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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
プロローグ『HUMAN』
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急《赤熱鼓動 -ロータス-》

 ――答えを得て、待ち焦がれた痩身は少女の決意に応える。


 鬱屈を(たわ)めた膝に溜め、裸足で路面を蹴り飛ばし跳躍。

 周囲で群生しつつある獣達、物理的にワタを纏って不慣れに四足歩行する『人体山羊』。

 その群体に、小柄なそれは飛び入って、


「――しぃッ!」


 幾つも、血の華を咲かせて駆け回る。


 軽やかな鉄鎖を連れて踊る手足の枷。

 その鉄塊を打ち付け、足元を爆砕させる形ですくい、ぐらりと倒れた質量の横腹を他に蹴り付けて死の黒影を盛大に拒絶。


 蹂躙は辺りを余さず巻き込み、多勢に無勢の殺人未遂現場が一変。塗り替わった惨状に、佇んで。


「……ちゃんと、逃げなよ。喰われたくないなら」


 ささやかに。

 乳白の腿元まで伸びた白髪を揺らして背後、血色一杯の紅眼は被害者を、一瞥した。

 奴隷服の少女、イロハ――その霞みきった眼は、まだソイツが人寄りだと思ったらしい。


 ばきぼきと音を出す両脚が、逆関節になりつつある男の事を。


「も、もどじ、で……も、ど?」


「……」


 その、変革が上へと昇る最中、光を見たように相貌は収束する。

 彼は気付いた。

 少女の足元へ、流れ込んでいく赤黒い奔流と。


「……ぶ――ごぶッ。ふへ、ぇあははハハハハっ!!」


 もう、自分を向いてすらいないほどギラつき切った、血眼に。




 ――ああ、きた。

 その予感で、認識は止まった。


 思考を白んだ、古い血と新しい血の入れ替わり。

 急激な意識と体感覚の先鋭化。体を通る温もりと感触。


 どうやら、それらしい。

 実感はない。

 予兆を体感し、ナニカにぶち当たり、麻痺した脳の考えはそれ以上いかなかった。


 ――なにか。殺した後なのだ。

 となれば、動けるのは今のうちだ。

 動かねば。普段動かずにいる体が固まらないよう動かさねば。

 だって今。こんな熱いのに指先は冷たくて、ぶるりとかじかんでならない。


 そう。いつも通り。いつもどーりに、まずは目の前の相手から――、


「言ってる、前に、テメーが動けってンだ!!」


「ぶ――ッ!」


 ――、あれ。すっげぇな。なんだこれ。

 こんな大袈裟だったか、わたし。


 一蹴りだった。

 それだけで、相手の上半身は消し飛んでいた。

 それも背後に。足蹴にしたのだ。

 泣き別れの下半身は、断面からごっそり中身を頂いた。


 だらしない口元になっている。墨汁めいた廃油が盛大に拭き溢し、胸中の連鎖は、ひどく小刻み。

 赤ちゃん返りじゃあるまいわ。

 普段は、こうはいかないハズなんだけど。


 ――まぁでも、いいか。


「テメーらの『人』は誰かの売り食いモンかよ! テメーら含めて! いーご身分だなぁ、わたしはもっとヒドく終わるんだろ~なァ!?」


 肯定出来る。なんとなく、しかし深く解る――きっと、これがわたしのまんまなんだ。

 バカで鈍くて、血の気に浮かれる気分屋で、殺せば大体なんとかなると本気で思ってる。

 生き残った方が正義だと。

 ――それだけは間違いなく、突き通せる。


 だから駆ける。赤い華が、銀の蛇は追い立てる。

 眩む程に血気立つ紅眼は爛々と。


 腰から下がったバネふたつ。伸びて、曲がって、足元。

 踵で打ち砕いた首元から下を蹴り上げ、至近距離の個体を――向こうの壁まで大理石の路面ですり潰しながら蹴飛ばす形で牽制。

 よって生じる、対応不可能な刹那の中。


 大群の中央から――人の逃げ回れる広大な空間内、縦横無尽に奔る死の射線になって、少女は骸の量産を開始する。


「ひゃは、はははははは! いぁはははははッ!」


 骨が爆ぜ散り、肉を飛沫に変え、鮮血のみ持ち去って狂乱は加速する。

 足を休ませる必要など最早なく、したい放題の遊び場の完成に無邪気な哄笑は響いた。

 既に動きは二次元でなく立体だった。

 瞬時に足は天井をつき、別の壁へ、更に対面する別の壁へと、跳弾する銃弾の如く。


 身に込められた性能を、他者の原量で際限なく絞り出すソレは。

 砲弾が如く射出された、とはいえ人体同士の衝突にも関わらず、一線を画す格差は生態が違うレベルを飛び越えて尚も返り血をかぶって、喝采する。


 ――一見、無秩序だが。これはあくまで『人体山羊』限定だ。他は知らない。

 結局地上を殺し回っているのだから、その中で同胞を増やすべく血眼な彼等から真に生き残りたいなら、白い少女の開いた道を通り逃走する他ない。一切、人間には関わらない。


 社長でも、そうだ。


「――ッ!」


 メス、はい。

 コッペル。はい。


 さっきみたく、体の下から上へ。

 蹴るというより切開。

 対面しておいて、何ら気持ちはわかなかった。

 そいつの、何か訴えるような目ごと頭を笑いながら砕いて、絶命の声を叫びで殺して、その赤色にしか感慨はなかったのだと、そう気付く。


 そういや。いつか、まだ不慣れな頃によくこうやってはしゃいで、初めて血を抜かれたんだっけ。


(――、ごめんね。わたし、アンタにはなンも怒ってなかった。どうせ殺せるから、なんとも思ってこなかった)


 それこそ、心にもない謝罪だ。心ない言葉だ。

 だから口にはしなかった。


 それでいい。元々そうだ、彼等のどうこうには好き嫌いもなければ、恩人でも無ければ、なんの意見も無い――それより。今は、ただ。


「そーだ、こーすりゃアよかッタんだ! あッハハハハハ!!」


 たのしい。

 たまらない。

 楽しすぎる。

 これまでの十何年なんざ話にもならない。今この瞬間には遠く及ばない。


 そう。迷いなき意思と力をもって、明確に生き生きと躍動する。邁進する。より色濃く、確信は深まる。

 これはデッサンだ。アタリをつけ、観察し輪郭を重ねて確信に近づく。

 今ここで、自分が誰より健康で健全で万全で、理想的であると。


「――、!」


 胸が、ばくんと高鳴る。警鐘とは別の予感が脈を打つ。

 もうひとつ。これには目的があった。

 決めてかかったアタリ、設定された予想があった。


 ――『人体山羊』は、端末だ。


 畏能は必ず個人差がある。個人の性質が大きく反映される。

 そして畏能持ちの完全なる暴走体が怪人だ。


 これは各々の暴走、怪人化ではない。単に命じられた部品に過ぎない。

 わたしは、司令塔に想定されていなかった。捕捉されていない故の好き勝手。

 だから、攻め時は必ず来る。

 わたしに対応すべく、呼び声のかかる刹那が――今、きた。


 その『傍受』を、待ちわびたと。


「――はぁッ」


 イロハの畏能が起動する。

 それは、かつて抜き取った血液一人分で、一ヶ月以上、体を延命させてきた血液の最大効率運用。

 その少ない元手を底上げる力が、数十人単位での最大行使され――移動の軌道は、ほぼ直角に駆け抜けた。行動開始から数十秒後の瞬間、速攻で振り返った方へ。結果。

 その跳躍は、移動という順序を飛び越えた。


【……えっ】


 オフェンスを無視し、ディフェンスを蹴り付けての踏破。壁から壁を蹴る亜音速の挙動で躍り出た死角、鎖は鳴る。

 空間の一点。先程まで存在がないとしか見れなかった場所。

 認識されて知り得た敵影へ。


【――なんだ。なぜオマエは、同じにならない】


 己の位置を晒した間抜け面を横目に拝んだ。

 喉と、体は間違いなく大人の男だったのだろう。

 ぽつぽつ、低く鳴く声だ。

 ただ、顔の原型(フェイスライン)は伺い知れない。


 まさしく、生きた畏能か。

 雷にうたれたように全身に赤い脈の模様を浮かべた体の輪郭はまとまりを持たずにいた。


 足が逆関節になろうとしたり、前に戻ろうとしたり、両腕が鎖骨を無くして両脚になりかけたり角や翼が生えたり、眼の構造と視点も目まぐるしく変革し続ける。

 ――その、自分とよく似た同色の相貌に、常に吹き出す液の色に、確信した。


 ヤツの畏能。輪状に展開された、血液の飛沫。その抵抗は、意味を成さない。


【――オマエは、人ではないのか】


 いや、少しの妨害にはなったか。

 ほんの僅かな餌で大きく加速は起こる。ちょっと行きすぎた。

 勢いそのままに長い白髪が靡く。真正面、その時少年のような顔が、大人だった顔があって。


「あー? そもそもアンタが! 逝カれさせたンだろうがぁ!!」


 純朴なそれを、純粋な殺意が蹴り潰した。


 そして、感慨も美学もなく。

 一瞬の美貌も変化も顧みず、屋台骨を踏み抜き、体熱を食らい尽くし、その血塊を貪って。

 肺のはち切れそうな、吐息の後で。


「……あ。ちげぇや。社長(アイツ)のせいなんだった」


 血がないならば、くれないならば、用済みだ。

 そう、容易く破壊の足跡は離れていった。




 ――怪人は本来、話さない。つうか、口が利けたのは初めてだった。

 畏能の手綱を握れず暴走を受け、畏能に人体が懐柔され、それに寄せられるカタチで脳も体も歪められる。

 ただ、ヤツの畏能――血を疑似神経とし、一滴でも混ざれば同一血液となる血液同士をパスとして命令をする。他生物支配能力――その性質から、口を利かすために、最低限の思考領域が確保されていたらしい。


「……これ。最初の感覚だな。血管に、アタマや筋肉に、暴れる蛇を巡らせるみたいな感じ」


 白んだ頭と白髪を揺らし、漲る生気に後押された死に体は動く。

 纏った濃密な屍臭と殺気とは裏腹に、肉片に塗れた両足で歩む総躯は色と形を保っている。

 ただ、処女雪に似た肌の上。

 左肩まわりの、胸や背から左腕、首筋にかけて、雷めいた模様が刻まれていた。


 外骨格ならぬ、皮膚の外に張り着いた『外血管』。あの怪人の身体機能。

 もう二年、血液制御の習熟が甘かったら、たぶん扱えずに死んでいた。

 ヤツの死因は、わたしの前に居たこと。

 そして、わたしの気持ちにカタチを持たせてしまったことだろう。


 なにせ――わたしのは血『で』支配するのでなく、血『を』支配する能力なのだ。


「……、【待て】」


 主人なき今。残る『人体山羊』の命令系統は移行され、機能した。

 ざっと数えて、まだ四十匹はいる。人はもう、見当たらない。

 普段使わない部分の脳を使う感覚に焼かれる――が、どうにも今は、元から焼き付いた様なもので、心地良く感じる。


 ――畏能を得た日から。もしくはその後のどこかで病気でも貰ったか。

 この体はマトモな血の自己生産と、正常な脈運びという本能を忘れた。

 得た畏能に対し、器としての機能を伴っていなかった。

 だから、自力で起こすしかなかった。


 血は外部から供給させ、栄養はより引き出す。

 そして、運動と同じ意識的行動として血を運ぶ。


 筋肉や肌、脳と心臓はより多く巡らせて動かし、寝て起きても絶えることなく、血に意思を通す。

 お陰で七年、文字通り獣として過ごし。

 ここ三年でやっと口が利くだけの頭が用意できた程の重労働だったが。

 ――結果、そうして活かし生かすうちに。


 この体は、ひどく頭との繋がりが強いものになったのだ。


 故に。敵の畏能の看破も、状況の把握も、奴等の血を吸った時点で理解できた。

 故に。常にバイタリティを自己管理し、生存してきた。

 ……にしても。こんなイカせたコトはねぇけど。


「……【もどれ】」


 だから、この十年、なにも考えず、感じてこなかったわけじゃない。

 その数少ない中で強いて色濃いひとつは、やはり血の彩だ。


 頭に血が上る。体が血走る。血が躍る。

 目を焼くような攻撃色、漏れ出た命の所在のサインと実感。

 ある種、この直上的な熱に浮かされて、大概の事は許していたわけだが。


「……うん。それで戻れたら、怪人もいないか――じゃッ、いーよなァ!」


 だから、さぁ――いまこそ食事としよう。この確固たる不満を満たそう。


 体内環境に関わらない外付けの血管が今はある。

 これまで血量自体はわたし一人分に収めねばならず、先程は高速消費で供給に無理矢理間に合わせてきたが、今はこのストック機能がある。持ち越せる。


 わたしはエンジンしか持ち得ない、他生物の血肉の薪は必要だ。

 あの攻撃色は鑑賞物ではない。

 いつだって不足だった。たらふくやろう。

 今は唯、浮かれるまま燃え滾るために。


「はァ……イタダキマス」


 ここ暫く覚えた、気持ちよくなるやり方というのを一通り。

 視野が赤く染まるたび、非常事態を認識し高鳴る早鐘。これを超えんと体との手綱を強める意識。

 つながりはキマって、それ以上が挟まる余地は頭から消え、全能感で満ちる道楽を。

 ――味を占めた少女は、枷の砕けるまで(あそ)んでいた。

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