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異説西遊記  作者: 圓堂
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第九話



  「待ちやがれこの野郎!!」 

 木々の枝を飛びつたい悟空は無口な悟空を追ってゆく。と、無口な悟空が振り返りざまに何かを投げて寄こした。それをつかんだ悟空の手が震える。

 それは、赤く、良く熟れた、形の良い桃だった。

「許さねえからなこんなもんで…絶対」

 ぶつぶつ言いながらも悟空は桃を懐にしまう。顔を上げると、相手の姿は消えていた。

「くっそおっ桃は囮か」

 悟空は下に降りると茂みのなかをかき分けてゆく。すると茂みの向こうにいた人物が振り返った。

「坊さん…何やってんだ?方向音痴のくせに一人でうろちょろして」

 呆れる悟空に玄奘法師はにこりと微笑み、その頭に棒を棒を振り下ろした。悟空の頭のなかでブチリと音がした。

「こっの…ニコちゃん坊主!!いい機会だここで消してやる!!」

 笑いながら逃げてゆく法師を悟空は鬼の形相で追う。


「ん?」

 法師は物音に振り向く。茂みが激しく揺れた次の瞬間、凶悪そのものの悟空が飛び出した。

「往生しやがれええっ!!」

 突き立てられた爪を法師はすんでの所でかわし、顔から地面に落ちた悟空はそのまま数メートル進んで止まった。小鈴がため息をつき

「あんたまだ諦めてなかったの」

「ぢがっ…あいづがっ」 悟空は埋まった顔を必死に引っ張り出そうとする。

「何だか大変そうじゃのうお坊さま」

 驚きと恐怖で腰を抜かしている玄奘法師に秦老人が同情顔で言った。


「人に化ける物の怪?」

「そうじゃ」秦老人が頷く。

「その物の怪は人とそっくりな姿で現れて、相手が驚いたり気絶した隙に銭を奪っていくんじゃ」

「せっこい手使う奴だなあ」悟空が鼻で笑う。

「ある意味見事に引っかかってたわよあんた」

「けど」法師が神妙な顔で

「たとえ大したお金じゃなくとも…このまま続けば大勢の人が困りますね」

 悟空がケッと吐き捨てる。

「偉そうに他人の心配できる立場かよ。そもそもあんた本物の坊さんか?じつはその物の怪が化けてんじゃねえのか?」

「自分で確かめてみたら?」

 悟空が法師に向かい「自虐加害坊主」と言った。

「あんた学習能力低すぎ」

 頭を抱えのたうち回る悟空に小鈴が呆れる。その向こうで膝を抱え「すみません…生きててすみません…」と呟いている玄奘法師を見比べ、つくづく変な人たちと関わってしまったと秦老人は思った。

「けどまあ…これでだいたい見当がついた」

 悟空が立ち上がり、森に向かった怒鳴った。

「おいコラ物の怪!聞こえてんだろ!金が欲しいんなら素直に出て来やがれ!」

 それからちょっと声を潜めて

「素直に出た来たらこの坊さんとじいさんが有り金ぜんぶやるってよー」

「ちょっと待ていっ」秦老人が顔色を変える。そのとき脇の茂みががさりと揺れ、やせた中年の男が現れた。悟空がニヤリとする。

「へえ、それが本当の姿か」

「こっ江清さん!」秦老人が狼狽える。

「ご存知の方なんですか?」

「知ってるも何もありゃ…亡くなった苑孝の親父さんだ」

 法師が男を凝視する。

「じゃあ…あの人は…」

「分からんが間違いない!」

 悟空は耳に指を突っ込みながら

「どこの年取った狐か知らねえが」

 右手を一振りすると如意棒が現れた。

「悪いな。欲しけりゃ力尽くだ」

 江清が打ち込んできた棒を悟空が受け止め、それを返しざまに悟空が入れた突きを江清が身を引いてかわす。二人は息もつかずに激しく棒を繰り出してゆく。

 小鈴が不安げに

「玄奘さま…あの人は物の怪なんですか?」

 やはり不安げに二人の闘いを見ていた法師は、意を決したように老人に言った。

「ご老人、苑孝の所に案内してください」

 足元に打ちこまれた棒を悟空が飛び跳ねてかわす。

「へへっまだまだだなおっさん」

「悟空!」玄奘法師が呼んだ。

「その人を傷つけるんじゃないぞ!」

「は?」

「小鈴は悟空を見張っていてください」

「承知!」

「ちょっちょっと待て!」

 秦老人を後ろに乗せ、白竜の手綱を握った法師が一目散に山を下ってゆく。

「傷つけるなって…どうすんだよ」


「お坊さま、一体どうするおつもりじゃ」

 その背にしがみつきながら秦老人が訊ねる。一心に白竜を走らす法師は前を見据えたまま言った。

「あの人が物の怪なのかそれとも本物の江清さんなのか…見極められるのは苑孝しかいないと思います。それにどちらにしろ、人を脅かすことをやめさせなければ…」


 家の前で座り込み、うなだれていた苑孝は誰かに呼ばれ顔を上げた。

「秦じいさん…それにさっきの坊さん…」

 奇妙な二人連れにとまどう苑孝に秦老人が急き込んで言った。

「驚くんじゃないぞ苑孝!お前の親父さんが…」


「うおっ」江清の突きを危うくかわし悟空は後ろに飛び退って間合いをあける。

(技はねえが相当棒の扱いに慣れてんな)

 相手から目をそらさずに如意棒を握り直す。

(いいかげんここいらで止めを…)

「傷つけんじゃないわよ」

 背後で小鈴が言った。

「…何でだよ」

「玄奘さまの命令でしょ」

「知るかよんなもん!」

「あんた弟子でしょ絶対服従よ!」

 江清がまた足元を狙って鋭い突きを入れてくる。それをよけつつ悟空は

「このままじゃ俺が傷つくだろ!」

「それなら別にいいんじゃない?」

 もはや闘いそっちのけで二人が激しく言い争っているところへ、白竜の背から苑孝が飛び降りた。苑孝は息を切らしながらそこにいる江清を見つめる。

「父さん…どうして…」

 江清がすっと身構える。次の瞬間高く伸び上がったかと思うと苑孝に向かって横ざまに棒を振り下ろした。苑孝に棒が触れる間際、茂みから飛び出した小さな塊が二人の間に割り込んだ。

「キキイイッ!!」

 と鋭い声が森に響き渡る。歯をむき出しにして必死に怒っている肖員を、江清と苑孝は信じられない面持ちで眺めた。

 やがて、カランと江清が棒を落とした。次には来ていた服も脱ぎ捨て、その場にいた全員が目をむく。

「た…太員!?」

 そこに現れたのは、年取った大猿だった。



「年取った動物は妖力を持つようになる」

 悟空が言う。

 初めのうちは言葉を話したり二本足で歩いたりと行動が人に近くなる。更に年を取ると様々な妖術を操るようになり、妖怪となる。

 なかでも天化した妖怪というのは強力な妖力を持つうえ、その姿は人と変わらないという。

「つまり、この太員がそうだって言うの?」

「違うな」目の前の太員を眺め悟空は言下に否定した。

「天化ってのは満月の光を一万八百回浴びて、さらにその夜露を一万八百回飲まなきゃならねえんだ。それでやっと人の姿を手に入れられる」

「一万八百回って…」

「約九百年かかるってことですか!?」

 話の荒唐無稽さに玄奘法師は気が遠くなった。

「こいつは言葉もしゃべれねえみたいだし、たまたま人に化ける妖術を身につけただけだろ」

「人の真似をする芸をしてたから?」

「かもな。何にせよその妖術を使って人から小銭をまきあげるなんてセコいことしてたってわけだ」

 肖員を膝に抱えた苑孝がうつむく。

「あの、そのことなんですが…」玄奘法師がおずおずと口をはさんだ。

「ひょっとしたら、太員は芸を見せていたんじゃないでしょうか」

「そっか」小鈴がポンと手を叩く。

「だからお金を二十文しか取らなかったんだ」

「にしたって何で金をとらなきゃなんねえんだ?」

「きっと、長い間人間に飼われていたので普通の野生の生活ができなかったんですよ」

「何だそりゃ情けねえ」

「このっ大馬鹿野郎!!」

 突然苑孝が叫んだ。

「そんなにやせちまって…」

 苑孝がうつむいたまま肩を震わす。

「いくら俺のことが気に入らなくても…飯ぐらい食いに帰ってくればいいだろ!!」

 涙が膝の肖員の上に落ち、肖員が不思議そうに見上げる。そっと苑孝に毛むくじゃらの手が近づき、太員がその首に抱きついた。苑孝が涙にぬれた目を見開く。

「一人で頑張ろうとすることはないんじゃないですか」

 玄奘法師が微笑みながら言った。

「あなたは一人じゃない」

 太員の背中に肖員がしがみつき、ニッと歯を見せる。苑孝は泣き笑いして二匹を一緒に抱きしめた。



 チントンチントンと太鼓の音が響く。

「違うだろ肖員!」

 棒を持ってひょこひょこ歩く肖員に苑孝が怒鳴る。

「ちゃんとや…でっ」

 苑孝の頭を背後から江清が棒で叩いた。

「良かったのう苑孝、親父さんが戻ってきて」

 傍らで眺める秦老人がしみじみと言う。

「ちっちが…でっ」

 また棒が落ちる。頭をなでながら顔をしかめる苑孝に、江清と肖員はニッと歯を見せあう。

「ほっほ、いやあ良かった良かった」

 秦老人は笑いながら空を見上げた。

「それにしても…変な人たちだったのお」



「…何か、ずいぶんと機嫌が悪いみたいですね」

 再び旅路を進む一行のなかにあって、悟空は全身から怒気を発していた。

「きっと一瞬でも太員に隙をつかれたのを根に持ってるんですよ」

 悟空がピクリと反応して

「そもそも傷つける何だのと脇でごちゃごちゃぬかすからあんな」

「あーハイハイ」小鈴は耳を塞いで頷く。

「でも…人と動物はあんなにも分かり合えるものなんですね」

 苑孝たちの姿を思い、玄奘法師が呟いた。

「『だからきっと人と妖怪も分かり合える♡』なんて言ったらぶん殴るぞ」

「まだ何も言ってないでしょ」

 凶悪な顔でにらむ悟空に小鈴がため息をつく。

(でも…)苦笑しながら法師は空を見上げる。

(いつか…きっと…)



 青青はいつものようにいつもの場所で店を出していた。しかし、今日はいつもと違って一人じゃなかった。

「安いヨー」

 その何から何までまん丸な小男は頼みもしないのに隣で呼び込みをしている。

「毎度ー」

 煙草をふかしながら青青は胸の内で叫ぶ。

(一体どこの誰なんだ!?)




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