銀色の勇者
「ねぇお母さん、勇者ってどんな人?」
これは幼い頃の記憶、エイラ・ヴァイオレットは逃げるようにその意識の波に身を任せた。
「会ったことはあるの?」
田舎のどこにでもある小さな家のリビングで鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んでいる女性にエイラは聞いた。当時の事はよく覚えている。5歳くらいと時だろうか。誕生日のプレゼントに買ってもらった絵本の登場人物に興味を持ったので、なんでも知ってるこの人に聞いてみたのだ。
「勇者様のこと?お母さんは会ったことはないけれど、お父さんとおばあちゃんは会ったことあるって言ってたかな。」
エイラがお母さんと呼んだその女性は、服を畳んでいた手を止めて自分の話に付き合ってくれた。小さな身体から見上げる彼女はとても美しくて、頼もしくて、エイラの世界そのものだった。
けれど、エイラの記憶は彼女の顔をひどく靄がかかったような不安定な顔として映した。時には鏡に映った自分の顔だったり、この間すれ違った綺麗な女性の顔だったり、とにかく思い出せないのだ、彼女の顔を。
「金色の髪の生えた子供の姿でね、自分より大きな剣を振り回して悪い魔族たちを倒してくれるんだって。お父さんは勇者様の事をとても優しい人、おばあちゃんは逆にとても恐ろしい人だって言ってたよ」
「やさしい人!わたし会ってみたい!お菓子いっぱいくれるのかな?」
幼い頃のエイラは、父の勇者に対する優しい人という評価が気に入ったらしく、その事のみを深掘りするように彼女に聞いた。祖母の評価などまるで最初からなかったかのように。
「そうだね、頑張ってお願いしたら沢山もらえるかもね」
彼女もくすくすと笑うようにエイラの質問に答えてくれる。
「でもね、勇者様のすごいところはお菓子をくれる所だけじゃないんだよ?困っている人がいると必ず助けに来てくれるの」
「たすけに?」
「うん」
「どんなときでも?」
「うん」
「どんなひとでも?」
「うん」
「ぜったい?」
「そう、絶対」
自然と、無意識に彼女に近づいたエイラの頭を優しく抱き寄せ、彼女は質問に答えた。
「エイラ、これから先何か困ったことがあったり、悪い魔族に連れ攫われそうになったら必ず助けを呼ぶのよ?」
「たすけ?だれを呼ぶの?」
「勇者様だよ、困った時は勇者様たすけてーって大きな声で叫ぶの、そしたら必ず勇者様が助けに来てくれるから」
記憶の中なのにも関わらず、彼女の腕の中は甘くて良い香りがして、頬に当たるふわふわした服の感触が心地良かった。ずっとここにいたいと思えるほどにこの記憶は自分に幸せをくれた。なんだか眠くなってきた、このまま寝てしまおうか。
見上げると相変わらずモヤがかかった顔が不安げな様子でエイラに言って聞かせた。
「エイラ、私はどんな時もあなたを想っているわ」
「おーい、生きてるか?、おーい、隊長こいつ死んじゃってるぜ、食べていい?」
記憶はそこで途切れた。
ゴロゴロと何かが転がる音がする。
幸せだったあの頃から10年ほど成長した身体に戻ったエイラは、あたりをキョロキョロと見回した。
「えっ!?」
地獄のような景色に、心臓が一気に跳ね上がる。
まず、鉄製の柵が自分を囲んでいた。頭上と四方八方を囲むその柵は大の大人の力を持ってしてもびくともしないような頑丈さを持っていると一目見ただけでわかった。
だが、エイラが驚いているのはそんな事じゃない。 問題はもっと足元にあった。
人が死んでいた。数えるのも嫌になるくらい、たくさんの死体が転がっていた。死体の損傷は激しく、倒れているのは男か女なのかの区別がつかないほどにぐちゃぐちゃだった。
床は、足場なんかないほどに肉が散乱しており、それらから溢れ出る血がエイラの服に染み渡り不快感が一気に押し寄せた。エイラ達を運ぶ荷車の床一面は血で満たされており、荷車が通った後は地面に滴り落ちた血が道を作っている。エイラの全身は特に横になっていないにも関わらず血まみれだった。
「うあ、うわぁぁぁ!!!」
エイラはたまらず叫んだ。千切れた手足、人の肉、おびただしい量の血、どれもこれもエイラが初めてみるものだった。
急いでこの場を離れようと立ち上がろうとした瞬間、両肩と腕に衝撃が走った。
「くっ、え?なんで!」
両腕を後ろで縛られていた。渾身の力で引っ張ってもびくともしないほど、縄でギチギチに絞められていた。
「お?元気になったな、よかった、よかった」
頭の上あたりから声がしたけどそれどころじゃない、はやくどうにかしてここからにげないと。
「ぐっ!うぅぅぅ!!」
やっぱり硬い、思いっきり腕を引っ張ってみるけどびくともしない。引っ張りすぎて腕が痛い。
このままじゃ自分もみんなのように殺される、こんな、ひどい姿にされて。
「おえっ」
吐いた、焦りと目の前の光景の気持ち悪さで一気に吐き気が込み上げてきた。なんで私、こんなことになってるんだろう。
一番最後の記憶は村で晩御飯を作っていた時の記憶だ、そこからとてつもなく大きな音が聞こえてきて背後を振り返るまもなく首に大きな衝撃を受けた所までは覚えてる。あの衝撃は攻撃を受けた時のものだったのだろうか、なら、村の皆んなは無事だろうか、エイラは自分を暖かく迎え入れてくれた村が大好きだった。無事でいてほしい。
「それにしてもお前うまそーだな、かじって良い?」
「ガーゴウル、何度も言っているだろう、その子供は魔王様がご所望なされた人間だ、勝手につまみ食いすると復活された際に消されるぞ?」
「だけどよ隊長、俺、腹が減っちまってよ、見てくれよこの腕、えぎれ起こして震えちまってるぜ!ウケるだろ」
そこでようやくエイラは頭上から声がすることに意識を向けた。何かが、いる。それはきっとこの惨状を作り出した者だ。エイラは恐る恐る顔を上げた。そこには人間とは言えないほどの異形の姿をした化け物がいた。人と鳥が不気味に合わさってできたような化け物が、エイラを囲っている檻の上で胡座をかいてこちらを観察するように見ていた。
怖い、鋭いくちばしに大きな筋肉を覆った青い肌、体長は大人の2倍くらい大きい。こんな生き物初めて見た、こいつがガーゴウルと呼ばれた人だろうか。
振り返ってみると他にも化け物がたくさんいた、あわせて5人、荷車を引いている2人と少し離れたところで大きな槍を持ってあたりを警戒しているのが左右で1人ずつ、そして一番先頭を歩いているのが1人、この人が隊長と言われていた人だろうか、他の化け物と違って肌の色が人間に近く、角の大きさも小さい、体の大きさも大人の人とほぼ一緒だ、檻の上にいる化け物や周りにいる化け物達と違ってこの人はそれほど化け物じみた姿をしていない、どちらかといえば自分達人間に近い。
「ならばさっきまでお前が食っていた人間を食えばいいだろう、まったく、パンドネラ城まではまだ距離があるというのに、食料を全て食うとはな、これでは途中で狩をする必要がでてきたぞ、お前にはたっぷり働いてもらうからな」
「へいへい、わかってますよー。だけどなぁ、こいつらもう冷めてて美味しくないんだよなぁ、なぁ隊長、一口だけでもダメ?」
「ダメだ」
はぁ、とため息をついてガーゴウルが檻の中に入ってきた。エイラと一瞬目が合ったがすぐに床に散らばっている人達を見回して、そのうちの一つを手にとって一瞬迷った後にガブリと勢いよく噛みついた。
人の腕だった。ゴツゴツした男の人の腕をガシガシと音を立てて食べている。
「やっぱり冷めてるなこりゃ、硬くなっちまってあまり美味しくねぇや」
そういうガーゴウルは渋々といった感じで人の腕にかぶりついている。人の腕の断面なんて初めて見た。気分が悪い、体に力が入らない、私はどうなるんだろう、いつかああやってこの化け物達に食べられるんだろうか。
だめだとわかっているのに想像してしまう、自分が食べられている所を、足から少しずつかじられていきお腹、腕とじょしょになくなっていき最後は、
「おぇ!!」
エイラはまた自分の足元に嘔吐した。先程の嘔吐物と重なり、ひどい匂いをあたりに撒き散らしている。
「あん?どうした嬢ちゃん、人が食べられる所を見るのは初めてか?」
ガーゴウルはそう言うとダンダンダン!と、足音をたて一瞬にして私との距離を詰め、エイラの目と鼻の先まで自分の顔を近づけてきた。
「いや!やめて、近づかないで!、痛っ」
逃げ場がない、距離を取ろうと思って急いで後ろに下がると檻に勢いよく頭をぶつけた、頭がジンジンする、血が出てるんじゃないだろうか。
「大丈夫か?嬢ちゃん」
「もうやめて、人なんて食べないで、おねがい」
エイラは涙ながらに訴えた、死にたくなかったのもあるし、何より死んだ後も体を食べられるなんてこの人達が可哀想だったからだ。
「嬢ちゃん、俺達は魔族なんだよ人間とは全く違う生き物なんだ、俺達は人間を食う事に全く罪悪感なんざ抱いちゃいない」
ガーゴウルはそう言うとエイラの首元に顔をさらに近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ仕草を見せる。エイラはガーゴウルからなんとか距離を取ろうと鉄格子に体をぴたりと貼り付けた。
「あぁ、やっぱり良い匂いだ」
「やめて」
エイラの匂いを嗅いだガーゴウルの目がだんだんと赤い光が帯びてくる。それは猛獣のようで、今にも襲いかかってきそうな気配をガーゴウルから感じた。
「俺達はなぁ嬢ちゃん、人間を食べるたびに体が大きくなり力が増すんだ。そしてさらに多くの人間を食べて来たもののなかからごく稀に悪魔っつう変な奴が体の中に宿る奴がいる」
ガーゴウルは目を瞑りフルフルと顔を左右に振たするとさっきまで赤く光っていた目が元に戻った。
「フェネクス」
「え?」
ガーゴウルは右手に持っていた人の腕を少し上げ、何やら奇妙な呪文を唱えた。すると、手に持っていた腕から赤黒い炎が溢れ出た。まるで血のようなトロトロとした液体にも見えるその炎はチカチカと赤い光を放ちながらその腕を包んでいき、溢れた炎は鳥の羽のように左から右へひらひらと揺れながら落ちていく。
「そら、嬢ちゃんがいた村の村長さんだ、ハグでもしてやんな」
それは一瞬だった。赤黒い炎に包まれた人の腕はモリモリと肉がふくれあがり、炎が消え去る頃には既に見覚えのある人物の姿を形作っていた。ガーゴウルは、それをはひょいとそれをエイラの足元に投げた。
「村、長?」
エイラの足元で突っ伏しているその人は紛れもない村長そのものだった。その体は傷一つなく、まるで今にもムクリと起き上がりそうなくらい綺麗な状態だった。
「これが俺に取り憑いてる悪魔の魔法、再生だ。まぁ再生できるのは肉体のみで魂まではできないからこの肉は相変わらず冷たいままなんだけどな、いや、再生した直後だと温かいのか?」
「村長?」
変わらず床に突っ伏したままの村長に声をかけた。
「ねぇ、村長!ねぇ、起きてよ、ここから逃げようよ!」
息はしておらず、手首に触れても脈はなかった、だが体はほんのり暖かかった。そう、暖かったのだ、もしかしたらこのまま息を吹きかえすかもしれない。エイラは大きな声で村長を呼び、力いっぱいに村長の体をゆすった。
優しかった村長、問題を抱えたエイラ達親子を優しく迎え入れ、母には仕事を斡旋し、エイラには算数と物書きを教えてくれた。エイラは物覚えがとてもよかったらしく、国の中央に位置する大学にも推薦する準備もしてくれていた。勉強する楽しさを学んだエイラは、このままもっと勉強を頑張り、大人になったら学校の先生になって子供達に勉強を教えるというような未来設計もほんのり描けるまでになっていた。
エイラ達はとても幸せだった。決して裕福とはいかないまでも村にくる前に比べればまるで夢のような生活を送ることができた。
それもこれも全部、エイラ達を受け入れてくれた優しい村長や村の人達のおかげだった。エイラ達はあの村が大好きだった。
「ねぇ、帰ろうよ村長!勉強、もっと頑張るから、たくさん頑張って、偉くなって、村長にいっぱい美味しいものご馳走するから!今まで助けてもらった分、たくさん恩返しするからぁ!だから起きてよ村長!!」
エイラは溢れ出る涙を袖でぬぐいながら未だ起きない村長の肩を激しくゆすった。
「無駄だ、嬢ちゃんの言う村長さんはもう死んじまった。俺が食っちまったからな」
ガーゴウルはそういうと、大きな手で村長の首根っこをひょいとつかみ、口を大きく開けて頭部をその中に入れた。首の骨はいかにこの化け物といえども簡単には食いちぎれなかったのだろうか少し手こずる様子を見せると、右手で村長の体全体を力強く掴みなおし、勢いよく引き抜いた。
ビシャリと、辺り一面に勢いよく血が飛び散った。エイラも頭から大量に血を浴び、体中が血で汚れてしまったが、そんなのはもうどうでもよかった。村長が死んだ、あんなに優しかった村長が少しも抵抗せずに、あっさりと食べられた。
「そんちょ、そんちょおぉ、あぁぁ!いや、いや!いやぁぁぁぁ!!!」
なにか、エイラの中で今にも溢れ出しそうな何かをせき止めていたものが、決壊した。
「いや!いや!いやだぁぁぁ!!あぁぁぁ!出して!ここから出して!うぁぁぁ!!」
ヒリっと喉に痛みが走った。もう嫌だ、頭がおかしくなりそうだ、出して出して出してここから出して!!
考えたくなかった、今食べられたのが村長ということは、足元に転がっている他の肉片たちはだれのものなのだろうか、もしかしたら、もしかしたら。
「いやぁ!うわぁぁぁ!!!」
村の他の人達もエイラ達によくしてくれていた、夕飯を作りすぎたからと言ってよく持ってきてくれたお隣のエイダさんや、可愛い古着をよく分けてもらった服屋のカバーニさん、他にもたくさん大好きな人があの村にはたくさんいた。
これが夢だったらどんなによかっただろう、だが今目の前で起きた惨状は間違いなく現実だった。顔から浴びた生暖かい血も、骨を砕く音も、全てが現実だった。
「うぐ、うがっ、うがぁぁぁ!!」
品や清楚さなんか全てかなぐり捨てて、エイラは両の足に力を込め、後ろで腕を縛っている縄を両腕ごと引きちぎるの勢いで引っ張った。皮膚が少し裂け血が流れる、でも縄はなかなか千切れない、じゃあ自分の腕を千切るしかない、じゃないとこのままじゃ自分までああなってしまうから。
「おうおう!どうした、そんなに大事だったのかこの男が、ごめんなぁ、死ぬ所見せてやれなくて、嬢ちゃん眠ってたもんなぁ。こいつ言ってたぜ?エイラ逃げろー!てな、自分の腹から下が全部喰われても嬢ちゃんのこと心配してたんだぜ?こいつだけじゃねぇ他の皆んなも嬢ちゃんの名前必死に叫んでたなぁ、嬢ちゃん、相当愛されてたんだなぁ。でもよぉひでぇよなぁ、そんな大事なときによくもまぁグースカと眠りこけられてたもんだぜ、こいつらが喰われてる時、嬢ちゃんはいったいどんな夢を見てたんだい?」
そんな、やっぱり皆んなはもう。
「安心しな嬢ちゃん、君はもっと酷い死に方をするからよ、なにしろあの魔王様が嬢ちゃんを求めてるんだ、簡単には死ねない、苦しんで苦しんで苦しんでそしてやっと死ねるんだ、そしたらきっとあの世に行った時に皆んな許してくれるさ」
「いや、嫌だ嫌だイヤだ!」
「あぁ!いいねぇ!その表情たまんねぇな!俺はよ!人間のそういったくしゃくしゃした顔が好きなのさ、さぁもっと見せてくれ!」
助けてだれか、お母さん!
「お母さん!助けて!おかぁさん!」
たすけておかあさん!
(エイラ、これから先何か困ったことがあったり、悪い魔族に連れ攫われそうになったら必ず助けを呼ぶのよ?)
それは幸せだった頃の記憶、母が自分に言い聞かせてくれたこと。
(困った時は勇者様たすけてーって大きな声で叫ぶの、そしたら必ず勇者様が助けに来てくれるから)
「勇者様」
「ん?なんだ嬢ちゃんボソボソ言ってちゃ聞こえねぇよ、母親の次は誰に助けを求めるんだ?」
「助けて!勇者様ー!!!」
エイラがそう叫んだ瞬間、あたりが銀色に輝いた。
空に浮かんだ雲も太陽も全てが銀色の光に埋め尽くされた。
「なんだこれは」
「おい、荷車をとめろ、戦闘準備だ急げ!ガーゴウル、檻から出ろ」
「おい、いきなりどうしたんだよ隊長」
隊長と呼ばれた化け物は顔に大量の汗を滲ませながらガーゴウルの問いに答えた。
「勇者だ、勇者が来る」
「勇者だぁ?そいつは死んだ筈だろ?」
「そうだ、勇者は50年前に魔王様との戦いで敗れ、死んだ。だが私はこの輝きを知っている!これは勇者のものだ!」
忘れるわけがない、魔族の隊長がそううそぶくと銀色の輝きがさらに増した。
「ガーゴウル!覚悟しろ!!今からやってくる者は少なくとも魔王様と同等の強さを持っていると思え!!」
瞬間、荷車の背後、数メール離れたところに耳を塞ぎたくなるような爆音と共に巨大な土煙の柱がたち、砂の塊が雨のように空から降ってきた。
「これが勇者か!ちくしょう耳が痛え!!」
エイラも突然の爆音で耳に激痛が走るもそれをなんとかこらえ音の方向に目を向けた。
誰かが立っていた。土煙でよく見えなかったけど、一歩一歩とゆっくりと近づいてくにつれてその姿があらわになった。それは、銀色の髪をした男性だった、身長は大柄で服の上でもわかる大きな胸板に、そこから生えている傷だらけ太い腕はその男がただものではないという事を物語っていた。男は自分よりも大きな体をもつ化け物達を目の前にしても鋭い視線を向けたままだった。
「その子を離せ」
ドンッと、重みのある声だった。
「なんだぁ?意外と小さぇじゃねえか、隊長!びびる事はねぇぜ!こいつは俺が殺してやる!」
「まてガーゴウル、迂闊に動くな!!」
ガーゴウルは隊長の指示も聞かずに銀髪の男に向かって走り出した、凄まじいスピードだった、数メールあった男との距離を一瞬で殺し、ガーゴウルは右腕を振り上げた。
「おめぇが本当に勇者なのかどうか俺が確かめてやるよ!!」
そう叫んだガーゴウルは男の顔面に向かって振り上げた拳を打ち込んだ、ガゴン!と、とても拳から発せらているとは思えないほど重く、大きな音があたりに鳴り響いた。拳を叩き込まれた男の表情は、前髪で隠れていてこちらからは窺うことができない。
「まだまだぁー!!」
男の顔面の2倍はあろうかというほどの大きな拳が右から左からと次々と叩き込まれていく、その度に地面が揺れ。拳の衝撃があたりを襲った。地面の揺れと拳の衝撃は遠く離れたエイラでも感じることができるほど大きなものだった。
「だめ、だめぇ!もうやめてぇ!!」
エイラはたまらず叫んだ、あの人が本当に勇者なのかはわからない、でもこのまま殴られれば確実に死んでしまう、逃げてほしい!誰だかはわからないけどもう人が死ぬのは見たくなかった。
だがその瞬間、また銀色の光が輝き、目の届く範囲全てを光が包んだ。
「ガーゴウル!そいつから今すぐ離れろぉ!!」
銀色の輝きは一瞬だった、エイラからはガーゴウルの背中が見えるばかりであの男の人の姿が確認できない、あの人は無事だろうか。
そう考えているうちにエイラはある違和感に気付いた。それはガーゴウルの動きがいつのまにか止まっている事でもあれだけ殴られているにも関わらず地面には一滴の血すら落ちていないことでもない。もっと大きな違和感があった。なかったのだ、ガーゴウルの頭部が、厳密に言うとガーゴウルの肩から上が抉られるように吹っ飛んでいた。
「ガーゴウル!」
隊長の呼びかけも虚しくガーゴウルの体はぷすぷすと煙をあげながら仰向けになり大きな音を立てて倒れた。そしてガーゴウルが倒れるにつれ先程の男の姿を私も捉えることができた。驚いた、あれだけ殴られたのにもかかわらず男の顔は傷ひとつなく、変わらず鋭い視線を隊長に向けていた。そして、また一歩、また一歩と歩みを進め荷車に近づいていく、倒れているガーゴイルの体を踏み締めて。
「貴様!」
隊長は槍を握りしめながら怒りの声を男に投げたが、その顔には汗がびっしょりとひっついていた。
男が少しずつ歩を進める、隊長とその他の化け物も槍を握りしめ構えをとるが誰もその男に向かっていくことができない、そして男と隊長との距離さがあっという間になくなり、手が届くかというほどまでになっ た時、男は魔族の隊長に言葉を発した。
「その子を離せ」
初投稿になります。よろしく願いします。