第六話
村人たちは昼間だというのに、松明を手にしている。
「やっぱり…わしら騙されてたんか」
男の一人が責めるような目で言った。
「どおもおかしいと思ってたんだあ…金運が良くなりてえってお祈りしたら逆立ちして村中歩けって言うし…」
「おらなんか嫁こが欲しいってお願いしたら女装して村中踊れって…」
「やっちゃったの!?信じてやっちゃったのそれ!?」
「有り難い仏様だと思ってあんなに…あんなに頑張ってお供えしてきたのに!」
奥から笑い声が響いてきた。
「ほんっとマヌケな連中だよな!ま、お陰でこっちは食う物に困らないで助かったけどな」
「あの馬鹿…火に油を注ぐことを」
小鈴と法師は顔を見合わせた。村人たちはもう一言も言わず、目にだけ静かな怒りを湛えている。
壺を持った男が一歩前へ出た。玄奘法師が恐る恐る訊ねる。
「皆さん…まさかここを…」
「どこのどなたか知らねえが…坊さま、一緒に焼き殺されたくなけりゃさっさとどけ」
「ちょちょっと待ってくださいっ確かに皆さんを騙していたことは…」
「よそ者は引っ込んでろ!わしらはじいさんのひいじいさんのそのまたひいひいじいさんんの頃から騙され続けてきたんだ!」
「だから気づきなさいよ」
「いまこそ騙され続けてきた恨みを晴らすだ」
男たちが松明を掲げた。小鈴は法師の袖をつかみ
「玄奘さま危険です!早く逃げましょう!」
「でででもっ」
「あの馬鹿と一緒に焼き殺されちゃいますよ!あのおじさんもとっくに逃げてるし…逃げてください玄奘さま!」
「玄奘…?」
新たな声に二人ははっとし、村人たちは一斉に振り返った。
そこにはお供らしい三人の青年を従えた髭の男が立っている。男は村人たちをかきわけ穴の入り口に立った。
「ひょっとして…洪福寺の玄奘法師ですかな?」
「は、はい」
答えかけた法師の口を小鈴が塞いだが遅かった。髭の男は深くため息をつき、法師を見据え名乗った。
「まだこんな所にいらっしゃったんですね…。私は長安から参りました、追捕使の劉伯欽と申します」
玄奘法師が息をのむ。
「違います違います!」小鈴が慌てて訂正する。
「この人は玄奘なんかじゃありません!玄奘なだけに幻聴!なんちゃって…」
「バカかお前」奥から悟空が言った。
「うるさい!あんたは黙ってろ!」
「何だあ、坊さんもお尋ね者かあ」
「だったらほれ、さっさとお縄を頂戴しろ。邪魔だそこ」
村人たちに言われ「は、はい」と素直に従いかけた法師の頭巾を小鈴が今度は逆に引っ張った。
「だめですよ玄奘さま!いま出たら捕まっちゃいます!長安に連れ戻されちゃいます!」
「く、くるじい小鈴…」
「いいじゃねえかとっとと帰れば。そんなやさ坊主に旅なんかできねえよ」
「あんたは黙ってなさいってば!玄奘さまはこんな所で旅を止めるわけにはいかないのよ!」
「そのとおり!」髭の伯欽が大声で言った。
「ここで法師の旅が終わる…それは即ち法師を追ってきた私たちの旅も終わってしまうということだ。敦煌の莫高窟…鳴沙山に月牙泉にキジル千仏洞…あなたを追うついでにいろいろ観て周る私の計画は全てパアだ!どうしてくれるんですか!」
伯欽に指さされ法師は思わず「すみません」と謝った。
「ちょっとあんたあ」 村人の一人が伯欽を覗き込みながら
「仕事のついでに観光って、そりゃ公私混同だべ」
他の村人も「んだんだ」と頷く。
「違います」と伯欽は胸を張り
「公私混同ではありません。役得です!」
「ふざけんなこのおっ!」
村人たちから猛烈な非難が上がった。
「何が役得だこの恥知らずがあ!」
「あんたら中央の役人が無駄遣いするせいで、わしら地方のもんにシワ寄せがくるんだこの税金泥棒!」
「ちょ、皆さん落ち着いて!やだなあ冗談に決まってるじゃないですか、ねえ伯欽さま」
「お土産はホータンの玉にしよって決めてたのに…」
「やっぱり観光だべこのお」
村人たちが追捕使隊ににじり寄る。
「ああもう何とかしてくださいよ伯欽さま!」
「恩享、恪洵、恭大、逃げるぞ!」
「まて税金泥棒!」
逃げ出した追捕吏隊を村人が追う。そのとき、壺を抱えていた男が手を滑らせた。
割れた壺から流れ出た油に松明の火の粉が落ち、炎が瞬く間に燃え上がった。
「ひいいっわし知らねえっ」
村人たちはあっという間に逃げ去り、洞穴には法師たちだけが残された。火はじわじわと穴の奥に進んでくる。
「玄奘さま逃げましょう!」
袖をつかむ小鈴の手をそっとはずし玄奘法師は微笑んだ。
「小鈴は先に出て白竜と待っていてください」
「そんな…玄奘さま!」
玄奘法師は観音像の背後に回り、壁の穴に言った。
「悟空、手を出しなさい」
「…何?」
「力いっぱい引っ張ればこの穴からお前を出せるかもしれない」
「玄奘さま!無理ですよ!」
炎はそこまで迫り、熱気で息苦しくなる。
「悟空!手を出すんだ!」
穴に腕を伸ばし法師が叫ぶ。
「お前だって本当はこんな場所から出たいはずだ!」
差し出した手はむなしく空を切る。汗がとめどなく首をつたい、煙に喉がひりつく。
「玄奘さま…」
肩で小鈴が苦しげに咳込んだ。
「手を…」歯を食いしばり法師は喉も裂けんばかりに怒鳴った。
「手を出せ悟空ー!!」
首筋に火が触れたのと指先に何かが触れたのが同時だった。
次の瞬間白い閃光に弾き飛ばされ、玄奘法師は地面に激しく体を打ち付けた。