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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
1『Everyday+LIFE』
8/39

死体<生きた〇〇〇!

 ――大人と関わるコトは、苦手じゃない。

 特に、その場限りの関わりの大人には。


「はーい、おっつかれサマ!」


「えっ、と。です」


 挙がった手のひらに、つられて上げた白い手が迎撃を受けてのハイタッチ成立。

 それが正式な入社一日目、P.C.(ポスト・カタストロ)2034年9月12日(火)、挨拶参りの終業合図だった。


 ――『みざくろ製薬』を主として構成される『みざくろグループ』、計十六社。

 その代表取締役のうち十三名の元へと、畏取の代表と出向く道中、これにて終了である。


「いやぁしかし。なかなか絵になってたねェ、やはり画の素体がいいのカナ?」


「……真似た動きがよかったから。かも」


「はは、そりゃどうも。頭下げ慣れてんからネェ、アタシ……にしても、製薬からのラブコールすごすぎとは思うけども」


 廊下にて、軽く結われた白髪は元気に揺らぐ。

 以前までの疲弊ぶりは何処へやら。

 けろりとした顔のイロハは血気盛んな肌色で、向けられるフラッシュに余裕のピースを返す。


 シルエットの細さを中和すべく施された、白く柔く膨れた上着と紺色のロングスカートという対処療法は、紅玉の瞳を残して色素の死んだ痩せぎすには覿面。

 このポリスでは正装は着物のようだが、これでも許される程度には緩やかな文化らしい。


「社内連絡網あっから、これあげてテキトーにキミの紹介しとくケド。なんか好きなものとかあったり?」


「布団。天才ってのは、あれ作ったヤツだ」


「ははッ、違いない」


 ――ぶっちゃけ、たのしい。超たのしい。

 この上なく余裕ぶれる状況なのに余裕が無い。

 今まで考える暇もなかったコトが、ココ最近でドシドシ入り込んでくる。


 バッチリ一週間のうち半分は寝こけて、その間に多少慣れて気疲れしなくなり、規則的に寝れるようになったし。

 睡眠靴嵌められた足で絨毯を踏み、知らない人になれない敬語を言って頭を下げるのは一苦労であるが。

 少なくとも自分の手前では愛想よく笑って貰えて、やっと体調もそれなりに回復し、やっと服らしい服が着れて――しかし。それだけではいけない。


「病院で聞いた話、外で敷いて使えるやつでも、結構いいのあるらしいんだよね。作りがめずらしくて高いんだけど……欲しいなぁ。それだけは」


「…………寝るコトへの執着すごいね。キミ」


「え、そう? ありがと――あっ、大丈夫。ですから。仕事もがんばりますからね」


(……またぶっ倒れないでしょーネ、この子)


「つうか、あんま褒め過ぎないで。下さい。つけあがります、ゾーチョーします」


(ええぇ……?)


 いや本当。怖い。

 実際皆さん揃って、優しすぎて怖いのだ。

 今までとの温度差と反動が激しいなんてもんじゃない。

 ……もしやそのうち取って食われやしないかコレ。


 そう思い返し、もはや何でも褒め言葉と受け取る耳と、当社比で緩んだ頬を叩き緊張を促進。

 気合いを入れ直すガリ細ボディに死角はない。

 傍目から見れば表情が乏しすぎて、相変わらずの半ば寝ぼけたボンヤリお目々にしか見えないが。


 ――わたしは、今まで無関心でありすぎたのだ。

 というか、いちいち些細な事で喜べてしまう。これでいいと許せてしまう。

 だが、現時点、また暮らしに順応してさえいない。


 殺しに出向くどころか、その途上で無理解に囲まれ迷子にさえなる。それでは商売あがったりだ。


 この何ひとつ親しさのない新生活圏で、仮にも十五歳程との元奴隷紛い女がタダの人としての生存を獲得するならば、ひとつずつ既知のものを増やさねば、明日はない。


 ……気張りすぎ?

 そりゃあそうであろう。こちとら、自発的行動の経験は殆どないのだ。


「……っていうか。あんま戦うよ、って感じの人いないね」


「ん、あー、そうだネ。大半戦ってるの、今出払ってるから。基本ここに残るのは、上の社員寮借りてる人か事務員、補助員、あと副業やってるヒトかな」


「畏能もってるだけで無条件にウチに入らないとだから入ってるヒトも大半でネ――もうちょっとで、だいたい帰ってくるとは思うゲド」


「――そっか。外だったのか」


 なので、頭に血と酸素とをガンガン昇らせ、犬のように胸を上下させつつ。

 色々と、最近のイロハは我を出す。


 体を洗われる時は、自分でもやってみて、うまくいかない事をミノルに聞いてみたり。

 挨拶巡りの際は、表面的にセリフを読み上げお辞儀しつつ、移動の都度にその動作の意図や決まり事(マナー)についての中身を社長に聞いてみたり。


 その甲斐あって、やらされているというより、やっているのだと。

 多少は、そう思わなくもなくなってきてる気がしなくもな――。


「キミぃ。びっくりするくらいオリコウね」


「……まじで?」


「まじまじ……病院のカルテ見せてもらったけどネ。体の大きすぎる変化やケガって、心にも及ぶモンなのヨ――ただ、どうやらキミにはいらない心配だったようだ」


「社長さんもじゃん、そんなの」


 無表情で返しつつ、弾むような足取りと心拍で隠せていない興奮。

 璧外あがりの、実質少年兵からのマトモ扱い故か。彼女は小気よく笑い返した。


 ……筈である。

 なにせ何をするにもメガネ越し、瞳は閉じたままなので、実の表情は窺えない。


 ついで言うと、左の額から頬にかけ、火傷の跡によって口角の動きは鈍く。

 口調によって表面的に表される声音の陽気さは、義足の軋みと同等にキュルキュルと、愉快げに。

 パッと見ではタダの肌色なのに、音は機械的なのがどうにも不思議だが。


「意外と余裕げだし、折角だ。お仕事の話、軽く済ますとしようカ」


「……お願いします」


 赤い果実の断面と、なにやら漢字一字と覚しき象形文字のマーク。

 自身の企業ロゴの入った革ジャンにジーパンと、いかつい姿の若社長。

 奇倚(きい)ナツメは、そんなことを出力した。




 場所は打って変わり、ガーデンタワービル入口付近、裏庭のベンチにて。


「質問から始めよう。イロハちゃん。キミが、怪人を殺す理由はナニかな?」


 ――あ。これ、試されてるヤツだ。

 戦闘帰りの社員達を遠目に眺めながら、時折手を振られたのを振り返しつつ。

 ナツメの第一声に、なんとなくイロハはそう感じ取る。


「殺させないため。間合いに入った自分と、ついでに後に行き合うかも知れなかった誰か」


「エクセレント。即答だったネ――ただ」


「ひとつだけ気を付けて欲しいのが。今後は『ついで』でなく、それこそがメインとなる事だ」


 よって、スカートを弄んでいた貧乏揺すりを止め、そう返答した。

 ――正直、もう血は足りてっけど、お仕事くらいは慣れたものがいいからなぁ。


 という、殺し合いよりも余程に非日常なコトだらけの日々に囲まれた事が、一番の理由だったりするのだが。


「ついでに、もーイッコ。畏能持ちの『なりたち』はなにか、わかる?」


「……わかんない。持ってない人も居るとしか」


「うん、まぁ半分正解――正確にはね。不活性なだけなんだヨ」


 金属製の脚を上に組み、膝を抱いて、足首を宙に回すナツメ。

 ぽぽんと己の頭を叩いて、彼女は続ける。


「畏能を司る脳領域(パーツ)を、必ずヒトは持って産まれる。ソイツが広いか、閉じて縮んでるかだけ。いつその門が開くかは個人差あるケド――共通してるのは」


「発現した畏能の器になるべく生じる身体機能の変革。麻酔無しで決行される、体と脳の大改造だ。相当な激痛を伴ってね」


「……?」


「その手の研究・探求はどこも禁止なんで、あらゆる現場で共通する似非科学、でしかないがネ」


 こくん、と小首が傾く。

 頭上十五センチに綺麗な疑問符が見て取れる反応に「アラ可愛い」と思わず口に出る女社長。

 いや実際、まったく身に覚えがない。周りに畏能持ちがいなかっただけ、尚更に。


「身に覚えないデショ~。キミは畏能発現が五歳の頃だったらしいからネ。脳が若いと、そのへん軽く済むのサ」


「そうなんだ……そりゃよかった」


「ただ。これが大人、特にジジババじゃ話変わるよネ。畏能を持った日から、それに都合のいい形へ無理矢理変えられる体に、理性と自我という免疫が勝ち残り続けなきゃいけないんだから」


「才能や体質といった『素養』不足じゃ即怪人化。よしんば耐えれても制御を(トチ)ればアウト……怪人化の原因は、殆どが発現初日だ。人が突然、畏能持ちになるか怪人化を迫られる日々を送る事になるんだからネ」


「『みざくろ製薬』は既存の人体医療技術からのアプローチで、怪人を人に戻す研究も一時期やってたけど、結果は抑制剤を作れた程度でね。アタシみたいなオバサンもしんどくてネ~これが。もーそのクスリ無しじゃやってらんないのなんの」


 いや。全然おねえさんだと思う。

 これがオバサンじゃ、わたしなんかすぐではないか。それは困る。

 ――うん? そうか。わたしもう、もっと長生きするだけでオバサンにもなれるのか。なんか、そう思うとちょっとフクザツである。


 などと、思考が視線と明後日を向く手前、


「――なにが言いたいかっていうとネ。怪人におそわれるかも知れないヒト以外にも、畏能もちたてのヒトとか、畏能発現の変化によって身体的、或いは精神的障がいを負ったヒトだとか。まだ怪人じゃない、手にした畏能で困るヒトもいるんだよってコト」


「そして、そういうヒト達も助けようよ、ってのも、ウチの仕事にさせていってるの。『みざくろ製薬』との協力でね――畏能保有者・非保有者問わず、怪人や畏能の人的悪用を排除して警護。だけでなく、重度ならば独自保護し、可能であれば一員とする」


「キミを八雲(やっくん)に拾わせたのは、その一貫だよ。ま、上からは取締だけしとけって、基本いい顔されないんだケド。まったく現金だよねェ、彼等」


 首は、正位置にもどった。

 さすがに、ぜんぶ理解したとは言えないが。色々と腑に落ちる。


 畏能を持つ気配――漏出のないヒトもいたことや、製薬会社の膝元にいること。

 それとなにより、ここ最近のやけに親切なサービス精神は、あくまで最初から決まった方針に反っただけだったわけだ。


 やられてみてわかったが。理由不明(タダ)の善意ほど、疑わしく恐ろしいものはない――彼のように、「嫌いだから」だとか言われた方が余程、落ち着ける。


 ――にしたって。買いかぶりすぎてる気もするけれど。


「ああでも。キミが最初に言った、自分が殺されない為ってのは大セーカイ。まだそのままでお願い。畏能に困ったヒトを助ける、仲間を助ける、ってのハ、今は頭の片隅にさえありゃいい」


「……この言い方はイヤだけど。キミには、替えがないから」


 かすかに。閉じた瞼の下、視線が落ちた気がした。

 相変わらず、顔は帰路の社員達を向いている――あぁ。なるほど。


 イロハの、真っ赤な相貌は事態を理解した。

 真っ直ぐ視線は水平のまま、鉄の中で覚えた、慣れ親しんだ肌感覚があった。


 いま聞いた話では、取締、つまり排除だけを行えと『上』は考えでいるとのことだが――正直。

 わたしも、同じ考えをすると思う。


「ねぇ。『だいたい』帰ってくるっての、どのくらい?」


「……。同期は、もう片手で数える程度。それも。アタシの代が、社内最年長だ」


「そっか。よかった、二人も居るなら、前居たとこよりかはひどくない」


「――、流石に、それはボーダー下げすぎに思うケド?」


 ――だって、現実はそうだ。

 これは畏能持ちである前に、傭兵業。畏取本体の死亡率が低いわけがない。

 対怪人の傭兵業であること、ヒトを助けること、その事業は矛盾とまでは言わずとも、危ういバランスで成立したものに違いない。或いは、成立していない。


 どれだけのヒトが、本気でその指針に追従して死ねるのか。

 非戦闘員はわからないが。戦闘員はきっと絵空事を見る前に、その日の過酷な仕事を終えて、しばらく生活に困らなければいいと、それ以上を考える者は少ないように思える。


 なにせ。自分自身がずっと、そうだった。

 余裕というのは、やはり強者側の思考なのだから。


「ま。そういうコトだから。イロハちゃんは、なるべくワタシを泣かせないでよォ?」


「あんた泣かないでしょ。強いもん」


「がっはは、わかっちゃう?」


 強引な切り上げ。深追いはしない。

 余計な詮索をしないコトは、前の職場で覚えた生存戦略だ。

 そうでなくとも。あまりいい話じゃない事くらいは今のイロハでさえわかる。


「――悪くないよ」


「わたしはそのおかげで、ここに居られてる」


「……」


 ただ。背を向け歩き去る彼女に振り返り、それだけは言った。

 言うべきと、なんとなく思った。

 揺れる挙手の甲、義足の足音。

 それを見送って、夕暮れのベンチには白い少女だけが残される。


 そして、もう終わったのに。無意識に先程の、左隣を見る体制に帰結した。


「……」


 ――今の話、むずかしかったものの、戦闘がらみだったので大筋は理解できたと思う。

 ただし。ひとつだけ、まるでわからないコトがあった。

 その不完全燃焼が、イロハを留まらせている。


「泣く、か。まぁ、泣くよな。そういや、そうしたくなるもんだった」


 やめときゃいいのに。この頭は、やっぱり物事をマイナスから、物事の不足から考える。


 きっと。彼女は自分より遙かに、帰らない大人を見たハズだ。

 そのことに対して、まるで見方が違った。

 どう違うかはわからない。たぶん瞼で隠れているせいではなく、わたしの頭が欠けてるせいだろう。


 ――あれが正しい。ただ、漠然とそれだけがわかる。

 だからこそ、自分の欠陥が気になってならない。


「そっか。八雲さん、一番年長さんなんだ……泣けるかなぁ。死んだら」


 ここ最近出会った顔を視野に浮かべ、赤いバッテンをつけ、想起する。


 今、わたしより回復が遅いせいで、病院にいるカフクが何かの手違いを受けたら。

 今朝、うきうき自分を着せ替え人形にしたミノルが仕事から帰らなかったら。

 和泉さんが、どこかで今度は病院行きで済まない怪我を負ってたら。


 ううむ――強いて血が腐るのは勿体ないな、という感想くらいしか出てこない。

 では、前の人達はどうか。

 と思考を巡らせたものの、大半は人のままお別れできた試しはなかったと気づく。


「……、そうだった。終わったんだ」


「……終わっちまったんだよな。あれで」


 ――。

 前の社長は、あれも自分も、さっきの彼女みたいな顔になった覚えがない。

 もう吹っ切れてる。あれは間違えた者だ。間違いなく、あれ以下があるわけがない。

 終わった事だ、それ以上なんてあそこでは求められた試しが――。


「……あれ?」


 ――うん。待てよ。

 そんなコトより、何か重大な事実に気付いた気がして。

 迷わず、肩から首へと太い血管を通した血を頭に昇らせ、命を消費して脳内の顔を並べ直し、頭を盛大に洗い直す。


 左右に男女を仕分けるとき、右にはミノルと社長の二名しかおらず。

 上下に年齢の高低を置くと、病院の診断曰く十五歳の自分の下には死んだ男子が有象無象、ミノルも社長もバリバリに大人で。


 ――うん、ん~、あれ?


「わたし、もしかして、他の女のコと会えたりすんの!?」


 男所帯での十年が起こした弊害。

 新生活に適応しつつあり、多少の余裕を得た思考。

 そのシナプスは繋がり、この発想がこれまで出ない場所だったコトと、今後はそれが望めるのだという二つの結論に理解は至り、思わず体が立ち上がる。


 ――そーじゃん。いねーじゃん女子。同年代のオンナ!


 保護してるっていうなら、わたしみたく他にも居る可能性はゼロではない。

 ゼロじゃないだけかも知れないけど、望みがあるというだけで前より遙かに素晴らしい。


 死んだらどうするかなんて言ってる場合じゃなかった。

 そんなの、ソイツの生きてるウチにどうやっても拝みたい!!


「……ミノルは、今日遅いって言ってたよな。で。わたしは夕飯に時間を使う必要はない」


 加えて。活動時間は確保され。

 ちょうど今、殆どの社員はビルの中に帰り終えたと、すっかり灯りの減った遠くのビルと、行き交う人々の減りから見て取れる――思い出す。彼は、言った。


『もっと望んでいいんだ。挑戦を重ねろ』


「そっかァ。そ~いうコトか、八雲さん……!」


 なんだそれ。サイコーか?


 正直。このあとはまた布団を味わう事しか考えていなかったが。予定変更だ。

 これはそれと同等、否、チャンスが限られている以上それ以上の価値がある。

 関心を向けた事には、満足するまで執着するのが、今のイロハである故に。


 ――かくして、完成性せしは、血眼。

 その、視野に可能性が僅かでも収まったが最後。


「――!」


 ――その身は、睡眠欲求以上の指向性を以て追求した。

 行動は即座。背後から追い縋り、虫めいた急制動で進入した真正面へ。

 対象は、庭木の影に消えかけた誰か。直立したこちらに対し、その頭の高さはほぼ同等。


「え――」


 彼女の、理解は置き去られていた。当然だ。狩られる獲物に行動のための認識など与えない。


 桜色の大きな相貌と、言葉を忘れた小さい唇のコントラスト。頬こけていないのを除いて顔の造りは、少なくとも頭蓋骨は自分と大差が見当たらない――引き当てた。

 故に。逃さず抜いた両手で肋の下を掴んですくいあげ、足の着かない高さへと猫のようにひょいと持ち上げて。


「――あ。あの、えっ?」


 ……。

 …………。


 ………………固まった。

 かちんと、その体制まんまで、呼吸さえ忘れる。

 その足が、自分の体では浮かなかった事実、そして。


 そもそも。両脚は毛布を掛けられ、車椅子に座し、同程度の頭の高さだったのは全長にあらず、座高だった事実に。


「……あんた、歳は」


「えっえ、っと、十五です、けど」


 ………………、はぁぁぁぁぁぁぁ。

 と、すべての熱量を廃棄して、認識も行動も放棄した。


 思い出すのは、ミノルの存在。

 風呂場で洗われ着付けを受け、その最中で目にした、曲線と質量という存在感(スケール)


 その溢れんばかりの健康さに至らずとも、いま眼前にある身体はしっかりと身長があった。

 だって持ち上げた腕は殆ど真上だ。

 途上ながら、物理的に背伸びしても届かないだけの、発育があるのがわかる。


 手は肩からすらりと伸び、少なくない標高を持った峰の上、尾のような髪が川になって流れる。

 ちいさな胸骨から骨盤へと長くゆるやかな重みが、抱えた中身を熱と共に伝える。


 考えは一切、体型(そこ)までで途絶えた。衣服に目はいかなかった。

 ある種、男より女を意識した瞬間だった。今はもう死んだ魚の目だが、かつてない上物に高揚した蛮族の目だったに違いない。


 だが仕方ないのだ。しようがない。

 初日の病院で、体感三年の月日が実は十年で、「実はあなたは十五歳になっています」などと告げられた自分とはあまりにも、かけ離れ過ぎていて。


「……あのぉ。なに、人様勝手にバンザイさせて、その後にガッカリしてやがるのですかぁ???」


 刹那、意識が谷底へ騰落(ばひゅーん)していく感覚。

 眼前。羞恥と怒りでヒステリックに揺れる声。

 周囲。ちょうど夕飯前、くつろぎ始めていた社員達による、見知らぬ少女の謎行為に波及する疑問疑念。


 膝から崩れ落ちたイロハが、それらを知覚するまでの心の機能復旧には、数分程度かかったと残しておく――。

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