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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
プロローグ『HUMAN』
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終《人間気取り》

 ――赤と青の照明が交互に、解けた夜闇の覗かせる朝日と外野を彩る。

 乾き切ってヒビ割れた地表。

 起こる靴音はひどく硬質で――それだけに。その素足は全く、痛々しい。


「――――おい。そこのお前サマ」


 屍山血河の上、ぽつりと揺られる白い花。

 棚引いた髪は天蓋のように、手足同様に血腥くも色だけは処女雪のそれで。

 血水泥の中から、顔を出したそこには、朝日が刺す。


 その発見者は、ひどく無感動にソイツを見定めていた。


「人なら答えろ。怪人は、どうした」


「…………この、下だよ」


 ――割れた。というのは、少女の足元に限って、干魃特有の乾燥した土のひび割れではない。

 その、割れた少女の足元は、当落の跡だ。

 そこには、この日まで存在の知られなかった地下建造物だったものが埋まっている。


 積まれた瓦礫の山が、たまたま地表に顔を出せるだけ遠大だった。というだけのものだ。


「死んだから、埋めたの。他の人らもね」


 そして眠るでもなく、俯くでもなく。

 ただその体は、足蹴としたものを、足蹴とした動作のまま行動を終えている。


「人はどうした」


「――わたしは、人以外しか食べてない」


 小さな口の言ったことに、他意はない。恐ろしい程に。

 普通でしょ。そのくらい。

 なんて、心底思っていそうに言い捨てたのを。


「……そぉかよ。サイコなヤツめ」


 なにやら、裏付けがとれてるのか。

 聞くまでもなく知っていたような。


 哀れみもせず。褒めもせず。

 努めて同様に無機質の、もうひとつの声は履き捨てる。

 そして、その主は、靴音を再開させつつ続けた。


「その食い残し全員、非正規市場運営の容疑で逮捕され絶賛吐かされ中だ。正直全滅前提だっただけに奇跡的な検挙率でな――怪人専門なんで、和多志はケーサツに流しただけだがよ」


「……シゴト盗っちゃった?」


「いいや。まだアテは残ってる」


 それは、視界に入るためか、正面に回り、屈み込んで――否。同じ目線になった、長身猫背の男。


「遅ればせながら。私はカフク。ミザクロポリス畏能取締局の、八雲カフクだ――お前様に、殺されるか雇用されるかを、選ばせに来た」


「……人ごろしに、なるの?」


 正直。一般的にはとにかく卯建の上がらぬ、頼りない印象だった。

 しなやかな男性の骨格にシャツと着物、行燈袴を自然に纏う容姿は俗にいう書生服で、更に上にロゴの刻まれたジャケットを羽織る珍妙な姿――向けられる据わった眼の鋭さだけで、無学の身でも生業が預かり知れる。


「させてくれるなってんだ」


 そう。白く垂れた前髪の中、紋様の刻まれた矮躯に上着を被せる男だった。




「――拒否権はない。お上が決定済みな事だ」


 そう始まった彼の話は、一貫して高圧的であり、同時に義務的ながらも寄り添ったものだった。


 労働規約等々を、文字が読めない彼女に噛み砕いてスピーチをするだけでなく、その労働者には不利だったり、有利であるが申請がややこしいものだったりを触り程度でさらう。


 それこそ、子供でもわかるように、なのだが。

 ――それは。今の少女向きではなかった。


「……まさか。(くだん)の怪人狩りが、こうもガキだったとは……」


 勘弁してくれ。と更に背を丸め、男は鋭い嘆息を漏らす。

 その前でも少女――イロハの態度は変わらず、ぼうっと眺めるのみでいた。


 なにせ。気力がない。

 死力を尽くした。

 行動をし尽くした後なのだ。


 最下点からトンで、上がり切って、そこからはもう下がるだけ。

 最大まで強まった筈の聴覚は、説明の全部を聞き流している。


 ――彼が書類を掴まされた一組織の戦闘員でなく、営業員だったら、もっと悪質な条件の内容を呑ませるところだっただろう。それどころか、この説明義務を怠っていたまである。


(……。わたし。さっきまで何が言ってたんだっけ。何を言ってたんだっけ。何か、変なこと言ってたのかもな……恥ずかしいかもな)


 ただ。そのハナから選択を投げた諦観による無抵抗は今回、足を引っ張る事はなかった。

 ここ以上に、最低な所はないでしょ。

 という慢心が、事実なのだ。社会的地位や水準じゃなく、社会自体が別物だ。


 ――都市国家(ポリス)。壁に囲われた企業経済圏。

 それが、中立壁外地帯(ここ)よりも劣る道理はない。とはいえ。


 これだけは、一応聞いておかねばなるまい。


「……ねぇ。そこなら毎日、いいメシと寝床がある?」


 ついて来なきゃ置いてくぞ、とへの字の口で匙を投げ、背を向けて歩き出していた書生服。それが、思わず振り向く。


 少女の硝子玉の瞳は、ほんの少し揺らいだ。

 わたし、なんかヘンなコト言いましたかとばかりに。

 その程度には、男は猫のように眼を丸々とした後、


「――そりゃ、あるだろ。殆ど傭兵業の雇用だぞ。それなしで業務が成り立つか」


「……、よかった。だよね。なきゃ、イヤだよね」


「……。好嫌いの話じゃ――」


 それだけは聞き取った。聞き取れた。

 それで本当に、行動は終わる。


「――っと」


 様子がおかしいとは思っていた。そう見せかける戦法の可能性も視野にあった。

 ので、警戒からの行動、男が受け止めるのは速く。


 死人さながら痩せ細った体は弛緩しきっていながら、片手で持てるんじゃないかと思う程度で。


「……。今日は厄日か何かなのか」


「遂に、大人が嘘を吐いちまった」


 正面。同じジャケット連中の方へ。

 そう、両手に抱えられて、その体は十年生きた場所を後にした。

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