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異説西遊記  作者: 圓堂
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第四十話



  「ようこそ我が頌家へ」長身痩躯で目付きの鋭い男は、羽扇をあおぎながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

 儒者のようなその服装や物腰に気圧されている玄奘法師に、男は暢翬と名乗った。

 塔の最上階の部屋は意外なほど豪華な造りで、壺など置かれている調度品もどれも高価な物に見える。

「名にし負う大国、唐よりのお客人にご来駕いただき恐悦至極です」

「あ、あの…!」

 男が近寄るごとに尻で後退りながら玄奘法師が言う。

「わ私を食べてもおいしくありません!」

「は?」

「そうよ!玄奘さまを食べても不老不死になんかならないんだから!この勘違い妖魔!」

 法師の肩で小鈴も喚く。しばし羽扇越しに二人を眺めていた暢翬は首を傾げ

「食べる?不老不死?そういえばそんなことを言っていたような」

 法師と小鈴が顔を見合わせる。

「あの…私を召し上がるわけでは…」

「格式高い我が頌家では人を食べるなど下劣なことはいたしません」

「じゃあ…あなたは四天王の仲間ってわけじゃないの?」

 四天王、と聞いて暢翬の顔が険しくなる。

「あのような下品で野蛮な連中と一緒にしないでもらいたい。あんな、成り上がりのならず者の集団と!」

「…玄奘さま…どうやら食べられる心配はないみたいです」

「そう…ですね」

 小鈴と法師がコソコソとささやき合う。

「突然お連れして驚かせてしまいましたね」

 暢翬はまたにこやかになり

「このように辺鄙な場所で来客も稀ですから、大唐の名高いお坊さま近くにいらっしゃっていると聞き、ぜひ相手をしていただきたいと」

「そ…そうなんですか」

 とまどいつつも玄奘法師は差し伸べられた手を取った。「こちらへ」と促されるまま、部屋の中央に置かれた方卓へと導かれる。

「玄奘さま…本当に大丈夫でしょうか」

 肩で小鈴が不安げに呟く。二脚置かれた椅子の一つに法師を座らせ、もう一方の席に向かい合って座った暢翬はお茶を淹れながら

「ときに法師どのは何故旅をされているのですか?唐からここまでの道中はさぞ大変だったでしょう」

「はいそれはもう」出されたお茶に恐縮しながら法師が大きく頷く。そんな法師を暢翬がまじまじと見て

「何故、そうまでして旅を?」

「それは…天竺までお経を頂きに」

「何故?」

「それは…唐を救うために…」

 さすがに違和感を感じ、法師は正面の暢翬を見る。にこりと笑った暢翬の目は、やはり笑っていない。

「よかった…その程度のことですか」



 崖に張りつくようにそびえる五重塔を、弟子たちとと白竜は見上げていた。

「ほんとにここなのか八戒」

「何か妖怪より豪商でも住んでそうな所だな」

 訝る悟空と悟浄に八戒が、

「たしかにここからおいらの杏仁豆腐の匂いがする…間違いないよ」

 と珍しく厳しい表情で言う。その傍らで白竜も首を振って同意している。

「そうか。じゃあいくか」

「まてこら馬鹿猿!」

 さっそく入口の扉を蹴破ろうとした悟空を悟浄が制止する。

「洞穴とわけが違うんだぞ。見たとここんな立派なお邸壊してあとで訴えられたら面倒だろ」

 悟空の金目が丸くなる。

「お前…最初あったとき村ごと壊しまくってなかったか?」

「ってお前もだろ!うわーやだこの人ほんと無駄に記憶力いいんだから」

「悟空…あのときのこと、おいらまだ許してないからね」

「まだ怒ってたのか!?」

 そのとき、邸の扉がわずかに開き、なかから眠そうな顔をした青年がこちらを窺う。

「ひとの家の前で騒がないでほしいんだけど。迷惑なんだけど」

「あのうすみません」悟浄が慇懃に進み出て

「こちらにうちのお師匠さまがお邪魔してるみたいなんですけど」

 眠そうな目が弟子たちを見回し

「芸人のお師匠さまなんて来てないんだけど」

「誰が芸人だコラ」

「まあ無理もないんだけどお」

「ヴヒヒッ」

 がっと八戒が薄開きの扉をつかんだ。

「君がお師匠さまをさらって…そしてお師匠さまはここにいる」

「え…何このブタさん…失礼なんだけど」

「おいらブタじゃないもん」

 順翔が閉めようとする扉を八戒ががっちり放さず

「君からおいらの杏仁豆腐の匂いがする…お師匠さま用に作った杏仁豆腐…食べたね!?」

「ああ」

 突然扉が開け放たれたため、ひっくり返った八戒に悟空と悟浄が巻き込まれ三人が揃って転がる。

「あの杏仁豆腐…あのお坊さんがくれるって言うから。兄ちゃんは知らない人から食べ物もらっちゃいけないって言ったけど」

 八戒がゆらりと立ち上がる。

「…食べたんだね」

「食べたけど…おいしくなかった」

 どこかで雷鳴が轟いた気がして悟空と悟浄が上空を見回す。順翔はどこまでも呑気に

「杏仁豆腐に紹興酒かければ蟹味噌の味になるって兄ちゃんたちが言ってたから試しにやってみたら、ただの紹興酒がかかった杏仁豆腐だった」

 今度は足元で地響きが鳴る。

「お昼御飯の邪魔をしたうえに…おいらがお師匠さまのために作った杏仁豆腐を無茶苦茶に…」

「あちゃー完全に八戒の逆鱗に触れるやつだ」

 悟浄が怒りのオーラを発する八戒の背中を眺め

「食事の邪魔、料理をかってにアレンジ、おまけに食材を無駄にするで八戒を激怒させるトリプルコンボだぜ」

「むしろ煽られてんじゃねえか?」

「ヴッヒン」

「悟空…悟浄…」玖棘棍を握り八戒が言う。

「ここはおいらに任せて…二人は先に行って。お師匠さまはこの塔の一番上にいるよ」

「お、おう?」

「大丈夫か八戒?」

「おいらは」八戒は正面の順翔を見据え

「この人と話をつけてから行くよ」

「え…何で怒ってるのか分かんないんだけど」

 首を傾げる馴翔の脇を悟空と悟浄がすり抜ける。

「頼んだぜ八戒!」

「あ、お邪魔しますー」

「え…かってに入られたら兄ちゃんたちに叱られるんだけど」

 階段を上る二人を止めようとする順翔の前に八戒が立ち塞がる。

「謝れ…せっかく生まれてきた食材に謝れ」

「…意味わかんないんだけど」

 凄んでくる相手に順翔は肩を竦め、「けど」と側に置いてあった大斧をつかんだ。

「晩ご飯の食材になってくれるなら話は別なんだけど」 



「その程度のことって」

 暢翬の言葉に小鈴が気色ばむ。

「なによその言い方!そのために玄奘さまは命懸けで旅をしているのよ!」

「いえいえ」暢翬は鷹揚に首を振り

「何も侮辱しているわけではありません。ただ、ここから天竺までも、ここから長安までも、どちらも私共にとっては数日で行って帰ってこられる距離です」

「はあ」問いたげに見る玄奘法師に暢翬は微笑み

「つまり、何もあなたが時間をかけて行かずとも、代わりにうちの弟たちに天竺に行かせ、更には長安まで届けさせたほうが効率がいいとは思いませんか」



「あ…これ外から觔斗雲で一番上まで行っちまったほうが早くなかったか?」

 階段を駆け上がりながら言う悟空に後ろで悟浄が

「今更ー!?俺戻りたくないから。あんなバトルアクス持ってる奴のとこなんか」

「別に戻んなくてもこの階の窓ぶち破って出ればいいだろ」

「何でも蹴破るかぶち破るかしないと気が済まないんだな兄貴ー」

 たどりついた二階を二人は見回す。二階もちゃんとした部屋になっているところを見ると、ここは五重塔というよりは五階建ての楼閣なのかもしれない。

 と、やたら華美な造りの部屋の奥から何かが飛んできて二人がとっさに避ける。

「…ひょっとして武器マニアのお家?」

 壁に刺さった帯衣鏢を横目に悟浄が言う。

「かってに押し入ってきておいてどこまでも無礼な奴だな」

 奥から声がし、暗がりから細い影が出てくる。一見、女性と見間違えそうな白皙の青年だ。

「まったく」

 翠波は悟空と悟浄を見据えため息をつく。

「何をやっているんだ馴翔は。こんな小汚い連中を屋敷に入れて」

「ああ!?」

「失礼だぞ!兄貴はこれでも温泉好きの猿なんだぞ!」

「そうだな。今度温泉入るときはついでにお前を沈めてやるよ悟浄」

 翠波の目が汚物でも見るように

「どうでもいいけど早く出てってくれないかな?僕の部屋が汚れるだろ」

「まあっ人をゴキブリみたいに」

「こっちだってお師匠さまを回収できりゃお前らに用はねえんだ。上に行かせてもらうぜ」

 上階へ続く階段を上ろうとした悟空にまた翠波が帯衣鏢を放ち

「上へは行かせないよ。君たちが邪魔するようなら阻止するように兄さんに言われてるんだ」

 ふと、悟浄が階上と翠波を見比べる。

「もしかして、上の階から兄弟順にお兄さんがいる感じ?」

 翠波が眉を寄せる。

「だったら何さ」

 とたんに悟浄が月牙鎩を構え言った。

「兄貴!ここは俺に任せて先に行け!」

「は?」

「お師匠さまのことは頼んだぜ!」

「いやいや、何企んでんだお前?」

「さっさと行けー!!」

「行けじゃねえよ。ぜってえ裏があるだろ」

「分っかんないかなあ」月牙鎩を構えたまま横歩きで寄ってきた悟浄がコソコソと

「こういう場合、上に行くほどしんどくなるもんなんだよ」

「はあ?」

「つまりだな、上にいる奴ほど強くなるって話だよ!だから俺はここで頑張るからあとよろしく!」

「ほんっと省エネ野郎だなお前」

「ちょっと」翠波が帯衣鏢を構え

「ちゃんと聞こえてるよ…僕が弱いってこと?失礼なんだけど」

 悟空に飛んできた帯衣鏢を悟浄が月牙鎩でなぎ落とす。

「聞こえてたんだろ?お前の相手は俺」

 階段の悟空が鼻を鳴らし

「動機がしょーもねえが、まあ頑張れよ」

「言い方ー!」

 階上へと消えてゆく悟空を見ていた翠波が持っていた帯衣鏢を納めた。

「たしかに…僕は翺兄さんや馴翔より戦闘向きじゃないね」

「そう?じゃあここは穏便に…」

 かわりに傍らの柜子から取り出した物を、翠波が悟浄に向ける。

「僕はどちらかというと、美しく戦うことのほうが好きなんだ」

 突きつけられた眉尖刀に、悟浄が顔をひくつかせる。

「やっぱり武器マニアじゃん」


 三階に上がった悟空は、辺りを見回した。階下の翠波の部屋に比べ、殺風景でひどくがらんとしている。

「何もねえだろ」

 誰もいないと思いかけたが、部屋の奥から声がした。

「屋敷の掃除担当になってから、何にも物が無いのが一番掃除しやすいって気づいてよ。そしたら何もかもが邪魔くさくなっちまってよ」

「けど」と翺が両肩に担いだ鉤棒を振り下ろす。

「戦うにはちょうどいいだろうよ」

 ニヤリと笑い、悟空も如意棒を耳から取り出すとひと振りした。

「弟たちと違って話がはえーじゃねえか」



「玄奘さま…やっぱり逃げましょう。この人おかしいですよ」

「え、ええ」

 小鈴に腕を引かれ、立ち上がりかけた法師の動きが止まる。

「玄奘さま?」

「か…体が…」立とうとしても、椅子に貼り付いたように腰が上がらない。

「言ったはずですよ」正面に座る暢翬が口元だけでうっすらと笑う。

「ぜひ相手をしていただきたいと」

「相手って…話し相手になら充分なったでしょ!」

 法師を庇うように間に入って小鈴が言う。

「そんなものじゃありません」言いながら方卓の中央にかけられた布を暢翬が払う。

 そこには本榧一枚板の卓上碁盤と碁笥が置かれていた。

()()の相手です」



「碁…」八戒が呟く。

「碁だけど」馴翔が頷く。


「碁…碁お!?」悟浄が素っ頓狂な声を上げ

「碁だから何だってのさ」翠波が眉をしかめる。


「碁…」悟空が唸る。

「兄貴は誰かれ構わず碁の勝負を持ちかけるんだよ。…それがどうしたよ」

 訝る翺を悟空が見返す。

「碁って何だ」



「ぜひ、一局お願いします玄奘法師」

 喜々として碁笥を差し出す暢翬に、小鈴がコソコソと玄奘法師に訊ねる。

「玄奘さま…碁はたしか…」

「ええ…」法師はとまどいながら

「昔、老師さまに少し教えていただいた程度で…」

「かの大国である唐でも有名な高僧どのともなればさぞかし腕にも覚えがおありでしょう」

「こっ高僧なんて滅相もありません!碁のほうも決まりすらうろ覚えで」

「まあたまたご謙遜を。あ、勿論互先でよろしいですね。私がニギリましょうか」

「乗せられちゃ駄目です玄奘さま!」

 また小鈴が法師の腕を引き

「こんな勝負付き合う必要ないですよ!」

 暢翬が羽扇の影でため息をつく。

「打っていただかない限り、どちらにしろ解放されませんよ」

 法師と小鈴が息をのむ。

「…まさか」

「この卓は少々特別でして」暢翬がパタパタとあおぎながら

「一度椅子に座ったら最後、碁の勝負が着くまで席を離れられないようになっているんです」



「ひどい…じゃあ、嫌がるお師匠さまを無理矢理椅子に縛り付けてるってこと」

 涙ぐむ八戒に順翔が眠たそうな顔で言う。

「ちょっと人聞き悪いんだけど」


「拉致監禁して自分の遊びに付き合わせるってどうなの?人として。許されると思ってる?」

「拉致も監禁もしてない!そもそも人じゃない!まあ…さらったのは事実かもしれなけど」

 月牙鎩にもたれた悟浄が翠波を見つめる。

「犯罪者」

「僕が言い出したわけでもさらったわけでもないからな!?」

「共犯者」

「きっ貴様あっ!!」翠波が眉尖刀を構えた。


「とまあ、そういうわけでよ。兄貴とお前らの師匠との勝負が終わるまで邪魔してもらっちゃ困るんだよ」

 翺の話に悟空が眉をひそめる。

「で…碁って何だ」

「…この際それは横に置いておけよ」

「しっかしまあ」悟空が片手でくるくると如意棒を回しながら

「要はその碁で勝負すりゃ気が済むんだろ。ならわざわざ戦わなくても勝負が終わればお師匠さまは解放されるってことか」

 翺は何も答えない。

「…だよな」

「あ…埃…」

「何目え逸らしてんだよ!?」



「なあに、ちょっとした趣向ですよ。ただ勝負をするだけでは面白味に欠けますからね」

 碁笥を開けながら暢翬が言う。

「あの…それはどういう…」

 おずおずと訊ねる法師に暢翬は白石をつまみ

「勝負に負けた者は勝った者の言うことを何でも聞かなければならないんです」

「はあ…」

「ですから」鋭い目が法師を見据え

「私が勝った場合、法師どのにはここに留まりずっと私の碁の相手を務めていただこうかと」

「ええ!?」

「そっそんなこと!玄奘さまの凶悪な弟子たちが許さないわよ!」

 玄奘法師の肩で小鈴が怒鳴る。

「勿論そのときはお弟子さんたちにもここに留まっていただきますよ。ちょうど人手も足りないので」

 拳のなかで石を鳴らし暢翬が微笑む。

「そのために、弟たちも勝負の邪魔をさせまいと頑張っていることでしょう」







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