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異説西遊記  作者: 圓堂
43/52

第四十二話



  「ああ…悟空」

 心配そうに外の様子を窺う玄奘法師に、暢翬がコウを消しながら

「あちらに気を取られている余裕はありませんよ」

「それとも」と自分も一瞬外を見やり

「弟子のために投了しますか」

 きっと玄奘法師は向き直り

「いえ…私は弟子たちを信じています」

 左辺に打たれた黒石を暢翬は眺めつつ

(ずいぶん足が早くなったが…手抜きが気になる)

 一見眼づくりのようにも見えるが、悉くこちらに潰されている。

(ただの凝り形か…コウ含みか)

 残っている左右を見渡し、中央の大石を見据える。と、法師が右辺のコウを取ってきた。

「…今頃本領発揮とは残念です」

 暢翬は隠した口元で笑い

「そろそろヨセといきましょう」

 玄奘法師は黙って石をつないでゆく。

(そうだ…あのときは雪が降っていて…)

 法明老師との勝負で諦めかけ、泣きべそをかいていたら、庭にいる法順が空を見上げながら妙なことを言った。

『珍しいな。雪が逆さに降っている』



「何となく作ったっておいしいものはできないよ!」

「それはそうかもしれないけど…」

 八戒がすさまじい速さで玖棘棍を回転させ打ち込んでくるのを、馴翔も大斧を回転させながら打ち返す。

「調理器具と食材に関する知識と技術もないのに料理をしようなんて百年早いよ!」

「ええっちょっとハードル高過ぎるんだけど!だいたいっ」

 馴翔が後ろ手に大斧を持ち替え不意を突く。

「お腹に入っちゃえばみんな一緒だと思うんだけど!」

 ピキリと八戒のこめかみが鳴る。

「そんなっ」大斧を思いきり打ち返し

「ことっ」続けてその柄を打ち馴翔の手から叩き落とし

「言ってるからおいしいものが作れないんだよ!!」

 玖棘棍の無数の棘がついた錘の部分で大斧の刃を叩き割った。

「あと」八戒が呆然としている馴翔をきっと見据え 

「料理には腕力も必要だよ」

 粉々になった大斧を前に馴翔は膝をつき

「でも…俺…おいしく作れないんだけど…」

 うつむく相手に八戒は表情を緩め

「おいら…皆にも言ってないことがあるよ」

 馴翔が問いたげに八戒を見る。八戒はその顔に力強く頷いた。

「胃袋さえつかめば、大抵の人は言うことを聞いてくれるよ」

 眠たげな順翔の目が初めて大きく見開かれた。

「ほんと…?俺、全然知らなかったんだけど」


「ゴキブリみたいにちょこまかしないでよね!」

 湾刀のように鋭く切りつけてくる翠波の眉尖刀に、月牙鎩で防戦一方の悟浄は

「大刀をそれだけ軽々と扱えんだから洗濯ぐらいしろよ!」

 隙を突いて水の刃を飛ばす。

「何で僕が家事をしなきゃなんないのさ!」

 悉く眉尖刀に叩き潰される。

「何だこれ…新婚夫婦か同棲カップルの痴話喧嘩みたいじゃん」

 息を切らし悟浄がげんなりする。

(間合いの広い者同士戦ってもひたすら消耗戦だぜ)

「お前たちは我が頌家で一生下働きする運命なんだよ!」

「うおっ」切っ先をかわした悟浄が足をもつれさせ壁際に追い込まれる。すかさず顔の真横に眉尖刀が突き刺さった。

「どこを斬れば大人しく働いてくれるかな」

 妖婉な顔で翠波が訊ねる。がらん、と月牙鎩を床に落とし、悟浄が両手を挙げる。

「やっぱり脚かな?」

 引き抜こうとした眉尖刀の柄がつかまれる。それを振り払おうとした翠波の体がぐるりと回転して床に叩きつけられた。

「貴様…!」

 起き上がろうとした翠波の胸を悟浄が片膝で押さえ込む。その手には先に翠波が投げた帯衣鏢が握られている。

「一つ忠告していいか」

 鏢を翠波の喉元に突き付けながら悟浄が言った。

「家事を軽く見る男は女の子にモテないぜ」

 動きを封じられ、悔しげに悟浄を睨み上げていた翠波はやがてふっと笑い

「いやモテるから」

「モテません!」

「顔さえよければモテるから」

「モーテーませーん!俺が認めません!」

「そもそも貴様がそんなことを言って説得力があると思っているのか?」

「よおしいい度胸だいまから八戒に頼んで油淋鶏にしてやるから覚悟しろよこの鳥野郎!」


(…ほぼ白地だよな)

 空中で五階の碁盤の様子を眺め翺は確信する。空は既に茜色に染まってきている。

「おい」

 鉤棒の鉤にぶら下げられたままの悟空が言った。

「お前…勝負の様子が見えてんだろ。どうなってんだ」

 左肩に鉤棒を担いだ翺は羽ばたきながら

「もうほとんど勝負はついてるけどよ。兄貴のことだから日暮れギリギリまで遊ぶ気じゃねえか」

「…そうか」

 悟空がくるりと体を回転させ鉤棒の柄の上に立った。

「おっ前!」

 顔面を狙ってきた蹴りをかろうじてかわした翺が体勢を整えると、呼び寄せた觔斗雲に乗った悟空が如意棒を向け

「つまりこれ以上待ってやることもねえってわけだ」

「へえ」翺が鉤棒を構え

「勝負が着くまで待ってたってことかよってうわっ」

 足元を伸びた如意棒がなぎ払う。

「案外義理堅いんだな」

 続けて腹を狙ってきた突きをかわし

「もう諦めたのかと思ってたぜ!」

 鉤棒を構えた先で悟空が

「とりあえず待ってやんねえと信じてることにならねえらしいからな」

「そりゃ」翺がつい、と浮き上がり

「麗しい師弟愛だな!」

 上空から矢の雨のように鉤棒を突き下ろしてきた。

「お前らの兄弟愛ほどじゃねえよ」

 かわして翺の背後をとろうとした悟空はすぐさまとらえられ左肩を鉤に裂かれる。間合いを取ろうと離れたところをまた鉤棒に貫かれる。

「くそっ」

 かろうじて避けたつもりでも刃についた鉤にひっかかり傷を負う。

(目がいいうえに速さもある…面倒くせえな)

「今更そう気張ることもねえだろ」

 翺が空中を自由自在に羽ばたきながら

「どうせもう決着がつくんだからよ。そしたら俺が」

 また上空へ飛び上がり

「掃除の基本を教えてやるよ!」

 目にも止まらぬ速さで突き下ろされる鉤棒を今度は如意棒で払いながら、悟空は足を踏みしめる。

(觔斗雲の上じゃいまいち打撃に力が入らねえ)

「まず最初は上から始めるんだよ!」

 正面に来るなり胴への狙いに変わる翺の突きをかわしながらも、悟空の負う切り傷が増えてゆく。

(上…?)


 盤上では中央の競り合いが行われていた。

(もう勝負はついているが…最後まで打たせてやろう)

 黒石を追いつつ羽扇越しに相手を窺い、暢翬は思った。その表情から察するに、玄奘法師のほうはまだ諦めていないようだ。

「容易に勝負を投げ出さない姿勢は褒めてさしあげますよ」

(眼形を厚くしようとしているようだが…これ以上悪あがきに付き合うこともないか)

「そろそろここで」

 暢翬が白石をつかむ。

「終局といきましょう」

 中央に最後の一手を打とうとしたとき、その手が止まった。


(陽が沈んだら目が利かなくなる)

 東の空はもう藍色に沈んでいる。翺は觔斗雲で前を行く悟空を見据える。

「そろそろ逃げ回るのは終いにしろよ」

「ああ!?」

 急停止して悟空が振り返る。

「これで」真上で翺が言う。

「とどめだ!」

 錐揉みしながら無数に突き出されたなかの一撃が、悟空を觔斗雲ごと貫いた。

「何っ…」手応えの無さに鉤棒を引いた翺の目の前に一本の毛が漂う。はっと上空を見上げると、分身と入れ替わるのと同時に跳躍していた悟空が如意棒を振りかぶり

「たしかに仕留めるなら上からだよな!」

 衝撃とともに如意棒が背中にめり込み、ぐらりと傾いた翺の体はそのまま地上へと落ちていった。


(これは…)

 碁盤の中央にできた黒石の形に暢翬は目を見張る。黒の固まり取り囲む白石を、更に取り囲む黒石の輪。

(これは…花六)

 黒石の固まりを仕留めようとした白石を持ったまま手を止めた暢翬を、玄奘法師はじっと見つめている。

(逃げると見せかけ、ずっと中手を狙っていたのか)

 この白一子を打てば中央の黒石は取れるが、次の相手の一手で周囲の白石は全滅することになる。

 暢翬は唇を噛み、しばらく打ちあぐねていたが、やがて黒石を取るために白石を打った。黒石が無くなり空いた空間に玄奘法師が一子を置く。


 はっと翺は目を覚ます。見ると自分は襟首をつかまれ悟空に觔斗雲で運ばれていた。

「…何やってんだよ」

 陽はもう山脈の向こうに沈み、西の空にわずかな明るさだけが残っている。

 悟空はちらりとぶら下げている翺を見やり

「お前、暗いと目が利かねえんだろ」

「…妙な情けかけてんじゃねえよ」

「お前の戦い方真似て勝ったようなもんだしな」 

 けっと翺が吐き捨てる。

「あんな奇術にひっかからなきゃ上を取られるなんてことなかったんだよ」

 觔斗雲はふよふよと薄暮の空を進んでゆく。

「なあ、一つ訊いていいか」

「…何だよ」

「碁って何だ」


 玄奘法師は唇を噛む。

 中手で大量の白石を殺せたとはいえ、結局は石と地を合わせ二十目以上の差がついている。

 陽が落ち、暗くなった部屋で法師は首を垂れ苦しげに呟く。

「…負けま…」

「いえ」

「え」と玄奘法師が顔を上げると暢翬が羽扇をなびかせ暗かった部屋に明かりが灯る。暢翬はため息をつき

「私の負けです」

「で…でも」

 今度は卓上で眠っている小鈴をあおぎながら「分かりませんか」と暢翬が言った。

「あなたのような手筋もろくに知らないような素人に、花六を取られておいて勝ったなんてとても恥ずかしくて言えませんよ」

「すすすみません!」

 恐縮する玄奘法師の側で小鈴がはっと目を覚ます。

「玄奘さま…大丈夫ですか!?何かされませんでしたか!?おのれ変質者許すまじ!」

「しゃ…小鈴!大丈夫です!もう終わりました!」

「…でもまあ」

 繰り出される小鈴の蹴りや頭突きを暢翬は羽扇で防ぎながら

「暇潰しくらいにはなりましたか」

 玄奘法師と法師に捕まえられた小鈴が暢翬を見る。つまらなそうにそっぽを向き暢翬が言った。

「あなたに碁を教えた人は…優れた方だったみたいですね」

 思わず小鈴と顔を見合わせた法師は、微笑みながら頷いた。

「はい…ありがとうございます」



「だーかーらー!そこは打てねえんだよ何回言わせんだよ馬鹿猿!」

「うるせえな馬鹿鳥!囲めばいいんじゃねえのかよ面倒くせえな!」

 部屋の隅で翺と悟空が碁盤を挟み言い合っている。それには構わず卓についた暢翬が羽扇であおぎながら

「鳥目と言っても全く見えなくなるわけではありません。こうして明かりが灯っていれば問題なく見えます。恐らく、鷲だった頃の名残でしょう」

 隣の席に座る玄奘法師は「ほう」と相槌を打つ。

「この」と暢翬が羽扇で上を示し

「塔の頂に承露盤が備えてあり、そこにたまった露を飲むことで我が頌家は人の姿を得てきたのです」

「そうだったんですか」

「いてっお師匠さまもうちょっと優しく!集中して集中ー」

「す、すみません」

 玄奘法師の隣で体の傷に塗り薬を塗ってもらっている悟浄に向かって小鈴が

「我がまま言ってんじゃないわよ!ちょっとあんたも動くんじゃないっ」

 同じく傷に薬を塗ってやっている悟空の頭をはたいた。向かいの翺の背中に包帯を巻いてやっている翠波も

「兄さん動かないで…て普通動けないと思うんだけどこの怪我で」

「うるせえよ!こんなもん飯食って寝りゃ治るんだよ!」

「飯といえば」

 悟空と翺が一緒に振り返る。

「飯まだか八戒!」

「珍しくうまそうな匂いしてるな馴翔!」

「うわ…この二人相当似た者同士だわ」

 小鈴が顔をしかめる。部屋の竈の前で並んで料理をしている八戒と馴翔に、暢翬が訝しげに目を細め

「どうしたんだ馴翔。急に料理に熱心になったりして」

 お玉を手馴翔が振り返る。

「俺、決めたんだけど!がっちりつかんでみせるんだけど!」

「…何をだ」

「安心して」箸を手に八戒が振り返る。

「味の奴隷にしてみせるから」

「奴隷!?虜通り越して奴隷なの八戒!?」

「悟浄、動かないでください」

「それはそうと」暢翬が玄奘法師を見据え

「先の勝負、一応は法師どのの勝ちということですから、何か一つ望みを言っていただかなければ」

「えっそんな…」

「決まりですから」

 言いながらも暢翬は『ふざけた願い事をするな』と無言の圧をかけてくる。一方の馴翔を除く弟たちは沈鬱な表情になった。

「また洗濯係…」

「また掃除係かよ」

「いいじゃねえか。お前掃除に向いてるよ」

「うるせえよ!お前に分かったようなこと言われたくねえよ!」

 しばし考え込んでいた玄奘法師は、おずおずと暢翬に言った。

「では…どうか弟さんたちにもっと優しくしてあげてください」

「は?」

 暢翬が顔をしかめ法師はびくりと体を竦める。

「充分優しくしていますが?私が弟たちを虐めているとでも?」

「い、いえその」

「玄奘法師…マジ神かよ。俺も弟子にしてもらおうかな」

「そうなのよ玄奘さまは神なのよ」

「お師匠さま、天然たらしの垂れ流しは程々にしてくださいよ」

「僕も感動したけど兄さん、それじゃあこの猿やあのタレ目と兄弟弟子になっちゃうんだよ」

「ああ!?」

「俺、師匠は八戒だけって決めてるんだけど」また馴翔が振り返る。

「え、おいら弟子はとらない主義なんだけど。皆、晩ご飯だよ」八戒も振り向く。

 苛立たしげに羽扇をあおいでいた暢翬はやがてため息をつき

「分かりました…決まりは決まりですから。今後、考慮することにしましょう」

「よっし」と翺と翠波が密かにガッツポーズをする。


「そういえば」

 玄奘法師が空心菜をつまみながら

「四階だけ部屋が空いているようですが、どなたかお留守なんですか」

 その言葉に無心で宮保鶏丁を食べていた翺と翠波が激しくむせた。

「ああ、それは…」

 開きかけた馴翔の口に花巻が突っ込まれる。

「あの部屋はもともと使われていません」

 黙々と葱油燜鶏を食べている暢翬が面白くもなさそうに答えた。

「そう…なんですか」

「それにしてもどうして鶏料理ばっかりなの八戒?」

「ははーんさては俺たち兄弟への当てつけかよ?甘いな。鷲は鳥でも山羊でも食うんだよ」

「何だよ。普通に棒々鶏とか食ってんのかよ」鶏絲涼麺をかき込みながら悟空が言う。

「鶏肉は美容にもいいからね」

「うわーほんと引くわこのサイコパス兄弟」翠波の隣に座る悟浄が身を引いた。

 馴翔と八戒が顔を見合わせ頷き合う。

「まずは身近な食材と料理でジワジワとつかんでいくんだよ」

「分かったよ師匠。すっごく奥深いんだけど」

「ところで」と今度は箸を置いた暢翬が玄奘法師に向かい

「よくあそこで花六なんてものを思いつきましたね。まさか最初から狙っていたわけではないでしょう」

「いえ、とんでもない」玄奘法師も箸を置き

「ただ…たまたま思い出したんです。昔、対局していたときある人がそれとなくしてくれた助言を」

「ほう…それは」

「『雪が逆さに降っている』と。そのときは未熟で気がつけなかったんですけど」

「雪が逆さ…?ああ、六花が逆さで花六ですか」

 自分で言ってから暢翬が顔をしかめ「分かりにくい」と呟いた。その表情がやはりある人に似ていたので、玄奘法師は小さく吹き出した。

「ええ。本当に分かりにくいです」

 外で一人草を食んでいた白竜が、ふと懐かしむように東の星空に首をめぐらせた。



 

 すっかり陽が暮れたなか、無数の明かりが灯された大明宮の扉の一つを勢いよく叩く者があった。

 わずかに開けた隙間から李世民が覗くと、碁盤を抱えた房玄齢が慣れない笑顔をつくり

「陛下、今夜はいかがですか一局」

 差し出された碁盤と玄齢を皇帝は交互に眺めた後、言った。

「私は碁は嫌いだ」

 ぴしゃりと閉じられた扉を前に無言で立ち尽く玄齢の肩を、隣にいた杜如晦が叩いた。

「ドンマイ」






 

 

 



 

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