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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

“守り刀”とキーホルダー

作者: 砂糖ふたつ

なろう初投稿です。色々至らない点もあると思いますが、暖かい目で見て頂けると幸いです。

 自動ドアをくぐって出た先は形容しがたい寒さだった。日夏(ひなつ)刀李(とうり)は思わず「寒っ」と呟き、コートの襟を立てた。先程までコンビニの暖房で暖まっていた体が急速に冷えていくのを感じる。既に日が落ちて暗くなった路地を進み、彼は急いで家路についた。

 遅めの夕食をとってテレビをかけると、都市伝説を特集したバラエティ番組が表示された。特段興味があるわけではなく、しばらく惰性で見ていたが、仕事疲れかそのまま眠りに落ちていった。かけられたままのテレビが、部屋を白く照らしていた。

「――ところがなんとこの『口裂け女』、近年目撃情報が再び増加しているようなんです。つい先日保護された重体の女性は、口裂け女に刺されたと証言しており…」

 

 

 刀李は大学の授業をこなして、夜のコンビニバイトのシフトに顔を出した。揃いのユニフォームに着替えてレジに立つと、隣では既に先輩バイトの葉奈(はな)が接客を始めていた。人がいなくなって手持ち無沙汰になったところで、「お疲れ様です」と声を掛けた。

「日夏くんも、お疲れ様。なんかいつもシフト被ってるよね」

「ええ、そうですね。確かに、いつも隣にいる気がします」

「ははは、いつも隣にいる気がするって、私背後霊かよ!別に君の背後霊だったら構わないけどね」

 そう言って葉奈は闊達に笑った。霊から最も遠い人物だな、と刀李は思う。

「冗談やめてくださいよ。葉奈さん彼氏いるでしょう」

「ええ?そういう感じに見える?実は私彼氏募集中なんだよね」

 葉奈は刀李を見据えてにっと微笑んだ。

「君は早く成人したまえ。そうしたら考えてあげないことも…あっいらっしゃいませー」

 客が入店した途端、彼女は営業スマイル全開で挨拶をした。刀李もそれに倣って挨拶の声を出す。客は怒った形相で刀李に詰め寄ると、他の系列店で買った品の味について難癖をつけ始めた。勿論、一介のバイトにそんな話をしたことで何かが変わるわけでもない。男はただ怒りの矛先を向ける相手を探しているようだった。

「大体近頃の若者はやる気が全く感じられない。お前もそうだ!挨拶は大声で、お辞儀は百八十度…」

「お客様」

 客の剣幕にたじろぐたじろぐ刀李と客の間に、葉奈は割って入った。

「大変的確なアドバイスをありがとうございます。このことは必ず上の者へお伝えしますので、今日のところはお引取り頂けると幸いです」

 男はまだなにか言いたそうだったが、葉奈の丁寧な対応に毒気を抜かれたのか、怒りを収めて帰っていった。突然のピンチを救ってもらい、刀李は「ありがとうございました。なんとお礼すれば…」と謝意を伝えた。

「いいのいいの、これは先輩である私の義務だからね。でも、対価として君の秘密を一つ教えて貰おうかな」

 葉奈は真剣な顔を作ってみせた。

「秘密、ですか」

「うん。君がいつも肌見放さず持っているその刀の柄について気になってるんだよね」

「ああ、これですか」

 刀李はポケットから重そうな刀の柄を取り出した。刃は無論ついていないが、品の良い拵えから名品であることが見て取れる。

「厨二病的なやつではないですよ」

「てっきりそういうものだと…」

「怒りますよ」

 葉奈は手刀を切って、話の続きを促した。

「祖父がくれた守り刀なんですよ」

「守り刀?」

「ええ。俺が子供の時に…」


 掛け軸の掛けられた床の間に、祖父と孫は向かい合って座っていた。祖父はいつになく神妙な顔をして、傍に置かれた箱に手を置いている。孫も事態を飲み込めていないが、厳粛な雰囲気だけは感じ取っていた。

「刀李。この守り刀をお前に渡す」

 祖父はそう言って黒塗りの箱を開いた。箱の中には、刃のない刀――柄のみの刀が眠っていた。祖父はそれを取り出すと、孫の前にそっと置いた。

「なんで刃がないの?」

「この守り刀は特別でな…。心の底から、本気で守りたいと思ったときだけ、この刀の刃は応えてくれる」

 言葉の意味を噛み締めている刀李に、祖父は続けた。

「いいか刀李。これは己の〝守り〟の為の刀ではない。誰かを〝守る〟為の刀なんだ」


「君の祖父格好いいね」

「まあ。でも、ファンタジーの読みすぎですよ」

「そうだね…。でも」

 葉奈は刀李の方へ向き直った。アーモンド型のパッチリとした目が少し上目遣いに刀李を捉える。刀李は思わずたじろいだ。

「私がピンチのときは、君に守ってもらおうかな」

「刀は出ないし、俺はそんな立派な人間じゃないですよ」

 高校の享楽に溺れた日々や、大学受験に失敗して行きたくもない大学に行っている今の自分、一ヶ月も経たずにバイトを辞めたときの店長の失望した顔が脳裏に走る。

「俺は逃げてばかりの人生ですから」

 刀李は古びた刀の柄に視線を落とした。

「そうかなあ…私にはそうは見えないけど。それにここのバイトは長く続いているじゃないか。それは君が逃げてばかりじゃない証拠だよ?」

 刀李は「それは先…」と言いかけて、照れくさくなってやめた。代わりに、「それもそうですね」と首肯する。その後は、特にトラブルが起こることはなくシフトの時間は過ぎていった。

 

「じゃあ、また」

 葉奈は刀李に軽く手を振ると、駅の方へ歩いていった。刀李は逆方向に歩き、寒さを凌ごうとポケットに手を入れたときにあることに気づいた。

「あ…先輩のストラップ入ってる」

 なぜ入ったのか訝ったが、今なら駅にはついていないかもしれないので、直接返しに行くことにした。金属製のストラップを胸ポケットに入れ、速歩きで駅に向かう。ところどころ切れた街頭が刀李の心を落ち着かなくさせた。刀李の胸騒ぎは、よく当たる。

 コンビニを過ぎたところで、耳をつんざくような悲鳴が街にこだました。いつもバイトのときに聞く、間違えようのない声。

「…先輩!」

 先程の声が聞こえてきた方角を頼りに、刀李はがむしゃらに走った。既に日の落ちた街は人通りもなく、ポツポツと電灯が辺りを照らす路地を行く。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 息遣いも荒く、葉奈の姿を認めた刀李は、怯える彼女の視線の先にあるものを見て絶句した。

 黒い髪は腰の辺りにかかる程に長く、トレンチコートを着たその身体はモデルかと見紛う程の体型だった。だらしなく垂れた左手には白いマスクが握られており、右手には血のベットリとついた園芸用の鋏を握っていた。そして最も異質だったのは…頬までバッサリと裂けた異常な口だった。都市伝説の〝口裂け女〟という単語が刀李の頭に想起された。

 恐怖に足が竦んでへたり込む葉奈に、女はゆっくりと鋏を振り下ろした。その切っ先が彼女に届く寸前で、刀李は女にタックルをしてよろけさせた。その隙に刀李は葉奈を抱えて距離を取った。

「…君は…」

「いいです。喋らないでください」

 素人目に見ても葉奈の出血は酷い。歩道の脇に彼女を下ろすと、刀李は件の女の方へ向き直った。全身に震えが走り、立っていられない程だ。逃げたい。今すぐ逃げてしまいたい。そんな欲望が頭に浮かぶ。足が思わず後方へ一歩動いたとき、ポケットの中の刀の重さを感じた。

「…じいちゃんのくれた守り刀…」

 刀李は藁にも縋る思いでそれを取り出し、両手で構えた。手に汗が滲み、思わず取り落としそうになる。既のところで掴み、駄目元で刀に念じた。

(俺は…先輩を…守りたい……!もしこれが〝守る〟刀なら…俺に力を貸してくれ………‼)

 始まりは、刀の柄からだった。ところどころ錆びていた拵えが、徐々に明るい輝きを取り戻していった。次に刀の柄から鋭利な刃が少しずつ生み出されていき、守り刀と言うには大きすぎる、フルサイズの日本刀が完成した。

「――冗談でしょ」

 薄く鋭い鋼製の刃は三日月を反射し、ギラギラと圧を放っている。向かい合う女もそれを警戒して近づいてこないようだった。刀李は刀を恐る恐る、真っ直ぐ構えた。不思議と体の震えは収まっていた。

(この刀は俺の気持ちに応えてくれた…後は俺が腹を括るだけ…!)

 思えば逃げ続けてきた人生だった。勉強、受験、仕事…。そんな自分を、先輩は初めて認めてくれた。その先輩を裏切るくらいであれば――。

「――死んでも、守ります」

 刀李は刀を強く握った。

 鋏を持った女も、相手が対した使い手ではないことを見抜いたようだ。鋏を片手に、自分の顔を指さした。

「ワタ…ワタシ…キキ…キ…キレ゛イ?コココ…コレデモォ゛ォォオオ?」

「そのセリフ、マスク先に取ってから言っても怖くないですよ」

 刀李の挑発に怪物は乗った。一瞬の間に距離を詰め、鋏を突き出す。間一髪刀でそれを受け止めると、力を振り絞って刀を持ち上げ、袈裟斬りに斬りかかった。女は俊敏な動きで避けると、間合いを取った。素早く体勢を立て直し、突っ込んでくる。幾度となく繰り返されるその速度を生かした単純な攻撃に、少しずつ刀李の身体は切り裂かれていった。しかし、彼は倒れず、葉奈を庇うように立って攻撃をいなし続けた。一度。二度。三度。何度攻撃しても彼は立ち上がってきた。

「キキキキキキ…レレレレレ…」

 しびれを切らした女の瞳がせわしなく動き回り、その残酷な目は弱った獲物を捉えた。高速で彼女に迫り、鋏を突き刺そうとした。肉を刃物がえぐる嫌な音がし、血飛沫が壁と道路を紅く染めた。

「…、残念でしたね…。俺は…先輩を死んでも守るって…決めたんです」

 女の鋏は、背後の葉奈を庇った刀李の左胸を貫いていた。出血部からはどくどくと鮮血が流れ出ている。――が、それは彼だけではなかった。

 唯一の得物を手放した女の首に、白く光る刀が突き刺さっていた。女は何が起きたのか分からず戸惑っていた。何かを言おうとした口からは、血の溢れるごぼごぼという音しか出ない。ようやく、女は自分が狩られる側に刺されたということに気がついたようだ。

「……相打ちなら…上等でしょ…」

 刀李は自分の短い生涯を振り返った。逃げの選択肢を取り続けてきた人生で、初めて逃げなかった深夜のコンビニバイト。出会った先輩は後輩思いで、逃げ続けてきた自分を認めてくれた。最期は謎の怪物から先輩を守って死ぬ…失敗ばかりの人生にしては、悪くないフィナーレだと思う――

「――しかも最期は美人の先輩に看取られて…」

「人の走馬灯に入ってこないでください」

「いやー、どうも君が今にも死ぬ顔をしていたからさ。この通り私は死んでいないし、君も死ぬような怪我は負っていないよ」

「どうして…分かるんですか」

「これでも医学を志した者だからね。医者になれば、家族に楽をさせてあげられるだろう?」

 葉奈は言葉を切って月を見上げた。

「しかし、まさか学費の為に始めた深夜バイトで君みたいな人に出会えるとは思っていなかったけどね」

 月の光に淡く照らし出された彼女の顔は、どうしようもない程綺麗だった。好きです。その言葉が口をついて出そうになったが、その言葉を彼は飲み込んだ。たった今彼女の命を救ったばかりだ。仮にこの場で告白しても、おそらく彼女に断る選択肢はない。もしそれを彼女が望んでいたとしても…刀李はそれを口に出す気はなかった。これほどボロボロになって、間一髪で怪物を倒した。今の自分に、全ての脅威から彼女を守れる程の強さはない。

「――光栄です。俺は――」

 刀李は中空で、拳を月を掴むように強く握りしめた。

「強くなります。人を守れるように」

「そうか。私と同じだ。同じ高収入でも、弁護士ではなく医者を目指しているのも、人を守りたいからさ」

 救急車のサイレンの音がが近づいてきた。そういえば忘れていたな、と刀李はキーホルダーを取り出した。鋭利な刃物で抉られたような跡があり、付着した血は既に乾き始めていた。

「これ…なんか俺のポケットに入ってました。心臓貫通しなかったのはこれを胸ポケットに入れてたからかもです」

「そ、そんなハリウッド映画みたいな事が実際に起こるとは…」

「同感です。なんで入ってたんですかね?」

「ああ、私が入れたんだ」

 刀李は当惑した。そんな彼を横目に、葉奈は続けた。

「君が、自分の刀は人を守る刀だと言っていたからね。それなら、君を守るのは誰なんだろうと思ってさ」

 葉奈は、刀李に微笑んだ。

「せめて私だけでも、君を守りたいと思ったんだ」

「……!」

「まさか本当に役に立つとは思わなかったけどね」

 葉奈はそう言ってまた笑った。つられて、刀李も笑みが溢れる。

「おっ、初めて君が笑ったところを見た気がするよ」

「俺だって笑いますよ」

 それから二人してしばらく笑い合った。〝守り刀〟の刃はもうなくなっていて、刀の柄だけが残されていた。寄り添うように並べられた守り刀とキーホルダーは、優しく月に照らされていた。

                                               〈了〉

 

お読み頂きありがとうございました。ブックマーク・評価等して頂けると励みになります。これからも投稿を続けていく予定ですので、宜しくお願いします。

(短編の続きを投稿するか新連載を投稿するかまだ決めていませんが( ̄▽ ̄;))

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