでに私の住んでいる村の人達が狙われたんです。食料として」


 エイラの瞳から涙溢れる。少しずつ背中を丸めていくエイラにティアナは後ろから抱きついた。


 「もう大丈夫です、ありがとう話してくれて。お陰で大体の事情はわかりましたわ。今はもう何も考えず横になっていてください。大丈夫、カナココ村なら私、大体の場所はわかっていますので」


 魔族は人を食べる、だがここまで大胆に人を攫うという事例は聞いたことがない。おそらくここ数十年で初めての事では無いだろうか。


 「魔王か」


 ティアナは角の生えた二足歩行の牛の化け物が大きな椅子にふんぞりかえっている姿を脳裏に思い浮かべた。そうか、私が生きているうちに魔王が復活するのか。ティアナは少し憂鬱になりながらもエイラをお姫様の様に抱える。


 「話しは聞いていましたか?」


 「あぁカナココ村だな。俺はこの荷車を引いていく。村の方で供養した方がこの子も喜ぶだろ」


 「そうですね、それがいいと思います」


 「その子の様子は?」


 ティアナは胸の中で顔をうずめている少女に目をうつす。


 「今は落ち着いて眠っています。なるべく静かに移動しましょう」


 「そうだな、魔族もしばらくはやってこないだろう」


 「そう考える根拠は?」


 「感だ」


 「当たるといいのですけどね」


 二人はゆっくりとカナココ村を目指す。傷ついた少女を起こさぬ様に。



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