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異説西遊記  作者: 圓堂
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第五話

挿絵(By みてみん)

  ここから出たくない…出たくない…。

 ふと扉が開き、光が射した。光のなかに、その人は立っていた。



「へええっ小鈴さんは天竺のお生まれなんですかあ」

 玄奘法師は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げた。

 法師一行は黄河づたいに西へと進んでゆく。

「ええ、ですから道案内もかねてお供を仰せつかってるんです」

 法師の傍らにふよふよと浮かんでいる小鈴が明るい声で答えた。

 道の右手には六盤山、左には秦領の険しい山々が青空をはさむようにして伸びている。

 一行を包む雰囲気がこれまでより幾分華やかなのは、玄奘法師の恩師である法明老師の形見の鈴、その鈴の精だという小鈴という可愛らしい仲間が加わったためだけではない。これまで長安からの追手を警戒して夜の間だけ歩みを進めてきた法師が、ここ天水に来てようやく昼間も堂々と街道をゆく決心をしたためだ。

(ここまで来れば追手を心配する必要もないだろう…)

 それがいささか楽観的すぎたと後になって悟るのだが、ともかく法師は久し振りに穏やかな気持ちで

明るい日差しを浴びていた。

「導いてくれる方がいるというのは、とても心強いものですね」

「はいっ」

 小鈴は大きく頷き

「法明さまも玄奘さまのひどい方向オンチを何よりも心配していらっしゃいました」

 小鈴の全く悪気のない言葉に法師は白竜の背で深くうなだれた。

「そうですか…私は老師さまにそこまで心労をおかけして…。ひょっとして、老師さまがご病気になってしまったのは私のせいでは!?」

「ええっ!?そんな玄奘さま、考えすぎですよ!そりゃあいつも老師さまは玄奘さまの行く末ばかり心配してらっしゃいましたけど、そのせいでご病気になられたわけじゃ…」

「ああでもそのせいじゃないとも言い切れませんよね…」

みるみる落ち込む法師を小鈴が必死になだめる。そんな二人には無関心に白竜だけがポクポクと道を進んでゆく。方向オンチなだけでなく、気弱で落ち込みやすいのも玄奘法師の欠点であった。

 そうこうしているまに一行は平地にぽつんと立つ、小高い山の麓までやって来た。そこにぽっかりと開いた洞穴から村人がしきりに出たり入ったりしている。

「あの…このなかに何かあるんでしょうか」

 洞穴から出てきた農夫をつかまえ玄奘法師が訊ねた。農夫はにこにこと法師に手を合わせ

「このなかにはそれは有り難い生き仏様がおわしますんですよ」

 


 玄奘一行から遅れること数里、同じ道を馬に乗った四人の男が進んでいた。

「あのもし」

 先頭をゆく髭の男が、道の傍らを子供を連れて歩く婦人に声をかけた。

「この辺りに名所旧跡のような所はございませんか」

「ああ、それなら」婦人は道の向こうに見える小高い山を指さし

「あの山の洞穴にしゃべる仏様っていう珍しい仏像がありますよ」

「ほう」

 髭の男は指し示されたほうを振り仰ぎ

「それは珍しい」



 暗く、肌寒い穴のなかで玄奘法師は息をついた。

目の前には岩壁を削って作られたらしい観音像が静かに佇んでいる。

「なんて…清らかなお姿でしょうか」

 そういう法師の声は涙で上ずっている。玄奘法師は仏像を見ると無条件で感動できる特技を持っていた。その隣にふよふよ浮かぶ小鈴が

「ほんとにしゃべるんでしょうか」

 二人は耳を澄ました。と、何かぶつぶつと話す声が聞こえる。

「あ!聞こえますよ小鈴」

 感激して法師はさらに像に近寄った。

「おい黄金…最近食い物のお供えが少ないんじゃねえか」

 少年らしい声が言った。

「何言ってるヨ!現ナマのほうが何倍もいいに決まってるヨ!欲しいものがあれば私が買ってきてやるヨ!」

 中年らしい声が聞こえた。

「あー桃食いてえ…桃持ってこさせろよ」

「時期を考えるといいヨ。でも観音様のお言葉なら村の連中何とかするかも知れないヨ」

 法師は熱心に手を合わせ

「すみません小鈴…いまのどの辺が有り難いお言葉だったんでしょうか」

「…仏様の言葉というより熟年詐欺夫婦の会話みたいでしたね」

「誰ヨ!そこにいるのは!」

 ぬっと観音像の背後から小太りの小男が現れた。

「困るヨかってに入ってきたら」

「す、すみません」

「ちゃんと入場料と拝観料払ってヨ。あとお供え物はあるかヨ」

「ちょっとおじさん」小鈴が男に近寄る。

「何だヨ小娘」

「おじさん、お金の精でしょ」

 小男はそっぽを向いた。

「お金の精…?」

「私たちは物に秘められた精気が人の強い思いによって形を得た存在なんです。だからこのおじさんはさしずめ…」

 小鈴は観音像の裏に回り込み「見てください玄奘さま」と玄奘法師を呼んだ。法師も覗き込むと、ちょうど像の背中に向かい合った岩壁に小さな穴が開いている。

「この穴から適当なこと言って拝みに来た人からお金を巻き上げていたんですよ。つまりこのおじさんはこの穴の主が生んだ欲望の塊です」

「違うヨ」

 小男がふよふよと二人に近寄ってきた。

「孫悟空が金に執着してれば私ももっと上手く商売できたヨ。私はこの穴に拝みに来る人間たちの金持ちになりたい、幸せになりたいって欲望から生まれたのヨ」

「あの…孫悟空とは…」おずおずと訊ねる法師に小男は顎をしゃくり

「この穴に…いえ、この山に閉じ込められている妖怪ヨ。もう何百年にもなるよ」

「閉じ込められてんじゃねえ!」

 観音像が怒鳴った。

「俺は好きでここにいるんだ!マヌケな人間たちのお陰で食う物には困らねえしな。その像造ったのだってどっかのマヌケな仏師だよ。岩から声がするなんて有り難がりやがって。ほんと人間なんざマヌケばっかだぜ」

 じっと像を見ていた玄奘法師が黄金に訊いた。

「何とか…ここから出してやる方法はないんですか」

「無理ヨ。この山全体が特殊な岩で出来ていて妖力を全部吸い取っちゃうのヨ。だから孫悟空も出たくても出られないのヨ」

「おい黄金!余計なことベラベラしゃべってんじゃねえぞ!」

「つまり…妖怪じゃなければいいんですね」

 そう言うと法師は洞穴の入り口へと向かい始めた。

「玄奘さま」小鈴が慌ててその後を追う。

「どうするんですか玄奘さま」

「あの妖怪をあそこから出すために村人に力を貸してもらうんです」

「えっあいつを出してやるんですか!?むちゃくちゃ性格悪そうですよ!?」

「あのままではこの先もずっと村人を騙し続けることになります。それに…」

 法師は光の射すほうをほうを見つめ

「あれも本心はここから出たがっていると思うんです」

 と、入り口に数人の村人が現れた。

「ああ、ちょうどよかった」

 喜びかけた法師の足が止まった。


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