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『ヒト』それぞれにPSYはある  作者: ガラマサ
プロローグ『HUMAN』
3/39

守→離《フマン/HUMAN》

 ――我こそは、と。そこら中に五月蠅く盛況が響く。

 所狭しと生じた欲求は時間経過を経て、今や残った幾つかのみが成就(じょうじゅ)する目前であった。


 『実験台に使わせて欲しい』と、賢ぶる理屈っぽい老紳士がいた。

 『休憩のいらない踊り子が欲しい』、『壊れないサンドバックが欲しい』といっそ本性丸出しの笑顔で、暴力的な資産を投じる奴がいた。

 『購入に際し、耐久の上限が知りたい。もう一週間その状態を維持させても構わないか』と言った誰かの意見も、彼等のお気に召したのか、未だ交渉の場に残されて。


 インフレに振り下ろされた大多数は見物に回り、囃し立て、見るだけタダと壇上の展示物へ(タカ)るばかり。


 ……その、いずれにも取り合わずに項垂れた少女は。


「おい支配人、目玉商品の展示くらいはよく見せろ!」

「あなた方に見せても収益は見込めないのですが……いえ、そうですね」


 そんな声ひとつ。掴まれた後ろ首が手に引かれ、小さな背を鉄格子に打ち付けて、起こされた上体はぶつけどころの無くなった欲求の眼を一身に集める。

 細く幼い体躯は乳白を纏い、それを庇う様に伸び呆けた白髪の下、大粒の紅眼は燻んでもなお、宝石の様で。


 ――正確には。

 慢性的栄養不調の日常と拷問まがいな五日を今しがた経て、倒した相手の血のみを啜って生きてきた故の、発育途上で……頬に爪を立て(つね)りあげていた手前、擦り減った神経は癒えぬまま。


「皆様方、まだまだ間に合います。商品は盛り沢山、その中でこれだけは、人型でもありますが――後悔の無きよう、お好みの品をお買いになることを心よりお祈り申し上げる次第で御座います」


 再燃が容易く湧き上がり、今一度の叫びは響き渡る。

 抱えた欲望に駆られ、その大きさに数字を与えるべく。平坦な地下会場にて幾つもの円卓を囲んで、ただ増長を育み掲げ合うオークションは――少女の内心など、目もくれずにいた。




 首の支えを離されて、糸の切れた人形の様に矮躯は崩れる。

 両膝をつき、支えもせぬ怠惰な両足の間、尻餅をついて揺すられた白髪の最中。

 ――極まり切った不自由の枷は、頭を万力で締め付ける様だった。


「……やっぱ、痛くない――――夢じゃ、ないんだ。コレ」


 ついに、逃げ切れず、裏返った声音を最後に言葉を失う。

 檻の中の少女――イロハの浅く逸る息は震え、冷や汗で一層汚れた頬を抓る指先までもが、戸惑いから脱せずにいた。


 ……固く冷たい檻でも、横になれば寝られるのに。

 少なくても食えれば生き存えて、生きていれば次も明日もあって、それさえ手中にあればよかったのに。最早、皆無も有り得るときた。


 落胆する己の肩を抱く事も出来ない。

 売られたのは初めてだ。

 想定外だ、想像だにしなかった突拍子のない今現在だ。

 その筈なのに、この結果は否を捉えるには完成しきっていた。


 いつだ。致命的な変化を何時、何故に見逃した。

 あっさり決められたなんて、こんな目に遭って当然の過程くらしを過ごしたと言うのか。


「――はぁ……ッ、くは、ははっ、ハ……っ」


 自然、身が震え、嗤いが漏れ出す――すでに、イロハは寝ず食わずの状態を五日間強制されている身だ。


 栄養を伴った残存血液が、とうに巡り終えた低体温と低酸欠状態。

 思考も呂律もロクに回らぬ頭では、もはや残った支えは心のみで。


 当てつけの様な照明に顔面を照らされ、頭を支えられての百数十時間。

 少女は一度として、意識を閉せなかった。閉さなかった。

 ――それはきっと、唯一の悪足掻きでもあったのだろう。


 熱量が。喉元からせり上がり、歯噛みを続ける頭に募るばかりの灼熱が、焼き焦がす様に散漫な意識を覚醒させ繋げていたのだ。


「――――」


 今の自分が、自分で分からない。

 今更知ってどうするわけでもないのに。


 何を思って自ら進んで黙眠の拒絶をしているのか。

 何に対する格闘に興じているのか。

 知るには鈍すぎたし、知るべき相貌に焼き付くものは色濃すぎた。


 ……困ったなぁ。そう、困ったのだ。

 今まで汚辱を被った事も、疑問もなかった。

 期待のハードルが、誰かを貶して貶され、押し下げるまでもなく下がり切ってたから。

 その、下の下をくぐられた今。


 少女ははじめて、己の惨めさを知覚した。


 貧困な自分を直視した。

 危機感という、ある種抜け落ちていた本能が『大した事ない』としたこれまでを想起させ、今に警鐘を鳴らして、あの日からぐちゃぐちゃな腹と頭を競立て、打開せよと。


 熱を『逃がす』相手と術を求め、少女は血眼だったのだ。

 だからか今。

 ――どうしてか今、視界だけが赤くて、ヘンな影が映り込んで見えていた。


「……あ?」


 ――違和感の発端は、異物感。

 何処かにありえざる奇妙さを覚え、視点を彷徨わせ、苛立ちに勝った困惑と、確信で目を凝らす。


 天井一面の灯りが照らす、広大な地下室に並んだ円卓と座席の最奥。

 端っこで踏ん反り返ってたオッサンが椅子ごと背後へ倒れた。


 それ自体に、妙な事は無い。別に原因がある。


 だが元凶の姿形は、座った体勢のまま引っ繰り返り、両足の裏を見せる影に隠れていた。

 低すぎる檻の中では、爪先立ちも叶わず――確かめられたのは、勘違いではないという程度か。


「――ひっ、ひゃぇぁぁあ!!?」


 と、思いっきり腰を抜かして。

 酒を片手に歩み寄り覗き込んだ紳士服の絶叫は、壇上のイロハに向いていた注目を奪う。

 群衆の密が解け、視界は確保された。


 そこで僅かに圧を脱した弛緩も程なく、イロハは、その場の人々と同じ理解に、そして落ち着きに至る。


「あー? ……あーぁ。すごい、色」


 ――四足の獣が、何かを刷り込む様に舌で真っ赤な男の顔を舐め回しているのが見えた。


 『ワタ』以外、体毛は刈り取られた様に見当たらない。

 その桜色を柔く纏う胴から、小麦色の肌に骨白い蹄の四本足で人の倍ある体躯を支え、足蹴とした男を盛大に食い荒らす。


 視野を覆う紅いレイヤー越しでも分かる。

 骨白色と血色の身体だ。

 顎鬚と螺旋状の角を備えた、草食獣と覚しき頭部の覗かせた舌は鑢の様にギザ付き、既に目玉と筋肉色素に血を混ぜ込んだ桃色をしている。


「――あ、あれはッ、噂の山羊怪人か!?」


 それが、山羊ヤギのシルエットだけを真似、四足歩行を強要された人体の姿だと理解して。


「何故この地下に、どこに買われたのだ!」

「KENDNを呼べ!」


 などと、後退り狼狽えつつも叫ばれた呼び声に、山羊の背後から一斉に凶器を持った者達が怒号を伴って攻めかかる。


 ――イロハが十年属した下請民間防衛企業、KENDNは恵まれない環境と安賃金の割に、『怪人』討伐件数だけは比較的多いのが評判だ。


 実質傭兵稼業なのに武器はおろか用意される食事から環境がマトモではなく、今でさえ未成年の二番隊は素手で殴りに行く奴だっている。

 大人の一番隊でさえ凶器に違いないとは言え、刺身包丁を手に切り掛かる面々がチラホラな程度。

 だが、怪人とは言え元人間の身体。ならば数さえ揃えばと。


 確かな実績を積み上げて来た『安かろう悪かろう戦略』に則り、六人がかりで貧相な男が化物をリンチしにかかり――。


「やっ……、やったか! やったのか!?」


 逆を言うと。数的有利が覆れば何ひとつ勝るものはなく。

 そもそも討伐件数の大半が今、檻に繋がれたまま忌憚なく、そう溢す少女単独によるモンで。


「……無理だよ。門守ってたのに、攻め入られてる時点で」


 ……厳しく閉じられていた筈の違法オークション会場に、夥しく流れ込む獣は殺戮を持ち込んだ。


「ぎいぃぁああああああ」

「やめろ、やめっ、舐めんな! 舐めてんじゃねぇ!」

「助けろっ、助けてくれイロハ!」

「あ――ぁあああァァああ――――ッ!」


 およそ、両手両足の指では数え切れない影に呑まれた最終防衛ライン上。犯される彼等の断末魔と行進の足音と、粗雑に舐め擦られる血肉の大合唱は凄絶に響き渡る。


 むせ返る様な獣臭と敵意が濃密に鼻腔を差され、文字通りに場の空気は一変を見た。

 顔面の諸々を剥ぎ削ぐ歓迎に神経を嬲られる彼等は、押さえつけられた足元で暫くもがき、やがてぐったりと動かなくなって。


「――ぁぁぁ」


 死んでもいないのに、動かずに居た傍観者達にも、人体山羊の眼が向いた。


「うあぁああああァァああああ――!!!!」


 気圧され、蹴飛ばされた様にステージ外、座席の客達は四散して逃げ出す。

 分散して己が生存確率を上げる咄嗟の行動を取るも、だが追い縋る側、『鬼』の頭数が逃走者よりも多い時点で『鬼ごっこ』は一方的でしかなかった。


 広大かつ堅牢な地下空間に障害物はなく、見晴らし抜群。

 多分扉はある。あるのだが、『鬼』は座席直近の扉から雪崩れ込んでいる。

 よって迫られたのは、ずっと座っていて、距離もロクに開いてない上で、よーいどんの純粋なる走力勝負――尚更、結末の想像は容易な事で、


「――金は幾らでもある、あの怪物どもを殺せ! 君ならば難しくないのだろう!」


 だからか。再び響き出す断末魔に背を向け、ステージ上に残された者達が詰め寄って唾を吐き、寄り縋った中心地。

 そこで、怒った兎の地団駄みたく踵を繰り返し鳴らすイロハの、血走った眼は悉くを鬱陶しげに無視を決め込む。


 ……どうでもいい。イロハにとって現状の全てが、最早心底どうでも良かった。

 山羊なんぞ殴った所で、この場が解決しても自分の解決にはならない。


 殺される元戦友は最もどうでも良い。残念だが実力的に妥当の末路だ。

 それ以上でも以下でもない。ついさっき哀れっぽい死に様を見たが、毛程の共感もなかった。


 ではその他の客が死滅して、場が荒らされたら、解決か。断じて否だ。

 自分以外全員が惨たらしく死んでスッキリする程度の十年なら多分、こんな気分になんてなっていない。確かに、そうなれば晴れて自分は自由の身ではあるが、それでも。


「……わたしが誰か死ぬとか、喜べるワケないのに」


 そう、本音を溢そうもんなら「ならば」と詰め掛けられるであろう現状で。

 何をしようがしまいが、面白くない。

 そんな結論に、ただ無意味に大人しく苛立つだけのイロハは、ふと気付く。


 ……自分を売った元飼い主が、何やら酒瓶片手で闊歩しているらしい事に。


「――お前らァ、今日は無礼講だぁ! 祝杯はたらふくあんぞぉ、オイ! お前らどこいって――」


 否、闊歩していた。

 千鳥足で、過去形である。

 盛大に山羊達の歓迎を受けた音で言葉は途切れ、その真意を問い質す前に、再会は永遠に断たれた。


 ――あっけにとられていたのは、イロハだけではなかった。

 仮にもこの場を任された、KENDNの最高責任者が最前線出向いての瞬殺だ。

 今度こそ対抗戦力が失われた事実に目を奪われ、目を疑って。

 そして、群がる彼等は、耳までも疑う事になる。


「――――」


 ……何か、煮えたつ様な。

 くつくつ、といった擬音の似合う笑いが、誰かの喉から鳴っていた。


 無理もない。

 そんな言外の共感があった。

 背後、目を背け続けた生き地獄を直視したのだ――人の死を象った陰は色濃く、我等があるべき人体であるとばかりに、押し寄せていて。


「何だよ、そりゃ。冗談酷すぎだろ、それが最後とかさぁ! ……でも、そっかぁ。そーだったなぁ!」


 濃密な死臭が絶望を連れ、大気に流れ込んで、充満を始める。

 鎮まり返り、隣り合った者達は目を見合い、迫る極限状態に強張った面々を前に、


「みーんないっつも! メシ足りねぇだの腹減っただのロクに寝れねーだのそればっかり!」


 満場一致だ。

 彼等は鉄格子を握って正面、空きっ腹を抱えて喉を鳴らす少女に食ってかかる。

 余裕などない。

 それが互いに分かりあっていても、狂笑をあげる小さな身体ひとつに憂慮などなかった。


 自分本位の言葉を叩き付け、全方位から鼓膜を殴りにかけ、全てを棚に上げた救援は脅迫を帯び、


「――早くなんとかしろ、ブッ殺すぞ!」


 故に誰も――イロハから、笑みが抜け落ちた事さえ気付けない。


「あぁ。コイツは確かに――不満足だ」


 そう、吐いたが最後。

 罵声を伴って伸びた拳の手首に、小さな掌が、深く爪を突き立てる形で掴んで応える。

 想像だにしていない行動、故に不意打ちし放題の間隙が発生した。

 よって今度はイロハから、空いた片手で手頃な手も掴んで引き入れ、そして。


 心臓へ、赤く熱い生気までもが流れ込む。


「――いただきます」


 青白い指先で生じた出血を皮切りに、赤みを失い出す片腕。

 途端に慌てる男二人は暴れ出し、引き抜こうとするも、その手は断じて逃さずに食い付いて生に縋る。


 ……ほとんど忘れた父親は、こんな事を言っていた。

 生きていれば、次が。次があれば明日がある。

 それ以上をもう、ただ死にたくないだけの獣頭では、思い出せないでいたけれど。


「……うん。もう、大丈夫」


 唐突に手放し、食い捨てた。

 乾いた全身へ供給が流れ、視野がすぅっと広がっていく。


 いつもの怪人相手なら全部啜り取るが、重大なショックや脈破裂等々を起こさない程度で打ち止めだ。それでも、明日の存命には事足りる。


 ――明日があればまだ、何かが出来る。

 当然に用意される明日で何をするか。


 そうだった、人間様はそうやって生きるのだ。

 今からでも、それを望んだって良いのなら。


「あとは好きにしなよ。わたしも、そうする事にした」


 触れた血を肌で吸収し、栄養素を人体以上に引き出し、その量に比例して身体能力と生命力を増幅させる畏能――そんな事情など知る由もなく慄いた彼等の手前、身軽げに立ち上がって準備運動をしつつ、イロハも地獄の様を見据える。


「な、何だッ、何をしやがった!?」


 ……自然、血の権能を得た理由、大量出血で死に頻した幼い日を重ねて思った。


「あーは、なりたくないな……」


 不満を抱き、だが反抗はせず、それを反抗しない相手にばっかぶつける奴が居た。

 死を目前に、抗えず、ただ何故と嘆くしか出来ない者が居た。

 これらは両方、これまでの自分でもあって――それでも、と。


「何をしやがったと聞いて――」


 鉄格子が強引に引き歪む壮絶な金切り音、伴って鎖と言葉は途上で砕け散る。そして訪れる、静謐(せいひつ)の最中。

 纏う埃を散らし、項垂(うなだ)れた白髪は揺れ、佇む細身は尚も錆汚れたまま――。


「別に? ただ私は、言ってみたくなっただけだよ」

「――生きたい、って」


 最後にぼそりと、小さく音を吐く。


 それが、未熟者の初めて得た確固たる燻り。

 それは、はじめて答えを、ヒトのカタチを得て。

 ――(ただ)、紅く尖れ切った眼光のみが、その目醒めを証明していた。

うおおおお人生初いいね!

人生初イイネ頂き誠にありがとうございます!!

よかった…ワイの作品は誰かにとって悪くはなかったんや…( ;∀;)


ところで、申し訳御座いません。

平日に限り、私が丁度投稿するのが難しい都合から、

次回から『12時投稿』でなく、『17時投稿』とさせて頂きたく存じます。

作者都合で申し訳ございませんが、ご理解のほど、何卒よろしくお願いしますm(_ _)m


これから本作は、もっともっと面白くなって参ります!

面白いと思って頂ければ、是非お気軽に高評価、ご感想くださいませ!!

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