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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
1『Everyday+LIFE』
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企業都市国家・みざくろポリス

 何もかも死ななきゃかすり傷、と高をくくった、最底辺のガキを知っている。

 故に人に裏切られずにいた、踏み居られずにいた、新雪に似る生き物。

 ――その、期待を盛大に裏切った、数時間後のこと。




「ねぇ、あれは」


「ビル。高層建築物だ。沢山の階が重なって出来ている」


「じゃ、これは?」


「ビルの反射した日光だ」


「あの真っ黒いヒトは?」


「……。居たかそんなの。何かの影だろうよ」


 張り付いた、青天井の下。

 机の上のコップみたいな、花状の光が並立する街路の上。

 その、なんでもない、都市国家ミザクロの景観の最中。


「……地面に畏能つかうなよ、ちょっと舗装が融けちまう」


「いや。白線とんでるだけだよ」


(……ジャンプっつーか、ワープにしてる風にしか見えねェ)


 その少女だけは、畑違いというべきか。あらゆるカテゴリに交じらず奔放でいた。

 戦闘は無理でも多少は動けるらしい。見た端から触りに行く様は女児そのもの。

 景色を景色と受け入れるのに、実在を確かめる事が必要なのだと見える。


 しかし。よくもこう、何度も飽きずに問うものだ。いちいち喜び勇めるものだ。


 ――一度目を出させるのはそれなりに、年月分の苦労はしたが、今はついていくのに苦労させられる。


 ヘンな話だが。怪人狩りも畏能の戦闘も慣れておいて、それよりもよほど彼は気疲れを負っていた。


「……なにやってんだと思わないのか、か……」


 ビルに反射する自分を見て、彼はつぶやく。

 鏡面は石のようで、辛うじて壁のていを成す凸凹。

 靄ついて映る、包帯ぐるぐる巻きの姿は数度すっころぶ程度にまとわり、自分でも自分とは思えぬ有様で居る。


 今頃皆んな、自分の仕事をしている時間だろうに、今朝からずっとこの調子だ。

 分かり切った事実を、分かり切った形で示す。


 そうすべきだから、そうするまで――だなんて言うなら。

 ――■■■じゃない自分が、こんなんで金をもらっていいものか。


「――ぇ。ねぇ。ねってば」


「……あぁ。わりぃ。どうした」


「……」


 周りを気にしていたら、手元が御留守となっていた。

 あの少女は光の花弁の、葉脈に立って小首をかしげている。

 レントゲンの透き通る骨に似た模様よりも、真っ白な川が背後に流れて見える。

 銀の服の汚れがなければ、姿に実像があるかさえ信じられまい。


 周りからしても、その絵は芸術のそれらしく。道行く人は留まり、結果的に集団になりつつあって、


「……名前。ほんとに呼んじゃだめ?」


「ああ。今はその方が都合がいい」


「今わるかったよ」


「そうでもない。少なくとも、平和にす――」


「あ――っ、八雲先輩!!!」


 ……刹那。ものの見事に、全員の目の色は変わる。


 民衆から一人、飛び出しての乱入。

 彼と同程度、ヒール付きならば並び立つであろう背丈の女の体は、ゴタゴタとした鞘の刀片手のジャケット姿で現れる。

 ちなみに、八雲カフクの身長は、二メートル手前である。


「えーっと……迷子の方です?」


「……。豊山か。そういや、お前サマは今からだったな。うん。ちょうどいい。そいつが例のだ」


「え。でも、畏能……」


「例の、暫くはお前サマの居候になる畏能持ちだ」


「あっはい。え、いやはい」


 第一に、ゴタゴタ感。

 第二に、「あらちっちゃかわいい」と子犬に寄るような外見に寄らぬ少女への接近。


「どうもはじめまして、わたしミノルといいます~よろしくぅ初後輩!」


「イロハ。歳は十五、らしいよ……あと。ちっちゃくないから。ここのがどれもデカいだけ」


「じゅうご!? じゅうごか……まーいっかまたよろしくぅ!!」


「……車いっちまうぞ」


 そして、第三にはいなくなる。

 嵐の様な過ぎ去りぶり……登場から退場まで、待ったなしの女であった。


「「……」」


 かくして残るのは、二人と民衆。

 だがその様は、およそ元通りとは言い難い。

 言い難いが。どちみち本社への帰路。二人は同じ道を通るのみ。


「……イロハ。お前様は今まで、怪人をどう見つけてきた」


「えっと。なんか、ヘンな気配もれてて。大体それで後ろから気付かれる前にズドン、って……でも、今の」


 民衆は足を止めたまま、愛想笑いを浮かべる。

 お花の様に笑って、風もないのに頭を一様に垂れる。

 硝子の上の、人の花畑に礼を返して歩きぬける彼に、少女もつられて真似ながら進んだ。

 さっきより数段項垂れた、背筋以外だが。


「カフクみたいに、同じの漏れてる」


「それが畏能もちの普通なんだ。漏電みたいなもんでな。畏能の漏出ゼロとくれば、そもそも畏能を持たないと思うのが普通だ――お前サマが、特殊なんだよ」


「……ありがと? まぁ。血がどっか漏れたり逆らうんじゃ、死ぬからね」


 歩きぬけて振り向けば、人々は人らしく戻っていた。

 目が合うものは、皆その前に少女の横隣を見ていて、それきり目を背け。

 話し合う者達は堂々と。形成された人の輪の議題はなんなのか。

 とりあえず、入れてはもらえない輪なのは確かである。


「……ねぇ。あれなに?」


「……。いつものことだ」


 それで済まされては、納得しないのが今のイロハだが。

 道に一度視線が戻ればそれきり。人なんぞより見知らぬものに飛びついていった。




 ――二時間後。P.C.2034年9月5日、夕焼けの下。

 硝子越し、文字通りの青天井に包まれた一面の繁栄、『みざくろ製薬』の経済圏の中心地。

 ガーデンタワービル15階、『特別畏能取締局』フロア――その、社長室にて。


「すまねェ。社長(ナツメ)

「こいつバテちまった」


 おぶられて、ぐでーっと足がぶらついた状態のイロハ。

 そして、どうみてもそれより大袈裟に戦闘不能な風体の、淡々と事実を言う涼しげ顔の男。


 その眼前。ニヤついた笑みを浮かべる眼鏡のスカーフェイスは、時季外れの新人社員に向けた出迎え顔のまま、


「……。まじぃ?」

「まじだよ」


 そのまんま、困り顔として固まった。


 ――実はこのあと、当ビル内のグループ加入会社内で、イロハの挨拶行脚が実施されるハズだったのだが。

 かくして大人一同は、色々とハナから子供として配慮不足であった、と反省するオチとなったのである。




 その廊下には、四人の少年少女がいた。

 ――と言いたいところだが。色んな意味で、これを四名と言って良いのか、客観的には疑わしい。


「しろっ目ェあかぁ! お口ちっちゃ! でも歯ァギザってる!!」


「ほっ、ホノちゃん、ホノカちゃん。気に入ったのはわかるんだけど、そのくらいに……あーもうリッくんも、ノラの顔しない!」


「う゛ぅ……ばうっばう!」


 なにせ。そのうち三名は、人の耳に加え、栗色の髪から同色の猫のような三角の耳がふたつ生え、二叉の長い尾を持つ。

 ここでは、『溟亞人(マリグナー)』と呼ばれる者達と。


「腰ほっそくて暖か~、ゆたんぽだァゆたんぽ♪」


「……」


 もう完全、なにをされても、何人に注目されようとなすがままの。

 銀色の薄汚れた合羽姿の、目の色も肌の色も、体型も、どれをとっても辛うじて人には違いない。

 だが少なくとも健全さには程遠い造形の少女。


 それは豆鉄砲を喰らった鳩みたく、赤ん坊のような形相でぼうっとしていて。

 傍目からすれば、抱きつかれたままポッキリいっても不思議でない光景だった。


 彼女自身は無自覚だが――イロハの出で立ちは、その容姿だけでも売り物として成立したことさえあった。


 普通、肉付き皆無の痩せきった造形に売り目などつくハズがないが。

 しかし脚は上半身に反して長く、腰回りは異様に細く。

 そんなシルエットは腿裏まで延びた髪の広がりと着膨れで多少緩和され、そのすべては白一色。

 そしてなにより、敵意や害意以前に感情の薄い大きな赤い硝子玉は、見た目だけを見る分には見当たらず。


 そんな人形めいたモノが、ただ立って歩いたり話したり。

 イロハとしては特別に振る舞わずとも、注目を集中させない方が無理というモノで。


「お嬢さん方。そのくらいにしてあげませんか」


 それ故に。

 廊下に居るだけで、けっこうな社員が半ば渋滞しかけたのを見かねてか。

 場の空気感に甘んじるのをやめた声は、足音を伴って、紅眼の手前にまで歩み出た。


「大丈夫ですか、イロハさん……珍しいですね。こうも疲れてしまっているとは」


「あーっナンパだ、和泉(いずみ)せんせーナンパしてる!」


「ナンパじゃないです。そもそも、初対面ではありませんので」


「はい、ホノちゃん。いーかげん帰る!」


 食い気味の即答。

 その際も低い声の落ち着きと、穏やかな面持ちは崩れない。


 眼鏡に小皺がかった顔に、シャツにチョッキ姿の、しかし確かな筋骨で真っ直ぐに視線を向け、ハキハキと話す男性。

 和泉と呼ばれた彼も、これまた余裕の高身長(のっぽさん)――ひょっとして本当にここは巨人の街なのでは。と、揺すぶられるまでもなく船を漕ぐ頭で思うイロハ。


「イロハさん。今日はどちらから」


「……あっち」


「あっちですか……」


「八雲さんと、ビョーインいこうとして、はぐれて」


「……なるほど。そうして、あの方々にあたってしまったわけですね」


 彼の参入と同時、役割終了とばかりに視線の集中は解けた――どうやら、不思議な光景という以前に心配がられていたらしい。

 おそらく、入ってすぐ会った少女同様。

 イロハは畏能持ちとも、戦闘員とも認識されず、ただ迷子と思われた故だろう。


 そうして、開いた道に、和泉は手を取って歩き出す。


 ――つかれた。いや。ほんとうに、つかれた。

 挑戦すべきと、彼はそう言っていたが。そして今の体力ならと思ったが。

 どうやら体が回復しても、解決しない疲労というのはあるらしい。

 さっきまでなら進んで道を尋ねていただろうが、そんな行動力の残量など既になかった。


 やけに長い道と、バカでかく並列する建物と、多すぎるくらい多い人々の波。

 目に無遠慮に全部とびこんできて、圧してくるような。

 なんつうかこう、やさしくない豪華さが正常の街並と。

 そこから免れたと思った廊下では、あの新人類とのご対面。


 前までなら、どんなこともだいたいは広い心で受け入れてきたが。

 一周回って。いまばかりは、辛うじて見覚えのある病床が、あのベッドが心底から欲しくてならな――。


「――意外ですね。貴女は私より、ずっと動じない子だと思っていました。あの朝の病院での落ち着き様、そうでるものではありません」


「……なんで、ビョーインいたこと知ってるの?」


「私も居ましたので。ちょうど隣の席で、今日のお昼時に退院を。今朝方まで貴女は寝たきりでしたから、覚えていなくて当然です」


 ――。

 否。イロハは、覚えていた。思い出した。


 この人も、非常に微弱だが同じ気配がする。

 畏能の漏出、と八雲が言っていたもの。

 ただまず間違いなく、どう間違ってもイロハは殺せない。


 今朝、膨大な血による情報量の処理に注力した脳は、無論その存在を一度は認識したに違いない。

 そしておそらく。問題外、脅威外と、それきり見ようとさえいなかった相手のひとりだ。


「少し安心しました。貴女は、昔教職をやっていた頃の子供達と、そう変わらなかったようで」


「なんて、せめて強さを伴って、年上ぶれたらよかったのですが」


 けど、実際の所。

 そう上品に苦笑する彼が居なければ、おそらく八雲本人が来るまであのままだった。

 無関心で切り捨てた相手でさえ手抜かり無く、自分にないものを持っている。

 そうなれば、イヤでも気付かされるというものだ。


「……そんなこと、ないよ」


 ――別に、心が広いとかじゃない。

 つくづく、自分は無関心だったのだろう。


 周りがどうなろうと知った事ではなく。

 キャパが大きいわけでもなく、たとえそうであっても底があった。

 今と、この前と。二度も底を突けばいい加減にわかった――たぶん。一人じゃ受け入れていなかっただろうと。


 だって。わたしには、この街は大きすぎた。


 その日を生きるので精一杯だったのに、みんながこれだけのモノを持っているのだと。

 あの子供達さえ、きっと自分より多くのものを、手抜かりなく見て知っているのだと。

 世界は広いのだと、その目は初めて知って――その、ひどすぎる差に一瞬は殺意を抱きかけたし、許しがたいと、何に対してかも分からない不平等を力で訴えようとさえ考えた。


 でも同時に、こうも思ったのだ。

 人と人の暮らしをするならば、ソイツを喰おうとするヤツの席はない。

 否。誰にも作られないのだろうと。


「一人だけ強くても、一人で生き残れても、暮らせないみたいだから」


 このままでは、生きていけない。

 人として、暮らしてはいけない。


 その無力感と危機感を。

 平然と見せつけられた生活風景と、その中に居る自分をどうにか受け入れる。

 そんな一日を経て。小さな少女は漸く、病床へと帰着していった。

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